Zekard・番外編・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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追跡

 
 その日、朝からファンドラッドは出かけるという。シェロルは、昨日からゼッケルス夫妻がこちらに来ているのでシェロルは、明日まで帰ってこない。一人残されることになるジャックが、文句をいうのも当然だった。
「どうして、オレだけ置いてくんだよ!子供に一人留守番させたら無用心だろうが!」
「お前みたいな子供なら大丈夫。」
 ファンドラッドは、素っ気無い。
「うっかりさらわれたらどうするんだよ!」
「お前みたいな子供をさらうようなやつはいない。」
「じゃあ、脅されるかも…」
「ふん、逆に脅し返してるんじゃないのか?」
 ファンドラッドは、コートを払いながら黒い革靴を取り出した。どうみても、よそ行きの服装である。
「それに、ここは軍隊の宿舎。…入ってくるような悪人がいたなら、そいつは見上げた勇者だぞ。」
 にやりと笑われ、ジャックはそれ以上突っ込むすべをなくす。
「どこ行くんだよ。」
「お前には言わない。言ったらついてくるだろうが。」
 ファンドラッドは、着々と用意を済ませていく。
「…なあ、…ちょっとぐらい連れて行ってくれても…。今日、日曜なんだよ。オレだって、どこか遊びにいきたいし…。」
 ジャックは、少しねだるように言った。表情には出さなかったが、休日、一人残されるのは寂しかったのである。
「うるさいな。お前はうるさいから連れてかない。」
 ファンドラッドは、靴を履きながら少しジャックをにらんだ。そろそろ、うっとうしくなってきているらしい。ジャックは、少しだけかちんときた。
「なんだよ!」
「だいたい!」
 ジャックが声をあらげようとしたとき、ファンドラッドが素早く振り返ってジャックの眼前に人差し指をビッと向けた。思わず迫力に飲まれて絶句する。
「宿題がまだだろう!全部済ませろ!しかも、お前学校さぼっているそうじゃないか!お前が勉学に励みたいというから、ちゃんと手続きしたんだぞ!」
「いいじゃないかよ!別に。気が変わったんだもん。」
 といいながらも、ファンドラッドが恐いのでジャックは腰が引け気味である。
「義務教育だけが教育じゃないと思うんだよなあ。」
「ホント、口だけは義務教育以上だな、ジャック!」
「いてっ!」
 ぱん、と頭をはたかれ、ジャックは面白くなさそうにファンドラッドを見上げた。
「だって、シェロルだって明日まで帰ってこないし!オレ一人残すなんて、ひどいんじゃない?」
「普段の行いが悪いんだよ。大体、子供の来るところじゃない。大人しく、留守番してなさい。夕方には帰ってくるから!」
「何だよ、そうやっていーっつも俺のことのけ者にしてさあ!」
「とにかく、一日大人しくしてろ!冷蔵庫に昼ご飯は作っているからな!あと、それから戸締りはちゃんとしろ!ついてきたらただじゃおかんぞ!」
 心配しているのか、邪険にしているのかよくわからない言葉を残し、ファンドラッドは立ち上がる。そのまま、ドアをあけて、そのまま、外に出る。うなるジャックをちらりと見て、ため息をつくと、ファンドラッドは、急に視線を鋭くした。
「つ・い・て・く・る・なよ!」
 バタン!とドアが閉まる。がちゃり、と音がしたのは、ファンドラッドが鍵で閉めていったのだろう。それから、甲高い靴音が早足で遠ざかっていった。
 一人になって、急にがらんとした部屋を見つめ、ジャックは、少し肩をすくめた。
「へっ!」
 軽くドアを蹴り飛ばし、ジャックはにやりとした。 
「オレをおいてこうったって、そうはいかないぜ!」
 合鍵を取り出し、ジャックは颯爽とドアから飛び出る。一応、鍵を閉めておいて、それから足音を消して、それでもなるべく早く歩き出す。
 宿舎を出て、道に入ると、歩くファンドラッドの後姿がちらりと見えた。駅までは歩いていくらしい。普段、近くに行くにつけても車だのオートバイだの使って横着している割には、こんなところで真面目に歩いていたりする。その基準はよくわからない。ただの気まぐれかもしれない。
 ファンドラッドは、駅に行く途中の花屋の前で足を止め、自然な動作で花屋の中に入った。何分か、店の気立ての良さそうな可愛らしい娘と談笑しながら花を物色している。常連なのかどうか知らないが、いやにファンドラッドは愛想がいい。もっとも、外面のいい彼のことだから、別に常連というわけではないのかもしれない。やがて、ファンドラッドはかすみ草としろのゆり、それからオレンジ色のゆり等を選んで花束にしてもらった。代金を払いながら、ファンドラッドはその健気そうな店員に少し気障に礼を言った。
 買ったのは花だ。
 ジャックの鋭い嗅覚がぴんと、反応した。
(ははあん、とうとうなじみの女に会いに行くんだな!)
