Zekard・番外編・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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FIRE WORKS

 ジャックが見ていた花火は、いつもビルの向こうで咲いていた。彼が潜んでいる壊れた廃ビルの中の割れた窓からのぞくと、黄色の光がぱっと空に浮かんでは消えていく。きれいだと思ったが、それは遠い光景だった。
 あの光の下には、きっと家族や恋人たち、友達がみなで楽しく騒ぎながらそれを眺めているのだろう。ひとりでそれを眺めていると、ジャックはなんだかイライラして、落ち着かなくなる。心の底が、少し重くて何となく居たたまれなくなるのだった。それでも、音がうるさくて眠れもしないで、ジャックは花火そのものが開くのをみないで、雷みたいに発光する空ばかり見ていた。
 手には届かない幸せな光景。…今思えば、それがあの下で展開されているのを理解するのがいやだったのかもしれない


「ジャック君、どうしたの?」
 シェロルに聞かれて、ジャックはふと我にかえった。そちらを見ると、シェロルが怪訝そうな顔でこちらを見ている。
 今日は、彼らの住んでいる地区で花火大会があった。シェロルと一緒にやってきて見ているのはいいのだが、上がる花火を見ていると、ジャックは不意に前のことを思い出してしまったのだった。
 ジャックは慌てて首を振った。
「な、なんでもないんだ。」
「そう? なんだか元気なかったよ?」
 シェロルにまさか昔のことを思い出して感傷的になっているなどと思われたくないので、彼は慌ててうそをついた。
「そ、そんなことないって! 祭りは久しぶりだから、思わず見とれちゃったんだ!」
 祭りなどの大掛かりなイベントに行ったことなどない。知ったかぶりをするのは、シェロルに格好をつけたいからであり、さらに言えば、寂しかった記憶をなかったことにしたいからかもしれない。
 何となくそれが自分でもわかって、ジャックは少し気まずくなる。
「そうなの? でも、花火って綺麗ね。あたし、こんな近くで見たの初めて!」
 シェロルは、素直に感動して両手を合わせる。ちょうど、ドンという大きな音が、空気を揺るがして響き、特別大きな花火が開いた。それに少し肩をすくめてから、シェロルは、ばつが悪そうに苦笑した。
 向こう側にはたくさんの店が出ていて、さまざまなものを売っていた。本当に種類がたくさんあって、ジャックはいくつ店が出ているのかすぐには把握できない。ただ、大勢の人と光があふれていることだけがわかった。
「ジャック君。お店見に行かない?」
「え、でも…」
 ジャックは、この前小遣いを使ってしまっていた。ファンドラッドにねだっても、「使った君の計画性のなさを呪え」といって、一銭もくれない。さすがに昔のように盗むわけにもいかないし、と、ジャックは困った顔をした。
「シェロルちゃんだけいってくればいいんじゃないかな?」
「え、でも、あたし一人だとちょっと…」
 シェロルは、人の波を見て不安そうな顔をした。確かに一人の女の子が迷い込みでもしたら出られそうにない。
「それもそうだな。…それに爺さんに一応いっとかないとあとで怒りそうだし。」
 人ごみは嫌だとかいってファンドラッドは、後ろで一人ゆったりと花火見物をしている。
「オレ、爺さんに行ってくるよ。シェロルちゃんは、この辺で待っててくれる?」
 シェロルは言われて、綿菓子を見た。ちょうど人が何人か並んでいる。
「じゃあ、あたし、あれを買ってるね。きっと買えるころには、ジャック君戻ってくるだろうし。」
「そうか。じゃあ、そうしよう。すぐ戻るから!」
 そういって、ジャックはぱっときびすを返して走り出した。

