Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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第九話

「リュードル博士から、まだ結果がこないからなあ。…先にこれで情報を得ておくか。」
 ファンドラッドは、呟いて報告書に目を落とす。半分ほどまで読んで、彼は突然、ぎくりと肩を震わせた。
「…なんだと…?」
 慌てて二枚目、三枚目の紙をめくる。わずかに顔色を変えた彼は、狼狽まではしていなかったが、明らかに動揺しているようだった。突然、わずかに歯を噛み締め、ファンドラッドは、睨みつけるように紙を凝視した。そして、押し殺した声で、恨みを込めるようにして呟いた。
「…ゼッケルスめ!…私に…その事をいわなかったな!」
 ファンドラッドは、呟き、書類をさっと机に落とした。本の少しだけ、空中でひらひらと紙は舞い、机の上にわずかにずれながら落ち着いた。
「目的は私じゃない……あの子だ。」
 ファンドラッドが、目をわずかに上にあげながらぼそりと呟いた時、今度は携帯電話のベルが鳴った。相手がすぐにわかったので、彼はうっとうしそうな顔をする。すばやく、それをとりながら、彼は相手の声を聞いた。
『やあ、爺さん、元気?』
「ジャック…仕事中にかけてくるなといっただろう。」
 不機嫌に言う向こう側で、ジャックの軽い声が聞こえた。
『あれ〜、オレ以外には随分優しいそうじゃないか〜。特に女の人にさ〜。』
「違うといっているだろう!」
 ジャックの後ろで、くすくすという女性たちの笑い声が聞こえる。ファンドラッドは急に、嫌な予感に襲われ、ぼそりと訊いた。
「…どこからかけている。」
『…基地の中っていったら怒るよな?』
 
 いきなり、電話が、ぷっつり切れたのでジャックは、あれ?という顔をした。
(ちっ。気が短いでやんの。)
 この基地にジャックが忍び込むのは随分と簡単だった。ファンドラッドの隠し子という噂のあるジャックだし、おまけにファンドラッドは、この前シェロルをみかけたら、直接に自分の部屋まで通せといっていたのである。ファンドラッドとしては、シェロルはいいが、ジャックは基地に入れたくなかっただろうが、部下達はそうではない。シェロルとジャックは同格としてみるのである。つまり、彼が門の先で『ファンドラッドの身内です』といえば、子供だし、おまけに噂もあるしで、怪しまれる事なく、すんなりと通してくれるのである。通さないとファンドラッドに睨まれると思う警備員の方が多いのだ。
「ジャック君は、閣下とはどういう関係なのかな?」
 女性将校たちがきゃあきゃあいいながら、ジャックにそんな事を訊く。
「えーと、教えてもいいけど…爺さん気が短いからなあ〜。うん、なんていうか、あの人はあんなんだから〜。」
 ジャックはある事とない事を大体半々にして、好奇心あふれる若い女性たちに色々お話しようとしていた。だが、彼がその大切な一言目を言おうとした時に、自動扉を力で無理やり開け放してきた者がいた。びくうとして、振り返るジャックと女性士官の前に、噂をしていた当の本人が、黒いオーラを立ち上らせながらそこに立ちはだかっていた。
「ひ、ひいっ!じ、爺さん!」
 ジャックは、明らかに身を引いたが、ファンドラッドはその彼の肩をがっしり掴んで逃がさない。
「やあ…。ジャック。」
 女性将校が、怯えて口をつむぐ頃、ジャックはファンドラッドの右手に肩を掴まれて、そのまま扉の方へと引きずり込まれていた。
それから、ファンドラッドはこれ以上ないぐらい、極上の爽やかな微笑を彼女らに向けた。だが、誰も笑い返しもしないし、ましてやときめく事など期待してはいけない。その複雑な空気の中、ファンドラッドは、そのままで彼女達に言った。
「あはは、お仕事中失礼したね。ゆっくりくつろぎたまえ。」
 そういわれて、この重苦しい空気の中、誰もくつろげるものはいなかった。そもそも仕事中なのだから、ファンドラッドの台詞自体がおかしい。やがて扉が閉まり、彼とジャックの姿が消えた後も、彼女達は数分間、何も喋りださなかった。


