Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第七話

「へぇ、意外と普通のとこにすんでるんだ。趣味の悪い豪邸を予想してたのに。」
 ジャックは、建物を見回してファンドラッドに目を向けながら言った。官舎らしい、四角い建物は、適度に緑があってなかなか健康的で、そして、ファンドラッドが住んでいるには、あまりにも不似合いな平凡な場所である。
「いい度胸だな。相変わらず。」
 ファンドラッドは、ひきつった笑みを浮かべ、軽くジャックの頭をどついた。荷物はもってやっているのだが、相変わらずジャックには甘くない。
 官舎から出てきた軍人の妻らしい人が、彼をみて挨拶しかけたが、近くの少年をみて驚いた。この前、孫娘の年頃の子供を不意に連れ帰ったばかりで、今度は男の子である。不審がられて当然なので、ファンドラッドはうんざりした。ロクな噂が立たない。
「どうも。」
 ファンドラッドは朗らかさを装って、挨拶をする。
「どうもよろしくお願いします。今日から、こちらにすむ事になりました。」
 ジャックがぺことお辞儀をした。ここで礼儀のいい奴だなどと、ファンドラッドは思わなかった。このぐらいで彼をほめると、絶対に付け上がるからである。しかも、ジャックはまたしても、凄まじい嘘をつこうとしているのだった。
「あの、オレはファンドラッドのかく…」
 彼がその後の言葉を継ぐ前に、どさどさどさと、ファンドラッドはもっていたジャックの荷物をそれとなさを装いつつ、真上に落とした。ぎゃあ!と声を上げながら、ジャックは真後ろに倒れる。ファンドラッドは、さも慌てた様子で彼を覗き込んだ。
「ああ!手が滑った!大丈夫か!ジャック!」
 ファンドラッドは精一杯、親切ぶりながらジャックにだけわかるように、にやりとほくそえんだ。
「最近、どうも耄碌してしまってねえ。悪いな、ジャック!」
 そして、心配そうな主婦に向かい、にっこりと微笑みかけると彼は言った。
「ああ、今回、また、友達の子供を預かる事になりましてな。いや、どうも子守にむいているなんて、思われちゃったようでして。」
「まぁ、そうでしたか。」
 主婦はすっかり彼の仮面に騙されて応える。主婦は、買い物がありますので、というと、さっさと行ってしまった。
「くそ爺!!」
 主婦がいなくなってすぐにジャックは、上の方を睨んだ。ファンドラッドは、顔つきをがらりとかえて、口元をゆがめて微笑んだ。本当に自在に変わるものだとジャックは思う。さっき、少しおしゃれな人のいい爺さんみたいな顔をしていた男は、今ではすっかり策士の顔をしていた。どこかしらに、軍人の匂いも漂っている辺り、やはり、この男は普通ではないのである。
「ふっ。お前にやられっぱなしでいるほど、甘くはないわ。」
「最悪だ。」
「お前がか?」
 ファンドラッドはかすかに肩をすくめた。
「…いつか絶対、他の人の前で化けの皮はがしてやる。」
「社会的に信頼のあるオトナに勝ち目があると思っているのかね、君は。」
 ファンドラッドは勝ち誇る。
「まぁ、スリ小僧と僕のような民草のために働いている大人の違いってもんだよ。」
「民草だって?よくぬけぬけといえるもんだよなあ。あんた、この前そうじゃないって」
「建て前はそういう事になってるからなあ。建て前は。」
 ジャックは返せなくなり、うなった。それをみて、益々ファンドラッドは楽しそうな顔をする。
「ふっ。そもそも、お前のように十数年生きただけの子供が私のような経験豊かな男に勝とうだなんて、二億八千万五百八十二年ほど早いわ。」
「無茶苦茶小刻みな上に、千の単位が抜けてるぞ!」
「その辺の余裕が、僕のオトナなところなわけだよ、まぁ、君にはわかんないだろうね。」
「意味がわからねえ!」
 ファンドラッドが口から出任せを言っているのはわかる。それはわかっているのだが、こうなった時のファンドラッドは、ジャック如きの子供ではひっくり返せないほど強かった。たとえ、その言葉がどんなに説得力のない事であってでもだ。
 ファンドラッドはこれ以上、誰かに会いたくないらしく、とっととジャックを自分の部屋まで、連れて行った。
「へぇ。中身も割りとふつうなんだ。…案外、所帯じみてんな〜。」
「あまり適当な事言うと追い出すぞ。…あぁ、お前の部屋はあの辺だから、さっさと行け!」
「爺さんと同じ部屋じゃないだろうな。絶対嫌だからな!」
「私のほうが願い下げだ!」
 ファンドラッドが怒鳴った時、いきなり後ろのドアが開いた。
「あ!閣下さん、お帰りなさい!」
