Zekard・番外編・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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Snow at midnight


「最悪だ。」
 休日だというのに、ファンドラッドは、相変わらず煙草ばかり吸っている。
「折角の休みの日に、ろくな思いをしない。」
「なんだよ、それはあてつけかよ。」
「あてつけに決まってるだろうが。」
 ファンドラッドは冷たく言いながら、隅にいる少年をにらみつけた。
「お前が素直に新年パーティーに出ていれば、私は私で、一応予定があったんだぞ。」
「へー、どこの女だよ? もしかして、ディナーの後はお持ち帰りで……あっ、ごめんなさい!」
 ジャックはひっと頭を抱えた。というのは、ファンドラッドが灰皿を掴んだからである。彼がそれをジャックにぶつけるはずはないのだが、反射的に怯えてしまう。
「オレの言う事そろそろ予想できてるんだろ。じゃあ慣れろよ!」
「下世話な事をいうガキは嫌いだと何度言ったらわかるんだ貴様は!」
 一頻り怒鳴ってから、ファンドラッドはこほんと咳払いした。再び煙草を口にくわえながらふうとためいきをつく。
「仕事だ、仕事。そんな楽しい予定なんてこれっぽっちもないね。」
「なーんだ。あんたの人生つまんないよなー、意外に。」
「君に言われたくないな!」
 ファンドラッドは、吐き捨てるように言う。それから少しだけ困ったようなため息をついて、こうきいた。
「シェロルの友達のパーティーになぜ混ぜてもらわない?」
「女ばかりのところにいくのはいやだ。」
 ジャックは急にませた口調でいった。普段シェロルと遊び回っているくせに、こういう時だけは、やたらに格好をつけてしまっているようだ。
「…どういう主張だ。」
 ジャックの妙な意地にファンドラッドはあきれる。煙草をふかしている間に、ジャックは歩いていって窓辺に立った。少し曇っているガラスの向こうで、くらい空の中から雪がちらほらと降っている。
「雪が降っちまった。」
 ジャックは、ぽつりといった。それがあまり嬉しそうでないので、ファンドラッドは意外そうな顔をする。
「なんだ、雪は気に食わないのか?」
「どうだろう、あんまり好きじゃないかも。」
 ファンドラッドは、あごをかるく撫でた。
「妙だな。士官学校にいたころ、十代後半の連中でも雪が降るとはしゃいで授業をさぼったりしたんだがな。」
「それって…」
「あのケイン=サヴァンだ。あいつには手をかけさせられた…。」
 ファンドラッドはため息混じりに言った。
「でも、他の子供達も雪が降るとはしゃぐもんだよ。…だいたい、君だって雪だるまつくりに走るタイプに見えるのに…。スキーとかそりとか…そういうの好きじゃないか。」
 急にいつもの、彼の外見とはあまりそぐわない口調になったのは、不機嫌が直った証拠なのかもしれない。
「そりゃ、スキーやるのは好きだけど、なあ、なんだか…寒い夜は外に出たくないんだ。」
 ジャックは急にしょげた口調で言った。
「どうしたんだ?」
 ファンドラッドは、煙草を灰皿でもみ消してソファから立ち上がる。
「別に…大したことじゃないんだ。」
 ジャックは深いため息をついた。

 
 あの日も雪が降っていた。ジャックは、その日、食料調達に出ていた。
 連邦の首都に密航してきてから、あれはどれくらい経った頃だっただろうか。ジャックは、正確な年数を忘れてしまっていたが、それほどは経っていなかったように思う。
 ジャックは、共に故郷で離れた親を探しに来ていた少年少女たちと一緒に廃ビルや古い地下道で暮らしていた。冬は寒かったが、皆でいたので寂しくはないし、何よりも心強かった。その後、一人で随分と暮らしたジャックは、つくづくと今では思える。
 戦争ではぐれた親を探しに連邦の首都に来たとき、ジャックは自分の名前を知らなかった。自分の住んでいた場所の資料だけは見つかったのに、名前の資料が焼けてしまったのか見当たらなかったせいもあるし、幼いジャックがそれを捜索するすべを知るはずも無かった。
 他の子にもそういった子供達がいくらかいた。だから、彼らは自分達だけの名前をつけることにしたのである。しかも、彼ら独特の方法、つまりゲームで。
 ジャックは、いつか酒場に忍び込んだときに手に入れた、賭け事師が置いていった破れたトランプを持っていた。だから、皆でそれを引いて名前を決めた。ジャックが引いたのは、スペードのジャックだった。だから、ジャックは「ジャック」になったのである。他の、特に仲のよかった髪の長い少女は「クィーン」になり、切れ者で身体の大きいリーダータイプの少年は「エース」、確か、「キング」はいなかった。他にも、クローバーやダイヤといった名前の子供達が一緒にいたような気がする。
 ジャックは、結構楽しくやっていた。親は見つからないし、誰かから食べ物を盗んだり拾ったりする最低の生活だったが、ジャックはあまり辛いと思わなかった。隠れ家に帰れば、少なくとも仲間がいる。足が速く、頭が切れるジャックは、特にかっぱらったり、財布をするのがうまかった。だから、調達役として重宝されていた。
 その日、確かジャックは街で金持ちそうな男から財布を見事にすったのだ。寒い日で、雪があつく降り積もっていた。そろそろ、新年になるらしいことは、街の飾りつけで予想がついた。ジャックは盗んだ金で、パーティ用のごちそうを買い集めると、息を弾ませながら雪の降りしきる道を走って帰ったのだ。
 ちょうど隠れ家に飛び込んで、ジャックは弾んだ声を上げた。
「皆! 今日はぜいたくできるぞ!」
 だが、応えるものはいなかった。沈みかえった場所に、ジャックは恐怖を覚え、折角買ったご馳走を放り投げて、隅々まで探し回った。呼んでも呼んでも、誰もいない。
一日探し回って、ジャックが手に入れたのは、どうやら密航がばれて仲間達は保護されてしまったという事だった。保護といっても、その後は故郷に強制的に帰されるのはわかっている。
 幼いジャックが、その日思い知ったのは、今から自分は一人で生きなければならないということと、そして、自分だけが助かってしまったという罪悪感にも似た感情が湧いたということだった。


