Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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エピローグ


山奥の廃屋の謎の爆発は、街でちょっとした騒ぎになったようである。しかし、あれほどの火力で爆発したのだから、あそこに謎の秘密結社がいた証拠など、全て燃え尽きているだろう。
 少し離れた森の中で、ギルバルトとサヴァンはため息をついていた。廃屋の近くでは、消防が来ていてとても近づけない。いろいろとすねに傷のある彼らは、こうして隠れていなければならないのだった。
「あそこに奴らの基地があったこと自体はばれてないみたいだから、大事にはならなさそうだけど、ちゃんともみ消してくれるんだろうなあ。」
「もみ消してくれなければ、私もお前もやばいからな。」
 ギルバルトは、そんなことをいいながら、どこか他人事風である。
「ええっ! そんな! オレなんか、これ以上問題起こしたら多分クビが…!」
「そんなあ、大佐がそれなら、我々はどうなるんですかあっ!」
 無理矢理連れてこられた二人組が、絶望的な声を上げた。だが、ギルバルトは意外に平然としている。
「まあ、気にするな。どうせ、あいつが悪いんだ。何とかしてくれるだろう。」
「いい気なもんですね。大体、教官はどこいったんですか。あれから全然見かけませんよ。爆発に巻き込まれたんじゃないんですか? もし、死んでたりしたら、我々に情報操作なんてあまり……」
 サヴァンが不安そうに訊いた。
「あーっ、ここにいたのかよ!」
 どこかに行っていたらしいジャックが慌てて戻ってきた。サヴァンは慌てて口をつぐむ。まだ、彼は、ファンドラッドが建物に残った事をジャックに言っていない。先ほど訊かれたとき、逃げたのは見たが、途中ではぐれたといってごまかしておいたのだった。
「全く、オレがシェロルをちょっと麓までおろしてきたと思ったら、もう場所移動してさあ!」
 文句を言うジャックに、ギルバルトがズバリと言った。
「あんなところにいたら、不審者として通報されてしまう。」
「そりゃそうだけどさ。」
 軽く肩をすくめるジャックに、ケイン=サヴァンが訊いた。
「…で、どうだったんだ? あのコ。」
「落ち着いてたよ。急遽来てもらったゼッケルス大佐っていう人に渡してきたから大丈夫だと思う。」
「なるほど、元々の養父だったな。それなら大丈夫だろう。」
 ギルバルトが口を挟んだ。
「あ、そうだ!」
 ジャックは思い出したように言った。
「オレ、頼まれてたんだけど、買ってくるの忘れちゃってさあ…。それで、ちょっと頼み訊いてくれる。お兄さん。」
 お兄さんと言われて、サヴァンも悪い気はしない。ついつい乗り気になって、彼はひょいと顔をジャックの方に向けた。
「ふーん、どうしたんだ? 何ねだるつもりだよ。」
「あのさ、煙草持ってる?」
「煙草?」
 サヴァンは、一瞬はっとして、少し考えてから部下の一人をじっとみた。確か彼は煙草を持っているはずだ。
「おい、煙草貸せよ。」
「えっ、しかし。」
「後で、焼き肉おごってやるっつってんだろ。なあ、煙草ぐらい。」
 ほとんど脅しに近い眼差しを向けながらそう迫るサヴァンに逆らえなかったのか、部下は煙草の箱を差し出した。それを確かめながら、サヴァンは眉をひそめた。
「なんだ、安物だな。あの人、無意味に高級嗜好だから大丈夫かな。」
「ほっといてください。」
 部下はへそを曲げてしまったが、サヴァンは無視してジャックにそれを渡した。
「なるほどね、お使い小僧ってわけか。あのさあ、ついでにオレのことよしなに言っておいてくれよ。あの人、あれで結構根に持つからさあ。」
「まあ、協力はするよ。」
 ジャックは、生意気に応えてぱちりと片目を閉じた。
「それじゃ、オレ、ちょっと行って来るから!」
 そう言うと、ジャックはくるりと向きを変えて、山の中に入っていった。それに気づいたギルバルトが、ふむと唸りながらサヴァンに訊いた。
「なんだ、あいつは無事だったのか。」
「でしょうね。通信機は持っていたみたいですし、あのガキだけこっそり呼び寄せたのかも。どうせ、ボロボロだから格好悪いとか言って出てこないんでしょう。教官らしいですよ。変な見栄ばかり張りますからね、あの人。かっこつけなんすよ。」
「生きていたならちょうどいい。全部責任は取ってもらおう。」
「ですよ。教官は、情報の書き換えと都合の悪いことを握りつぶすのがうまいですからね。こうなったら全面的に任せます。」
 ギルバルトとサヴァンはそういって、内心ほっと胸をなで下ろしていた。これで、ひとまず、クビにされるのだけはさけられそうだ。



