Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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6.M.E.D-2

道をひた走る黒い自動車。一見ただのバンに見えるそれであるが、中には様々な武器が仕込んであった。操縦者は男である。メーターの緑の光で男の顔はほんのりと青みがかっていた。いや、理由はもしかしたらそれだけではないのかもしれない。男自身、そもそも真っ青に青ざめていたのである。
「あいつは人間じゃない! あんなやつ…!」
 男は心の中の恐怖を吐き出すかのようにしゃべり続ける。
「なんて奴だ…。俺たちの仲間にはライカンスロープもサイボーグもいたって言うのに。なんだ、あいつ!」
 あの金髪の若造…ラグ=ギーファスとか名乗る青年が、最後の二人を相手にしているのを男は見ていた。今回は、いわゆる人体改造を受けた特殊な戦闘員が何人か加わっていた。それでずいぶんと安心していたのに、それを簡単にあの若造はねじ伏せてしまったのだ。その後のことはわからないし、連中がどうなったのかも知らない。男は一人逃げ出してしまったのだった。
「あぁ、…もうだめだ。…ダメだダメだ!」
 仲間を見捨てて逃げたのだから、組織にも切り捨てられるかもしれない。
 と、そのとき、こんこん、と窓ガラスを叩く音がした。びくっとして、後ろを見る。だが、外に人がいる気配はない。ガラスの向こうは森と、それから明るい月だけである。
「な、なんだ、…空耳か。」
 ははは、と男は乾いた笑いをわざとらしくあげた。そうでもしないと、正気をたもっていられそうにない。
「そ、そうだよなあ。誰がこんなところに…」
 いいかけた男の耳に、がちゃりという音が聞こえ、後ろから風が吹いてきた。突然の突風に男は、声をあげて慌てて後ろを見た。鍵があいていたのか、後部のドアが開いてそこにコートの男が風に激しく吹かれながら片足を車内にかけている。男は色を失った。
「無用心だねえ。鍵ぐらいかけたら?」
 そこにいるのは、片眼鏡こそかけていないが、しろい長い髪がひるがえっているのも、あの青い瞳も、確か、問題の…。
「ぎゃああああ!」
 思わず叫ぶと、ファンドラッドは鬱陶しそうな顔をする。
「あーうるさい子だねえ。あまり大声をあげるんじゃない。」
 ファンドラッドはぱたぱたと、手を振った。
「ジャックといい君達といい、まったく、士官学校の教官に逆戻りしたような気分だ。」
 ファンドラッドはぽつりといいながら、後部座席に腰掛けるとドアを閉めた。
「ど、ど、どうやってここに!」
 男が泣きそうな声で叫ぶように聞くと、ファンドラッドは風で乱れた髪の毛をなでつけて直しながら答えた。
「どうやってって? …そんな野暮な事はきくもんじゃないよ。…走ってきた、といったら驚くだろうな?」
 ちら、と、ファンドラッドはからかうような笑みを見せる。
「…今のは嘘だがね。それにしても、ずいぶんな驚きようだな。失礼な…。何となく不愉快だな。」
 ファンドラッドは軽く肩をすくめ、車の中にあった上等の紙巻煙草の箱を無断でとると一本失敬した。
「君のか? ずいぶんと高いものを吸ってるんだな。」
 そういいながら、勝手にそれをくわえて自分のライターで火をつける。一回吸い込んで、ふうっとさもうまそうに煙を吐きながら、ファンドラッドは流し目で相手を見た。
「な、何のようだ。」
 震えながら聞く男に、ファンドラッドは別に脅すような口調でもなく、まるでタクシーの運転手にでもいうように、煙草はくわえたままで言った。 
「…君達のアジトまで連れて行ってもらいたいんだがねぇ?」
「な、な、なにわけのわからねえ事を…」
 ファンドラッドは、足を組んだ。
「君は物分りがいいほうだろう? 違うのかい? 僕は君が物分りが一番よさそうだからこうやって話を持ちかけに来たんだよ?」
 ファンドラッドは、煙草を指に取った。傍目にも真っ青になったまま、男はファンドラッドのほうをうかがう。それをわざと不安そうに首をかしげて、ファンドラッドは言った。
「私のほうばかり見てたら危ないだろう? 崖だぞ。」
「うわあっ!」
 慌てて前を向いた男は、反射的にハンドルを切った。ファンドラッドの言ったとおり、もう少しでガードレールに接触するところだった。このスピードでぶつかれば、間違いなく崖下まで直行してしまう。脂汗をかいている男に、ファンドラッドは煙草をふかしながら言った。
「僕としゃべるときは、前を向いたままでかまわないよ。気になるのならバックミラーでも見たまえ。なぁに、後ろから撃つなんて無粋な真似はしないさ。で、君は、僕をアジトに連れて行ってくれるのかな?…まさか、「断る」なんて無粋な事はいわないだろうね。君は物分りがいいんだから。」
 実質的に脅しているのだが、こういうときのファンドラッドは信じられないほど愛想がいい。
だが、男は、バックミラーにうつるファンドラッドの目が、油断なくこちらをみているのに気づいていた。冷たいブルーの瞳は、口調とは裏腹に、精密な機械のように男の動きをくまなく監視しているように見える。ファンドラッドは、誘惑するような声色でささやきかける。
「取引しないか? お互いが幸せになる方法で。」
 いやに甘い声だ。それが却って恐ろしくて、男は怯えきった目でバックミラーをうかがう。ファンドラッドはちょうど煙をふーっと、ゆっくりと吐き出したところだった。薄水色の目が、暗い中で妙に光って見える。
「…君の命も自由も保証してあげよう。だから、僕を連れて行ってくれないか?」
「い、命と自由を保証? そ、そんなこといって、オレを騙すつもりだろ?」
「疑うのかい? 嫌だな。人間素直なほうが好かれやすいって言うだろう? 君はどう思う?」
 とん、と肩に手をかけられて、男は飛び上がった。ファンドラッドは、それに興味がないと言いたげに、のんびりとした口調でこう続けた。
「今すぐ地獄に直行するのと、道案内して何とか助かるのと、その両方をはかりにかけてごらん。どちらが君にとって得なのか、損なのか……」
 男は、喉を鳴らした。まるで悪魔と取引を交わしているような気分だ。
「う、嘘はつかないんだよな…」
 真っ青になりながらもう一度確認する。ファンドラッドはくすりと笑った。
「ああ。嘘はつかないよ。…君が約束さえ守ってくれたら。」
 それから、後部座席へともたれかかってこういった。
「しばらく時間をあげよう。ゆっくりと考えたまえ。」
 山道にはもう人気はない。助けを呼ぶわけにもいかない。承知すれば組織に殺される。だが、断ればこの場でこの男に殺される。男が少しでも長生きするためには、この悪魔の取引に乗らなければならなかった。
 沈黙が続く。ファンドラッドは後部座席で、余裕の表情で喫煙している。紫の煙を透かすようにして、そ知らぬ顔で――まるで先ほどの取引など忘れたような顔で、窓ガラスを通して月を眺めている。男は、ごくりとつばを飲み込み、それからもう一度ファンドラッドの様子を覗き込んだ。やがて、彼は決心したように前を向いた。
「…わ、わかったよ。あんたを信じよう。」
 男は、震える口で何とかそう告げた。ファンドラッドはにっこりと微笑んだ。
「賢明な判断だ。」
 ファンドラッドは、一本目の煙草を吸い終わって灰皿でつぶし、いつの間にか二本目をくわえていた。



