Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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第一話

プロローグ

 ジャックは荷物を背負うと、目の前の心配そうな女性に挨拶をした。
「じゃ、オレ、行って来るよ。」
「本当に行くのかい?」
「ああ。」
 ここは孤児院だった。彼はそこで、この三ヶ月ほどを暮らした。それまでのものを盗んで生活していた時とは違い、ここでの生活は天国のようだった。盗まなくてもものが食べられるし、寒さに怯えることもない。ただ、その生活は幸せすぎて、いっそ退屈だった。それに、何となく物足りなさもあったのだ。
「でも、あの人は、連絡を入れてこなかったんだろう?」
「そりゃそうだろ。…あの人、オレなんか本当は引き取りたくないんだろうからさ。」
 ジャックは何でもないように言って肩をすくめたが、内心は少し寂しかった。
「それがわかっているのにいくのかい?」
「うん、まあ。だって、約束したからな。約束は守ってもらわないと。男に二言はないっていうだろ? 大体あの人軍人だし、守らせてやらないと。」
 ジャックはつとめて明るく振る舞った。本当は少し不安だった。もし、本当に、彼が迷惑だったらどうしようかと思ったのだった。
 ジャックは戦災孤児で、身よりもなかった。親しい友人もここにはいない。ただ、三ヶ月前、ある弱みを握って、自分を助けてくれるよう約束した彼だけが、唯一頼れる存在だった。この施設に入れてくれたのも、また彼だった。
 しかし、落ち着いたら連絡をいれるといっていたくせに、いつまで経っても連絡など入れてこない。約束をすっぽかすつもりなのは、簡単に予想がついた。
「それじゃあ、オレ、行って来るよ。」
「連絡はしないでいいのかい? いきなりいっていなかったら…?」
 心配そうにいう女性に、彼は首を振った。
「だって、連絡なんかしたらあいつ逃げるかも知れないしさあ! 大丈夫だって、どうしょうもなかったら、またこっちに電話するよ。」
 ジャックはにっと笑うと、きびすを返した。
「それじゃあ、今までありがとう。」
「ああ。気をつけてね。」
 彼女は手を振るジャックに微笑んでかえした。
「何かあったらすぐ連絡するんだよ。」
「ああ、ありがとう!」
 ジャックはそういってバス停の方をみた。ちょうどバスが来ようとしているところだった。まずいとばかりに彼は慌てて走っていく。それを見ながら、女性はため息をついた。
「なんだい、あの子いっちゃったのかい?」
施設で働く同僚が、少し怪訝そうに聞いた。
「あの子、ここが気に入らなかったのかな?」
「そうじゃあないんだよ。…あの将軍のところにいくんだってきかなくって。」
「ええっ! あの人のところへかい?」
 同僚の女性は驚いたように口を押さえた。
「ああ、そうだよ。あんたも不思議だと思うよねえ。だって、あの将軍も悪い人じゃないんだけど……」
 女性は、ふっとため息をついた。
「何となく、不気味な感じの人なんだよね。」
「ああ、こう、人間の温かみがあまり感じられないと言うか…そういう人でしょう?」
「そうなんだ。…どうして、あんな将軍に懐くかねえ。…あたしには理解できないよ。」
 同僚にそういいながら、女性はバスに乗り込むジャックを見ていた。ジャックはこころなしか弾んだ足取りで、そのバスに乗っていった。その顔には、これから起こることへの期待と不安が同時にあらわれているようだった。



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©akihiko wataragi
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