 かわいらしい声が聞こえ、今まで尊大に振舞っていたファンドラッドは、急に顔を変えた。やや、慌てたような素振りをみせ、急に姿勢を整える。ジャックがファンドラッドの視線を何気なく追った。
 彼の視線の先に、かわいらしい少女が一人、ランドセルを背負ったまま立っている。
「今日は早かったのね。」
「君も早かったんだね、シェロルちゃん。いやあ、びっくりしたよ。」
「何がびっくりしたよだ。かわいこぶるなっての。」
 ぼそりと小声で文句を言うジャックの肩にそれとなくだが、ファンドラッドはそっと手をおいた。そっと置かれたはずの手が、ものすごい力を込めて肩を掴んでいるのを見て、ジャックは思わず口を閉じる。一瞬だけ、殺気ばしるファンドラッドの視線が、ジャックに注がれ、「死にたくなかったら黙ってろ!」とのメッセージが、強烈にジャックに伝わってきた。
(はい、すいません。)
 ジャックは、声にこそ出さなかったが、目でそう伝えると、ファンドラッドはわずかに力を緩めて、目の前の少女にそのまま笑いかける。
 なんということだろう。同じ子供を前に接しているというのに、ファンドラッドの態度は、ジャックとは凄まじい違いを見せていた。まず、視線の使い方が全然違うのである。ジャック自身からみても、それは明らかであった。
「あれ?その子は?」
 シェロルが、にっこりと微笑みながらジャックを見た。
「あぁ、こい…いや、この子はだな…」
 あえてこいつというのをやめてファンドラッドは、ジャックを前に押し出した。
「君と同じように、私の部下の子供でね、でも、部下が忙しくなったので預かる事になったんだよ。名前はジャック=ケルベリアという。そうだな、ジャック。」
「う、うん。ファンドラッドさんには、うちのオヤジ…お父さんがよくお世話になってて、それで…。」
 嘘をついたのは、ファンドラッドが、一瞬、「言う事を聞かなければ…」という凄まじい視線を投げかけてきたからである。どうやら、彼は、このシェロルという子の信頼をつなげるのに必死らしかった。それが、ジャックには少しおかしかったのだが、ここで笑うと確実にファンドラッドに後でとんでもない報復をされるのが目に見えている。消されてもおかしくない。
 シェロルは、そんな二人の微妙すぎるやり取りには気づかないで、にこにこと微笑んでいた。
「そうなの、ジャック君っていうのね。あたしはシェロル=ゼッケルスよ。よろしくね。」
 シェロルは、ジャックの傍まで来て、天使のような純粋な笑みを彼に向ける。ジャックはつられて、笑いかけながら大きくうなずく。
 なんて、可愛い子だろう。ジャックは、思わずうっとりとしてしまう。その至福の時は、ファンドラッドがジャックの肩を掴んで下がらせたので、一瞬で崩壊した。
「ということでね、しばらく一緒に住む事になったんだよ、シェロル。仲良くしてやってくれよ。(ほどほどにな)」
 最後の部分は、声になっていなかったが、ファンドラッドが最も強調したい部分でもあった。
「ええ、わかってるわ。あたしたち、きっと気が合うわよね。」
「そうだな、シェロルちゃん。」
 でれっとした笑みを浮かべるジャックをファンドラッドは油断なく観察している。
「あ!じゃあ、ジャック君のお部屋って空いていたお部屋よね。あたし、あのお部屋の片づけを手伝うわ。ジャック君の荷物を置く場所をあけておかなくっちゃね。」
 シェロルは突然、何か思い浮かんだような顔をして走り出した。
「あ!君が何もそこまで…」
 といいかけて、ファンドラッドは口ごもる。ここで、本音を言って冷たい男だと思われると困るのだ。それを読んだジャックが、横でニヤニヤしているのは、ファンドラッドとしてはおもしろくもなんともなかった。
「じゃあ、先にいってるね〜。」
 シェロルは、二人に手をふり、空き部屋のほうにかけていく。ファンドラッドは、表向きだけ愛想のいい顔でシェロルに手などを振っていたが、どうやらそれは表だけらしく、口元が引きつったりしている。
「なぁなぁなぁ。」
 ジャックが、ファンドラッドの服を引っ張ってきた。
「何だ。」
 いきなり、がくんと無愛想な顔になり、ファンドラッドはぞんざいにジャックを見る。
「なんだ、その態度の変化!あんたってホントーに猫被るよな。」
「お前にいわれたくないね。」
 ファンドラッドは冷たく言った。ジャックはむっとしていたが、
「可愛い子だな〜。」
「そうだ、可愛い子だ。」
 ファンドラッドは脅すように、じいっと目を向けて笑った。
「なので、手を出したら、軽く地獄送りにすることにしている。」
「ガキのオレに言う台詞かよ。」
「お前は油断できんからな。」
 ファンドラッドは今度は笑ってもいなかった。何となくつまらなくなって、ジャックはちぇっと舌打ちをした。

