Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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8.アンドロイド・ドリーム

先ほどから、どうも耳鳴りがする。カンカン響いているのは、弾丸が跳弾しているのかもしれないが、とにかくジャックは片耳を押さえて、ラグの後ろに控えていた。
 下には、ひたすらこちらを銃撃してくる大きくて丸い、ちょうどお椀をひっくり返した形に四本のアームのついたロボットがいる。ひたすらいくつかあるカメラを上に向けて、こちらに機関銃で発砲してきている。たたたたた、と言う立て続けの音が反響して、耳に強く響いてくる。そのうちに爆発音がして、敵を撃破したらしいことがわかった。ジャックは外にはい出て、そちらの方を見た。
「なんだ? ちょっと数減ってるよな。後続も来てないし。」
「応援部隊がついたんじゃないのかな。…あいつら遅すぎるよ。」
 ラグは、銃を構えたままあちらこちらを確かめた後、ため息をついた。
「でも、ギルバルトのおっさんたちなんだろ、応援ってさ…。果たして、それで大丈夫かなあ。」
「…重要箇所は僕がつぶしてきたからどうにかなるんじゃないの。それに、連中の数が減ってるのは、別の原因があると思うよ。どうも、奴ら、ここを捨てる気じゃないかって…」
「捨てる? どうして?」
 ラグはうーむと首をひねった。
「どうしてって…。半分は勘かなあ。さっきから護衛が少なすぎるような気がするんだよ。さっきまではサイボーグ戦士やサイバノイドの戦士なんかもいたのに、今のもロボットだけだし。…なんだろう、有能な人材は別のところに回してる気がするんだよ。」
「オレ達が妙な場所歩き回ってるからじゃないの?」
 ジャックが冷めた口調で言った。
「それもあるけどね。…それだけじゃないような……。」
 ラグはそう言って、腕のモバイルをいじった。
「どちらにしろ、油断はできないわけだが…」
彼がそう言った途端、前方の向こうからからぐわり、と先ほどと似たような形のロボットが煙を噴きながら飛び出てきた。見て見ろ、とばかりにラグはロボットに一撃を撃ち込んだ。当たり所が場所が悪かったらしくロボットは空回りし始めた。続いて、三体のロボットが飛び出してきた。
「ジャック! できるだけ、後ろに下がれ!」
 ラグは後ろを一瞬だけみてそう叫び、彼が逃げるのを感じながら、銃を握った。正確に狙って撃つ。そうすれば、一度で終わりだ。ラグは、視覚から取り込んだ映像を一瞬で計算にかける。その答えを映像に直してはじき出すだけの時間は、相手とそう変わらないはずだ。いや、自分の方が早い。撃たれる前に撃たないと、ジャックの身に危険が及ぶ。ここはタイミングが命だ。
(今だ!)
 ラグは、相手の速度から何まで計算した後、引き金を引きながら、身体を斜めに投げ出した。閃光とともに飛び出した銃弾は、一番近くにきていたロボットの装甲の内に入り込む。ラグはそのまま走り出すと、そのロボットを下から蹴り上げた。相当重いものだったが、ロボットはそのままひっくり返ると、後ろにいた一体にぶつかる。
 ラグは躊躇せずに、その二体を纏めて銃のエネルギーを最大にして撃ち抜いた。何発が連射して、すぐに次の獲物にかかる。撃たれた二体は、ちょうど燃料か火薬に引火したのか、部品をまき散らしながら爆発する。隅で避難しているジャックの方にまで火のついた部品が飛んできて、ジャックはぎゃあっと声を上げた。
 一方のラグは、あらかじめ動きを止めて置いた例の一体にとどめの一撃を、もう一体にも銃弾を浴びせたが、動きながらのせいもあり、今度は向こうの方がこちらを計算してきた。装甲の硬い部分に掠るだけで、ロボットはこちらに近寄ってくる。そのカバーが開いて、中から機関銃の銃身がちらりとのぞきかけていた。
「チッ! 一匹撃ち漏らした!」