「…寒い夜は思い出すんだ。」
 ジャックは辛そうに言った。
「…オレだけ逃げてるなんて…卑怯だよな。」
「…それは…ジャック。」
 ファンドラッドは、ソファーから立ち上がって窓際の方に歩いてきた。肩に手をおこうかと思ったが、逡巡してそれを元に戻す。ファンドラッドも、事情は少し知っている。だが、おいそれと慰められる内容でもないこともわかっていた。いつものように、きつい事でも言って突き放せば楽なのかもしれないが、この状況ではとてもそんなことはできない。
「…ジャック、…でも、それは仕方がなかったんだろう。君にはどうすることもできなかたんじゃないか。」
 考えた末、ファンドラッドは優しい声でそういった。
「仕方が無い事は考えても仕方がないよ。…君がどうにかできる問題じゃなかったんだろう?」
「でも、…オレ…」
「ジャック…、過去は、取り戻したくても取り戻せないし、今更どうこうできるものじゃない。だからこそ、思い出すたびに辛くなる。それも、私は一応わかってるつもりだよ。」
 ファンドラッドのアイスブルーの瞳が、どこか寂しげに見えた。
「…でもジャック。生き残ったものは生きていけるだけ生きていかなくてはならないし、逃げ延びたものは逃げられるだけ逃げ延びなければいけないんだ。多分、それが彼らのためなんだよ。…そう思うしかないだろう?」
「…そうだけど。」
 ジャックは、ふと顔をあげて、ばつが悪そうに笑った。
「…ごめんよ、爺さん。…オレ、こういう話するつもりじゃなかったんだ。…なんか、あんたの嫌な思い出も思い出させたみたいで。」
「いいや。そうでもない。」
 ファンドラッドは綺麗に否定したが、それは多分嘘だとジャックは思った。
「まあ、こんなところで話もなんだろう。そろそろ飯にでもしようか。」
「あ、そうだな、わかった!」
 ジャックは言うと、ややわざとらしく弾んだ調子でリビングの方に駆けて行く。そして、思い出したようにファンドラッドのほうを向いた。
「…あの、…ありがとな。」
 ジャックはすぐに向こう側に消えていった。ファンドラッドは、ふうとため息をつき、まだくすぶっていた灰皿の煙草の火を完全に押し消した。


 すでに夜半だった。シェロルも帰ってきて、ジャックもつられて元気になっていた。しばらく話し込んでいたあと、彼らはお互いの部屋に戻って眠ってしまったが、ファンドラッドはまだ書類に目を通していた。そう難しい仕事でもないのに、書類を読む気にはならず、煙草ばかりが本数を増やしていた。
「仕方がない、か。」
 ファンドラッドは、煙草をくわえたまま、苦い笑いを漏らした。
「あの時、あの人が死んだのも、…仕方のないうちなのだったか?。」
 呟き、過去の苦い思い出がふと頭をよぎる。
「自分が割り切れていないのにそんなことをいっても、説得力も何もないのにな。…全く。」
 ファンドラッドはそういい、煙を吐いた。今日の煙草は一段と苦い。
 いつの間にやら雪はふぶきに変わっていた。
 ジャックは、今日は平穏に眠れるだろうか。悪夢など見ないだろうか。ファンドラッドはふと不安になった。強い吹雪が収まれば、きっとジャックも安心して眠れる。そう思うと、ファンドラッドは、雪がやんでくれないものかと、祈るような気持ちになっていた。


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