 
 表面上だけ何事もなく、その日は暮れた。ファンドラッドはいつものように、いつもより一人分多い夕食を心の中でぶつくさ言いながら作り、ジャックはジャックで、そんなファンドラッドをシェロルに聞こえない程度にからかってみた挙句、ボールに入れたマヨネーズをそのまま頭にかぶせられたりしていた。
 色々と問題はあるわけだが、シェロルは一切そんな事には気づかないで、いつものように普通の日常を送ったのである。
 夕飯の食卓を囲みながらも、明らかにファンドラッドとジャックの間には、双方とも、化けの皮をはがしてやる!という意気込みが感じられたのだが、表面上は妙な愛想笑いを浮かべていた。
「急ににぎやかになってうれしいわ。あたし。」
「そうかな〜。じゃあ、いつまでもここにいてもいいんだけどなあ、オレ。」
(こっちは大迷惑だ。)
 ファンドラッドは、ため息をつく。いつまでもジャックを相手にしても仕方がないので、ファンドラッドはシェロルを相手にする事にした。
「そういえば、君のお父さんやお母さんはどんな人だったんだい?」
 ファンドラッドは不意に思いついた事を訊いた。ゼッケルス少佐は、その事をあまり語ってくれなかったのを今更ながらに思い出したのである。
「お父さんとお母さん?」
 シェロルは聞き返した。明るさを装っているが、一瞬少女の顔に影が落ちる。
「とても優しい人だったわ。…うん、お父さんは、科学者だったの。お母さんはその助手。何をやってたかはあたしも良く知らないの。」
「そう。…悪かったね。思い出させてしまって。」
 ファンドラッドはさすがにタイミングの悪さを痛感して、まずい顔をした。駆け引きは得意のつもりだったが、こういう小さな少女が相手だと調子が狂うものである。
「爺さん、最悪だなあんた。場を見極めろよなあ。」
 ここぞとばかりにジャックが一言いったので、ファンドラッドはテーブルの下で、ジャックの足を思いっきり踏みつけた。ジャックは声を立てずに、顔だけ真っ青になった。
「ううん。気にしないで、閣下さん。」
 シェロルは健気に笑って応えた。その横で、ジャックが凄まじい形相をしているのには、彼女は気づきもしない。
「ロートンおじさんも閣下さんも優しいもの。あたし、そんなに寂しくないわ。それに、ジャック君もいっしょなんだもの。」
「そ、そうかな。」 
 痛みから立ち直ったジャックがにっこり顔を作りながら言った。
(ちっ。全く、立ち直りだけは早いな。)
 ファンドラッドはもうちょっとで口に出しそうになり慌てた。シェロルはそんな彼には気づかないで、にっこりと微笑んでこういった。
「だから、ここにいても寂しくなんかないのよ、閣下さん。」
 今度はファンドラッドが、困る番だった。これで、もしかしたら、自分といると危険な目にあいますよ。なんて事は言えなくなった。そんな追い返すようなまねはこの状況ではできない。
(…いかんな〜…調子が狂うんだよな…)
 ファンドラッドは、口にハムをくわえたまま、しばし考える。
(まずったな…。…いまさら、ゼッケルスに突き返すわけにもいかんしな…。もし、私を狙っての暗殺だったら…)
 巻き込んでしまうかもしれない。
 ファンドラッドは、そっとシェロルを見た。彼女は、テレビのCMをみいっている。流行の歌が能天気な調子で流れていた。
 そうなったとき、彼女を果たして守れるだろうか。おまけにジャックという、お荷物までついてきた。
 ファンドラッドは、考え込んでいた。
 自分はいい。
 ファンドラッドは、自分の命を守る方法なら幾らでも知っていた。だが、他人の命を預かる事に対しては、そう自信がなかった。戦場では、自分の周りで次々と人が倒れていく。実地で戦闘した事のあるファンドラッドにはよくわかるのだ。
 極限状態では、他人の命を守る方が難しい。しかも、その対象が子供。それも二人。そして、失敗は許されない。
「爺さん、間抜けだぜ。」
 ぼそりとジャックが呟いてきた。口にハムを突っ込んだままの様子が笑えたらしく、彼は、にやにやしていた。ファンドラッドは、それに対して微笑むと、シェロルの見ていない隙にフォークをテーブルに突きたてた。
 ジャックは一気に笑顔を隠した。それでよし、といわんばかりの顔をして、ファンドラッドは足を組み、それを丁寧に引き抜いてしまっておいた。
「この、悪党、猫かぶり、くそ爺。」
 ジャックがぼそぼそと小声で悪態をついてくる。
「何とでもいえ。」
 ファンドラッドは同じく小声言った。
「お前だって猫かぶりのくせに。」
「あんたほどじゃないよ!」
 ジャックは、応えてきっと相手を睨んだ。

 ファンドラッドとジャックの化けの皮のはがしあいと、そしてそんな事を一切気にしないシェロルのかなりおかしな生活は、その日から幕をあげたのだった。



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©akihiko wataragi






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