Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



一覧 戻る 進む


 5.ラグ=ギーファス
 缶ジュースを一気にあけて、男たちはそれを口に含んだ。
「ふう、とりあえずは一つ仕事は済んだな。」
「あぁ。」
 廃工場の表側に、見張りを兼ねて男たちは集まっていた。作業服を着ているが、彼らは全員戦闘員である。全員で四人。後のものは、皆、先に帰ってしまった。
 始末したあの軍人は、今のところそのままにしてある。うつぶせになって倒れている彼は、全く動く気配がなかったし、生きている気配もなかった。銃弾を何発もくらって人間が生きられるはずが無い。この廃工場には、人は通らない。しばらく、そこに放置していてもなかなか発見されないだろうし、上から屑鉄をかけて隠してもいい。何にせよ、一度、男たちは休憩がしたかった。
「…全く、どうも釈然としねえ。」
 一人の男が怪訝そうに言った。
「はん、後味でも悪いのか?」
 おもしろがって男が、となりの男に言った。
「…いやぁ、そんなんじゃねえが…」
 今回の仕事は、その内容にしてはあまり後味は悪くない方だった。確かに、老人を寄ってたかって撃ち殺すというのは、後味の良くない仕事にはいる。だが、今回は、特別なパターンである。見かけはああでも、先程のターゲットは、立派な軍人で、しかも、それに何人か負傷させられている。おまけに、普通の銃弾で撃っても相手は平気で立っていたのだ。そんな相手をか弱い老人だと認識するようには、彼らはできていない。おまけに倒れている彼は丸腰ではなく、ちゃんとコートの下にはかなり強力な弾丸を撃てる銃が隠されていた。しかも、軍から支給されたものではなく、ちゃんとカスタムされていた。
「ただ、何となくイヤな予感がするんだよな。あの爺、なんであんなにあっさり…」
 男は怪訝そうな顔をした。いくら撃たれたとはいえ、妙に違和感のあるおとなしさだった。まるで、わざとやられたみたいだ。
「抵抗しても無駄だと思ったんだろ?ガキもいたし。」
「…そりゃあそうだが…」
 男はまだ首を傾げている。
「幽霊でも信じてるのか?いくら、銃弾では死ななかったっていっても、あれだけやれば生きてるわけないぜ。」
 別の男がせせら笑った。
「そうじゃねえ。確かにあの時は少し驚いたけどよ。」
 男は少しむっとしたようだった。
「防弾性のジャケットでも着てたんだろ、あの時は。」
「だが、一回目のアイツはどうなんだよ?」
 言われて、男は不意にふきだした。
「あの、『額をぶち抜いたはずなのに!』って何度も繰り返してるアレか?頭でも打って、どっかおかしくなっちまったんだろ?」
「確かに、あいつは元々ドジだったからな!」
 数名の男たちが笑い出す。
「まぁまぁ、これさえ終われば、オレたちの給料も上がるだろうしさ。ドレンダール様がな…」
「ドレンダール様が何だって?」
「オレにこっそり教えてくれたんだが、あれを手に入れたら、すごい金が入るらしいぜ。」
 得意げに男は語る。
「何でだよ?」
 首をかしげた男に、一人が尋ねた。
「さぁ、オレもそこまでは…。だが、あの…」
 言いかけたとき、男は不意に目を皿のようにして口をつぐんだ。その目には恐怖の色が映りこんでいる。
「どうした?」
「なんか、変だぞ。」
 怪訝そうな彼らの前に、男は、がくがく震える指でゆっくりと背後を指し示した。彼らが振り返ろうとする前に、不意に声が聞こえた。
「ほほう、それは随分と楽しそうな相談だな?」
 低くて深みのある少し甘い声色。少しだけかすれてはいたが、それははっきりと彼らの耳に届いた。
 そこには、先程蜂の巣にしたはずの人間がなぜかその場に立っていた。半ば壁に寄りかかるようにして優雅に微笑みながらである。血染めの軍服に、まだ生々しくいくつかの銃痕が残っている。ありえない。弾丸は貫通しているはずだ。いや、貫通しているのは確かだった。にもかかわらず、彼は平気で立って笑っている。唇には、赤い鮮血が零れ落ちたあとさえはっきりまだ残っているのだ。だというのに、彼の顔には苦痛を感じているような表情は見られない。