 たったと走っていくと、少し開けた丘のような場所に出る。そこに高い木が一つ立っていて、その付近からは麓にある小都市がよく見えた。こんなに建物があったのだろうかと思うぐらい、人の住処は密集している。
「遅い! いつまで待たせる気だ!」
 木の辺りから声が聞こえた。
「なんだよ、機嫌が悪いな。」
「お前の寄り道がすぎるからだ。」
 いつものファンドラッドの声に、それでもジャックは何となく安心しながら、木の方を見た。そこには、長くて白い髪と長い髭をたくわえたいつもの姿に戻ったファンドラッドがいる。だが、破れたライダースーツの中には、まだ部品が見えている場所もあった。その割にはファンドラッド自身は、のんきなものでジャックが投げた煙草の箱を開けて、すでに中身を検分している。
「安物だな…もっといいのはなかったのか?」
 ファンドラッドは不機嫌にいうと、彼の言うところの安物のシガレットを口にくわえて火をつけた。その様子を見ながら、ジャックは一体ファンドラッドが一日何本煙草を吸っているのか気になった。思えば、一人でいるときは、煙を断っているのを見たことがない。
「あんたってホントヘビースモーカーだな。禁煙しろよ。少しは。」
「できないから困ってるんだろう。」
「大体、あんた、中毒とかならないじゃないかよ。」
「この喉を煙が通る感覚がたまらないんだ。…といっても、お前は吸うな。吸ったら殺す。」
「すわねーよ。そんな煙たいもんがいいなんて、オレには理解できねーもん。」
ジャックは、ファンドラッドの反対側に座ると、思い出したように訊いた。
「シェロルが心配してたぜ。会いに行かないのか?」
「馬鹿言うな。左足がうまく動かないのに、こんな姿でいったら余計心配されるだろう? あと丸一日はろくに動けないな。下手すればメンテナンス行きだぞ。私は。」
「それもそうだけどさあ。…オレ、あんた、てっきり死んでるかと思ったよ。なのに、こんなところまで逃げてきてるしさあ。」
 ファンドラッドは、くすっと笑った。
「そんな簡単に死ねるほど、柔にはできてないんでね。」
「ホント、丈夫すぎるんじゃないのか?」
 ジャックは少し不機嫌に言って、それからそうっとファンドラッドの表情を伺いながら訊いた。
「なあ、なんで、オレに嘘ついたんだ。」
「ん? 何だ?」
「シェロルのところ案内するって言った癖に…やっぱり、オレを信じてないのか?」
ふうっと煙を吐いたファンドラッドは、動かせる方の手でジャックの頭をぽんとはたくようにした。
「…信用してたさ。実際、君が助けてくれたんだろう? シェロルを。」
「でも、だって!」
「……馬鹿言うな。どんな危険があるかもしれないのに、武器も携帯させずに敵のボスのところに連れて行くなんて、そんな無責任なことできるわけないだろう。」
ファンドラッドは、やれやれと言いたげにため息をついた。
「お前みたいな生意気なガキでも、私のような大人は保護せねばならんのだ。わかるか?」
「わっかんねーよ!」
「ふん、かわいげのない子供だな。」
 ファンドラッドはそういいながら、無言で煙をふかしている。不機嫌なジャックは、顔をふくらせたまま両手を組んで座っていた。
「……ジャック。」
「なんだよ?」
 ふとファンドラッドの方から声をかけてきたので、ジャックはぶっきらぼうにそちらも見ずに応えた。ファンドラッドのほうも、ジャックの方を見ていなかった。
「しばらく、私の家にいても構わないぞ。……もし、君がいい子にしているのならの話だが。」
 ジャックは思わず躍り上がって、ファンドラッドの方を見た。
「えっ! 本当か!」
「その代わりちゃんと学校に行って、宿題もやって、それから――」
「なんだよ、注文が多いんだなあ。」
「それが当然だろう。」
 ファンドラッドはすげなくいって、しかし、少しだけ優しい笑みを浮かべた。
「それにしても、いいのか?」
 ファンドラッドは、煙草をくわえたまま、ジャックの方を眺めた。
「私と一緒にいると、また危険な目に遭うぞ。私の中には、ゼッカードと同じシステムが入っている。奴らにしてみれば、体の中に宝を隠し持って動いているのとかわらんのだ。」
 それに、と彼は続けた。
「私は冷酷な機械で、壊れても壊れても蘇るし、姿もころころ変わる。不気味じゃないのか?」
「危険は承知の上だからいいよ。それに…」
ジャックは、少し考えながら言った。
「オレは、あんた以外頼れる人はいないし…。それに、あんた、嫌な奴だけど、十分人間らしいと思うよ。少なくとも、オレは、あんたのことは恐いと思ってないし。」
「ふっ、世辞のつもりか?」
 ファンドラッドは軽く笑った。ジャックは反論しようとしたが、ファンドラッドが妙に笑うので、思わず言葉に詰まった。そんな彼を見ながら、ファンドラッドは煙を吐き出した。
「まったく、仕方のない奴だな。お前は。」
 くすくす笑いながらファンドラッドはジャックを見た。
「まあいいさ。出ていきたくなるまでいればいい。」
「ちぇっ! なんだよ、そのいい方!」
 ジャックは、その態度に少し腹を立てたが、同時にほっとしていた。少なくとも、ファンドラッドは、自分を追いだす気はないらしい。自分の居場所を一つでももてたことに、ジャックは何となく安堵して、顔だけ不機嫌なまま頭の後ろで腕を組んだ。
「まぁなあ。」
 とファンドラッドは言った。
「今回のお前はよくやったよ。上出来だ。」
「えっ、それ本当か?」
 ジャックは思わず立ち上がって、うれしそうにした。ファンドラッドは滅多に人を褒めてくれないので、少しだけうれしかったのだ。そんなジャックにファンドラッドは冷淡にいった。
「その代わり、すぐに私にもっといい煙草を買ってこい。」
「なんだそれ!」
 ファンドラッドが容赦なくそんなことを言ったので、ジャックは少し不機嫌になった。
 昨日あんな事があったのが嘘のように、青い空はまぶしかった。雲一つ無い青い空を見上げると、煙草の白い煙だけがただ静かにのぼっていった。



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©akihiko wataragi
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