「そんなに怒ることないだろ〜。あんたがいい奴だって語ってやってたんだから。」
 ジャックは、ぶつぶつとファンドラッドに言う。いらだっているのかファンドラッドの軍靴の音が、いやに高く響いた。癖なのか、ファンドラッドは軍靴を履いているときに、靴音を妙に高く響かせてしまう。それが、今日はこういう状態なので、二割り増し甲高い鋭い音が立っていた。
 ファンドラッドは、じっとりとジャックを睨みながら低い声で言った。
「お前は語るではない、騙るだ!いい加減にしないと、送り返す手間を省くために、その辺の海へ、コンクリート抱かせて沈めるぞ。」
「…さすが、本物だ。言う事が違うな。」
「何が本物だ!いい加減、私やくざ扱いするのはやめろ!」
 ジャックは肩をすくめたが、実際、時々そういうことをいう本人が悪いんだとも思ってしまう。ファンドラッドは、まだ何か言いかけたが、不意に人が通りがかったので、口をつぐんだ。基地に勤めているものたちが、彼に敬礼して歩いていく。
(ちっ。まーた、猫被りやがった。)
 ジャックは、こっそり悪態をついた。彼らが行ってしまうと、急にファンドラッドはいつもの態度に戻った。
「重要な書類を読んでいる時に水をさすな!」
「なんだよ〜、かわいい隠し…い、いえすみません、かわいい少年が、あんたを慕って会いに来てあげてるのに。」
 言い直したのは、当然ファンドラッドの視線が恐かったからである。
「慕ってるかどうかが謎だ。大体、お前、学校はどうした!?」
 ジャックは肩をすくめた。
「はっ。義務教育で学べるようなものは、オレには用がないぜ。」
「生意気をいうんじゃない。」
 ファンドラッドは、ひきつった笑みを浮かべ、ジャックの頭に手を置いた。その目がギラギラと殺気に輝く。
「…今すぐ、その役に立たないという義務教育を受けて来い。あとで本当に役に立たなかったかどうか、私が試してやる。」
「…きょ、脅迫だ〜。」
 ジャックが、叫んだのと同時だろうか。突然、爆発音が響き渡った。
 ジャックは、うわあ!と叫んで身をすくめ、ファンドラッドは一瞬、驚いたようだったがすぐに臨戦態勢に入った。廊下の向こう側からだったような気がするが、よくわからない。
「なんだ!」
 向こうから駆けてきた士官たちが、浮き足立った様子で応える。
「し、資料室のコンピューターがいきなり爆発しました!な、なにか、爆発物でも仕掛けられていた模様です!」
「…何?」
 ファンドラッドが、意外そうな顔をする。ジャックは彼の顔を見上げながら、とんでもない事になっているらしい事を知った。
「負傷者は?」
「破片で怪我をした軽傷のものが何人かいますが、しかし、それに火が…」
 ファンドラッドは、士官の様子を気に留めず、すたすたと歩いて煙の上がる資料室の方に向かった。その様子を一瞥して彼は鋭く命令する。
「ただの小火だ!慌てるな。さっさと負傷者を運び出して、手当てをしろ。そして、外に感づかれるな!特に上層部にな!消火は、詰め所の連中にやらせろ!こんなのものは消火器とスプリンクラーで消える!」
 びしっと命令を下した彼を士官たちはぼんやりと見つめる。それはそうかもしれない。ファンドラッドがきちんと部下に命令したのは、実はこれが赴任後初めてなのだ。しかも、こんな風に"軍人らしく"喋ったのをきくのも、ほとんど初めてかもしれないのである。
「なにをしている!早く行け!」
 動かない彼らに業を煮やしたわけでもないのだが、ファンドラッドは怒号を飛ばした。慌てて走っていく士官を見送り、ファンドラッドは軽くため息をついた。
「ちっ。コレは、ごまかすのにかなり人員が要りそうだよ。」
 すでに先程の彼の口調はすっかりと元へと戻っている。
「…やっぱり、あれだよなあ。」
 ジャックが横目でファンドラッドを見上げる。
「…爺さんってさあ、ずーっとさっきの口調でしゃべってたら、まだ普通なんだけどな。すぐに元に戻る辺りがダメなんだよ。」
「何がダメだ。…居丈高な調子で喋り続けるのは、ストレスがたまるんだよ?延々あれでしゃべってられるのは、この世でギルバルトだけでいい。あんまりいるとうっとおしいからね…ほんと…。大体、こんなしょぼい爆破一つで浮き足立っちゃって、みっともないったらありゃしないねえ、これだから、平和な時代の生まれの連中は…」
 と、いいかけて、ファンドラッドは何かを気づいたように、がっとジャックの方を振り向いた。怒られるのかと身構えるジャックだが、ファンドラッドの目には怒りとは違うものが浮かんでいる。
「ジャック!今日、学校はいつまでだ?」
「さぁ、オレいってないしなあ。ただ、何か職員会議があって、今日は早く帰ってこられるとか何とか…」
「それだ!」
 ファンドラッドは、突然きびすを返した。まだ煙をあげている資料室では、消火器をもった面々が何とか火を消し始めている。
「爺さんどこ行くんだよ!」
 ジャックが必死で追いかけるのを振り返らず、ファンドラッドは執務室の中からコートをわしづかみしてそのまま走っていく。途中、ケイテッドが現場に向かっているのが見えた。
「あ、閣下…どこへ…」
「ちょっと緊急事態がな…。ケイテッド君。後始末は君に任せた!」
 ファンドラッドは早口にいうと、ケイテッドに目もくれず基地のゲートへと向かっていく。
「あ、閣下!」
 ケイテッドは呼び止めようとしたが、すでに時は遅かった。その後を待ってくれ!といいながら、例の少年が必死についていく。ケイテッドは肩をすくめ、仕方なくファンドラッドのいうように『後始末』を綺麗に片付けるため、現場に向かうのだった。


