Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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  9.終焉の炎の中で

 


「おい!」
 不意に声をかけられ、ジャックは我に返る。残っていた護衛の一人が、彼らに銃を向けていた。
「な、なんだよ!」
「レフト様はああいったが、オレ達は納得したわけじゃねえ…!」
 護衛の兵士がそういった。血走った目はゴーグルで見えなかったが、二人を殺す気でいるらしい。
「大体、レフト様は甘いんだ。だから、突破されちまうんだよ。」
 びくっとジャックは一瞬怯えた。だが、シェロルをかばうのだけは忘れなかった。ファンドラッドは言ったのだ、シェロルを助けるのは君だけだ。と。それを裏切りたくなかった。
「くそっ!」
「お祈りでもしてなあ!」
 そういって、彼がトリガーを引こうとしたとき、突然、威勢のいい声がドアの向こうから聞こえてきた。
「こらあっ! そいつを殺させるわけにはいかねえぞ! 教官がオレにどんな仕打ちするかわかんねえからなあ!」
飛び込んできたいかにも暴れそうな男に、護衛は一瞬気を取られる。
「だああっ!」
 ケイン=サヴァンが一発、部屋内部に撃ち込んだ。
「ぐあっ!」 
 どこかに一発浴びたのか、護衛が一瞬ひるんだ。もう一人が逃げ腰になり、そのまま走り出す。続いて撃たれた護衛も、一旦引いて体勢を整えることにしたらしかった。
「逃すかあっ!」
 サヴァンは背負っていたらしいサブマシンガンを取り出すと、マガジンを確かめて、そのまま走っていこうとする。ジャックが思わず声をかけた。
「おいおっさん!」
「おっさんじゃねえ、大佐だ大佐! この野郎! だてに出世頭じゃねえんだぞ! 特殊部隊なめんなよ!」
 そういうと、サヴァンはサブマシンガンを片手に、奇声をあげて突撃していった。
「おい、くそガキ! お前は先に逃げてろ!」
 後ろを向いて、彼はそれだけ言うと、ジャックを守るでもなく、そのまま走っていく。
「ち、血の気の多い奴だな。」
「ジャック君。」
 呆れているジャックの袖をシェロルが引っ張った。
「どうしたんだ?」
「あの女の人、そんなに悪い人じゃなかったわ。なんだか、可哀想…。あたし、あの人のやっていることは駄目って言ったけど、…本当はどうなのかわからない。」
「そ、そうか。」
 何となくシェロルの言いたいことはわかった。少ししか見なかったが、ジャックが見ても、彼女は何となく可哀想な気がしたのだ。何故かはわからないが、そんな感じのする女性だった。
 気を取り直して、ジャックはシェロルに言った。
「でも、シェロルのいうことはきっと正しいよ。オレが保証する。」
「そうかしら?」
 シェロルはジャックの顔をのぞき込んだ。
「ああ、だって、シェロルは優しいもんな。気を遣っていったことなんだから、きっと間違ってないって!」
 そういって、ジャックは彼女の肩をたたき、部屋の入り口を指した。
「行こう。さっき、建物を爆破するっていってただろ、もうここはだめだ。オレ達も逃げなきゃ。」
「そう、そうね。」
シェロルは、ようやく笑顔を見せた。ジャックは少しだけほっとして彼もまた微笑んだ。
「じゃあ行こう!」
「うん!」
 ジャックはシェロルの手を取った。そして、走り出しながら、ジャックは何となく思った。
ファンドラッドの言う見せ場とはこういうものだろうか。シェロルの手を引きながら、自分はやはり強くならなければならないと、ジャックは何となく思った。それは、きっと、シェロルにふさわしい男になれという意味なのかも知れない。



