Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
一覧
戻る
進む


第四話

 

スーパーにいって、今日の夕飯の食材まで買い込み、ファンドラッドとシェロルは、帰ることにした。
「でも、外食しなくてよかったのかい?」
「いいの。閣下さんに余計なお金を使わせてしまうもの。」
「気にする事はないけどね。使い道の無い金だし。」
 ねぎがスーパーの袋からひょっこり飛び出ている。他には大根や白菜など。あまりにも所帯じみた野菜たちがそこから顔を覗かせていた。ファンドラッドが、例のめかしこんだ格好でこの袋を抱えているのだから、かなりアンバランスではあるが、本人はいたって気にしていない様子である。
 赤いケースの絵の具セットを大切そうに抱えたシェロルが振り返って付け加えた。
「それに、閣下さんの料理は外で食べるより美味しいもの。」
「それは光栄だなぁ。シェロルちゃん。」
 ファンドラッドはふっと嬉しそうな顔をした。彼が素直にこういう表情をするのは、珍しい事である。
「じゃあ、鍵を開けて先に入ってるわね。」
 にこ、と微笑んで、シェロルは先に立体駐車場を駆けていく。
「車に気をつけるんだよ。マドモアゼル。」
 はーい。と元気な声が聞こえた
 ファンドラッドは、少しため息でもつくようにすると、彼女の背中を優しく見つめていた。シェロルは意外と早く走っていってしまい、それを見届けてファンドラッドはゆっくりと歩き始めた。
 突然背中に違和感を感じ、ファンドラッドはわずかに振り返る。
「……ほう、大胆なまねをするね。」
 目の端で確認する。銃がこめかみに突きつけられた。
「大人しくしろ。」
 男はそのままファンドラッドを駐車場の影に押し込んだ。
「嫌だねぇ。君みたいな無粋な男とこんなところで付き合う趣味は僕にはないなぁ。」
「黙れ!爺!自分の立場がわかってるんだろうな!?」
「さぁ。どんな立場だね?」
 ファンドラッドは、いい加減に応えた。
「……僕には待ってる彼女がいるんだけど、通してくれないかな。」
「いい加減にしろよ!…いいから、言う事に従え!」
「君に従わなければいけない理由が見当たらないなあ。」
 ファンドラッドがいうと、更に強く銃が頭に突き詰められる。
「強情はためにならないぜ。」
「だろうね。それは君も一緒だがな。」
 ファンドラッドはいいながら笑った。やけに冷たい笑いだった。
「何い!」
「…おやおや、見てれば口ばかりで、引き金を引く気配すらないじゃないか。撃てないのかい?それとも、撃たないのかい?」
 男の顔が歪む。怒りだけではなく、この老人がいう言葉の裏に、何か恐怖をあおるようなものがふくまれているからだった。
「引き金の引き方を教えてやろうか?坊や。」
 いきなりファンドラッドの手が男の右手を押さえた。
「な、…なんだと。」
 ファンドラッドは、男の手ごと拳銃を握るといきなりトリガーに自分の指をかけた。ぎょっとして男が暴れるが、ファンドラッドの方が力が強い。その圧倒的な力とその行動に、男の心は恐怖に包まれる。
「しょ、正気か!貴様!じ、自分から!!」
「意外と意気地のない子だねぇ。坊や。」
 怯える男の顔を気持ち良さそうにながめてファンドラッドは言う。
「……さぁて、ちゃんと、一回で覚えてくれよ〜。」
 ファンドラッドの指が男がトリガーにかけた指をゆっくりと押していく。
「おい!何をする!…な、何を考えて!」
 ファンドラッドのとる不可解な行動に、男は恐怖すら覚え始めていた。そんな行動をとりながら、彼の目には狂気すら見えない。ただ、おもしろそうに笑っているだけで。
「滅多にない事じゃないか。一体、そういうモノを振り回して調子に乗ってると、どういうことになるか、ちゃぁ〜んと確認してても・ら・おう・か!」
 一発の銃声が、立体駐車場のなかで何度か反響した。