 
 ファンドラッドは、人気が比較的少ないところに立っていた。夜目にもはっきりとわかる長身に、今日は妙な格好をしているのですぐにわかる。それは、周りから見れば浮いてしかるべき格好なのに、今日の彼ばかりは場に奇妙に合っていた。
 彼のいでたちはゆかたに平帯といったもので、なじみのないジャックにはそれがどこの服装であるかもわからない。ファンドラッドにはいろんな知り合いがいるから、彼らからもらったものなのかもしれない。少なくとも、似合っているのであまり文句も言えなかった。
「なんだ、お前か。」
 ファンドラッドはつまらなさそうに言った。
「小遣いは渡さないよ。」
「まだ誰も頼んでないだろ!」
 冷淡な口調に、ジャックは腹を立てる。最初から金をもらいに来たつもりもない。
「いいや、君ならありえるからね。」
 ファンドラッドは不機嫌そうに続けた。
「…人の多いところに行く気なんかしないといったのに…。おまけに私は暑いところが苦手なんだよ。何しろ繊細にできてるんでね。」
 ファンドラッドは皮肉まじりにいう。その嫌いだという暑さから逃れるためか、かき氷のみぞれをスプーンでかしゃかしゃかき混ぜながら彼は恨めしそうにジャックを見た。
「シェロルが行きたいといわなきゃ、お前なんか連れてこなかったのに。まったく、シェロルに今日のことを話したのは、どうせお前だろう?」
「何だよ! その言い方!」
 やけに癇に障る。ファンドラッドは、かき氷を口に入れながらそっぽをむいた。
「別に。暑いから口が悪くなってるのかもね。」
「十分冷えてるだろ! その食ってるもんはなんだよ! 氷の塊食いやがって!」
「塊じゃなく、塊を削ったものだ! かき氷だよ! かき氷!」
 ファンドラッドはそう怒鳴りつけて、余計暑くなったのか、深くため息をついた。
「まぁいい。じゃあ何なんだ? 用は?」
「シェロルが…店見に行きたいって…。迷いそうだし、一応あんたにいっとかないと怒ると思ったから…」
 ジャックが苛立ちを抑えてそういうと、ファンドラッドはまたかき氷を口に入れながら言った。
「店? 自由に行けばいいじゃないか。なんだったら電話かメールでもくれればよかったのに。」
「でも、移動するときは連絡しろって言ったし…」
 ジャックは言いよどんだ。やはり、心のどこかで小遣いが欲しいと思っている部分はあったのだ。それを認めるのが悔しくて、彼は舌打ちして方向を変えた。
「わかったよ! 勝手に見に行ってやるからな! ああ! 時間の損だった!」
 ジャックはヤケ気味にそういい捨てて、そのまま走り去ろうとした。が、ふと、ファンドラッドの声が飛んできた。
「…ジャック。」
 呼び止められて、ジャックは、きっと振り返る。今度はどんな嫌味を言うつもりだろう? そう思っていると、いきなり何かが飛んできたので、慌てて彼は手で受け止めた。手にした布の小さな袋の中でちゃりんと硬貨の音が響いた。
 ふと顔をあげると、ファンドラッドはぶっきらぼうな口調で、やや困ったような顔をしていった。
「今日はちょっと小銭が多くて財布が重いんだよ。…それを適当に軽くしておいで。」
 それからファンドラッドは、少し戸惑ったあと、こう付け加えた。 
「…ま、せいぜい楽しんでおいで。」
 冷たさを装っている様子のファンドラッドを見て、ジャックは少し安心した。走り出しながら、彼は大声で叫んだ。
「今まで小銭ためるの趣味だと思ってた! それから、氷、溶けて袖についてるぜ!」
 ハッとファンドラッドが、袖を確かめるのが見えた。ジャックはにっといたずら小僧の笑みを浮かべる。ファンドラッドが後ろで何か言ったが、彼は聞かなかったことにして、そのまま人の中に入っていく。
 上でぱっと光が散った。
(今は、別に嫌じゃないな、この光も音も…。)
 ジャックはそのまま、シェロルの待つ綿菓子屋へと向かって走った。


「…チッ…」
 ジャックに気を取られてうっかりしていた。財布を投げてやった拍子に、どうやら例の氷のカップが斜めになって袖をぬらしたらしい。糖分のべたべたしたのが手について、ファンドラッドは顔をしかめた。あとでちゃんと洗っておこう。わざわざ大声で指摘されて、少し彼は不機嫌になっていた。
「…ジャックのやつ…本当にかわいげがない!」
 むっとしながら、彼は空を見上げた。ちょうど、真っ直ぐにひとつの線が上って消えた。大きな音が聞こえる前に、ファンドラッドのガラス球みたいな薄い青の瞳に、花火の赤いわっかが広がって散っていった。


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