 ジャックはにやりとする。ファンドラッドはヘンなところでお堅いらしく、時々、そういう話をすると本気でにらまれてしまう。だが、彼自身はどちらかというと女垂らしにみえなくもない雰囲気があった。そもそも、気障なんだから、そうみえるんだよ、とジャックは思う。今まで見る限り、ファンドラッドの周りに女性の影はなかったが、本当にいないとは限らない。ジャックに見られないように、こっそり怪しい関係を続けているんじゃないだろうか。
(今日こそ、爺さんの逢引きシーンを目撃してやるぜ!)
 ジャックは、いよいよ勢い込む。人の秘密を探るのは好きだ。特に、いつもやり込めてくるファンドラッドの弱みを握る事ほど楽しい事は無い。絶好の復讐の機会なのだ。
 駅に着いたとたん、ファンドラッドの足が早まった。
「ちっ!気づかれたか!」
 ジャックは、舌打ちをし、慌てて後を追いかける。まさか、電車が迫ってきているわけでもあるまい。明らかにジャックの存在に気付いている。ファンドラッドが気付かないわけが無いのだから。
(巻かれてたまるか!)
 ジャックは走り出す。ファンドラッドは、カードを使って手早く自動改札をすり抜ける。いくつの駅をいくのかよくわからない。ジャックは、ファンドラッドから何かあったら使うように言われていたカードを使い、同じように改札を抜けた。
 人が流れるように動いていた。ジャックは、ベージュのコートを見失わないようにだけ気をつけて、あわてて彼の後を追いかける。背の高いファンドラッドは、歩幅があるので結構歩くのも早い。ジャックは、必死でそれについていく。
 階段を上がって、下がって、それから…。一番最後には、もう一度下がったが、どれだけ階段を上り下りしたかわからない。ファンドラッドがこんな複雑な道を行くのは、やはりジャックをまきたがっているからだろう。おまけに、エスカレーターは使わない。便利だが、エスカレーターなんて悠長なものに乗っていたら、ジャックに捕まるのがおちだからである。それに、エスカレーターには人が一杯で、通り抜けるには向いていない。
 ぜえはあ言いながら、ジャックはとにかくファンドラッドについていく。いつの間にか、地下鉄に入り込んでいたらしい。階段を下りた途端、地下鉄の車両が飛び込んできて、塵と、どこか都会を思わせるにおいのする地下のこもった空気を巻き上げた。
 ファンドラッドは一両目のドアが開くのと同時にそちらに乗り込んだ。慌てて追いかけてきたジャックは、二両目に何とか滑り込んだ。人がばらばらと入ってくる。
 それなりに人がいて、ジャックはうっかりと席に座れなかった。同じ年の子供からすれば長身のジャックはつり革に背は届くことは届くのだが、手が疲れるので近くの手すりにもたれかかった。一両目と二両目の間のドアのガラスから覗くと、ファンドラッドも立っていた。座れなかったのか、座らなかったのか、ジャックにはわからない。
 天井では、雑誌の広告が時々ゆれている。どこかの映画スターのスキャンダルだとか、簡単にできるダイエットなどの見出しが、ちらりちらりと覗いている。
 電車の揺れは、単調だが眠気を誘う。こんなところで寝てはいけないと、ジャックはあくびをかみ殺した。
 こっそりと見ると、ファンドラッドも広告を眺めていた。割と真剣に見ているので、ジャックは思わず忍び笑いを漏らす。
(あんなんでも、ふつーの世の中の動きにも興味あるんだな〜。意外とミーハーなのか?)
