Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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7.幽霊の肖像-2

 
 

倉庫のジャックは、しばらく恐怖と戦い続けていたのだが、その恐怖は思ったより早く来た。本当は待つ時間は結構あったのかもしれない。ジャックが防御体制を整える時間ぐらいはあったのだから。ただ、ジャックにとっては、もしかしたら命に関わるかもしれない時間なのだ。だから、おそらく長くても彼が期待している以上に長い事はなかったという事なのかもしれなかった。
 ドアが勢いよく開いた。その前にジャックがあれこれダンボールなどの荷物をおいてバリケードを作っていたにもかかわらず、それはあっさりと破られた。
 中に入ってきたのは一人の男だ。食事を持ってきたりしていた、おそらくジャックの監視を言い渡されている男だろう。
「お前、何か隠してるよな。」
 男は、わずかににやりと口をゆがめた。散乱した書類の山を踏み越えながら、男はこちらに向かってくる。
「痛い目に遭いたくなかったら正直に言うんだぜ。」
「し、知らないよ!」
 ジャックは首を振る。
「いい加減なことをいうな!」
 ぐっと胸倉をつかまれ、持ち上げられ、さすがのジャックも首をすくめた。
「ほ、ホントに知らないよ! あんなぬいぐるみのほつれなんて、どこにでもある話だろ?」
 これ以上逆らうと危険だ。そう、ジャックの本能が告げたが、命知らずにも、ジャックはまだ首を振った。
「ほら、もしかしたら、あの中にはただの蕎麦殻とかそういう、なんかぬいぐるみに詰めるものが入ってたのかも。いいや、もしかしたら、プレゼントにした飴ちゃんが…」
「何わけのわかんねえことを!」
 男の手に力がこもった。ジャックをつかみ上げている右手をそのままに、左手をポケットに突っ込む。ジャックの顔から血の気が引いた。
「たとえお前みたいなガキでも、嘘ばかりつくようじゃ容赦はしねえ!」
「あっ! ちょっと、そんな…」
 ジャックは反射的に愛想笑いを浮かべた。
「そ、そこまでやることないじゃないですか! オレだって、その…あの…」
 男の目が徐々に血走ってきている。ジャックの言い訳など聞く耳もたぬといった風だ。そのままポケットから取り出したナイフをジャックのほうに向けようとする。それが首筋辺りに近寄ったとき、思わずジャックは叫んだ。
「ごめんなさい、やっぱり知って…!」
 ふと、彼を脅し上げていた男の手が緩んだ。ジャックがするりと男の手から逃れたのと、男が前のめりに倒れてきたのが同時だった。危うく下敷きになるところだったので、ジャックは安堵してため息をついた。
 男は後頭部を殴られたのか、すっかりだらしなく伸びている。腹いせに一発蹴ってやろうかな、と思うほど、何となく鬱陶しい姿だった。だが、ジャックはそれよりも助けてくれた男のほうに興味があったのである。
(爺さん、やっぱり来てくれたんだ。)
 淡い期待が実ったのを喜んで、礼ぐらいいってあげようかと思いながら、ジャックは顔をあげた。
「ふう、…ぎりぎりで間に合ったみたいだね。無事かい? ジャック。」
 想像していた以上に高く、明るい声が聞こえた。ファンドラッドのものでは有り得ない、少年のような声である。
「…あれ?」
ジャックは現れた男を見上げて、驚きの声をあげた。そこにいるのはてっきりファンドラッドだと思っていたのだが、立っているのは見覚えのある若い金髪の男である。顔にゴーグルをつけているが、その顔のつくりや声、態度ですぐにわかった
「あれ! あんたの方が来たの!?」
 ジャックは意外そうな声をあげた。
「…へぇ、珍しいな〜…。予想外だった! あんたが来るなんてねえ。」
 じっと見上げるジャックの態度を見て、青年は少しだけ嫌な顔をした。
「なんだい、その反応は?」
「そうじゃあないけど。」
 ジャックは軽く肩をすくめる。
「…いやぁ、あんたの趣味に合わないと思ってたんだ。」
「どういう趣味だと思ってるんだよ。」
 ラグは、少しだけすねたような口調になった。
「折角助けにきてやったのに、そんな事いうなら、このまま一生ここで暮らすか? 別に僕は構わないよ。君を助ける義理なんてないんだし。」
 少し冷たい態度にジャックはどきりとした。
「ま、待ってよ! 嘘だってば!」
「いーや、君の言葉は信じられない。本当に置いて行っちゃおうかなあ。」
 ラグは、意地悪な笑みを浮かべてそんなことを言う。ジャックは、少しだけ不安になり、愛想笑いをうかべながら何とか彼の機嫌を取ろうとした。
 と、ゴーグルの中のラグの目が不意に横を向いた。それをジャックが見るか見ないかの間に、突然入り口の方からダダダダッと立て続けに、銃弾を打ち込むような音がして壁に穴があいた。
「チッ! 性懲りのない。」
 ラグは顔に似合わず舌打ちなどをすると、振り返りざまに入り口に向けて撃ちこんだ。
「ジャック、前に出るなよ!」
 ラグは言い、ジャックを待機させてから、自分は弾の飛んできたほうに数発銃弾を撃ちこんだ。ばーんと何かが破裂した音がし、そこにあった機械のようなものの部品が飛ぶのが見えた。
「アレ何だよ?」
「オート式の砲台だよ。侵入者と味方とを自動判別して、正確に侵入者だけに射撃を繰り返してくる。さ、走った走った。」
「あ! ちょっと、待てよ!」