 割れた片眼鏡の破片が、まだ右目についているのに気づいて、彼はそれをゆっくりとはずした。光を映さない瞳が、鮮明に彼らの前に現れる。不思議に冷徹に輝く左目と、光を失った右目の対比は、あまりにも不気味で不可解だった。
 真昼に現れた幽霊にしては、あまりにもそれは鮮烈すぎた。ファンドラッドは、組んだ腕を少しだけ外した。 
「き、貴様!」
 男たちは、狼狽してあとずさる。震える彼らを見ながら、ファンドラッドは気持ち良さそうに笑った。それから、ゆっくりといつもの、彼らしい口調で話し始めた。
「まさかねえ、特殊強化弾丸だとは思わなかったよ。鋼鉄でも貫けるようなものをもってくるとはねえ、僕もそれなりに脅威だったわけだ。そこまでは予想してなかった。僕の油断ともいえるし、ま、ある意味おごりともいえるかな?」
 口元から流れる赤いものを無造作にぬぐうと、ファンドラッドはふっと微笑み、顔を上げる。彼はいつものように自分の勝手でべらべらと喋り始めた。全くの無駄口だったが、この状況下でのそれは、あまりにも不気味だった。
「とはいえ、僕一人じゃこんなへまはやらなかったんだけどね。ジャックの馬鹿がいなきゃあ、こんなにやられる事も無かったわけだが、まぁ、一応褒めといてあげるよ。ここまでは、ね。」
 にっこりと、ファンドラッドは、不気味な愛想笑いを浮かべた。愛想が良すぎて、何ともいえない冷たさを逆にたたえる。
「でも、あそこからが君達の失敗だったね。私を殺すんなら、一旦動きを止めてから、爆弾でも使って粉々にしなきゃあなぁ。じゃなきゃあ、止めなんて君達にはとても刺せないよ?」
 ファンドラッドは、ポケットをあさってシガレットケースを取り出した。真ん中に穴の開いたその中身は、彼が右手にそれを取り出した途端、灰の部分が崩れ落ちて、はらりと下に落ちた。ファンドラッドは、芝居がかった動作で肩をすくめた。
「ああ、もったいないなあ。これ、結構気に入ってたんだよ?…あぁ、そうだ。君達、煙草もっていないかい?…できれば、一本欲しいんだけどなあ。」
 そういって、わずかに目を細める。
 恐怖に耐え切れなくなった者が大声で叫んだ。
「化け物だ!こいつ人間じゃない!」
 慌てて銃を構え、狙いも定めずに引き金を引く。そんなものが当たるわけがなく、ファンドラッドは身じろぎもせずそこに立っていた。足から三メートルほど離れた場所の小石がはじけた。
「…さて、僕の服を台無しにした始末はつけてもらおうかな…。クリーニング代だけじゃあ済まさないよ。」
 ファンドラッドの履いている軍靴が、砂を噛んで音を立てる。彼が地面を軽く踏み切った途端、男たちは、その恐怖に駆られてか、それとも防御本能からか、一斉に銃を向けた。
 顔のそばを銃弾が掠める。それはわかっているはずなのに、彼の顔には奇妙な笑みが浮かんでいた。その瞳は静かだが、奥になにか凶暴ともいえる光が宿っていた。一番近くにいた男が、突然足をすくわれてひっくり返った。同時に、握っていた銃はするりと手から抜き取られ、ファンドラッドの右手に収まっていた。一瞬、緊張が走る。
「今日は私はまだ機嫌がいい方だ。」
 ファンドラッドはぼそりといった。
「だから血は見ない方向でいこうか。」
 拳銃の銃身の方を持つと、右手にいた男に素早く近寄った。帽子を被った男は、気の毒に銃床で顔を殴られ、そのまま後ろに倒れた。
「ち、畜生!」
 素早く目の端で確認する。一人は、すでに恐怖心で戦闘不能になっていた。あと動いているのは、たった一人である。
「死ね!」
 男は構えていたライフル銃の引き金を引いた。それはファンドラッドの右肩を掠めたが、彼は少し揺らいだだけで平気そうな顔をしていた。かすり傷とはいえ、確実にダメージは与えている。そこから赤い血が流れて、外套を汚し始めているからだ。だというのに、彼はまるで平気な顔をしている。
「危ないな。」
 ファンドラッドは、貼り付けたような笑みを浮かべ、手の拳銃をぽいと投げ捨てる。それから、ゆっくりと前進した。
「ち、ちか、近寄るな!」
