Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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2.ジャック=ケルベリア-3

「へぇ、意外と普通のとこにすんでるんだ。趣味の悪い豪邸を予想してたのに。」
 ジャックは、建物を見回してファンドラッドに目を向けながら言った。官舎らしい、四角い建物は、適度に緑があってなかなか健康的で、そして、ファンドラッドが住んでいるには、あまりにも不似合いな平凡な場所である。
「いい度胸だな。相変わらず。」
 ファンドラッドは、ひきつった笑みを浮かべた。荷物はもってやっているのだが、相変わらずジャックには、少々厳しいらしい。
 官舎から出てきた軍人の妻らしい人が、彼をみて挨拶しかけたが、近くの少年をみて驚いた。この前、孫娘の年頃の子供を不意に連れ帰ったばかりで、今度は男の子である。不審がられて当然なので、ファンドラッドはうんざりした。ロクな噂が立たない。
「どうも。」
 ファンドラッドは朗らかさを装って、挨拶をする。
「どうもよろしくお願いします。今日から、こちらにすむ事になりました。」
 ジャックがぺことお辞儀をした。だが、礼儀のいい奴だなどと、ファンドラッドは思わなかった。
「あの、オレはファンドラッドのかく…」
 彼がその後の言葉を継ぐ前に、どさどさどさと、ファンドラッドはもっていたジャックの荷物をそれとなさを装いつつ、真上に落とした。ぎゃあ!と声を上げながら、ジャックは真後ろに倒れる。ファンドラッドは、さも慌てた様子で彼を覗き込んだ。
「ああ!手が滑った!大丈夫か!ジャック!」
 ファンドラッドは精一杯、親切ぶりながらジャックにだけわかるように、にやりとほくそえんだ。
「最近、どうも耄碌してしまってねえ。悪いな、ジャック!」
 そして、心配そうな主婦に向かい、にっこりと微笑みかけると彼は言った。
「ああ、今回、また、友達の子供を預かる事になりましてな。いや、どうも子守にむいているなんて、思われちゃったようでして。」
「まぁ、そうでしたか。」
 主婦はすっかり彼の仮面に騙されて応える。主婦は、買い物がありますので、というと、さっさと行ってしまった。
「くそ爺!!」
 主婦がいなくなってすぐにジャックは、上の方を睨んだ。ファンドラッドは、顔つきをがらりとかえて、口元をゆがめて微笑んだ。本当に自在に変わるものだとジャックは思う。さっき、少しおしゃれな人のいい爺さんみたいな顔をしていた男は、今ではすっかり策士の顔をしていた。どこかしらに、軍人の匂いも漂っている辺り、やはり、この男は普通ではないのである。
「ふっ。お前にやられっぱなしでいるほど、甘くはないわ。」
「最悪だ。」
「お前がか?」
 ファンドラッドはかすかに肩をすくめた。ジャックはむっとした顔をしたが、これ以上逆らっても勝ち目がないのでとりあえず矛を収めた。
「…いつか絶対、他の人の前で化けの皮はがしてやる。」
「社会的に信頼のあるオトナに勝ち目があると思っているのかね、君は。」
 ジャックはむっとしたが、そこではファンドラッドに勝ち目はなさそうで彼の案内のまま、さっさとファンドラッドの部屋についていくことにした。
「へぇ。中身も割りとふつうなんだ。…案外、所帯じみてんな〜。」
「あまり適当な事言うと追い出すぞ。…あぁ、お前の部屋はあの辺だから、さっさと行け!」
「爺さんと同じ部屋じゃないだろうな。絶対嫌だからな!」
「私のほうが願い下げだ!」
 ファンドラッドが怒鳴った時、いきなり後ろのドアが開いた。
「あ!閣下さん、お帰りなさい!」
 かわいらしい声が聞こえ、今まで尊大に振舞っていたファンドラッドは、急に顔を変えた。やや、慌てたような素振りをみせ、急に姿勢を整える。ジャックがファンドラッドの視線を何気なく追った。彼の視線の先に、かわいらしい少女が一人、ランドセルを背負ったまま立っている。
「今日は早かったのね。」
「君も早かったんだね、シェロルちゃん。いやあ、びっくりしたよ。」
「何がびっくりしたよだ。かわいこぶるなっての。」
 ぼそりと小声で文句を言うジャックの肩にそれとなくだが、ファンドラッドはそっと手をおいた。そっと置かれたはずの手が、ものすごい力を込めて肩を掴んでいるのを見て、ジャックは思わず口を閉じる。一瞬だけ、殺気ばしるファンドラッドの視線が、ジャックに注がれ、「死にたくなかったら黙ってろ!」とのメッセージが、強烈にジャックに伝わってきた。
