Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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 1・ファンドラッド-2


 ファンドラッドは、シガリロに火をつけながらサインしたての書類を机の端っこに寄せた。シガリロは所謂煙草の一種であるが、彼の吸っているのは一応禁煙法に基づいて作られたもので、副流煙が圧倒的にすくないとされている。そもそも、中に含まれる有害物質も少ないのだとか言う。それで、禁煙が常識であるここでも、彼は一服が吸えるわけだ。ドアがノックされ、ファンドラッドは「入って良いよ。」ぼけっと応えた。がちゃりとドアが開いて女性士官が紙袋を抱えて現れた。この地方は本当に平和だ。訓練や演習のある時ならまだしも、何もないときの仕事などほとんどない。なので、勤務中に多少の怠慢は許される。というより、司令官が許しているのだから、もう、それは仕方がない事なのだ。
「閣下。…頼まれてきたものを買ってきましたが。」
 女性士官が、戸惑い気味に紙袋を渡した。その紙袋は、街で少し評判のケーキ屋のレース柄のかわいらしい模様が入っていた。
「プリン・ア・ラ・モードは売り切れでしたから、ティラミスで。」
「あぁ、ありがとう。それでいいよ。ケイテッドくん。」
 もともとわけのわからない上官が、この前からもっとわけのわからない方向に走りつつあるのを彼女らは知っていた。やたら頼まれるものが少女趣味なのだ。ぬいぐるみや人形、挙句の果てにはかわいいワンピース…。それを大事そうに抱えて家に帰る当の司令官は、独身でしかも天涯孤独の身であるらしく、プロフィールの家族欄に何も書かれていない。女性と付き合っている気配もなければ、孫も子どももいるはずがない。そもそも、彼の住まいは、軍の基地内にある宿舎であり、そんな事をすれば一発でわかるのだ。
 それに、この将軍に暖かい家族がいるとは、思いたくないのである。それが不似合いなほどに不気味、でもあるのだった。何とも得体が知れないし、そんな日常から何となくかけ離れたイメージがある。
(左遷されてとうとうおかしくなったのかしら。)
 彼女が疑うのも仕方がない。ただ、彼自身は相変わらず妙に気抜けした顔で、書類にサインをして職務をさっさと終わらせるのみなのである。今も、そう、シガリロを気障にふかしながら、妙に暇そうな顔をしているだけ。
 噂によると中央では名前の通った、危ないぐらいの切れ者だったらしい。それが、こんな閑職に堕ちたのだから、相当ストレスもたまっているに違いないと思われた。もっとも、本人はあくびをして執務室に定時刻までいれば、すぐにささーっと帰ってしまう。それから何をしているのか、ケイテッドは一切知らなかった。何か危ない趣味にでも走っているのだろうか、この閣下。
「ケイテッド君。」
 ぎくりとケイテッドは、肩をすくめた。当のファンドラッドが不可思議そうに彼女を覗き込んでいる。
「どうしたのかね?」
「あ! はい! 申し訳ございません! ぼーっとしてしまいまして!」
 ケイテッドは苦笑と冷や汗を交えながら、首を慌てて振った。
「気にする事はないさ。君にはお使いを頼んじゃったしね。」
 ああそうだ。とファンドラッドは思い出したように付け加え、くわえていた煙草を指に挟んだ。
「…そういえば、例の『ゼッカード』というものはどういうことなのかな?」
「ゼッカード?」
「ZEKARD…だったかな。最近、巷で…といっても一部の裏世界だが、有名なあれだ。軍部にも警察から協力要請が来ているだろう?…軍内部にそれを扱っているものがいないかどうか、調査しろといってきた。」
 ケイテッドがわずかに顔色を変えた。
「ご存知だったんですか?」
「きみが隠したわけじゃないだろう?別に責めはしないさ。」
 ふと、ファンドラッドの見える方の左目が冴えたような気がした。
