Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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7.幽霊の肖像-4

ひとまず安全な地帯に逃げ込んだらしい。ジャックがそれに気づいたのは、目の前でラグが三体のロボットを吹っ飛ばしてからだった。電燈はすでに落ちて、廊下は暗い。ただ、非常灯がまだついているので、見えないほどではなかった。
 ラグはため息をつき、彼は壁の一角を腰のナイフを使って切り取った。その中のケーブルを幾つか引き出して、中で情報端末を探しているようだった。ジャックはその作業を見ながら、わずかにあくびをする。ふいにポケットに手を入れたときに、何か引っかかるものがあった。ビニールの袋だ。ジャックはそれをわずかに引き出すと、それがなんなのか思い出した。彼は、思い立ってラグの方に歩いていく。
「あのさあ、ちょっと…」
「さてと、シェロルのいそうな階は…」
 ジャックが声をかけたとき、ちょうどラグは端末をつないでいたところだった。携帯用のモニターに、建物の構造を立体的に模したものがあらわれる。情報を盗み出すのにあっさりと成功し、ラグはにっと笑った。そのまま、今度はケーブルを全部切り捨てた。ついで壁からはみ出ているケーブルも全部切断した。今度は周りの非常灯が消えた。辺りは真っ暗になったが、ラグが一応携帯用のコンピュータを動かしているので、まだそのモニターの光でジャックにもまだ周りが見えた。作業が終わってから、ラグは手に持っていたナイフを腰に戻し、さて、とジャックに声をかける。
「電気系統は全部こっちからコンピュータにアクセスして落とした上に、電線切ってやったから、この辺に敵は出てこないはずだよ。シェロルのいそうな場所も大体わかったし、さあ、早く次にいこう。」
 そういって、すたすたと彼は歩き出す。
「あのさあ、その前に今、話していい?」
「何だ、歩きながらならいいよ。」
 うっかりとそんな事を応えると、ジャックがにっと笑ったのがわずかな光の中でわかった。
「オレ、前からほしいものがあるんだよな。今度こっそり買ってくれる?」
「こんなときにねだっても何も出ないよ。まあ、いいや、いうだけいってみたら?」
 ラグは、ため息交じりに肩をすくめる。
「オレ、カメラが欲しい。」
 ジャックは急にきらめき始めた目で、上目遣いにラグを見る。ストリート育ちのジャックだが、それだけにどういう目をすれば大人の琴線に触れる事ができるかよくわかっているつもりだ。だが、ラグはラグで、普通の大人ではない。逆に気持ち悪そうな顔をした。ジャックの魂胆はわかっているので、彼はあからさまに警戒した。
「な、なんだよ、カメラって。写真なんて大人しい趣味ないだろ。」
「インスタントカメラとか、その辺の安いデジタルカメラはダメだぜ。オレが欲しいのは、一級のめちゃくちゃ高い奴。せめて万単位がつくやつ。」
「何言ってるんだい、君は。小学生の持ち物じゃないよ。おもちゃのカメラで充分だろ。」
「なんだよ! ガキじゃねえんだぞ!」
「見た目も中身も充分すぎるほどガキだろが!」
 あくまでラグの態度はかたくなだ。
「じゃあ、これ見せたらちょっとは気が変わる?」
 ジャックはそっとポケットに手を入れると、ビニールの袋に包まれた小さなものを取り出し、ラグにそれを見せた。
「なんだいそれは。」
 不機嫌そうにいいながら、しかし、彼はふと目の色を変えた。
「あ、もしかして、それっ! 見せろ、ジャック!」
「おっと! ただ見はご遠慮願いますぜ!」
 とりあげようとするラグの手を、ジャックはするりとかわす。
「あのな、遊びじゃないんだ! ちゃんと見せなさい!」
 ラグはそれをとりあげようとするが、ジャックもさるものだ。元々盗みをやっていただけあって、なかなかその手並みも侮れない。ラグはジャックを鋭い目で睨んだ。
「じゃあ、今度小遣いくれよ。」
 ゲンキンなことである。ラグは少し表情を曇らせたが、結局妥協する事にして頷いた。この場合、教育は二の次だ。
「わかった! あげるから、早く見せろって!」
 仕方ないなあとばかりにジャックはもったいをつけてから、それを出した。ビニールに入った黒いチップのような小さなものである。ラグはそれを受け取って、反対側の手のひらに置いた。そして、まじまじと見つめ、急にぎくりとしたようにジャックの方を向いた。
「ジャック! お前、これをどこで手に入れたんだ?」
「カメラ買ってくれたら教える。」
 小遣いで成功したのをふまえてか、ジャックはしつこくカメラにこだわる。
「わかったわかった! そのうち買うよ! 買えばいいんだろ! 早く言え!」
 ジャックは約束をとりつけると、にんまりと笑った。
「じゃ、教えるよ。シェロルの持ってたマスコットのぬいぐるみの中に詰まってたんだ。それ、シェロルのオヤジさんが細工したものなんだって!」
 ラグはそうっとビニールの中から、黒いものを取り出した。それをかざした後、そっとモバイルのスロットに入れてみる。モニターに映るアルファベットと数字の羅列に見入るラグのゴーグルに、それが映って流れていく。
「ねえ、カメラ…買ってくれるよな?」
 ジャックはラグの袖を引っ張り、そう訊いてみる。忘れられていたら、と不安になったのだ。
「何でカメラが欲しいんだ?」
「オレ、将来カメラマンになりたいんだよなあ。報道カメラマンてやつ。だから修行に…」
「僕はお勧めしないけどなあ。好奇心が強すぎるのは良し悪しだよ。」
 ラグはため息をついて、カードを取り外し、元通りビニールの中に大事そうに入れた。それから、ジャックの方をちらりと見る。
「まぁいいよ。わかった。一応カメラは買ってあげるよ。」
「えっ! ホントか!」
「一応、功績は認めてあげるよ。でも、とんでもないものを拾ってきたな、ジャック。」
「それでさっきうっかり殺されそうになったんだよ。」
 そりゃあなあ、などと呟きながら、ラグは横目でジャックを見た。
「君、結構いい度胸してるよね。」
「そうかなあ。じゃあ、それは本物なのか?」
「僕が君の立場なら、渡して命乞いしてるとおもうけどね。」
 ジャックが興味津々の顔をラグの方に向けてきた。彼は静かに頷く。
「ざっと眺めただけだけどね。おそらく90%以上の確率で、これが連中の探してたZEKARDだよ。」
 ラグは手に持っている黒いカードをかざした。暗い廊下で、モニターの青白い光に映し出されたそれが一瞬、魔性の黒い宝石のように光ったように、ジャックには思えた。