 銃声が聞こえたため、駐車場は騒がしくなった。
 ファンドラッドは、ネギの飛び出た袋を抱えて、自分の車までの道を急ぐ。
 ざわざわと、周りで人々がどよめいている。銃声が聞こえたに違いなかった。警備員が何人か走り、客の無事を叫んでいる。
「あぁ、警備員さん。」
 ファンドラッドは歩きながら警備員を呼び止めた。まだ若い警備員は、紳士風の彼に特に怪しみもしなかった。
「どうなされました。」
「あぁ、きみの上司から頼まれたんだが、救急車を一台よんでくれと。向こうに男がひとり気絶してるらしいんだ。でも、命には別状なさそうだったけどね。」
「え、あ、はい!ありがとうございます!」
 警備員が慌てて連絡をするために走っていく。
「…ま、三日は目を覚まさないだろうね。」
 小声で付け加えて、ファンドラッドは悠々とざわめく駐車場を横切っていった。
 例の赤いスポーツモデルの車では、シェロルが待っていた。
「閣下さん。遅かったね。なんだか、騒がしいけどどうしたの?」
「なあに。」
 ファンドラッドはすっとぼけていった。
「若い連中が喧嘩でもしたんだろう。」


 どうもおかしい。
(あぁ、明らかに尾行されてるなあ。)
 ファンドラッドはバックミラーをみてそう判断し、あきれたようにあくびをした。
「シェロルちゃん、ところで今日の夕食は何にしようか?大根の煮物って言う手もあるし、または、ちょっとリゾット風のものを作るって手も…?」
 返事がないので見ると、シェロルはいつの間にかすうすうと寝息を立てていた。
「ちょっと疲れさせたかな。あのスーパーはちょっと広すぎる。」
 ファンドラッドは苦笑して、後部座席に突っ込んであったコートをそっとシェロルに掛けてやった。
「…ま、じゃあ思いっきりやれるからいいけどね。」
 呟いて、少しだけ笑ってみる。バックミラーに映る怪しげな車はまだ彼らを追っていた。このハイウェイは今の時間、他に車の通りが少ない。制限時速がほとんどないのも幸いだった。
「…カーチェイスをやってもあんまりおこられないだろうな。」
 不穏な事を口にして、ファンドラッドはアクセルを踏んだ。がっとスピードが出る。後ろの車もスピードを上げてぴったりと彼の後ろについてくる。
「…おやおや、やるじゃない。」
 のんきにいって彼はにやりとした。ハンドルを素早く切る。向こうもぴたりと着いてくる。
「っと!」
 ファンドラッドは反射的に身をかがめた。後部座席でビシビシと、ひょうでもぶつかってきたような音がしたからだ。防弾もできる強化ガラスの後ろのガラスが見るも無残な状態にひび割れていた。銃弾を打ち込まれたに間違いないらしい。
「気に入りの車になんて事を…高かったんだぞ!この車は!」
 ファンドラッドの眉がひくっと動いた。後部座席に隠しておいたトランクを手探りで取り出すと、ファンドラッドはそこから銃を引っ張り出した。 
「レディを起こすのは僕の主義じゃないんでね!」
 言うと、ファンドラッドはサイレンサーを取り付けた。そのまま、銃を取り出して、窓から後ろに向けて発砲した。
 銃弾の一つがタイヤに当たるが、それは破裂しない。続けざま、三発ほど撃ってみるが、向こうも特殊装備を施してあるらしい。ファンドラッドは舌打ちをする。
「だったら、こっちにも考えがある。わが軍の自慢の試作品だ。」
 ファンドラッドは上着のポケットから、風邪薬のような小さなカプセルを取り出した。それを何度か振ってからカプセルを開いてやる。二重構造になっているらしく、中には透明なカプセルがもう一つあった。
「ただのカプセルだと思うなよ。」
 舌を出して、ファンドラッドは野蛮な笑みを浮かべ、それを後ろに放り投げた。そして、可能な限りスピードを上げる。いきなり、後ろで凄まじい爆発音が聞こえた。爆風が彼のスポーツタイプの車を揺らせていった。
 敵の車はスリップを繰り返した上、ガードレールにぶつかった。フロントガラスも割れているし、あの様子では復活はできそうもないだろう。そのうちに、騒ぎを聞きつけて警察が来る。あの様子では捕まってもおかしくない。
「あぁぁ、かーわいそうに。」
 さして同情していない声でそういうと、ファンドラッドは速度を落とした。
「…全く、これだから若い者はいけないねえ。職業軍人に喧嘩売るもんじゃないよ。」
 得意げに微笑む彼の横で、シェロルが少し寝返りを打った。