「爺さん!どこ行くんだよ!あそこはいいのか?」
「後は部下に任す。…それよりも、まずいことがある!」
 ファンドラッドは軍服の上にコートを羽織って、さっさと歩いていく。それについていきながら、ジャックはファンドラッドに食い下がる。
「なあ、まずい事って何だよ。オレから見ればさっきの爆発が一番まずい事だと思うんだけど。」
「ああ、あれは、罠だ。どうやら、基地内に内通者がいるらしいな。」
 ファンドラッドは、ヘルメットを手に取りながら応えた。実は車二台がオシャカになっているので、今日は彼はオートバイに乗り込んできていたらしい。ジャックは、ファンドラッドがバイクまで持っていた事は知らなかったので、それにも少し驚いていたのだが、今はそちらよりも追求したい事がたくさんあった。 
「どういうことだよ!」
 詰め寄るジャックに、ファンドラッドは落ち着き払いながらも、早口で言った。
「基地で小規模な爆発が起こる。まぁ、事故にしろ故意に仕掛けられたものにしろ、どちらにしろ、普通、私は今日は基地に詰めっぱなしで証拠を隠滅するだの、あとくされがないように始末しなきゃいけない。それが私の使命だし、そうでもしなきゃ、私の首が確実に飛ぶからな。監督不行き届きで。」
「普通はそうだよな。でも、あんた…」
 あんたは普通じゃないから…といいかけたが、それはファンドラッドに遮られた。いらいらとした口調で、彼はジャックに訊いた。
「その間、シェロルはどうなると思う?今まで、あの子が安全だったのは、常に私が傍にいたからだ。今日は、戻らないとしたら…?それに、そろそろ、下校時間じゃないのか?」
「あ!」
 ジャックは時計を覗き込んだ。
「だろう?…シェロルをさらうなら今がチャンスなんだ!」
「え?だって、あの敵はあんたを狙ってるんだろ?また恨み買ったとかで…」
 ジャックが怪訝そうに訊いた。ファンドラッドはそれをきっぱりと否定した。
「違うな。…やつらの狙いは私ではない。シェロルだ。」



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©akihiko wataragi






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