  


「出ました!」
 古い資料を検索していた部下が突然声を上げて走ってきた。ラップトップのパソコンを手にしながらモニターを上司に見せる。レフトは、やや息を切らしている部下をみやりながら、もう一度確認した。 
「間違いないのか?」
「ええ、少なくとも外見は全く同じです。不気味なくらいにですよ。唯一違うのは、右目だけですね。あの男の顔を見たとき、どこかで見た事があると思っていたんです。しかし、まさか、百五十年前の死人にいきつくとは思いませんでしたが。」
 部下は得意げに手元のマウスを叩いた。モニターの画面が切り替わる。そこには、白髪でアイスブルーの目をした、老境の男の写真が映し出されていた。軍服を着ているが、その胸にはいくつもの勲章がぶら下がっている。どちらかというと上品な顔つきであるが、目には峻険な光が何となく感じられた。それに、どことなく漂う狂気もである。その左腕についた腕章には、所属軍隊のものらしい紋章が描かれてあった。
「先ほどの通信が切れた第三小隊の隊長の最後の言葉で思い出しました。」
 レフトはその顔を眺める。そして手元にあるプリントアウトした侵入者の写真と見比べてみた。右目にブルーの片眼鏡をかけた老軍人とは、やや表情が違うものの、その見かけは不気味なほど酷似していた。口元も、目じりの皺も、まるで本人のようにそっくりである。
 レフトが見る限り、そのモニターに映っている男の画像は、間違いなくラグレン=ファンドラッドであるとしか思えなかった。 
「ウィザーク=ガルダン=ファンドラッド…か。元帥だったのか?」
 レフトはモニターを眺めながらその名を読み上げた。
「百五十年前の資料にしては随分とよく残っているな。」
「それはそうでしょう。ウィザークはザヴァルニアの独裁政権bRの実力者でしたし、様々な事件や戦争に関わっていたようです。おまけに実際の軍事を握っていたのは彼ですから、実質bPに近い位置にいたのかもしれませんが。」
 それに、と部下は続ける。
「ウィザークは、相当無茶なやり方で上までのし上がったといわれていますから、周囲から随分恨みを買っていたようですね。私が知る限りでもひどい逸話がありますからね、恨まれてもしかたがないでしょうが。」
「ひどい逸話…というと? 私はザヴァルニアの歴史には疎いのでな。」
 レフトがいうと、部下は少しだけ頷いた。
「気に食わない部下がいると手づから拳銃を引き抜いて撃ち殺したといいますよ。ある時は、総統の側近さえも…。それを見て、周りの者達は震え上がっていたようです。」
 レフトは少し眉をひそめた。
「随分、残酷な男だな。」
「ある事件のあと、正気を失っていたという説もあるほどですよ。」
 部下はそう応え、頭をかきやった。
「戦略についても自分の意見を押し通させたようです。最後は、それが祟って政権崩壊前に総統側の部下に暗殺されたといわれていますが、戦後のごたごたに巻き込まれて正確な情報は伝わっていないようですね。」
「行方不明か。」
 レフトは唸った。
「しかし、なぜ、百五十年も経って…。まぁ、現代の科学技術を使えば、百五十年生きているものも、いないではないが、それだけ潜伏しているというのは――。そもそも、ウィザークは死んだときに、すでに老年に入っていたのだろう?」
「それは、わかりません。ですが、顔写真で見る限り、この二人は全く同じですし、残されている音声データから見ても…。いくら血縁だとしても、双子でない限りここまで似ませんよ。」
「同じ…か。」
 レフトはモニターの中の男の画像を見やった。一癖も二癖もありそうな外見の男の右目には、あの傷跡もなければ、トレードマークの片メガネもなかった。少し狂気じみた目をまっすぐに向けたまま、画像の中の百五十年前の司令官は、声もなくレフトを威圧していた。まるで嘲笑うような笑みをわずかに浮かべたままで、その画像は永遠に固まっていた。
 



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©akihiko wataragi
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