 ジャックは、そんなことを思いながらファンドラッドの様子をうかがっていた。ファンドラッドは、職業柄、社会情勢には鋭いのだが、スキャンダルを取り扱うような雑誌や新聞を読んでいるのはあまり見ないので、ジャックとしては新鮮だった。なにか、贔屓目にみている芸能人でもいるのだろうか。だとしたら、またからかえるな、とよからぬことを考える。
 三駅目で、ファンドラッドは突然ホームに降り、向かいにとまった車両に乗り換えた。油断していたジャックは、またしてもあわてて電車を降りて飛び乗ることになった。
 ばたばたとあわただしく乗り換えたが、運良くジャックは席を取ることができた。さっきまで立っていたので、今度は座れてよかったと思う。それに、この席なら、一両目のファンドラッドがよく見えるのだった。
 またしても、ファンドラッドは立っている。電車はそこそこの込み具合であるし、座ろうと思えば座れたのだろうが、他人にわざと座らせたのかもしれない。彼は時々そういうことがある。それが、格好をつけるためなのか、純粋にファンドラッドの良心から来たものなのか、まだ未熟者のジャックには推し量れない。
 不意に景色が変わった。どうやら、これは地下鉄ではないらしい。黒い穴倉の景色ではなく、外に高い建物が見えた。昼の明るい太陽が、それを容赦なく照りつけている。その、まぶしい建物が、徐々に数を減らしつつあった。都会から離れていっているという感じだった。
 若い娘が席を立ち、ファンドラッドに向かって席を指し示した。彼は、それをみて、優しく微笑むと手を振って辞退した。女性がくすっと照れたように笑ったのを見ると、『女性を立たせるわけにはいかない』とでも、また気障な事を言ったのかもしれない。
 ファンドラッドは軍人としてはかなりのエリートなはずなのだが、デスクワークよりも、実戦経験のほうが多いようだった。そうしてきた彼は、そんじょそこらの兵士よりも体力があったし、こんな風に一時間や二時間立ち詰めたって、それで参るほど柔ではない。
(ああいうのに座席を譲ろうって言う殊勝な子がこの世にはまだいるんだなあ。)
 ジャックは思わず、人間も捨てたもんじゃないねとばかりに、子供らしくもないことを思う。
 ファンドラッドは相変わらず外を見ている。こうして、電車の窓の外を見ている様は、何かの洒落た映画にでも出てきそうな雰囲気だった。
 正午が近づいていた。空腹だったが、何も持ってきていなかったので、ジャックは仕方なく我慢するしかなかった。
 ファンドラッドは、まだ気付いていないのか、ジャックのいる方を見ない。ずっと、外ばかり見ている。そんな彼の顔は、目的地に近づくたびに、どこか寂しげに見えた。
 ジャックは、足を少しぶらぶらさせながらそんな彼の横顔を眺めていた。なんだか、ジャックまで寂しい気分になる。よほど、「爺さん、ついてきたんだけど」と言い出そうかと思ったが、それすらためらわれるほど、ファンドラッドはまるで彼の知らない人間のように見えた。
 どこへ行くんだろう?
 ジャックは、疑問に思う。
 本当に、どこへ、行くんだろう?
 逢引きするんじゃないかなどと、軽い事を思った自分をジャックは少し責めたい様な気分になる。着いてこなければよかった。見つかったら、きっとファンドラッドは怒るに違いない。ファンドラッドの神経を逆撫でするようなことをしてしまったのだから。誰にだって見られたくない事だってあるのに…。
 しかし、今更、途中下車も出来ない。降りたところを見られるかもしれないし、それに、降りてもどこから帰ればいいのやら。…彼としたことが、ファンドラッドを追いかけるのに必死でどこのホームからどう乗ったのかわからなくなってしまった。すでに外には、来たことのない見知らぬ土地の風景が延々と流れている。
 暑くなってきたので上着を脱いで、ひざの上においた。ジャックはもう一度、ファンドラッドの方を窺った。ファンドラッドは方向を変えていて、彼の方からは背中しか見えなかった。


 終点を告げるアナウンスが、響き渡っている。ジャックは慌てて飛びおきた。いつの間にか寝てしまったのだろうか。慌てて立ち上がり、ここがどこであるか確認しようと外に出る。
 見たことのない、のんびりとした風景が広がっていた。寂れた感じのする商店が、駅の前にある。自動改札らしいものは一応あるが、駅員はいなかった。無人駅だろうか?
