Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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2.ジャック=ケルベリア-1



「さて、今日は何にしようかな。…うーむ、明日は豚コマが安いのか。要チェックだな。」
 主婦のようなことを言いながら、新聞の折り込み広告を見ていたファンドラッドは、一人暮らしが染み付きすぎて、自分の姿とその所帯じみた考えが合わない事に徐々に抵抗を覚えなくなってきていた。
 特に平和な日々がまずいのである。彼は、死ぬか生きるかの戦場にいたほうが、彼らしい彼でいられるような人種だった。それが、こんな暇な生活。嫌いではなかったが、徐々に「彼らしい彼」が崩壊していく。それに、自分自身、気づかない間に…。それに少しだけ複雑な気持ちを抱かないといえば嘘になるのかもしれない。
「ご機嫌そうですね。」
 ケイテッドにいわれて、ファンドラッドは顔を上げた。
「そうでもないんだけどねえ。」
「あ、シェロルちゃんが何かいいことでもあったんですか?」
 ケイテッドに訊かれて、彼は顔をほころばせた。
「そうそう、この前あの子、テストで全教科百点を取ってきたんだよ〜。」
「そうですか。それは良かったですね。」
「それで、その内褒美に何か買ってあげなくっちゃねえ。」
 へらへらしている様子は、孫自慢をしている老人達とあまり大差はない。あの子だけには甘いらしい。ケイテッドは、この老人にそういう普通らしいところがあるのを知って少し驚いていた。そして、不意にプロフィールの事を思い出して、何気なく口に出した。
「閣下は、ご家族がいらっしゃらないと聞きますが。」
「…あぁ、私は天涯孤独の身の上だから。」
 ファンドラッドは、頬杖をついていった。淡々としていたが、何となく影のようなものが不意に落ちる。ファンドラッドは時に口からでまかせを言う事があるのだが、このときの彼は、割と素直に応えているという印象だった。こういう態度は珍しいので、信用してもいいのかもしれないとケイテッドは思う。
「子どもの頃は施設で育ってね……。それもあって、何だかあの子が他人に思えないところがあるんだ。」
 ファンドラッドは、少しだけ寂しげな様子をみせた。
「すみません。余計な事を。」
 ケイテッドが、同情深げに眉を寄せた。
「いいよ。…まぁ、僕があたたかな家庭なんかを持ってたら、確実に世の中おかしくなってるだろうけどねえ。そう思うだろう?ケイテッド君。」
 ぎくりとケイテッドは、肩を震わせて苦笑した。この前、そういう噂をしたばかりだったからだ。
「どうしたのかね?」
 怪訝そうな表情の裏に、してやったりとした意地悪な光が見える。実は、噂されている事を知っていたらしい。
「い、いいえ。なんでもございません。」
(このくそ爺が!)