 ラグは舌打ちすると、銃をジャケットの内側に叩き込んで、ロボットに近づいた。ジャックを狙われないようにするためには、接近戦に持ち込んだ方がよほどいい。装甲の間につかみかかろうとしたが、ふとロボットはアームを振り回して攻撃してきた。
「あっ!」
ロボットのアームが、ラグの目の前にあった。反射的に身を逸らすが、間に合わない。ゴーーグルがつぶれて飛んだ。直撃はさけたものの、アームに頭部を殴られる形になり、ラグはそのまま後ろに吹っ飛ばされ、体勢が揺らいだが、彼はうまく手をついてその場に低く着地した。
「くー、油断した。ちょっと効いたな。」
 顔の右側をやや押さえるようにしながら、ラグは目の前を向く。金髪と彼の青い目が、ゴーグルが取り除かれて、はっきりと見えていた。
「一瞬意識が飛んだじゃないか!」
 もう一度振るわれたアームを、今度は自分の右手で受け止める。うっすらと笑ったラグは、右手に込めた力で相手の装甲を曲げた。そのままぐいぐいと力を込めて、今度はそれを折り取る。バキッという音とともに、青い色のコードが同時に引きちぎられ、ラグはアームを放り投げて捨てた。
「今度はこっちの番だ!」
 そのときラグの口元がわずかにゆがみ、ロボットの前の装甲をひっつかんだ。と、つかんだガードロボットの装甲がメキメキ音を立ててはがれ始めた。そのまま彼は装甲をはぎ取り、それを中身にたたきつける。ガッと鈍い音がして、どこかから煙が上った。
 素早くナイフを取り出すと、ラグは装甲がはがれて、接続部分が見えているガードロボットの背に片手をつき、素早くそのコードの一旦を切断した。そのままついた片手に力をいれて、半回転しながら少し離れた場所の廊下に着地する。一瞬、まばゆいフラッシュが起こり、思わずジャックは目をかばう。何かが激しくショートする音が聞こえ、続いてガタガタという奇妙な作動音が聞こえる。そろそろ、目が慣れたところでジャックがそっと前を伺うと、そのころにはプシューという音とともに、ガードロボットは動作をやめていた。
「……ちょっと油断した。」
 ラグはため息をつきながら、ナイフを腰につけてあった鞘に戻す。ゴーグルがとれて、彼の顔ははっきりとあらわになっていた。二十歳前後の上品な顔立ちの青年といった感じなのは、ジャックが前に見たときと同じである。穏やかでぼんやりしているような顔立ちもそのままだ。壊れたゴーグルを拾ったジャックは、それをラグに差し出した。 
「大丈夫か?」
「ああ、参ったなあ。一瞬、衝撃が来て意識飛んじゃったじゃないか。…後でちゃんとチェックしておこう。…接続中は気をつけないとね。」
 ラグはそういって、右の耳のあたりを軽く押さえる。
「僕の方は大丈夫みたいだけど、ゴーグル本体はどうなんだい? なんか、吹っ飛んだのを目の端で見た覚えがあるんだけど。」
「これが使えると思うか?」
 ジャックは、ひしゃげて割れたゴーグルを見せながら言った。ラグは軽く肩をすくめる。
「うーん、仕方がないなあ。これはさすがに修復不能だよ。」
「もったいないなあ。これ、結構するんだろ? …ま、本人が無事ならいいんだけどさ。」
「仕方ないよ。またカスタマイズし直せばいいんだし。」
 ふと、彼は奇妙な顔をしているジャックの方を見た。
「どうしたんだい? 何か気になることでもあるのか?」
「い、いやさあ。…あんたって、その…なんというか、印象変わるよなー。」
 ジャックは不気味そうにラグを見上げた。そのどこの上流階層の坊ちゃんかと思えるようなのんきな顔立ちは、ジャックのイメージする当人とはあまり結びつかないのだ。今も、意味がわからないというように、少し小首を傾げている。ジャックはさらに不気味そうに、横目で、といっても、相手の背が高いので実際は上目遣いであるが、彼を見た。
「口も軽いし、なんだろ。…オレ、あんたとしゃべってると調子狂うんだよな。こう、なんていうか、何だろう、目を合わせたくないような雰囲気っていうか…」