「僕には言うなと上部から命令されてるんだろう?ふん、どうせそんな事ぐらいお見通しさ。」
 そういって、ファンドラッドは、頬杖をついた。左目が、猛禽のような光をたたえて細められる。いきなり、何か瞳の後ろに殺気のようなものが見えたような気がして、ケイテッドは震え上がった。
「も、申し訳ありません!」
ケイテッドが頭を下げ、軽く肩を震わせる。自分に視線が向けられているわけではないが、恐ろしかったのだ。ところが、ファンドラッドは、いきなり相好を崩し、右手を振った。
「あぁ、謝らなくていいんだけどね。上官の命令には絶対だろう?僕も経験があるからな。まぁ、仕方がないさ。平和も四半世紀つづいたぐらいから、軍人は徐々にだらけてくるもんでね。」
 ファンドラッドは、再び煙草を口にくわえた。
「戦争中は、やや暴走することもあるし、平和になったらだらけすぎる。どっちもどっちだね。上層部の腐敗なんて、今更聞き飽きた話だろう?驚く事も何もありゃしない。それに踊らされるのは常に下っ端だ。…仕方ないよ。顔をあげなさい。ケイテッド。」
恐る恐る顔を上げたが、当のファンドラッドは別に怒ってもいなかった。
「話を戻そう。しかし、警察も軍も、ゼッカードが何なのかよくわかっちゃいない。あるものは新しいクスリだといい、あるものは、コンピュータウィルスのプログラムだという。そう、わかっていないんだ。そこで…」
 にこりとファンドラッドは不可解な微笑を向ける。
「ケイテッド君。…僕にその情報を調べてくれないかい?」
「じょ、情報をですか?」
 こくりとファンドラッドはうなずく。右手で頬杖をつきながら、うっすらと微笑んでいる。何を考えているのか予想がつかない。
「あぁ、安心しなさい。もし、上に咎められたなら、僕に脅されたといえばいいよ。」
「は、はぁ。し、しかし、どうやって調べれば…」
「何でもいいよ。……少しのヒントでもいいから、じわじわ調べておくれ。」
 一体何を考えているのだろう。だが、この男の心の中など見えるはずもない。想像してわかるようなものなら、一々困りはしないのだ。ここまで乗りかかった船なら、逃げようも無い。ケイテッドはうなずいた。
「わかりました。」
「うん。…まぁ、そんな恐い顔する事も無い。なにもわかんなかったらそれでいいよ。…これはね、半分、僕の…そうだね、趣味のようなものだからさ。」
 ファンドラッド自身は、妙に陽気にそういうが、ケイテッドはそんな彼の陽気さがうわべだけのもののような気がして、何かぞっとした。おりよく、その時ノックが響いた。
「いいよ。」
 ファンドラッドがいつものように言うと、がちゃりとドアが開き、少し冴えない感じの青年が現れた。
「…閣下。お客さんが来ていらっしゃいますが?」
「…男性、女性?どっちかね?嫌な奴なら会わないよ。」
 青年は妙な顔をした。
「女性ですよ、むしろ、女の子です。学校帰りに拠ったとか言ってますが…いたずらでしょうか?」
「早く言え!」
 珍しくファンドラッドは怒鳴ると、慌てて立ち上がった。シガリロをあっさりと灰皿に押し付けると、高級そうなそれを見返りもしない。やたら高い音のなる軍靴をせわしなく響かせながら、ファンドラッドは歩いていく。
「シェロル=ゼッケルスと名乗っていなかったか?」
「はい、そのようには…」
 目を丸くしながら、ファンドラッドについて歩く。
「今度から私の執務室に直接通しなさい。」
 不機嫌なのは珍しい。焦る将軍など滅多に見た事がなかった。
 待合室のベンチに少女が座っていた。ファンドラッドを見かけると、少女は彼のほうを見て、花のように笑ってこちらに走ってくる。ファンドラッドは急に表情をかえて穏やかに微笑んだ。
「やぁ、シェロル。今日は早かったね。」
「うん。ごめんなさい。お仕事中に。」