 ケイテッドは思わず、心で悪態をついた。それを見透かしているのか、当の相手は、恐ろしく爽やかに微笑んだ。
「ストレスでもたまっているのかい?お肌に悪いよ?」
 彼がからかうように言ったとき、不意に電話のベルの電子音が高らかに鳴った。ケイテッドが慌てて、受話器をとる。彼女が何か応対している間に、ファンドラッドは、また広告に目を戻しながら、先程入れておいたコーヒーをすすり始めた。
 ケイテッドはこちらを向いた。ファンドラッドは、目を広告に落としたままである。
「閣下。お電話ですが。」
「誰から?」
「さぁ、それが…閣下の隠し子だと名乗っています。」
 ファンドラッドは思わず、コーヒーを吹きだし、いつも綺麗にしている軍服を茶色に汚してしまった。器官に入ったのか、激しく咳き込んでいると、ケイテッドが慌てて、駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!閣下!」
「あ、あぁ、大丈夫だよ。ちょっと、驚いてしまって。」
 ひきつった笑みを浮かべ、ファンドラッドは立ち上がる。
「あの、閣下…服が…」
「あはは、誰のいたずらだろうなあ。ちょっと確かめてみよう。」
 ハンカチでそれをふくこともせず、受話器をとる。笑っているくせに、目つきがおかしい。何か、恐ろしい事が起こるような気がして、ケイテッドは身を引いた。
「あぁ、ケイテッド君。ちょっと席をはずしてもらえるかね。」
「え、あ、はい!かしこまりました!」
 ケイテッドがそそくさと部屋から出たのを確認して、ファンドラッドは受話器をとったまま、外線のボタンをおした。
「はい。」
『あ、やっぱり、爺さんじゃねーか。久しぶりだな。』
 向こうで、けらけら笑う高い少年の声が響いた。ファンドラッドのひきつった顔は、一気に鬼のような形相にかわる。
「貴様ぁ!ここには電話するなといったはずだろうが!」 
 へっへっへ。と、少年の声が響いた。
『あれから、連絡がなかったのってわざとだろ〜。あの施設は確かに居心地いいけど、オレはそんなんじゃごまかされないぜ〜。』
「…ちっ!」
 ファンドラッドは凄まじい舌打ちをした。それから、一番言いたい事を興奮気味に言った。
「しかも、隠し子などと!事実無根なことを騙るんじゃない!」
『あ!ひでーな。そういわないと、取り次いでくれないんだもん。しかも、あんた、肝心なとこを言わなかっただろ?自分の住所と電話番号〜。だから、基地にかけちゃったんだよな。』
「噂になったらどうするつもりだ! 貴様!」
『いいんじゃない。あんたみたいなタイプは、遊んでそうだし〜…オレぐらいの年頃のガキがいたっておかしくなさそうだもんなあ。』
 ファンドラッドの目が、殺気を帯びて異様な輝きを見せた。
「…三途の川を渡らせてやろうか…」
『…そ、そんなに怒るなよ〜。』
 口調だけで、十分にわかるらしく少年は、とりなすような口調でそういった。
「今、どこにいる!?」
『リターシニアの空港〜。』
「…ここまで来ているのか!?」
 ファンドラッドはうっとうしそうな顔をした。
『てことで〜、約束どおりご厄介になるから。あ! とりあえず、基地にいくから。下に通すように言っとけよ。』
「こらこらこらこら〜!! そんな事をするんじゃない! 迎えに行ってやる!」
 これ以上、妙な噂をされてたまるものか。シェロルの耳にでも入ったら、折角構築した優しい閣下のイメージ像が壊れてしまう。
『やったね〜。いっとくけど、こなかったら、あの事をばらすからな〜!』
「大人を脅迫しおって!! いいか! そこを動くなよ!」
『ううわ〜、凶悪犯みてえ!…口封じとかなしだからな!』
「機会があったら射殺してやる!」
 ガシャンと電話を切ったが、勢いあまって電話機のプラスティックのボディにひびが入った。さすがにやりすぎたと思い、ファンドラッドはそうっとボディの傷をのぞいた。接着剤でくっつきそうではある。彼は瞬間接着剤を持ち出すと、それで何とか修復しながら、先程の電話の相手の事を思った。思い出すたびにふつふつと怒りがわく。
「あのクソガキが〜〜!」
 ファンドラッドは恥も外聞も忘れて、吐き捨てた。
「……全く!悪知恵ばかり発達しおって〜〜〜!」
 今日は早退しなければいけなさそうである。これで、また、一つ基地内に事実無根の妙な噂が広まるのかと思うと、ファンドラッドは少しむっとした気持ちになるのだった。

 
 公衆電話の受話器をおいて、少年はその場を立ち去った。