画面には倒れた戦闘員と、もはや原型をとどめていない乗り物が散乱していた。飛び散るガラス片の道路の上に、すでにラグの姿は見当たらない。
「レフト様、…全滅のようです。あのラグ=ギーファスの姿は見当たりません。」
 オペレーターの沈んだ声に、レフトと呼ばれた中年男性はため息をつく。
「もういい。監視所はどうなっている?」
「はっ、それが…」
 オペレーターは、言いにくそうにレフトの顔色を伺った。
「かまわないから言ってみろ。」
「第一監視所は、ギルバルト=クラッダーズによって突破されたようです。すでに第二監視所から増援要請がでています。」
 レフトは、うむと唸る。渋い顔をしたものの、彼は冷静に指示を下した。
「仕方がない。予想外のこともあるが、クラスBの戦闘集団を召集して投入しろ。」
「了解しました!」
 女性オペレーターが答え、すぐに行動に取り掛かる。
(何者だ。…あんなにあっさりと突破するとは…)
 レフトはあごをなでる。いくら相手が工作員だったとはいえ、特殊戦闘員を簡単に伸してしまうなど考えられない事である。
「…仕方があるまい。ドレンダール様に指示を仰ぐ。あの方の心労を増やしたくはないのだが。」
 それから、彼はつけたした。
「奴はここに来る。……守りを固めろ。」
「はっ!」
 通信士は敬礼し、あわてて持ち場について早速接続をはじめた。
 レフトはため息をつく。
(本当に何者だ。あの男は…。いいや、あの男たち、は…)
 ラグレン=ファンドラッドにラグ=ギーファス…。そして、ギルバルト=クラッダーズ…。特に前者二人は、正体があまりにもつかめない。二人の関係も、二人の能力も経歴もである。
「油断をするな。…奴は、こちらを冷静に注視している。付け入る隙をつくるな!」
 レフトは、静かにそういってから、司令室を後にした。後ろに、警備員らしい男が従った。
(なんとかしなければならない。特に、ラグレン=ファンドラッドを…)
 レフトは、廊下の突き当りを睨みつけながら、心の中で打開策を模索していた。
 
 



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©akihiko wataragi
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