Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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  9.終焉の炎の中で

 続けざまに、腹部に銃弾をくらい、ラグは壁に打ち付けられた。
(くそっ! 自業自得だな!)
 ぼうっとしていた自分が悪い。それを悔やみながらラグは、そのまま壁によりかかってそのままずるずると座り込んだ。傷はそう深くはないが、当たり所がよくない。動力部分に傷が入ったのか、一瞬立っていられなくなったのだ。  前髪がずれて、いつも隠れている右側が見えている。左目とは違い、光をうつしていないアイスブルーの瞳の上に斜めに薄い刀傷が走っていた。
「あっ、ああ! 手、手が!」
 ジャックの声が聞こえ、ラグは素早くジャックのほうに目を走らせた。彼はまだラグの右腕を見つめていた。その目は、おどおどしていて、あきらかに尋常ではなかった。
「ご、ごめんよ、爺さん、オレ・・・!」
 ジャックは、一瞬混乱したらしく、そんなことを口走った。がたがたと震え、彼はラグの方をみないで、泣きそうな顔になっていた。
「ご、ごめんなさい。・・・オレのせい? オレのせいだよな? ご、ごめんよ、オレ。オレ、あんたが・・・」
「ジャック。」
 ラグは、そんな彼を落ち着かせようと声をかけたが、ジャックはまだ右手をみている。彼は、ラグが自分をかばって右手を失ったことに衝撃を受けているようだった。
「ジャック!」
 もう一度声をかけると、ようやく彼はラグの方を向いた。
「でも! オレがっ・・・」
「騒ぐな、ジャック!」
 ラグは、口調を変えてそう強く言った。思わず、ジャックはびくりと黙った。
「騒ぐんじゃない・・・。私のことはいいんだ。いいから、静かにしろ。」
 声を潜ませ、彼はジャックの肩に左手を置いた。不安そうなジャックを安心させるように、その声色は優しかった。
「大丈夫だ。お前のせいじゃない。それに大丈夫だ。だから、…大丈夫だから、静かにしてるんだ。」
 そう小声でいい、彼はジャックを押さえるようにしてそのままそばに座らせた。ラグは、ふと上にいる三人ほどの人間を見た。先ほどまでとは少し目つきを変えて、彼は、整った顔立ちに少し嘲笑うような表情をのせた。
「なるほど、そろそろ終幕っていうわけか。」
 目の前には、中年の上品な男と、そして、二名のサイボーグ戦士らしい戦闘員が熱線銃を構えて立っている。
「ラグ=ギーファスだな? 私は、レフト、という。ここの責任者のようなものだ。」
「そう。レフトさんだね。ようやく、お目にかかれて僕の方こそ、うれしいよ。」
 ラグはにっこりと笑った。
「でも、さすがにこんな状態で会いたくはなかったな。」
 ラグはそういい、ライダースーツの内にあるポケットから何かを取り出そうとしているようだった。傍でジャックが、少し震えながら前を見ている。そちらに向かって、安心しろとばかりに視線をやった後、彼は再びレフトを見た。
「すぐに殺さないところを見ると、僕に何か訊きたいというわけか? 何が訊きたいんだ? 答えられることなら、答えてあげてもいいよ。」
 レフトはわずかに警戒の色を見せていたが、思い切ったように一歩踏み出してラグを見た。
「君と一緒にここに入ってきた筈の男が行方不明だ。・・・まさか爆弾で吹っ飛ぶような男でもなし、一体どこに行ったのか教えてくれないか。」
 ラグはふと嘲笑いながら言った。
「君たちが言っているのは、ラグレン=ファンドラッドだろう? 今更どこに隠れもしていないよ。捜すなんて無駄な労力さ。…彼はどこを探してもいやしないよ。」
 声はラグのままだが、明らかに言葉遣いが変わってきている。それに気づいたレフトは表情を変えた。ラグは、にやりとした。いたずらっぽいというよりは、老獪で、その顔は誰かを思い出させる。ラグの左手は、とうとう探していたものを探り当てたらしい。ひょいとそれを取り出した。指の間に挟まれているのはシガレットである。それを口にくわえたまま、今度は彼はライターを探しはじめた。
「そろそろ気づいたっていいんじゃないのかい? 大分ヒントはあげたはずだよ。」
「ま、まさか……お前は……」
 ラグは憎らしいほどににっこりと微笑んだ。