 もう一度撃とうとしたとき、ファンドラッドの手がその銃身を掴んだ。だが、もっと恐ろしい事に、その銃身はきしんだ音を立てて曲がり始めていた。男は、目を疑った。そのまま曲がっていた銃身が、ねじれておかしな方向をむいた。男が、一瞬、それに気をとられたすきに、そのまま、ファンドラッドは右手を大きく払った。ついで、男が握っていた銃は、五メートル以上先に飛んでいった。
「な、何なんだ!何なんだよ!」
 恐慌状態に陥りながらも、男は叫ぶ。
「一体何なんだ!あんた!人間なのか!」
「その問いには答えられないねえ。大体、知らない方がいい事がこの世には多々ある。これもその一つだな。」
 男は、がくがく震えながら、その場にへたり込んだ。怯えた目を向ける男に、ファンドラッドは軽く笑いかけた。
「安心しなさい。別に、お仲間を殺したわけじゃあない。私は無駄な殺戮っていうのは好きじゃあないんだよ。人材ってのは、誰にとっても得がたい宝だからな。」
 話しながら、ファンドラッドは徐々に残った一人の男に近づいていった。そして、怯えて動けない男の前にたたずむと、少ししゃがみこみ、友好的な態度で彼の目を見た。
「つまりこういうことさ。…人材は有効に使うべきだ。」
 それから、不意にこういった。
「君は逃がしてあげよう。」
 ファンドラッドは穏やかに微笑んでいた。怯えて、足をがくがくと震わせている男を見て彼は気の毒そうな振りさえしてみせる。
「…そんな顔をすることは無いだろう?逃がしてあげるといっているんだから。…その代わり、君のボスにこう伝えてもらえないかな。」
 それから、ファンドラッドは不意に冷たい目を彼に落とした。先程の妙に明るい口調が、一気に冷たく、重いものに変わった。
「あの子たちに手をだしたら殺す……たとえ、地獄の果てに隠れたとしても…。この宇宙に存在の欠片すら残さないほどに、完璧に消す!…そうされたくなかったら、…指一本でもあの二人に触れるな!」
 それから、がらりと表情を変えて、ファンドラッドは恐ろしいほど慈悲深そうな優しい微笑を浮かべた。そんな顔をしているくせに、目だけは冷徹に男を射抜いていた。
「そう、伝えておくれ?いいかい?」
 ふと、解放するように目をそむけた途端、男は叫び声を上げながら、倒れている仲間を見捨てて、走り出した。向こうに自動車が見える。男は、転げながらそこまで走ると、時折振り返りながら、慌ててその中に入った。
「おーや、まだそんな文明の利器があったんだ。まあ、つぶしちゃあ使者にする意味も無いか。」
 ファンドラッドは、自動車の発進音を聞きながら、髭を軽くなでた。それを軽く見送ると、もはや興味が無いといいたげに、そのまま何事も無かったようにもとの場所に戻っていく。
 廃工場には、大破したバイクが無残な姿で転がっていた。動かない事はなさそうだが、随分なものである。
「……ひどいな。…車の次はオートバイか…。私は何を使って通勤すればいいんだい。」
 そして、穴だらけの外套に軍服を今更ながらに軽く払った。
「参ったな、…さすがにこんなんで街中は歩けないか。」
 ため息をついたファンドラッドは、シガレットケースをあさって、どうにか燃えていない葉巻を探し出すと、それを口にくわえて火をつけた。薄い煙が上がるのを見ながら、ファンドラッドは考えをまとめる。
「…ジャックが、うまくやってくれれば、こっちのものなんだが……あいつ、うまくやるかな…。意外と、変なところでダメだからな。」
 ジャックは普通の子供ではないが、かといって子供は子供である。過剰な期待はしてはいけないし、あまり負担をかけてはいけない。危険にさらしていいということは無い。
 それに…ZEKARDの正体がアレである以上、彼にとってもそれは他人事ではなかった。彼自身が、つぶさなければならない。…そういったシロモノなのである。
「…どうせ、避けては通れない道だな。」
 どこか、遠くで鳥が飛んだ。音に反応して顔を上げたファンドラッドは、見えるほうの片目を細めた。



一覧 戻る 進む
©akihiko wataragi
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送