Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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  9.終焉の炎の中で

 

 どこかで爆発音がしたが、サヴァンは気にとめなかった。どうせ、あのファンドラッドのやることだ。大体の予想はついている。それよりも、彼は目の前の状況に興味があったのである。目の前にはライカンスロープの部隊がいたが、その半数はギルバルトの手にかかって倒れ伏していた。
「ギルバルトの旦那、ちょっとやりすぎなんじゃ…?」
 彼はそういったが、目の前のギルバルトは戦闘に入ってからというもの、常に一定のテンションを保ち続けているので、半分話を聞いていない。手袋が外された右手は、鋭い爪といくらかの獣毛が生えた異形のものに変わっていた。
「軍部に貴様のような奴がいたとは…」
 敵の隊長が呻いた。彼もまたライカンスロープなのか、その右手や顔つきが変わっている。ギルバルトは顔立ちを変えていないので、まだ本気ではないのかも知れない。ライカンスロープは、本気になればなるほど、獣に近い姿に変わるといわれている。
「軍部が禁止されていた肉体改造を行っているとは思わなかった。」
「何を言うか、強さを手にいれんが為に人間を捨てた軟弱者が!」
 ギルバルトは、実際の年齢よりもずいぶんと若く見える顔を不満そうにしかめた。
「私を貴様らみたいなテクノロジーに浸かった養殖物と一緒にするな! 貴様らは後付の養殖物だから強くなれんのだ! 鍛錬が違うわ!」
 ギルバルトは胸を張っていった。
「私は立派な先祖帰りだ!」
 思わぬ応えに、隊長はきょとんとする。ギルバルトは構わず続けた。
「生まれつき特殊体質でな! おかげで軍の検査をすり抜けるのに苦労したぞ。一つ間違えば実験動物だからな!」
「ああ、それで、あの教官とつるんだわけですね。」 
 サヴァンは長年の疑問が解けたとばかり、ぽーんと手を打った。ファンドラッド自身も、軍の検査で引っかかる筈である。その彼が、今まで機関を騙し通しているのは、彼が色々裏から手を回しているからである。自分がそうなのだから、ファンドラッドがギルバルトの素性をごまかすぐらいわけがない。
「さて、いい加減、あきらめろ! お前達の首領のところに連れて行けば、命ぐらいは助けてやるぞ!」
 すっかり、彼の一人舞台と化したこの場面に、隊長も唸らざるを得ない。しかも、ギルバルトの後ろには、まだ無傷の特殊部隊の兵士らしい三人がいるのである。
 と、不意に足音がしたような気がした。耳がいい彼は、遠くの足音を拾うこともできる。
「む、誰か来るな。足音から察するに…子供か?」
「オレが行って来ましょうか? お忙しそうですしね。」
 サヴァンはそう言うと、ギルバルトが目を向けた方に走りはじめた。どうせここの戦局はギルバルトが一人いればいいのだから、焦ることもない。一応、銃を抜き、トリガーに手をかけたまま、サヴァンは足音を忍ばせながら走る。やがて、向こうの方から、軽い足音が聞こえてきた。次の角を曲がろうとしたとき、ふと目の前で誰かが止まった。一瞬びくりとしたらしい相手に、サヴァンは手を広げた。
「ま、待て! オレは、ファンドラッドの味方だ! お前か、ジャックってえのは?」
「えっ!」
 少年は、顔を上げた。よほど急いできたのか、息を切らしていたが、特に目立った外傷はないらしい。利発そうで、ちょっと生意気そうな容貌が、きいていた特徴と重なった。
「そうだな、ジャック=ケルベリアだっけ。オレはサヴァンってー言ってな、あのクソ爺の教官とは、色々と腐れ縁でつながってる仲だ。」
「爺さんが言ってた…サヴァン大佐? …て、ことは! あっ!」
 状況がわかったのか、ジャックは声を上げた。そして、ぐっと拳を握って、歯がみした。
「くそっ! あの爺! オレにうそつきやがった!」
 シェロルのところに案内するといった癖に、ファンドラッドは、シェロルではなく、ギルバルトのいる場所に案内したのである。理由はすぐにわかった。ファンドラッドは、ジャックを逃がそうとしたのだ。
「畜生! なんでオレを信用しないんだよ! シェロルを助けてこいっていったくせに!」
 そう叫ぶと、ジャックは来た方向に逆戻りして走り出した。その足があまりに速いので、サヴァンはおいて行かれてはまずいと慌てて後を追った。
「あっ! こら! 待たねえか! クソガキー!」
 ジャックは走りながら、コンピュータをいじった。ファンドラッドは、これであれこれ詮索していたから、シェロルがどこにいるかも、きっと記録しているはずだ。だったら、履歴を調べればいい。
「畜生! オレを子供扱いするのかよ! 信用しているっていったくせに!」
 ジャックは、悔しく思いながら、走り、そしてディスプレイを睨み付けた。後ろから様々な罵声が飛んできたが、その声も耳に入らなかった。
 そして、ふと彼は目を見開いた。やはり、彼のコンピュータは履歴をちゃんと残していたのである。そして、そこに映し出された部屋の場所は、現在いるはずの場所からそう遠くはないようだった。