 ジャックは、改札を出て、駅の前のロータリーに佇んだ。都会の駅とは違い、人はずいぶんと少ない。ファンドラッドの姿を探すが、彼の姿らしいものは見えなかった。仕方なく、商店のほうに向かい、通りすがった中年の男に声をかけた。
「すみません。あの、七十歳ぐらいの…ちょっとしゃれた感じの人を見かけませんでしたか?背が高くて…片眼鏡をかけた…」
「ああ…」
 中年は、思い出したようにいった。
「そういえば、さっきそのような人が…。花束を持っている人かね?」
「はい。」
(かなり気障な…)
 ジャックは危うく付け加えそうになり、こっそりそれを飲み込んだ。あえて、ファンドラッドの悪口をいうこともないだろう。聞いているはずはないが、どうもいうのが怖かった。
「ああ、それなら、あっちの共同墓地の方に向かっていったよ。ついさっきだから、追いつくと思うんだが…」
「ありがとうございました!」
 ジャックは、中年に礼を言うのももどかしく、走りながらいった。ファンドラッドは、歩くのが早い。普段、ゆっくり歩いているくせに、時々信じられないぐらいの速さで歩いている。時間をとれば、それだけ彼とはぐれやすくなるということだ。ついさっき、とはいうものの、ファンドラッドを相手にしているときの「ついさっき」は、「少し前」ぐらいにはなってしまう。
(しかし、共同墓地?)
 ジャックは不自然に思った。
 あのファンドラッドがどうして共同墓地なんかに。墓参りにでもきたのだろうか?そう考えても、どうしても疑問が残る。
(だとしても、誰の墓参りだよ?)
 そう思いながら、ジャックは走った。
 昼下がり、暖かな日差しの中、ジャックは住みなれた都会とは違う、古い景色の中を走り抜けていった。


 静かだ。昼下がりの共同墓地は、周りの森から漏れる緑の木漏れ日が目に優しい。人気はなかった。ずらりと並ぶ墓石と、そこに手向けられた花束しか見えない。平穏な場所だった。なんとなく神聖な静けさを感じさせる。
 ファンドラッドは、人気のないそこを一人で歩いていた。遠い昔に思いをはせるかのように、ゆっくりと歩いていた。そして、ひとつの苔むした墓石の前で立ち止まる。ほかの墓石と比べてもひどく古いそれを、彼はひどく懐かしそうに見ながら、花を手向けた。そして、恭しく礼をするとこういった。
「お久しぶりでございます。”閣下”。」
 

 ジャックは共同墓地に入り込んでいた。ファンドラッドが、いるのはすぐにわかったが、はてさて、どうやって行動をしたものか、わからなくなったのである。どうやら墓参りの最中のファンドラッドに声をかけるのも気が引けたが、それ以前に、まだ見破られたくないので、木陰にこっそりと身を潜める。 
 ファンドラッドが何をしているのかはよくわからなかった。もしかしたら、何か墓石に向けてでも声をかけているのかもしれなかったが、背を向けているし、声も聞こえるほど近くはない。
(…なんか、変なことになっちまったな〜)
 そうはいっても、ファンドラッドを見逃すと、家に帰るのが難しくなる。だが、見つかるときっと大目玉を食らう。このまま、隠れているのが一番上策なのだが、いつ気づかれるかどうかと心配しているのが一番つらい。まるで生殺しだ。とっとと見つけてくれたほうが気が楽かもしれない。
 そうジャックが思ったとき、不意にファンドラッドはこちらを向いた。やばい、とばかりに、ジャックはあわてて木の幹に隠れる。
 ファンドラッドは、軽く笑った。
「…ジャック。そこにいるんだろう?」
 ファンドラッドに呼ばれて、ジャックはびくりとすくみ上がる。生殺しよりましだとはいったものの、実際に呼ばれるとたらたらと冷や汗が流れてしまう。
「遠慮せずにこちらに出てきなさい。」
