Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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2.ジャック=ケルベリア-2


 ファンドラッドは何だかんだいって車にも凝るほうだ。赤いスポーツタイプの車以外にも黒い割と高級そうな車も持っている。後部座席のふかふかのクッションに満足しながら、ジャックは運転席の男を見た。先程から、一切後ろを振り向いてくれない彼は、女性なら乗せるはずの隣に、自分のコートを座らせている。
「…爺さんってそんなに無愛想だっけ。」
 ジャックは、からかい口調に言った。他のもの、特に他の女性と子どもには、はるかに愛想よく、本当の紳士みたいに振舞うくせに、ジャックには、随分と無愛想に接してくる。というよりかは、彼は大概の男性の大人にはそういう態度だった。普段はどうせ、偽の仮面を被ってばかりなのだから。
「お前以外には愛想がいいんだ。それに爺さんと呼ぶな!」
 ファンドラッドは無愛想そのものに吐き捨てる。
「…ひでえなあ。だって、あんた爺さんじゃないかよ〜…見かけとか。」
 ファンドラッドは爺さん呼ばわりされるのを嫌うのだった。
「…無視するなよ〜。」
 少しだけ心配になったのか、ジャックはさっと前の席の方にもたれかかりながら尋ねる。
「なあ、オレ、送り返したりしないだろ?」
「さあ、どうだかな。」
 ファンドラッドは言ったが、少しだけため息をついた。
「…まぁ仕方がないからしばらく、泊めてやるが…」
「じゃあ、とりあえず、学校行く手続きと…オレ、私立がいいなあ。」
「公立だ!わざと私に金をださせようとしているな! しかも、しばらくだけだぞ!しばらくだけ!」
「あ、それひどい!」
「やかましい!消されないだけでもありがたく思え!」
 ファンドラッドは、アクセルを思いっきり踏んだ。スピードが上がり、ジャックは後部座席に叩きつけられる。ファンドラッドが怒ったのかと思い、ジャックはさすがに不安になった。
「わあ!悪かったよ!心中なんていやだよ!あ、あんたは死なないだろうけど、オレは!!」
「騒ぐな!来るぞ!」
 ファンドラッドの目は、よくみるとサイドミラーに向けられていた。後ろに黒い車が二台こちらを追いかけてきていた。郊外の高速道路には、今は人気がない。車が少なかった。
 ジャックがハッと息を呑む。
「お前は状況だけは見られる人間だと思っていたが、さすがだな。まぁ見所はある。」
 ファンドラッドが笑ったのは、それがほめ言葉だという事である。
「…あ、当たり前だろ!」
 ジャックは応えたが、後ろが気になっているようである。
「死にたくないなら、頭を下げろ。」
 ファンドラッドはそういうと、まるでドライブでも楽しむかのような顔をして、ハンドルを凄まじい勢いで切った。
「ひぃええ!」
 ジャックがそれに揺られて思いっきり、横に飛ばされたがファンドラッドは気にしなかった。
そのままスピードを限界まであげる。
「爺さん!オーバーヒートするぜ!」
「…ぎりぎりのところでとめれば問題ない。」
「あるって!」
「うるさいな!修理代を払うのは私なんだからいいだろう!?」
 そう言ったが、ジャックは相変わらず血の気の引いた顔で、彼の事をスピード狂呼ばわりしている。だが、それを無視して、ずんずんスピードを上げて、ようやく彼は山道に入った。
 ファンドラッドの車が、スピードを緩めたのはそこに入ってからだった。ガードレールの向こう側は、崖になっていて見晴らしが良かった。ほかに人はいない。追いかけてきた車は、林道を突っ走った時に、うまく巻けたようだった。
 だが、ファンドラッドの車は無傷ではすまなかった。ファンドラッドは山道のガードレール側にそれをよせて、車を降り、さすがに困ったような顔をした。かすかに煙が出て、こげた匂いがするボンネットの中を忌々しげに見て、それからファンドラッドはため息をついた。
