Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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 5.ラグ=ギーファス-4

 ふっと、目を覚ますと、そこに女性がたっているのが見えた。
「目が覚めたかしら?」
「誰?」
 起きあがり、シェロルは怪訝な顔をする。そこに佇んでいる女性の顔は見えない。頭から黒いベールのようなものをかぶっているからだ。服装も黒い服で、何となくくらい印象がある。
 その部屋は暗い青っぽい色をした部屋だった。というよりは、暗くてよく見えないため、そういう風に見えるのだろう。他に人のいる気配はない。床のじゅうたんも青く、シェロルはそこに自分が寝ていたことに気づいた。
(寝てた?)
 そうではない。確か、さらわれたときシェロルは口に何かを押し当てられ、意識を失ったのだった。
「あなた、誰?」
 シェロルは怯えたような口調で訊いた。さらわれたのなら、この前にいる女も味方ではない。
「ここはどこなの?」
「怖がることはないわ。」
 女はゆったりとした口調で言った。
「私はあなたの敵じゃないのよ。」
「じゃあ、どうしてあたしをさらったの?閣下さんやジャックくんはどうしたの?」
 シェロルの問いに女は少ししゃがみこみながら応える。甘い香水の香りがした。ルージュの口紅が、唇を綺麗に彩っている。顔は見えないが、女はおそらく美人だと思われた。
「大丈夫よ。あなたが私たちに協力してくれるなら、危害は加えないわ。」
「協力?」
 シェロルは不安げに女を見上げた。
「あたし、何もできないわ。」
「いいえ、あなたは知っているはず。」
 女は少し強い口調になった。
「あなたのお父様があなたに必ず、何かを渡しているはずよ。思いだしてご覧なさい。あの、最後の夜、博士はあなたに何を渡したの?」
「何か?」
 シェロルは、はっとして女を見上げた。
「前にも、軍人さんに訊かれたわ。でも、知らないの。何も、もらっていないもの。」
「いいえ、あなたは渡されているはず。黒いカード状の物体を。」
 シェロルは首を横に振った。
「知らないわ。本当に。」
 それからシェロルはまっすぐに女を見た。怖かったが、知らない物はしらない。それを伝えたいが為の行動だった。
 やがて、女はため息をつき、シェロルと見つめ合うのをやめた。
「いいでしょう。何か思い出したら私にいいなさい。あなたは、隣の部屋で待ちなさい。」
 女は立ち上がり、シェロルにそう言った。いつの間にか、女の後ろから男が二人現れ、シェロルを隣の部屋に案内しようとする。それに仕方なく従いながら、シェロルは足を進めた。
「でも」
 不意に女の声が聞こえ、シェロルは立ち止まり、彼女に向き直る。
「あなたの協力次第によっては、あなたの大切な人達がどうなるか、その運命が変わりますよ。」
 その声は氷のように冷たかった。シェロルの心を不安と恐怖で満たすほど、その声とその内容には威力がある。
 ファンドラッドはどうしたのだろう。ジャックは?やはり捕まったのだろうか、それともひどい目にあっているのだろうか。殺されたりしてないだろうか。
 最悪の予測をしてしまう自分に、シェロルは大丈夫だと言い聞かせる。だが、とてつもなく不安だった。怖い。
 かすかに震え始めたシェロルに気づいたのか、少し女は優しい声になった。
「ただし、協力してくれたら、あなたによい知らせがあるわ。できる限り、詳しく思いだしてちょうだい。」
 そういうと、女は正面の扉を押し開けた。そこから明るい廊下に去っていく女の姿は少し不思議だった。冷たくもあったが、どこかしら優しさも感じられる。不思議な女性だった。
 シェロルは、脅されたという恐怖を一瞬忘れて、女の後ろ姿を見ていた。やがて、扉は閉まり、女の姿は完全に消えていった。
 