「たぶん、君の推理であってるよ。それにしても、思ったより鈍かったね、君たちは。もう気づいているのかなと思ったよ。…まあ、私も頑張ってずいぶんパフォーマンスしたんだが。服を着替えては出たり消えたり、いやはや、一人芝居の舞台俳優みたいで大変だったよ。」
 ラグはそういって、左手でライターを捜すとそれで煙草に火をつけ、ゆったりとふーっと煙を吐き出した。そして、思い出したように、レフトを見上げる。
「あ、そうだ。ここは煙草を吸っても良かったんだったかい? 悪いね、私は煙草を半日あけるといらいらして身が持たないんだよ。もっとも、贅沢は言えないから、君の部下からいただいたシガレットで済ませているけどね。」
「まさか、お前が?」
 レフトの驚愕の表情を眺めて、ラグは唇をわずかにゆがめて笑った。
「そんなに驚くことか? 今時、変形する合金などどこにだってある話じゃないか。私の中身が、鉄屑の塊だと知ったとき、このぐらい予想してもらわなくちゃあね。」
「ラグレン=ファンドラッド!」
名前を呼ばれて、青年の顔が少し引きつったように笑った。その顔を見て、レフトは自分の考えが正しかったことを知る。
「そうか。やはり、そうなのか。」
 ぶつぶつといいながら、彼は先ほど部下に見せられた画像を思い出していた。ウィザークという名のあの独裁時代の将軍だ。
「そうか、ようやくわかったぞ。やはり、貴様は、体の半分以上を機械にしていたのだな。そして、あれからずっと生き延びていた。…独裁政権崩壊時に奴の死体だけが見つからなかったという。それは、お前が…」
「面白い推理だな。でも、悪いが、見当はずれも甚だしい。残念ながらはずれだよ。」
 ラグ、いや、ファンドラッドは、レフトの話を遮ると、うっすらと笑みを浮かべた。
「それにしても非常識だな。まさか、君たちは本当に百五十年も前の将軍本人が生きているとでも思っているのか?」
「では貴様は何者だというんだ?」
 レフトに訊かれて、ファンドラッドは、煙草の煙をみながら言った。
「しゃべらなければ、今この場で体だけ吹っ飛ばして私の記憶チップから何もかも読みとる気だろう? いいだろう、話すよ。」
 彼は少しだけ笑うと、煙草を左手で口から離した。
 そばで泣きそうだったジャックは、今はようやく落ち着いてきていた。そして、自分も聞いたことのない自分の過去を、ファンドラッドが口にしようとしていることに気づいた。そして、なぜ彼がこんな話をしようと持ちかけたのかと言うことにも、見慣れぬ姿の彼の透明な表情をみるだけでよくわかった。そして、彼が自分の右腕のかけらをそっとわからないように近くに引き寄せているのをみても――
 やっぱりそうだ、とジャックは思った。ファンドラッドは、おそらく、時間稼ぎをするつもりなのである。
 煙草の煙がゆらゆらと立ち上っていた。ファンドラッドは、青年の顔のまま上の方を見ていた。レフトまでが銃を抜いてファンドラッドに突きつけていた。彼が引き金を引けば、ファンドラッドの眉間に穴が空くだろう。それはわかっているのに、彼はまだ余裕があるようだった。
「昔、ザヴァルニアに独裁政権が居座っていた頃、ある天才科学者がいた。」
ぽつりと彼は話し出す。ふっと嘲笑いながら、ファンドラッドはため息をついた。
「その男は天才だったが、相当危ない男でね…、あるとき、軍に依頼された人型で更に戦闘用に使えるロボットを作ろうとしたのさ。戦闘用の人型ロボットは簡単に出来た。だが、彼はそれで満足しなかった。彼は天才だったからね。それじゃ、詰まらない。…なるべく人間に近づけるため、そして、更に汎用性を高めるため、その人間と寸分たがわぬコピーを作ろうとしたのさ。…それは、影武者にも応用できるだろう。時の支配者はねらわれやすかった。両者の利害は一致したというわけさ。彼は莫大な研究費を手にすることができた。」
「なるほど、要人達はかなりの年齢だったはずだ。当人達の青年時の姿を試作品に兼ねれば、影武者と工作員の二つの目的を一体で兼ねることができる。それで、変化型にしたのだな?」
 レフトは、銃は向けていたが、話を聞くつもりはあるらしかった。