「まずいな…。車をつぶして帰るなんて、シェロルになんといってごまかせば…」
「シェロル?」
 ぴくんと聞き耳を立て、ジャックが顔をもたげた。
「なぁなぁ、シェロルって誰? ホントの隠し子? 女の子だよな?」
 矢継ぎ早に訊くジャックをファンドラッドは冷たく見下ろした。
「隠し子にいつまでこだわるつもりだ?」
「あ、なーんだ、連れ込んでる女の人なんだ〜…あ! ご、ごめんなさい! 悪かったよ!」
 ファンドラッドが、熊も殺しそうな視線を向けたので、慌ててジャックは謝る。
「…意外とあんた、女性関係の冗談は通じないよな…」
「そんな下世話な事いう子どもは嫌いだね。」
 ファンドラッドは不機嫌に言って、壊れた車に寄りかかった。
「いい加減にしないと送り返すぞ。」
「…悪かったよ…」
 ジャックはしゅんとしたが、ファンドラッドが「今すぐ帰れ」といわないので、少し調子に乗った。彼がそういわないということは、しばらく面倒を見てくれるということだ。ぱっと明るい顔をして再び馴れ馴れしく話をしだした。
「で、なぁなぁ女の子がいるのかよ。どんな子? かわいいの? あんたの孫とか?」
「部下の所の子どもを預かってるだけだ。…お前と違って、それはそれは天使のようにいい子だがな。」
「じゃあ、オレは悪魔って言いたいわけかよ?」
「自分の胸に聞いてみろ。」
 ファンドラッドは素っ気なくいった。そして、ポケットからいつものシガリロを一本取り出して、火をつけようとする。さっとジャックはライターを出し、火をつけた。ファンドラッドはあきれた目でそれを見ながらも、しっかり火は借りておく。
「変なところだけ気が回る。」
 煙草をふかしながら、ファンドラッドはぼそりと呟いた。顔には苦笑が浮かんでいた。
「いいじゃないかよ〜、別に。」
 ジャックは答え、ファンドラッドの方を見上げた。
「…あのさ、爺さん。また、命狙われているのか?」
「またとは人聞きが悪いな。」
「実際、またなんだろ?」
 ファンドラッドはしぶしぶ認める。
「上に立つものは常に狙われやすいんだ。」
「というか、爺さんの性格が悪いからだろ?」
 ひきつった笑みを浮かべ、ファンドラッドは少年を睨みつける。
「いい子だな〜、君は…。…私の性格がよくわかっているようで。」
「えへへ〜…洞察力だけは発達してるから〜」
 ファンドラッドの手が、少年の頭を押した。にこやかに微笑んでいるが、頬の辺りが不自然に引きつっている。手に入る力が徐々に強くなっていく。
「じゃあ、私の気持ちが今どんなかなってこともわかるわけだ〜」
「すごくわかるんだよな〜〜、あいてててて。ごめん、痛い。すんません!」
 ジャックは悲鳴をあげた。ファンドラッドは、ようやく手をどけて、煙草を口からはずした。
「……なぁ、オレ、ホントにしばらくいてもいいよな?」
 ジャックが彼を見上げながら聞いた。ファンドラッドは大きくため息をついた。
「…不安な顔をするな。…はっきりいって、すごく迷惑だが、追い返す事もできないしな。めどが立つまでいてもいい。」
「やったぁ!」
 ジャックが無邪気に喜ぶのを見て、ファンドラッドは少し頭に手を置いた。
(折角シェロルがなついてきたのに…このままでは、絶対どこかで本性が出てしまう。)
 彼にとって、それは少し予想外だった。シェロルといい、ジャックといい、子どもは予想外な事を起こしやすくて、扱いづらい。
(……全く…私の平穏な生活を返しておくれ)
 ファンドラッドは、先程のチェイスのせいか、少し乱れた髪の毛を直しながら思った。ふと、妙な感覚が、彼の前をよぎる。ファンドラッドは鋭く、周りに目を配った。
「ジャック」
 押し殺した声でファンドラッドは言った。
「…いいか、車の裏にでも隠れているんだ。」
「…え、あ、うん。」
 ジャックは、ファンドラッドの豹変振りをみて、どうやら状況を把握したらしかった。まだ彼らの危機は終わっていないらしいのである。ジャックが身を車の陰に隠した直後、ファンドラッドはさっと身を引いた。