 空港は、たくさんの人でざわざわとしている。トランクを引きずりながら、少年は肩にかけたリュックをゆすった。野球帽をかぶりなおして、彼はベンチに座る。
「…へへ、やった」
 彼は、落ち着かない様子で、足を少しぶらぶらさせた。何とか、交渉は成立しそうである。本当は、追い返されたり、見捨てられたらどうしようかと思っていたところであった。
 あのラグレン=ファンドラッドに会ったのは、三ヶ月ほど前が初めてだった。最初は無銭飲食で助けてくれただけだったのだが、ひょんなことから、彼はファンドラッドの『最大の弱点』を掴んでいた。彼を引き取る事を承知しなかった彼も、それを振りかざせばしぶしぶ、引き取ってくれることに同意した。ただ、元々連邦に密航してきた彼には戸籍がないし、色々面倒なことになりそうであった。そこで、ファンドラッドが何とかするから、後で迎えに行くということを告げて、リターシニアの基地名をつげ、自分を福祉施設にいれて行ってしまった。
 パスポートと戸籍などの環境は、彼がどうやって操作したのか、簡単には出たが、ファンドラッドからは連絡が来なかった。だから、押しかけてきたのだ。
「このジャックをなめてもらっちゃこまるよな。あ、今は『ジャック=ケルベリア』だったっけ。」
 少年は、自分の名前を確かめた。それから、膝の上で手を組んだ。施設の方が居心地がいいかもしれないとは思うが、ずっとあそこにはいたくなかった。それよりも、彼はあの強くて賢明で、多少、実際の世界から外れたところを生きているような、あの不思議な軍人ともう少し話をしてみたかった。ただ、それだけの事なのだが、それはジャックにとってとても大切な事だった。
「早く来ないかなあ。」
 会った途端に、ものすごく不機嫌な顔をするんだろうなと思うと、ジャックは何となく笑い出しそうになった。



「あの、ファンドラッド准将閣下って何者なんです?」
 ふいにジャクソン少尉が聞いてきた。ケイテッドは、軽く首を回し、ファンドラッドの影がないことを確認する。先程、彼は自称『隠し子』からの電話が来てから、いきなり早退してしまったのでいないことはわかっているが、どうも不安なのである。
「この前のゼカンティ戦争で、参謀本部の参謀長をやっていたとか何とか。一度中将まで昇進していたけど、不祥事を起こして降格。それから、昇格して今に至る…と書類にはあるわ。不祥事といっても、本人が起こしたのではなく、部下が起こした事の連帯責任だったとか、部下の罪をひっかぶったともいわれてるけどね。」
「えぇ!あの閣下がそんな親切な事を…」
「馬鹿ね。」
 ケイテッドは、冷たく言った。
「あの人がやるからには絶対に、裏があるわよ。そんな親切な事、何の考えもなく引き受けるもんですか。……どうも、上層部の不祥事についての証拠、しかも収賄だとか軍事費使い込みだとか、そういうことの証拠を随分と握っているらしいわよ。その気になれば、自分を降格させる前に、上の連中を全員やめさせられるんじゃない、あのひと。やらないだけなのよ。」
「えぇぇ、おっかないですねえ。」
 だが、あの閣下ならありえるな。とも、ジャクソン少尉は思わず呟いた
「でも…どうして軍人なんかやってるのかしらね。まるで、栄光にも権力にも、お金にも、まるで興味がないみたいだし。…家族もいないし、何が生きがいなのかしらね。」
「戦いがすきなんじゃないですか?」
 いってしまってからジャクソン少尉はその恐ろしさに絶句した。本当に戦いが好きでここにいるという理由が、あのファンドラッドにはあまりにも似つかわしかったからだ。
「触らぬ神には祟りがないのよ。」
 ケイテッドはいった。
「私は、あの人に、必要以上かかわらない事にしているの。あなたも生き延びたかったらそうしなさい。」
 冷たく、事務的だがやけに実感のこもった言い方でそういうと、ケイテッドは書類をまとめてすたすたと部屋を後にした。
「そんなこといわれても…」
 ジャクソン少尉は呆然と呟く。
「…我々、もう引き返せないんじゃないですか?」
 その頃、反対側のオフィスで、ファンドラッドの隠し子の事について、女性士官たちがきゃあきゃあ噂していたのだが、ジャクソンは聞かなかった事にした。





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©akihiko wataragi
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