 ファンドラッドの声が聞こえた。声の感じから、彼が怒っているのかどうかは読み取れない。
「…う、は、はい。」
 おどおどと外に出てくると、ファンドラッドはにやりとした。まずは、嫌味でも浴びせられるのだろうかと、ジャックが身構えた時に彼は言った。
「仕方のない奴だ。」
 そして、軽くジャックの帽子に手を触れた。
「昼も食べずについてきたのか?本当に、どうしようもない奴だな、お前は。」
「な、何だよ!馬鹿にするなよな。」
「馬鹿にしてないさ。…あきれを通り越して感心しただけだ。」
 そして、いつものように少し意地悪っぽくにっと笑う。
「まさか、ここまでついてくるとは思わなかったが…」
「…そ、そりゃあ、まあ。」
 行き掛かり上、はぐれるわけにもいかなくなったとは、ジャックはいわない。それから、恐る恐る、ファンドラッドを見上げた。怒っている気配はない。あれほどついてくるなと言っていたのに珍しい事もあるものだ。
「怒らないのか?」
「何が?言いつけを破った事か?お前が言いつけを守るとは、最初から思っちゃいない。途中で帰るかなと思っていたんだがなあ。」
 ファンドラッドは、軽く笑った。 
「その辺りで何か食べていくか?…どうせ、今日はシェロルはゼッケルスと一緒にいるんだし。」
「…でも…」
 ファンドラッドが思いのほか優しいので、何となくジャックは遠慮してしまう。言いつけを破った上に、こんなにやさしいなんて…。あまつさえ不吉なことでも起こるのではないかと、心配になるほどだ。
 今度は、ファンドラッドのほうが怪訝そうに首をかしげた。あつかましいジャックがどうしたのだろう、と言いたげなのは何も言わなくてもわかる。
「…何だ?お前にしては珍しいな?」
「いや、そうでもないんだけど…何か…オレ…」
「気分が悪いわけでもないんだろう?酔ったとか?」
 少しだけ心配そうにジャックを覗き込みながら、ファンドラッドは訊いた。ジャックは首を振る。ファンドラッドは少し安心したような顔をして、顔を戻した。
「…じゃあ、決まりだな。」
 それから軽くジャックの頭を撫でる。ファンドラッドは歩き出し、ジャックはそれについていこうとしながらも、そうっと後ろを覗いた。古い墓石には、蔦のようなものが巻きかかっていたし、風雨に打たれて、文字も風化しかかっていた。
 だが、かろうじて読めるものがある。じっくりと見ることが出来ないので、更に読みにくかったが、ジャックは読める文字を拾っていった。
 ――……ザーク…ルダ…ファンドラ…ッド…
(ファンドラッド?)
 ジャックはハッとして、ファンドラッドを見上げたが、一歩前を歩く彼の顔は見えなかった。
 姓がファンドラッドだということは…、もしかしたら、彼の本当の縁者だろうか?
 ジャックは、歩きながらそう考えた。だが、それ以上の詮索はムリだったし、それに何となく気が引けた。その思い出が楽しいにしろ、哀しいにしろ、…触れてはいけないような気がした。
 確かなのは、ファンドラッドには、ジャックの知らない過去がたくさんあるということだ。それは、傍からうかがい知る事は出来ない。彼の口から語られるまでは……
「どうした?」
 ふと、彼は首を傾げる。 ジャックは首を振る。
「なんでもないよ。」
「ヘンな奴だな?」
 ファンドラッドは、不意に微笑んだ。穏やかで優しい表情だった。
「…さあ、帰ろう。」
 ジャックは、少しだけ後ろを振り向いた。ファンドラッドの手向けた花束だけが、そこに色を添えている。
 ジャックはいつか、それについてファンドラッドから訊いてみたいと思った。


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