(はい、すいません。)
 ジャックは、声にこそ出さなかったが、目でそう伝えると、ファンドラッドはわずかに力を緩めて、目の前の少女にそのまま笑いかける。
 なんということだろう。同じ子供を前に接しているというのに、ファンドラッドの態度は、ジャックとは凄まじい違いを見せていた。まず、視線の使い方が全然違うのである。ジャック自身からみても、それは明らかであった。
「あれ?その子は?」
 シェロルが、にっこりと微笑みながらジャックを見た。
「あぁ、こい…いや、この子はだな…」
 あえてこいつというのをやめてファンドラッドは、ジャックを前に押し出した。
「君と同じように、私の部下の子供でね、でも、部下が忙しくなったので預かる事になったんだよ。名前はジャック=ケルベリアという。そうだな、ジャック。」
「う、うん。ファンドラッドさんには、オヤ…お父さんがよくお世話になってて、それで…。」
 嘘をついたのは、ファンドラッドが、一瞬、「言う事を聞かなければ…」という凄まじい視線を投げかけてきたからである。どうやら、彼は、このシェロルという子の信頼をつなげるのに必死らしかった。それが、ジャックには少しおかしかったのだが、ここで笑うと確実にファンドラッドに後でとんでもない報復をされるのが目に見えている。シェロルは、そんな二人の微妙すぎるやり取りには気づかないで、にこにこと微笑んでいた。
「そうなの、ジャック君っていうのね。あたしはシェロル=ゼッケルスよ。よろしくね。」
 シェロルは、ジャックの傍まで来て、天使のような純粋な笑みを彼に向ける。ジャックはつられて、笑いかけながら大きくうなずく。
 なんて、可愛い子だろう。ジャックは、思わずうっとりとしてしまう。その至福の時は、ファンドラッドがジャックの肩を掴んで下がらせたので、一瞬で崩壊した。
「ということでね、しばらく一緒に住む事になったんだよ、シェロル。仲良くしてやってくれよ。(ほどほどにな)」
 最後の部分は、声になっていなかったが、ファンドラッドが最も強調したい部分でもあった。
「ええ、わかってるわ。あたしたち、きっと気が合うわよね。」
「そうだな、シェロルちゃん。」
 でれっとした笑みを浮かべるジャックをファンドラッドは油断なく観察している。
「あ!じゃあ、ジャック君のお部屋って空いていたお部屋よね。あたし、あのお部屋の片づけを手伝うわ。ジャック君の荷物を置く場所をあけておかなくっちゃね。」
 シェロルは突然、何か思い浮かんだような顔をして走り出した。
「あ!君が何もそこまで…」
 といいかけて、ファンドラッドは口ごもる。ここで、本音を言って冷たい男だと思われると困るのだ。それを読んだジャックが、横でニヤニヤしているのは、ファンドラッドとしてはおもしろくもなんともなかった。
「じゃあ、先にいってるね〜。」
 シェロルは、二人に手をふり、空き部屋のほうにかけていく。ファンドラッドは、表向きだけ愛想のいい顔でシェロルに手などを振っていたが、どうやらそれは表だけらしく、口元が引きつったりしている。
「なぁなぁなぁ。」
 ジャックが、ファンドラッドの服を引っ張ってきた。
「何だ。」
 いきなり、がくんと無愛想な顔になり、ファンドラッドはぞんざいにジャックを見る。
「なんだ、その態度の変化!あんたってホントーに猫被るよな。」
「お前にいわれたくないね。」
 ファンドラッドは冷たく言った。ジャックはむっとしながらも、あえて自分を抑える。
「可愛い子だな〜。」
「そうだ、可愛い子だ。」
 ファンドラッドは脅すように、じいっと目を向けて笑った。
「なので、手を出したら、軽く地獄送りにすることにしている。」
「ガキのオレに言う台詞かよ。」
「お前は油断できんからな。」
 ファンドラッドは今度は笑ってもいなかった。何となくつまらなくなって、ジャックはちぇっと舌打ちをした。



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©akihiko wataragi
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