 走りながらラグはジャックを急かす。すでに随分と先のラグに慌てて必死でついていきながら、ジャックは彼の顔を見上げた。無機質な廊下は、停電でもしているのかひどく暗い。ただ、非常灯の緑の光が不気味に、しかし、ぼんやりと道筋を照らしている。どちらかというと不気味だ。
「ああいうのが、これから先も襲ってくるかもしれないから十分気をつけなければな。」
 ラグがのんびりととんでもないことを言った。ジャックは少し青ざめる。
「そんな、…じゃ、オレ危ないじゃないか。当ったら。」
「僕が当らないように守ってるじゃないか。それに今君の着てるのは、僕が特注でつくってあげたもので、多少の防弾効果があるってこと、君は知らなかったっけ?」
 ジャックはえっと声をあげ、いつものジャケットを物珍しそうに引っ張り、それからラグを見上げた。
「初めて聞いたぜ。そういう話。」
「君が危ないところをちょろちょろする性格なのは知ってたからね。じゃなきゃ、いくら僕でもこんな風に落ち着いてません。」
 意外とにぶいんだよなあ、とラグが呟いたのが耳に入った。
「でも、あんた、大丈夫なんだよな? あんた、右側からの攻撃には反応が遅れるんだろ? そんなんでオレ、大丈夫? ホントに。」
「今回は僕だって本気を出してるんだよ。だから、手抜かりしないように、ちょっと最新科学技術に頼ってみたんだ。」
 そういい、ラグはゴーグルを叩いた。
「ちょっとアタマに衝撃が来るんで、あまりやらないんだけどね。さっき回路を繋いでおいた。多少認識が遅れるけど、ないよりましだよ。」
「そんなんで大丈夫なのか?」
 疑わしそうなジャックを先に走らせる。
「僕が大丈夫だっていったら大丈夫だって。ホントだってば。失礼な子だなあ。」
 明るく、少年のような声でそういいながら、ふとラグはもっていた拳銃を構え、前に向かって一発撃った。上にあった監視カメラが飛び散る。
 ひっ、と、ジャックがのどの奥のほうで悲鳴をあげる。それでも足は止まらずに走り続けたままだった。
「とにかく気にせずに全力で走ればなんとかなるよ。」
「言われなくても走ってるよ!」
 ラグはこんな顔をしているくせに意外に無茶をする。ここは覚悟を決めるしか、と思いながらジャックは慌ててスピードをあげた。
「シェロルは?」
「わかんないんだ。連れて行かれたんだけど…」
 ジャックが応えると、ラグはうっすらと微笑んだ。
「じゃあ、見つけ出すしかないな。」
「出来るのか?」
 ラグは少し含みのある笑みを見せた。
「ジャック、出来るのかじゃないよ。やるしかないんだ。だから、出来ないことは考えちゃいけない。今は最悪の結末を考えないでやるしかないんだ。だから、大丈夫だ。絶対ね。」
 そんな彼をジャックは不思議そうな顔で見上げる。息を切らしながらも、ジャックはこの青年の一挙一動に興味津々といった感じだった。見られていることを知り、ラグは妙な顔をする。
「なんだい、君は。僕の顔見ても面白くないだろう?」
「いいや、…なんていうか。あんたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったんだ。」
 ジャックはため息をつく。
「なんかさ、…あんたって、変な性格だよな。」
 ひく、とラグの顔がわずかに引きつった。
「…ジャック、…このまま置いていくからな。」
 あまり気持ちのいい冗談でもないし、脅しにしても恐すぎる。ジャックは慌てて首を振った。
「ち、違います。今のは褒め言葉なんだって。見てて飽きないって言う意味!」
「どうだか。大体、飽きないって褒め言葉で言ってるようには聞こえないな。」
 ラグは、しばらくジャックを睨むようにしていたが、仕方がないと見たのかため息をついた。そして、ポツリと呟く。
「これだから、僕は子供なんか嫌いだって言ったのに。扱いが難しいんだよなあ。」
「何か言ったか?」
 今度はジャックが不審そうに聞いてきた。自分の悪口でも言われていると思ったのだろうか。
「いいや、別に。」
 ラグはそう答え、無機質な建物の奥のほうを探った。なるべく敵がいない場所を選んで、はやくシェロルを見つけなければいけない。正直ジャックを連れていると不利なので気が引けるのだが、連れて行かないわけにも行かない。
(なんだか、貧乏くじ引いたみたいだなあ。)
「あのさ。」
 ラグがそう思ったとき、不意にジャックが声をかけてきた。首をわずかにかしげて、ラグは彼のほうを見る。
「…その、あの……。」
 なかなか言い切れず、ジャックは彼らしくもなく言葉に詰まっている。
「なんだい? 言いたい事があったらはっきり言っていいんだよ?」
「…大丈夫か? あんた、その…」
 ジャックの視線は、顔の一端に集まっていた。ラグはその意を汲み取ると、少しため息をついた。
「君にしては、優しいね。…いいんだよ、平気だから。」
「そ、そうか。じゃあいいんだ。」
 ジャックは彼のその態度を見て、ほんの少しだけ安堵したようだった。ラグは、それに微笑み返すと、気を引き締めてまた走り始める。彼にはジャックを守りながら、シェロルを助け、ここを脱出するという大切な役割があるのであるから。

 



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©akihiko wataragi
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