「一番最初に自分のデータを差し出した被験者は、ウィザークという男でね、君たちもよく知っている横暴な男だった。…しかし同時にいくらかは可哀想な人だった。自分を狙ったテロで、彼は妻と息子を殺されていてね、それから彼の横暴ぶりはますますひどいものになっていた。だから、彼がどうして自分のデータを差し出したのかはよくわからない。ただの気まぐれかも知れない。もちろん、クローンを作るって手の方が簡単だが、クローンよりもアンドロイドの方が制御しやすいだろう? プログラムに組み込んで、逆らえなくすればいいんだから。それに、あの博士は、機械工学しかできなかったからねえ。」
 ファンドラッドは、一度煙を吸ってふっと吐いた。もうわかっただろう、と言いたげである。
「なるほど、貴様はつまりそのために作られたアンドロイドだな。ウィザークの影武者か?」
「ふふ、まさか。」
 急にレフトが口をはさんだのを受けて、ファンドラッドはいくらか自嘲的になった。
「そんないいものじゃない。私はその中の失敗作さ。顔を見ればわかるだろう? あの人には、右目に傷なんてなかったんだ。それに、本物のコピーロボットは、性格及び仕草が同じでなければならない。私のプログラムには元から欠陥があったのさ。」
「欠陥?」
「『同じでなければならない性格』が、違っていたのさ。それで、ゲインバート博士は、私を廃棄処分にしようとした。『お前みたいな失敗作の鉄くずはいらない』と言ってな。」
 はっとジャックは思わずファンドラッドの顔を見た。彼の口許には、やや寂しげな笑みが浮かんでいた。
「だが、私は廃棄されなかった。当のウィザーク将軍が、自分と同じ顔のものを壊すのが嫌だったのか、私を壊すなと命令してきた。そして、挙げ句の果てにはひきとってもよいと。その酔狂さに周りの者はあきれたが、ウィザークは気にしなかった。」
「…それで生き延びたというわけだな。だが、あの頃の人型ロボットは全て粛正されたときいているぞ。」
「そのとおりだよ。」
 ファンドラッドは煙草をくゆらせながら答えた。
「今だって人型ロボットの制作は禁じられているし、昔の技術は無くなっている。その法律があちこちで制定されたのは、あの時ロボットの暴走があったせいだ。命令を得る為につないでいた軍事基地のマザーコンピュータを媒介にして広まった。今では情報操作でなかったことにされている。」
 ファンドラッドは、煙草を口からはずして、指にはさんでゆるりと振った。
「特にゲインバートシステムを搭載した連中が片っ端からおかしくなった。…だから、当時軍部は人型ロボットの粛正に乗り出し、その技術を永遠に封じ込めた。つまり、大方の科学者を粛正したということ。また有力者のゲインバートは殺させなかったもののの、ロボットの制作をやめさせたんだよ。」
「だが…」
 レフトは変な顔をした。先ほど、ファンドラッドは自分は「ゲインバートシステム」を利用していると言ったばかりではなかっただろうか。
「アンドロイドの筈の私が、なぜ感染しなかったかということかね? 簡単なことさ。私のシステムには致命的な欠陥があるといっただろう? …その欠陥のせいで、ウィルスには感染しなかったんだよ。幸いにもね。…まあ、軍の連中は、私も最後は廃棄しようとしていたみたいだが、運良く逃れた。」
 ファンドラッドの表情に、わずかに複雑なものが走ったのがわかった。もしかしたら、苦々しい記憶があるのかもしれないとジャックは思った。ファンドラッドは、煙草の灰を落とすと、それをくわえなおして笑って訊いた。 
「ゼッカードは結局のところ、ゲインバートシステムの欠陥を補ったものだろう? 当然ウィルス対策もしているし、それに、ゲインバートシステムでは不完全だった戦闘用の行動マニュアルを叩きこんでいる筈だ。だから、君たちは、ゼッカードをほしがった。違うかな?」
「それ以上の詮索は好ましくない。ゼッカードを渡してもらおうか。」
「おや、もう話はいいのかな?」
 レフトに対して、ファンドラッドはため息をつきながら笑った。
「折角これからが本番だというのに。」
「残念だが。」
 レフトは、ため息をついた。と、その瞬間、レフトは拳銃のトリガーを引いた。至近距離で突然で、よけることはできなかった。だーん、と尾を引く銃声とともに、ファンドラッドの身体が大きくふらついた。
「爺さんっ!」
 ジャックが思わず叫んだ。レフトの拳銃が彼の眉間をねらったものであることは、その位置からしてわかっていた。ファンドラッドはうつぶせに倒れると、そのまま動かなくなった。
 レフトは煙の立ち上る拳銃をおさめながら、壁にめり込んだ銃弾を見た。それは彼を貫通したらしい。相手をしとめたらしいことを知ってから、レフトはきびすを返した。