 元からやけににやついている男であるが、ファンドラッドは異様に優しい微笑を浮かべた。不気味そうに部下が遠巻きに眺めている事ぐらい、ファンドラッドは気づいているようだったが……。
「…でも、今日は、どうしてもお話があって。」
「何かな?」
「あのね、明日学校で写生会があるの。でも、絵の具がなくて。…あたしが、自分で買いに行こうと思ったんだけど、お金もなくて…。」
「何だ、そんな事かい?あぁ、大丈夫。後で一緒に買いに行こうね。どうせ、今日の仕事はあと少しで終わりだ。お姉さん達に遊んでもらいなさい。」
 などと適当な事を言って、ファンドラッドは後ろからついてきていたケイテッドを振り返る。
「か、閣下。私は仕事が…」
 明らかにこまっているケイテッドを見て、ファンドラッドは笑いながら言った。
「じゃあ、ほかに誰かいるだろう?頼むよ。」
 適当な、あまりにも無責任にファンドラッドはそういって、ぽんとシェロルの頭をなでる。
「いい子にしていなさい。シェロル。」
「はい。閣下さん。」
 にこりと純粋に微笑み、シェロルは大きくうなずいた。
「さて、残りの仕事を仕上げなくちゃな。」
 ファンドラッドは自分で言いながら、少しうんざりとした気分になった。どうせサインを書くだけのことなのだ。単純な作業は、妙に頭を疲れさせる。自動サインマシーンなどがあったらいいのに、と途方も無い事を思いつきながら、それでもシェロルをあまり待たせてはいけないなあと考える。
「お孫さんですか?」
 と青年が聞いたので、ファンドラッドは笑いながら彼を小突いた。
「おいおい、私に伴侶が居ない事を知ってるんだろう?」
 その目の奥の何かが隠れていたので部下はびくうと肩を震わせる。
「も、申し訳ありません!」
「謝る事じゃないさ。…孫でもなければ娘でも、おっと、隠し子とか隠し孫でもないぞ。私の元部下の娘を預かっているんだ。」
「そうなんですか?」
 少しほっとして、青年はため息をつく。
「じゃあ、あの、最近のお使いで頼まれたものは……」
「当たり前だろう?…あの子のものを買ったに決まってるじゃないか。それとも、ミスター・ジャクソン。…まさか、僕が何か危ない事でもし始めたんじゃないかと疑った口じゃないだろうねえ。」
 にやりと笑いながら、少し睨むように青年を見てやると、彼は怯えて首をすくめた。
「…め、め、滅相も無い。」
「それならいいけどねぇ。」
 ファンドラッドは、今度は心底愉快そうに微笑みながら青年を眺めた。世の中には単純な人間が何と多い事だろうとファンドラッドは思った。
(いいねぇ、退屈しなくってすむよ。)
 ジャクソンは、まだ動揺しているらしく、その動きが妙にかくかくしていた。
「ジャクソン君。まるで、アンドロイドみたいだねえ。」
 笑いながら、ファンドラッドはそんなことを言ってやった。





 スーパーにいって、今日の夕飯の食材まで買い込み、ファンドラッドとシェロルは、帰ることにした。
「でも、外食しなくてよかったのかい?」
「いいの。閣下さんに余計なお金を使わせてしまうもの。」
「気にする事はないけどね。使い道の無い金だし。」
 ねぎがスーパーの袋からひょっこり飛び出ている。他には大根や白菜など。あまりにも所帯じみた野菜たちがそこから顔を覗かせていた。ファンドラッドが、例のめかしこんだ格好でこの袋を抱えているのだから、かなりアンバランスではあるが、本人はいたって気にしていない様子である。
 赤いケースの絵の具セットを大切そうに抱えたシェロルが振り返って付け加えた。
「それに、閣下さんの料理は外で食べるより美味しいもの。」
「それは光栄だなぁ。シェロルちゃん。」
 ファンドラッドはふっと嬉しそうな顔をした。彼が素直にこういう表情をするのは、珍しい事である。
「じゃあ、鍵を開けて先に入ってるわね。」
 にこ、と微笑んで、シェロルは先に立体駐車場を駆けていく。
「車に気をつけるんだよ。マドモアゼル。」
 はーい。と元気な声が聞こえた