 鋭い音ともに、アスファルトがはじけ飛ぶ。そこには、黒っぽいものが立ちはだかっていた。
「…お前は…?」
 ファンドラッドは、少しの驚きとともに呟いた。目の前のものは黒いボディをもった、どこからみても人間には見えないものであった。その外殻以外は…。背格好だけは人間のような姿をしていたのである。
「…ロボットだ!」
 ジャックは叫んだ。人型ロボットは、あまり普及していないので珍しかった。その黒い襲撃者は、腕を掲げた。ファンドラッドは反射的に、左側に逃げ込んだ。足元に、断続的に銃弾が撃ち込まれる。足を止める気らしかった。
「おっと!」
 済んでのところで当たるのをさけながら、相手の無機質な表情とにらめっこをする。あまりにも、動きが良すぎる。こちらの動きを予想しているとしか思えない。軍事用のロボットは、大体対個人専用にはできていない。センサーに触れるもの相手に機銃を一斉に掃射するようなそういうものが主流なのだ。
 風をうけて、彼のしろい髪の毛が後ろになびく。ファンドラッドは、外套のうちに隠している銃を取り出した。特殊な武器でもないので、相手にきくかどうかわからない。もっとも弱いところに叩き込まねばならない。銃弾には限りがある。ファンドラッドはそう確信して、右手にそれをぶら下げた。
 相手は、突然飛びかかってきた。ファンドラッドは、紙一重でそれをかわしながら、斜めに身を投げ出した。その崩れた体勢のなか、相手もかなり体勢を崩していた。それでもなお、攻撃を仕掛けようとするロボットは、彼に目の代わりのセンサーをぎょろりと向けた。そこに、隙が見られた。
 ファンドラッドは、口元をゆがめて笑うと容赦なく引き金を引いた。弾が飛び出し、ロボットの頚部に当たる。そこに連続的に叩き込んでやる。関節部はやはりもろかったらしい。ロボットは、それでのけぞるような形で、部品をばら撒きながら飛んだ。中から火花のようなものが散り、軽くスパークを起こしている。やがて、ロボットの動きは完全に止まった。
「やった!」
 ジャックは歓声をあげ、ファンドラッドがこれからどうするのか見るために、わずかに車から身を乗り出した。それどころではないらしく、ファンドラッドはジャックに目を向けなかった。
 ファンドラッドはしゃがみこんで壊れたロボットの中身を覗き込んだ。先程のは、やけに動きが良かった。こちらの動きを読んでいたし、それに…まるで訓練されているような……。まだ、軍事用のロボットでも、ここまで人の動き、判断についていけるように忠実に作ったものは出ていないはずである。
 ファンドラッドは、不意にあるものに目を止めた。ロボットの中核部にある、黒い板。彼は、それの中の一つ、薄っぺらい板状のものを拾い上げた。板チョコレートを半分に割ったほどの大きさの、薄いカードのような物体だった。全面が黒いものでコートされていて、中がどうなっているのかはわからない。
「…これは…?」
 見えるほうの目で、それをうかがいながら、ファンドラッドは接続ケーブルを一つ一つ切り離した。中枢と繋がっている所をみると、何か重要なものに違いない。
「てっ!」
 背中に連続的に衝撃があったのは、後ろにいた男たちが機関銃を撃ったからだった。他にも刺客はいたのである。ジャックが慌てて身を潜める頃、ファンドラッドは後ろの男たちに気づかなかった自分に、少しだけ腹を立てた。後ろを振り返ると、彼らは全員覆面をしていた。組織を示すようなものや、特徴らしい特徴は、見当たらなかった。
「やってくれるじゃないか。」
 振り返りざまににやりとしたファンドラッドを見て、彼らは浮き足立っていた。彼が立ち上がると、彼に当たったはずの弾が、ばらばらと外套から落ちてきて、アスファルトに甲高い音を立てる。
 ファンドラッドはといえば、銃弾が当たったところは、外套から煙が細く立ち昇っているだけで本人はいたって平気そうだ。撃たれた男の反応としては、これ程異常な事はない。本当は、そこに倒れて苦痛に呻かなくてはいけないはずだった。