「君のおしゃべりにつきあっている時間がなくなったんだよ。…何者でも、頭脳を壊されれば、もう口など聞けないはずだ。残念だが、強制的に黙ってもらうことにした。」
「爺さんっ!」
 ジャックが慌てて、ファンドラッドにすがりついた。そして、レフトを見上げながら非難に満ちあふれた声をあげた。
「何するんだよ! いきなり撃つなんて!」
「その男がどこかにゼッカードを隠し持っているはずだ。探して取り上げておけ。」
 レフトはそういうと、歩き始め、思い出したように付け加えた。
「少年の方は一応助けてやれ。子供を殺すのは、気がすすまんからな。」
「はっ。」
 部下達が応えたのを背で訊きながら、彼は進んでいった。どちらにしろ、この基地はもう終わりだ。彼には撤退という大仕事があるのである。「あの方」を逃がすためには、用意が要った。だが、ふと声がしたのだ。
「甘いな。」
 レフトは、思わずぎょっとした。今の声は間違いなくファンドラッドの声である。あのやや深みのある声は、若者のラグの声ではなく、彼が普段喋っている方の低い声だった。
「何度も忠告してやったのに、君はまだ私を甘く見ているようだねえ。」
 レフトは、背筋が凍るような思いをした。先ほど、頭を撃ち抜いたはずだ。人型のロボットも、やはり中枢は頭部に集中していることが多い。それが少しでも損傷すれば、動作に支障をきたす。それが普通だった。
「馬鹿な!」
 慌てて振り返ると、彼は額を先ほど切断された筈の右手で押さえながらちょうど立ち上がるところだった。ジャックを後ろにかばい、彼は呆れたように言った。
「人の話を聞かない奴だな、君は。だから、私は話を最後まできけといってあげたんだよ?」
 レフトはぎょっとした。先ほど、切断された筈の右腕が、不完全ながらに元に戻っているのだ。よく見れば、接続部の装甲がゆるく、まだ鉄の色やコードが見えているのがわかる。しかし、先ほど綺麗に断ち切れていたそれが、明らかにつながっているのだった。
「ゲインバート博士は潔癖なまでに天才だった。」
 ファンドラッドの言葉には、おそらく自嘲の色が入っていたが、彼に笑いはなく、ただ冷たく静かに言った。
「だから、私のような失敗作にも手を抜かなかった。もっとも、私は、この右目を斬られたとき、完全に修復できなかったんだがね。…なにせ、失敗作だから…。」
 ファンドラッドは額を少しおさえて、さっと離した。撃ち抜かれたはずの傷跡がほとんど見えなくなっている。
「貴様……」
「自動修復するシステムというのがあるだろう? 最初に私は合金と合成樹脂でできていると教えたはずだがな…。それに最初からある一定のプログラムを入れておけばそれでいいんだよ。…勝手に修復するように、そういう風につくっておけば、戦闘で傷ついていても自分で直すことができるだろう。機械は修理しないと直らないからな、人がいない戦場では一度壊れれば二度と動かない。それじゃ完璧な兵器とは言えないだろう?」
ファンドラッドは、静かに言った。
「ゲインバート博士は、ただのアンドロイドを作るに飽きたらなかった。それを完全な兵器にもしたかったのさ。おかげで私は少しのことでは「死ぬ」事はない。おまけに、私は記憶と命令中枢を三つの箇所で共有しているのでね、頭一つとばされたぐらいで、データが消えることもないんだよ。」
「この化け物が!」
 何発か、撃ち込まれて、ファンドラッドは後退したが、倒れることはなかった。血の色をした油が軽く黒い服に染み渡ったが、彼は表情も変えない。
「ふふふ、…これぐらいで私を止められるものか?」
 機械的に感情のこもらない声で笑いながら、ファンドラッドはすっと足を進めた。言っているそばから、すでに再生がされているのか、右手の接続部が見る見る内に補強されていく。
「私は永遠に戦う為に作られた。そう簡単に破壊できるものか!」
「おのれ!」
 レフトは、素早く通信機を使い、応援を頼んだ。ダン、とファンドラッドは床板を蹴った。サイボーグの部下達が、同時に彼に飛びかかり、また拳銃の引き金を引いた。



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©akihiko wataragi
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