「こらああ! 待て!」
 サヴァンは、レフトの後を追い走っていったが、とうとうレフトには追いつかなかった。どこかで別ルートを使ったのかもしれない。自爆装置を使ったとか言っていたが、それははったりではなかったらしく、サヴァンの耳に遠くから爆発音が聞こえてきていた。
「畜生! 逃がしたか!」
 いつの間にか、ポンプ室のようなところの上に来ていた。手すり付きの渡り廊下は鉄板だけで構成されていて、少し不安である。
「ちっ、迷っちまったか。深入りしすぎたかな。」
 さすがのケイン=サヴァンも、少し心配になってそうつぶやいた。
 と、そのとき、不意に渡り廊下の下のほうで、ガッシャアンという音が聞こえた。慌てて下を見る。下は、何かが爆発したあとらしく、すでに炎の海だった。その炎の一角を突き破って、無骨な丸い戦闘ロボットが、だらりとした腕を伸ばしながら、吹っ飛ばされてきた。よく見ると、ロボットの目に当たるセンサーのカバーガラスが撃ちぬかれている。先ほどの音はそれだったのかもしれない。
 続いて、炎の壁から、一人の青年が現れた。金色の髪は赤い炎に染まって色ははっきりしなかったが、少し上品な顔立ちをした背の高い青年である。
「あれっ!」
 サヴァンは、その顔を見て慌ててそれが誰であるか思い出した。
「あっ! きょ、教官!」
 サヴァンは、炎の中のファンドラッドに気づいて思わず声をかけた。青年の姿のファンドラッドは、サヴァンも余り見たことがない。
「えらいかわいい坊ちゃんですが、教官ですよね!」
「死にたいのかね、リトル・ケイン…。深入りしてくると思ったら、お前か。」
 そのかわいい顔とは裏腹に、ファンドラッドは不機嫌に言ったが、口ほどの余裕はないらしかった。どこかショートしているらしく、火花が飛んでいる。
「子供達とギルバルトはどうした?」
「さっき、通信機で会話しましたらば、ギルバルトの旦那が二人とも連れて脱出したとのことです。」
「そうか、ならいいんだがね。…君もすぐに逃げればよかったのに。」
 ファンドラッドは少し意地悪く笑ったが、その顔は例の若い上品な男で、何となく違和感があった。彼は少しだけ楽しそうに言った。
「私が不燃性のオイルを血液代わりに使っていることをありがたく思うんだね。引火したら君ごとお陀仏だぞ。」
 軽口を叩いてはいるが、ファンドラッドは片足を派手に引きずっている。ふと、燃え盛る炎の中で、飛び掛ってきた機械の塊を、彼は構えた拳銃で撃ち落した。
「教官! 大丈夫ですかあ!」
「ケイン…気にするな。先に逃げろ!」
 声をかけられて、ファンドラッドはそう言った。
「この建物はもう駄目だ。自爆装置が押されているだろう。」
「そりゃそうですが! あっ! このやろ!」
 サヴァンは炎を纏いながら飛び掛ってきた戦闘用アンドロイドに弾丸を浴びせる。あちこちを撃ちぬいた後、サヴァンは慌ててそれを蹴倒した。
「今のうちに逃げろ。もう、お前が逃げる道は限られてきているんだからな! 北側のダストシュートを使え! すぐそこからなら出られる!」
 もしかしたら、どこかの情報端末から情報でも盗んだのだろうか。ファンドラッドはそう指示を下した。
「しっ、しかし、教官は!」
 その具合だと、きっとファンドラッドも自由には動けないのだ。だとしたら――。
 サヴァンが二の句を継ごうとしたとき、ファンドラッドのいる付近で何かが引火したらしく激しい爆発が起こった。その熱風から顔をかばいながら、サヴァンは炎の中をみた。彼の姿は、確認できない。
「きょ、きょうかーん!」
 サヴァンは叫んだが、ファンドラッドの声がすぐに聞こえてきた。
「何をしている! 早く逃げろ! 私のことなら大丈夫だ!」
「し、しかしですね。」
「いいから逃げろ! 生身のお前が食らって見ろ、かけら一つ残らない!」
 と、彼が言いかけたとき、更にもう一度爆発が起こった。
「わ、わかりました!」
 サヴァンは、周りの状況をみて決断を下す。手すりの下は、すでに火の海で、ファンドラッドを助けに行くどころか、行けば自分も巻き込まれるだろう。
「その代わり、ちゃんと逃げてきてくださいよ! オレ、あのジャックってガキに、このことはぜってえ言いませんから!」
 もしかして、爆発に巻き込まれて死んだかもしれないなどと告げるなど、そんな嫌な役回りだけはごめんだ。サヴァンはそう念を押したが、返事はもうかえってこない。
「オレは言いましたからねッ! 言いませんからね! ごまかしますからね!」
 再三つげて、ケイン=サヴァンは走り出した。熱い鉄板を走りながら、サヴァンは深入りした事を少し後悔していた。
 走っていくサヴァンを見上げながら、炎の中のファンドラッドは、その炎から火を拝借して煙草をくわえていた。煙は充分充満しているだろうに、彼はどうしてもその煙草の煙が欲しかったのだ。
「相変わらず、肝の小さい男だな。」
 ファンドラッドはそんなことを言いながら、炎の中ふうとため息をついた。
「全く、ジャックといいお前といい、私は問題児と縁があるようだな。」
 遠ざかるサヴァンの映像、―見える左目だけの映像は、熱で揺らいでいた。ファンドラッドは動かない足を引きずって歩きながら、彼は煙をふーッっと吐いた。
「私だって、これが最後の一服にならないことを祈っているよ。」
 ぱちん、と目の前で何かがはじけた。一瞬だけ、過去の記憶がよみがえった。なぜ、あの時、ウィザークはあんなに満足げな顔をしたのか。彼のやったことは全て無駄なことだった。それはわかっているはずなのに、なぜ笑いながら死んだのか。  そして、それを思い出しながら、ファンドラッドは思うのだ。一体、自分は全ての機能が停止するときに、どんな表情を浮かべているのだろう。
「もし駄目でも、…煙草を吸いながら死ねるなら、私にしては上出来な最期だよ…。」
 立ち上る煙をいとおしそうに見ながら、彼は凄まじい熱気の中少しだけうっとりと言った。

 
――その夜、山奥の誰も使っていないその廃屋は、突然爆発炎上した。何が爆発したのか、その周囲十メートルはほとんど何も残らないほど焼けつき、朝まで燃え続けたという。山火事にならなかったのが、唯一の救いであった。



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©akihiko wataragi
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