「そうかなあ。僕はこっちの方がしゃべりやすくていいんだけど。色々大変なんだよ、僕だって。」
「ま、詰めの悪さがますますひどくなるってのも凄まじいけど…いてっ!」
 素早くラグに足を踏まれて、ジャックは飛び上がった。
「余計な事言うな! …全く、人の苦労も知らないで!」
 ラグは不機嫌にいうと、パンと手を払ってすたすた歩き始めた。
「さ、早いところ、シェロルを助けて戻ろう。もう、こういう陰気なところにいるのもあきたしね。」
「自分の都合悪い話になると、いつもそれなんだよなあ。」
 ぽつりといいながら、ジャックはそっと後ろを歩き始める。
 そこは、今までとは違い、あちらこちらでものが落ちていた。その中には武器のたぐいもあったし、生活用品らしいものもある。どうも、慌てて退散したような感じがする。
 その中で、ジャックはふと一枚の紙切れに目をとめた。というのも、その紙切れに、薄暗いながらもはっきりとわかる綺麗な女性が映っていたからだ。年齢は三十ぐらいだろうか、憂い顔だが、とても優しそうな美人である。
「こんなところに場違いだなあ。きれーなねーちゃんの写真…」
 ジャックは拾い上げて、それをじっくりとみる。前を進んでいたラグは、その声に振り返って、ジャックがそれに見とれている様を見て呆れて肩をすくめた。
「君もそんなんに見とれるとは、全く、ガキの癖に生意気なんだから。」
「なんだよ、綺麗だから綺麗だっていっただけで他意はねえよ! ほら、あんただって美人だって思うだろ! これ!」
 ジャックは躍起になって、写真を上に差し上げた。
「ほら、みろって!」
「…なんだよ、その態度。まあいいけど。じゃ、貸してよ。」
 ラグは渋々、といった様子で、写真を受け取った。
「なんだ、これ。…これは組織のIDカードの裏側みたいだよ。…この女性は、じゃあ、案外上役かなんかかもね。」
 普通、組織のトップの顔などIDカードの裏につけておかないものだ。だが、ラグは、そのカードを見たとき、何となく違和感を感じた。黒い髪の美しい女の背景はダークブルーで、その背からにじみ出るようにうっすらとした黄色が混ぜられている。精巧で写真にみえたが、ラグにはわかる。それは、コンピュータグラフィックでもなく筆で書かれた絵画の一種だ。
「これは、写真じゃないよ、ジャック。絵だ。なんだか、まつりあげられてるって感じがしないかい? ジャック。なんだか、宗教画…まではいかないんだけど、こう…カリスマっていうのかな。…そういうシンボルみたいなものに描かれすぎじゃないか。」
 ラグはジャックにそれを見せながら言った。ジャックは首を軽く傾げた。
「うーん、言われてみると、そんな気もするけど。」
「こんなところに顔を描いておくなんて、何かそういう意味があるとしか思えないよ。普通は隠すもんなんだから。」
「そう言われると、そうだけどさあ…。美人のリーダーなら見せびらかしたくなるのかも。」
「何馬鹿な事言ってるんだよ?」
 彼はそう言い、少しあごに手をやった。と、その女の顔をじっくりみていたラグは、はっと気づいたようにその絵を取り上げた。
「どうしたんだよー? 好みの女だった? まさかとは思うけど、昔の女じゃないだろうな?」
 ジャックが揶揄したが、珍しくラグは反論してこなかった。そのアイスブルーの目は、その絵を見入ったままで、動きもしない。
「こ、これは…レ……」
ラグは、黒髪の女の憂い顔をじっと見ていて動かない。
「ちょ、ちょっと!」
 不意に横でジャックが声を上げた。
「前に敵がいるよ! なんとかしてってば! おい! きいてんのかよ!」
 だが、ラグは答えない。目の前の絵を見たまま、ただ、古い記憶を取り出しているのだ。そして、彼は、文字を一つ一つ思い出しているかのように、とぎれとぎれに、その名を口に出した。
「レ…、ア……、ラ…さ…ま?」
 レアラ…レ、ア、ラ…レ・ア・ラ……LEARA…L-E-A-R-A……