 ファンドラッドは、少しため息でもつくようにすると、彼女の背中を優しく見つめていた。シェロルは意外と早く走っていってしまい、それを見届けてファンドラッドはゆっくりと歩き始めた。
 突然背中に違和感を感じ、ファンドラッドはわずかに振り返る。
「……ほう、大胆なまねをするね。」
 目の端で確認する。銃がこめかみに突きつけられた。
「大人しくしろ。」
 男はそのままファンドラッドを駐車場の影に押し込んだ。
「嫌だねぇ。君みたいな無粋な男とこんなところで付き合う趣味は僕にはないなぁ。」
「黙れ!爺!自分の立場がわかってるんだろうな!?」
「さぁ。どんな立場だね?」
 ファンドラッドは、いい加減に応えた。
「……僕には待ってる彼女がいるんだけど、通してくれないかな。」
「いい加減にしろよ!…いいから、言う事に従え!」
「君に従わなければいけない理由が見当たらないなあ。」
 ファンドラッドがいうと、更に強く銃が頭に突き詰められる。
「強情はためにならないぜ。」
「だろうね。それは君も一緒だがな。」
 ファンドラッドはいいながら笑った。やけに冷たい笑いだった。
「何い!」
「…おやおや、見てれば口ばかりで、引き金を引く気配すらないじゃないか。撃てないのかい? それとも、撃たないのかい?」
 男の顔が歪む。怒りだけではなく、この老人がいう言葉の裏に、何か恐怖をあおるようなものがふくまれているからだった。
「引き金の引き方を教えてやろうか? 坊や。」
 いきなりファンドラッドの手が男の右手を押さえた。
「な、…なんだと。」
 ファンドラッドは、男の手ごと拳銃を握るといきなりトリガーに自分の指をかけた。ぎょっとして男が暴れるが、ファンドラッドの方が力が強い。その圧倒的な力とその行動に、男の心は恐怖に包まれる。
「しょ、正気か! 貴様! じ、自分から!!」
「意外と意気地のない子だねぇ。坊や。」
 怯える男の顔を気持ち良さそうにながめてファンドラッドは言う。そんな、彼の指が男がトリガーにかけた指をゆっくりと押していく。
「おい!何をする!…な、何を考えて!」
 ファンドラッドのとる不可解な行動に、男は恐怖すら覚え始めていた。そんな行動をとりながら、彼の目には狂気すら見えない。ただ、おもしろそうに笑っているだけで。
「滅多にない事じゃないか。一体、そういうモノを振り回して調子に乗ってると、どういうことになるか、ちゃぁ〜んと確認しててもらおうか!」
 一発の銃声が、立体駐車場のなかで何度か反響した。


 銃声が聞こえたため、駐車場は騒がしくなった。
 ファンドラッドは、ネギの飛び出た袋を抱えて、自分の車までの道を急ぐ。
 ざわざわと、周りで人々がどよめいている。銃声が聞こえたに違いなかった。警備員が何人か走り、客の無事を叫んでいる。
「あぁ、警備員さん。」
 ファンドラッドは歩きながら警備員を呼び止めた。まだ若い警備員は、紳士風の彼に特に怪しみもしなかった。
「どうなされました。」
「あぁ、きみの上司から頼まれたんだが、救急車を一台よんでくれと。向こうに男がひとり気絶してるらしいんだ。でも、命には別状なさそうだったけどね。」
「え、あ、はい!ありがとうございます!」
 警備員が慌てて連絡をするために走っていく。
「…ま、三日は目を覚まさないだろうね。」
 小声で付け加えて、ファンドラッドは悠々とざわめく駐車場を横切っていった。
 例の赤いスポーツモデルの車では、シェロルが待っていた。
「閣下さん。遅かったね。なんだか、騒がしいけどどうしたの?」
「なあに。」
 ファンドラッドはすっとぼけていった。
「若い連中が喧嘩でもしたんだろう。」



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©akihiko wataragi
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