  翌朝、ニュースを見ていたシェロルが声を掛けてきた。ファンドラッドは、今日は朝からトーストにサラダにわかめスープと、なかなか手の込んだ朝食を作り上げていた。
 妙に似合う、花柄の刺繍のあるエプロンをしたまま、スクランブル・エッグを作る彼は、もしかしたらこっけいかもしれなかったが、シェロルはそんな事を笑うようなひどい少女ではなかった。
「閣下さん。昨日いったスーパーマーケットで、事件があったんだって。昨日騒がしかったのはそれだったんだ〜。」
「あぁ、それは知らなかったな。」
 ファンドラッドは完全にとぼけていった。
「若いお兄さんが、殴られて気絶してたんだって。でも、拳銃からはその人のものみたいで、本人はそれで怪我してなかったの。…恐い事が起こってたのね。」
 シェロルがしみじみとそんなことをいうが、当事者のファンドラッドとしては少し居心地が悪い。塩コショウを多めに振ってしまった。
「そうか。ここは平和なのが取り柄だったんだが。」
「そのお兄さんが、目を覚ましたんだけど『不死身の化け物をみた』とか、なんとか、変な事ばかり口走ってるんだって。』
「ほう、それは、何やら恐い体験をしたんだろうね。」
(なんだ、意外とタフじゃないか。もっと、きつく仕置きしてやってもよかった。絞めとけばよかったな。)
 ファンドラッドは、仕上げながら心の中でそんな事を考える。
「閣下さんはきっと強いと思うけど、気をつけてね。」
 シェロルは心配そうに彼を覗き込んだ。
「ああ、もちろん。用心に越した事はないからね。ありがとう、シェロルちゃん。」
にこりと微笑んだが、シェロルはこの男が、昨日男を殴り飛ばした張本人だという事も、あの騒ぎの中心人物だということも知らない。
「あ、それからね。ハイウェイで、謎の車が炎上してたんだって。乗っていた人もいなくなっちゃってて、警察の人が頭を抱えているんだって。」
「へぇ、わけのわからない事件が続くねえ。」
(続くねえじゃないだろう。)
 思わず自分で突っ込みを入れてしまった。
(……両方とも当事者が私という当たりも危険だが……なぜ…)
 ターゲットは自分たちだ。心当たりとして考えられるのは、この娘を引き取った事である。それから狙われ始めたのだから。もしかしたら、命を狙われているのは、この子なのだろうか。
「どうしたの?」
 シェロルに見つめられ、ファンドラッドは我に返った。
「ああ、いや、なんでもないよ。」
「そう。でも、閣下さんってすごくエプロンが似合うのねえ。」
 シェロルは純粋である。純粋すぎて、少し一般の感覚からずれていることを報告しなければならないだろう。
「そうかなあ。それは光栄だね。」
 応えながら、ファンドラッドは、自分の立場を思い出した。
(あ〜ぁ、そうだったそうだった。…人の恨みは、たたき売れるほど買ってるんだったな。僕を狙った暗殺未遂ってことも考えられるわけだ。)
 何度かそういうことがあった。コーヒーの中に、毒薬が入っていた事もあったし、狙撃された事もあったし、珍しい事ではない。
 ただ、そう思って全てを納得させようとしたに関わらず、ファンドラッドの心に何か、妙に疑念がくすぶった。
「……そろそろ、ご飯にしようか。」
 スクランブル・エッグを皿に盛り付けながらファンドラッドは、あのガレージに入れている車はさっさと修理に出しておかなければいけないなあと思うのだった。



一覧
戻る
進む
©akihiko wataragi






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送