 知っている、この女性が誰かを「私」は知っている。
「爺さん! 助けて!」
 ジャックの声がして、ようやくラグは我に返った。同時に発砲音がした。とっさにジャックの前に絵を握ったままの右手を伸ばすのが精一杯だった。その絵を握っていた右手が、熱で溶けた気がした。
 自分の手が、自分のコントロールを離れる。視界の中でも、それははっきりとわかった。命令を伝えるための配線が切れる。
「爺さん!」
 落ちる右腕の接続部から、黄色と青いコードがショートしながら切れて落ちる。その右の指には、今だにあの美しい黒髪の女性の絵が握られていた。


 女性は立ち上がった。
「覚えているわ。あの時、炎が立ち上ったような気がしたの。光がすべてを包んで、私はなにも見えなくなったわ。」
 怪訝そうな顔をするシェロルを気にかけた様子もなく、彼女はさらに続けた。
「この前目が覚めたわ。冷たいところから急に目が覚めたから、私はとても驚いた。とても長く眠っていたから。ええ。長く。冷たいところよ。目が覚めるとあの人はいなかった。街も全部変わってしまっていて、とても寂しかった。」
 彼女は目を伏せた。その様子を見ながら、シェロルは胸が高鳴っているのに気づいた。どうしてだろう。どうしてこんなに違和感があるのか。少し恐怖を覚えるほどに、女性の言葉は不安をあおる。
(もしかして、コールドスリープ?)
 科学者の娘のシェロルである。さすがに話にはきいていた。先ほどの光の話とつなげると、もしかしたらこの女性は、何か事故か戦争かで瀕死の重傷を負ったのかもしれない。昔、そういう時に、愛しい人をコールドスリープさせたという話はよく聞く。医療が発達し、助かるようになると目覚めさせるのだが、それでも大半はそのままだとも聞く。
 シェロルの思いに気づかず、彼女は頼み込むように言った。
「だから、もう一度あの人と会うのに、ゼッカードが必要なの。教えて。」
「ど、どうして? どうして、それがいるの?」
 ロボット工学の方法で、過去の人間に出会えるはずがない。シェロルはそれに気づいて、言いにくそうにぽつりといった。だが、彼女は首を振る。
「あの人は、探してももういないわ。複製も考えたけれど、髪の毛一本残っていなかった。でも、私は覚えているのよ、あの人が関わっていた計画を。それに全てが入っているはず。」
「えっ!」
 シェロルは、驚いて顔を上げた。
「だから、レフトに教えたわ。・・・あの時、どういうシステムが彼らに使われようとしていたのか。レフトは、その情報をきいて、あなたのお父さんがつくったシステムが、一番それに近いと判断したの。」
「お父さんの?」
 それが、先ほどから言われているゼッカードとか言うもののことなのだろうか。シェロルは、なぜか目の前の女性を恐く思った。最初は、どちらかというと物静かな女性といった印象なのに、ファンドラッドと名の付くその大切な人のことを話し出した彼女は、次々と楽しそうにしゃべりつづけるのだ。
 コールドスリープの影響なのか、それとも、大切な人がこの時代ではもういないことのショックからなのか、女性は正気を失っているのかもしれなかった。ただ、彼女はしゃべり続ける。
「レフトには、あの人のことは話していないわ。あの人の計画の事詳細はしらない。」
 シェロルは思わず口を挟んだ。
「あなたの大切な人が関わっていた計画って何なの?」
 彼女は振り返り、そして、ふと柔らかな笑みを浮かべた。どこかそれは不安定で、何となく悲しげにシェロルには思えた。
「――それは 、自分と同じ姿の機械人形(アンドロイド)を作る計画よ―――」



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©akihiko wataragi
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