 女性と対峙しながら、シェロルは次に何を言えばいいのか考えていた。ずっと考えて、そして、シェロルはようやく口を開く。
「…代わり、に作るの? その、大切な人。」
 女性は何も応えない。
「同じ人を作ろうとするなんて、なんだかおかしいわ。だって、その大切な人は一人しかいないんでしょ? 代わりになるものなんかいないから大切なんじゃないの?」
「代わりになるものはない?」
 女性はぽつりといった。
「でも、私は、あの人に会いたいの。会いたいから……会うにはその方法しかないのよ。」
「でも、会える人はその人じゃないわ。その人と……同じ顔をした人っていうだけじゃないの? そんな方法でつくっても、代わりの人はあなたのことを覚えてもいないのよ。そんなの、あなたの大切な人に失礼じゃないの?」
シェロルは、女性の手を取った。
「ねえ、考え直して。…そんなことをしても、きっとその人は喜ばないと思うわ。だって、あたしもそうだもの。お父さんもお母さんにも会えなくなっちゃったけど、代わりに偽物をつくるなんて、あたしは嫌だわ。…だって、お父さんもお母さんも、代わりになるものなんかいない二人だったんだもの。」
「私は……」
 女性は、ふっと口を開き、そして止めた。少しずれていたベールがずれて床に落ちた。暗い表情だが、とても綺麗で優しそうな顔だとシェロルは思った。
「ウィザークは、こんな事をしても喜ばないというの?」
「きっと、そうだと、あたしは思うわ。それに、その人に会いたいからって、こんなことをしちゃいけないわ。」
「ドレンダール様!」
 声をかけられ、女性はふっとそちらを向いた。慌てた様子でやってくるのは、護衛に守られたレフトである。
「レフト? どうしたの?」
「ここはもう駄目です。逃げましょう。あなたは、純粋なライカンスロープの生き残りです。我々が本来の目的に立ち返るために、あなたは絶対的に必要な存在なのです。あなたがいなくなれば我らが組織はただの……」
 レフトはそこまで言った時、幼い声が聞こえた。
「あっ! シェロル!」
 聞こえてきた声に、ドレンダールと呼ばれた女性は、はっと顔を上げた。
「ジャック君!」
 シェロルは声をあげた。ジャックは慌てて部屋の中に飛び込んでくると、シェロルのそばに走り込んできた。
「シェロルに何するつもりだよ!」
「このガキ!」
 護衛の兵士が、銃を向けたが、レフトが手で制す。
「やめろ。ドレンダール様の前で、血の惨劇など見せるものではない! 下がれ! この勇敢な子は警察にも軍にも我々のことなどいわんよ。何しろ、ファンドラッド自身が、上層部にしられてはならない事が多すぎる。このことは、かくしておくだろう。そうだろう、少年。」
 いきなり言われて、ジャックはとっさにうなずいた。
「そうだと思う。オレもいわねえよ。オレ、昔追いかけられたから警察嫌いだし。」
「なるほどな。わかったか。逃がしてやれ。」
 そういうと、レフトは、女性の方に向かった。
「失礼しました。ドレンダール様。このような事になってしまいまして、とりあえず、この基地は爆破いたします。あとは私についてきてくだされば…」
「そうですね、レフト。では、あなたに従います。」
 ドレンダールはそう答えると、歩き出したレフトに従う。
「ま、待てよ!」
 ジャックは、その女性の顔をまじまじと見ながら、思い出していた。あの時、ファンドラッドが見入っていた美人の絵のモデルは、もしかして、この憂い顔の女性ではないだろうか。だとしたら、一体、どういうことなのだろう。
「あ、あんた何者なんだ?」
 ジャックは、シェロルを背後にかばうようにしながら食い下がった。美しい女性は、不意に振り返った。
「私は、レアラ=ドレンダール。」
 静かに女性は名乗り、ジャックの方を見て笑った。
「…あなたとはまた会えるような気がするわ。また会いましょう。」
「さあ、レアラ様。」
 レフトがレアラの手を引く。彼女はそっとそれに従い、去っていった。それを見送りながら、ジャックは不思議な気分になった。敵のボスだというのに、どうして、あのレアラは寂しそうな顔をしたのだろう。それに、確か、ファンドラッドがあの女性の写真を見ながら「レアラ」と名前を呼んだのだ。知り合いなのだろうか。



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©akihiko wataragi
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