 
 ファンドラッドが、ショルダーバックを抱えて帰ってくると、そこに待ちかねた!と言わんばかりの顔で立っている男がいた。短髪で目の大きい、いかにも気が短くて威勢の良さそうな男は、大声で声を掛けてきた。ファンドラッドよりも少し背が高いくらいなので、彼はどこにいても目立つ。
「遅かったな!何をやってたんだ?」
 ファンドラッドはため息をつきつつ、時計を見、それから相手の顔をあきれたように見た。
「まだ、五時半になっていないだろう?三十分ならまだ早い方じゃないのかい?君は僕を二時間も待たせたじゃないか。」
「私の場合は、お前が服を買ってこいとか何とか言うから遅くなった。お前は違うだろ!何をしてたんだ。もらってくればいいだけだろうが!」
「予想していたが、少し鋭い部下がいたんだよ。そのくらい察して欲しいけどな、ギル。」
 ファンドラッドは軽く肩をすくめ、どうせ無理だろうなあと、口の中で呟いた。
 この目の前の男がギルバルト=クラッダーズである。だが、一瞬見た感じで彼をそうだと思う人間は少ないかも知れない。ギルバルトは、すでに五十歳を超えているはずなのだが、目の前の男はどう見積もっても三十代前半の顔をしていた。いくら科学技術がすすんでいるからといっても、彼は明らかに若すぎる。そして、彼の精神年齢はというと、まだ二十代ではないかと思わせるほど、血気盛んすぎ、冷静等という言葉とは無縁である。
「それで手間取ったのか?」
 ドジだなといいたげな口調で言われ、ファンドラッドは少しだけ気を悪くする。
「ああいう女性が苦手なんだから、仕方ないだろう。あまり無茶を言わないで欲しいね。それにしても、変な噂がたたなきゃあいいけどな。ジャックの奴が色々吹き込んでるらしいから。」
「だったら、お前が直接行けばよかっただろうが。」
 ギルバルトに言われ、ファンドラッドは再びため息をつく。どうして、ギルバルトはこうわかってくれないのだろう。
「冗談じゃない。一回戻れば、どういうことになるのか、君だって察しがつくだろう?今日は基地の中が爆発させられたし、後処理のことについて、色々言われるかもしれない。」
「それも、貴様の普段の行動が悪いからだ。」
「君だけには言われたくないな!」
 ファンドラッドは軽くギルバルトを睨んだ。普段なら、上部の将軍を黙らせるほどの彼の睨みもこの無神経なギルバルトの前では、全く効果がない。あっさりと無視されて、話を変えられる。
「それはともかくとして、どうするつもりだ?」
「そ、そうだな。」
 文句を言っている場合でもないので、ファンドラッドはため息をついて話を戻すことにした。
「敵のボスはドレンダールという奴だが。」
「ドレンダール?」
「きいたことがあるだろう?」
 ファンドラッドは、葉巻を取り出そうとしてギルバルトに睨まれてやめた。
「悪かったよ。君は嫌煙家だったね。これは、実質煙は出てないんだけど、それでもダメだったっけ?」
 未練がましくきいてはみたが、ギルバルトが口を開きかけたのをみて、ファンドラッドは大人しくシガレットケースを懐深くにしまい込んだ。しばらく我慢した方が、怒鳴られるよりはやすい物である。
「ドレンダールってのは、私の情報が正しければ、M.E.Dのリーダーの名前だ。」
「M.E.D?あの非合法な犯罪組織か? たしか、あれだな、ラスタ星系の元からの先住民の独立運動とか称して無茶をやっているとかいう。」
「ああ、そうだ。実際、先住民といえる者は、すでに二千年前に滅んでいるはずだし、独立も望んでいなかったはずだがね。秘密結社だけ残ったんだろう。いまとなっては、金さえ払えば、武器の密輸から、要人の暗殺までやってくれるという話だよ。多分、首領は女だと思うんだが。」
「女?何故だ?」
 ギルバルトに訊かれて、ファンドラッドはコートの襟を直しながら応えた。少し風で崩れてしまったのだ。
「だって、M.E.Dってのは、メデューサの省略から来ているっていう話だろう?軍の諜報部を探ったが、そこまでは連中も知らないらしい。」
「ちょっと待て、メデューサってのは何だ?」
 ギルバルトは不思議そうに訊いた。彼にはなじみのない名前である。
「古い古い物語だよ。君は知らないかもしれないな。古代の女の怪物の名前だ。顔は美人だけどね。あまりに美しいので、女神の怒りに触れたとかで姿を変えられたという話だよ。髪の毛が蛇で、その顔を見たモノは石になってしまうという怪物ということになっている。でもね、その実、古代の言葉で「統治者」という意味があったそうだ。」
「統治者?」
「つまりは、リーダーとか支配者とかいう意味さ。だから、メデューサは、先住民の女神だった、という推測さえある。」
 ファンドラッドは、意味ありげな笑みを浮かべた。
「言い伝えを連中が知っていたかどうかはわからない。まぁ、とにかく意味深な名前だってことだよ。その辺りのことは、僕はしらない。ま、僕にとってもどうでもいい話だけどね。」
 ギルバルトは、ふむと唸った。
「M.E.Dは知っていたが、だが、ティカラヌにも支部があったとは思わなかったな。」
「案外、平和な所が盲点になるんだろう?せっかく平和な所に来たって言うのに、迷惑この上ない話だよ。」
 ギルバルトは、それを聞きとがめて彼の方をちらりと見た。
「迷惑?貴様からその言葉を聞くとは思わなかったぞ。」
「何だ?どういう意味だ?」
 不審そうに横目で見ると、ギルバルトは少しだけにやりとした。
「お前は騒ぎが起こった方がありがたいんじゃないのか?」
「ひどいな。僕のことをそんなに危険な奴だと思っていたのかい?」
 ファンドラッドは少し憮然とした。
「僕は平和主義者だっていってるだろう?」
「嘘をつけ。お前は何か事が起こると、いつも生き甲斐を見つけたような顔をしているくせに!」
「それは……」
 ファンドラッドは、上手い言い訳が思いつかず、一瞬詰まる。ギルバルトがこれ以上ないぐらい楽しそうな顔をした。
「そら、どうだ!否定できまい!」
「わ、わかったよ。じゃあ、そういうことにしておいてくれ。」
「言われなくても、最初から私は貴様をそういう男だと思ってきた。」
(断言されると傷つくんだけどな。)
 ファンドラッドは、こっそり胸の内でそうつぶやく。
「だが、これは我々の仕事ではないんじゃないか?どちらかというと警察の・・・」
「わかっているが、あんまり表に出したくないんだよ。」
 ファンドラッドは、ふうとため息をつく。
「ちょっとさらわれた子が訳ありでね。」
「またそれか。どうして、お前には常に問題がつきまとうんだ?引き寄せてるんじゃあるまいな?」
 ギルバルトが、少し睨みながら言う。ファンドラッドは苦笑いを通り越して、うんざりとした表情になった顔でつぶやいた。
「冗談じゃない。勘弁して欲しいよ。」



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©akihiko wataragi
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