 だが、彼はそんな常識とは無縁とばかりに、あ然とする男たちを涼しげに眺め回した。
「遊んで欲しければ、そういえばいいじゃないか。口で。いきなり撃つとはひどい奴だ。」
 ファンドラッドは笑い、カードを外套の表面からすべらせてポケットに入れ込んだ。
「あ〜ぁ。このコート高かったんだけどなあ。」
 ぼろぼろになっただろう外套の事を言いながら、ファンドラッドはまるでその事に関心がないような顔をしていた。
「さて、どうしてくれるね?」
 一歩近づきながら、ファンドラッドは右手の銃をくるりと回した。
「…君たちのお望みのメニューで勝負してあげよう。サシの勝負がお好みかい?それとも、全員で立ち向かうかね?」
 男たちは後ずさる。それを見越しながら、ファンドラッドは少し右左に揺れながら相手に向かってゆっくりと進む。穏やかな笑みを浮かべながら、目は不気味な殺気を漂わせている。
「…さぁ、選ばせてあげよう。」
 ファンドラッドは、青い目を少し細めて相手にむけた。静謐をたたえているような目だった。まるで、そのままだと何か暗示にかかりそうな…それでいて内面の恐怖をあおりだたせようとするような目だった。
「ひっ…」
 男たちの一人が、恐怖にとりつかれてあとずさり、やがて耐え切れなくなったのか、彼は叫んで、向こう側に走っていった。それを契機に、ひとり、ふたり、やがて背を見せて去る。
「…根性のない連中だ…」
 ファンドラッドはやはりゆったりと微笑んで、パンと手を払った。それ以上追いかける気はない。ジャックを連れていては、捕まえて無理に聞き出すのも面倒だし、リスクの方が大きかった。
「…それにしても、ちょっと平和ボケしてきたかなあ。」
 外套を脱ぎ、空いた穴を見ながらファンドラッドは深々とため息をついた。どうつくろっても、使い物にならなさそうである。
「…まぁいい。収穫もあったから、まだいいほうだな。」
「爺さん。」
 車から安全を確認したのか、ジャックが走り出てきた。
「…大丈夫か?」
 少しは心配している模様である。ファンドラッドは軽く肩をすくめた。
「あれぐらいじゃな。」
「だとは思ったけど。」
 ジャックはふうとため息をつく。
「で、何拾ってたんだよ?」
「さあ、今のところ私にもわからないが…」
 ファンドラッドは、それを少しかざして、それからポケットから取り出したものをハンカチで包んだ。
「まぁ、解析すれば何かわかるだろう?」
「やっぱりさあ、軍隊の上に報告するのか?その辺の施設じゃないと、調べらんないんだろ?」
「君は聞きたがり屋だな。」
 ファンドラッドは少しだけうっとうしそうな素振りを見せたが、比較的親切に応えた。
「…もちろん、するわけないだろう。施設については、ちょっとアテがあるしな。」
「そんなことしてるから、敵が増えるんだよな。」
 ジャックはため息をつき、それから彼の破れた服を見ながら言った。
「…何でもいいけど、その服着替えてったほうがいいんじゃないか?怪我してないからいいけど、硝煙の匂いがついてるぜ。」
「当たり前だ。シェロルにこんな姿は見せられないしな。」
 ファンドラッドはあくまでも、シェロルという娘に対して猫を被り続けるつもりらしい。ジャックには、何となくそれはこっけいに思えた。彼はどう考えても普通の人間には見えない。猫を被っても無駄な事なのにとジャックは思う。
(あんたにゃ無理だよ。いずればれるって!)
 ジャックは心の中で笑った。それに気づいているのか、ファンドラッドは少しだけ睨むように彼を見ていた。




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©akihiko wataragi
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