Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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3.シェロル=ゼッケルス-1

 その日、基地に金髪の見慣れない美青年が立っていた。金髪に品の良さそうな顔立ち。軍帽を目深に被ってはいたが、それはよくわかった。
 ジャクソン少尉は、ねぼけた顔で何かぶつぶついいながら廊下を歩いていたのだが、その資料室で何かしら整理していた青年に思わず目を留めた。見慣れない顔だったからであるが、次にその青年の常人離れした雰囲気に驚いた。
「おはようございます。」
 青年は、爽やかに微笑んだ。
「あ、ど、どうもおはようございます。」
 あんな人いたっけ…。ジャクソン少尉は、いぶかしげにも思ったが、青年のあまりの物腰の柔らかさに圧倒されてしまった。女性将校たちがいたら、さぞかし『かわいい!』とか、『かっこいい』とか、評価それぞれで騒ぎ立てるのだろう。だが、その爽やかな印象からは少し意外にも、青年はかなり長身だった。IDカードが首から吊り下げられているので、関係者ではあるようである。
「朝から資料整理とは大変ですねえ。」
「そうでもありませんよ。ちょうど、ファンドラッド准将にある資料を取ってくるようおおせつかったんです。」
「ああ、…ここだけの話、あの人、人使いが荒いから。気をつけたほうがいいですよ。」
 ジャクソン少尉は、口に手をこっそりと当てるとぼそぼそぼそと、青年に囁いた。青年は、あはは、と純粋な笑みを浮かべる。
「そうですか。そうかもしれませんね。」
「あ、そうだ。今日は色々やらなきゃいけないことが…、僕はこれで失礼しますよ。」
 ジャクソンは、上司に呼ばれていた事を思い出し、慌てて資料室から離れた。
「ジャクソン少尉。」
 青年が呼びかけてきた。ジャクソンが振り返ると、青年は微笑みながら言った。
「そうだ。閣下にさっきの一言がばれないようにした方がいいですよ。」
「ああ、ありがとう。閣下、地獄耳なんだよな。」
 青年は資料室で、再び様々なディスクやなにやを整理し始めた。ジャクソン少尉は、さして何も疑問をもたずそのまま歩いていった。
 その一時間後、青年の姿は資料室からも、基地からも忽然として消えていた。ジャクソン少尉が、そのような青年が基地にいるはずがないし、ゲートをそういう人物が通った形跡がない事を知ったのは随分後である。


「かかか、閣下!幽霊です!」
 ジャクソンが慌ててファンドラッドの元に駆け込んできたのは、たっぷりのどかな陽光差し込む昼下がりになってからだった。
「落ち着いて話せ。」
 ファンドラッドは、駆け込んできた焦るジャクソン少尉に冷たい目を浴びせながら、命令口調で鋭く諭す。
「不審者の間違いじゃないのかい?幽霊だなんて非科学的な…」
 ファンドラッドは、そういいきって何かディスプレイの前で、何か調べ物をしているらしい。ジャクソン如きにかまけていられないらしかった。ブルーの片眼鏡のレンズに、映ったディスプレイがちらちら光っている。
「違いますよ!不審者って感じじゃなかったんです!常人離れしてて、何か昔の貴族の若様みたいな…。絶対旧時代の貴族の子弟の幽霊ですよ!」
「ばかばかしい。私はねぇ…非科学的なものは信じないよ。」
 普段、科学で全てを理解しきれないかもねえ。などと呟いているファンドラッドだが、今日はやたらはっきりと言う。不機嫌というよりは、本当に非科学的なものを信じていないのだろう。だとしたら、普段は単なる格好つけのためだけなのか…。
「ほら、持ち場に着きなさい。私はいまから、ケイテッド君と大事な話があるんだよ。」
「でも!」
「確かに私は誰にも資料をもってこいとは頼んでない。だから、不審者については調べさせているから。だから、安心しなさい。」
「は、はい。」
 ジャクソンは、悄然と肩を落として部屋を出て行った。ファンドラッドは、彼が部屋を出て行く一瞬前に、思い出したように顔を上げる。
「ジャクソン君。」
「はい?」
 振り返った彼に、ファンドラッドは先程の青年よろしくの爽やかな笑みを浮かべた。ただ、彼の場合は、確実に目が笑っていないのであるが。
「僕って、人使いが荒いかなあ。」
「!!」
 ジャクソン少尉は震え上がった。先程の幽霊に語ってしまったのが、やはりばれたのだ。いや、正確にはジャクソン少尉は、普段からそんな事をまわりに漏らしているので、誰かを経由して伝わってしまったのだろうが、そんな事はジャクソンには関係なかった。
「し、失礼します!」
 びしい!と見た目にも不審なほど丁寧な敬礼をして、ジャクソン少尉は、逃げるようにその場から出て行った。
 ファンドラッドは、不穏そうな笑みを浮かべ、その背中を見送った。
「閣下。そういう意地悪はどうかと思いますが。」
 ケイテッドが、さして止める気がないらしい口調で進言した。
「そうかなあ。別に本気じゃないからいいじゃないの?」
 ファンドラッドは、笑いながらケイテッドにいい、それから思い出したように横にある書類の束を彼女の方に向けた。
「あぁ、言われてたのは全部仕上げたよ。じゃあ、僕はちょっと休憩するからね。」
 ケイテッドに言ってファンドラッドは、机の上に長い足を投げ出した。意外に行儀が悪いのだが、別に彼を咎めるものもいないし、あまりにも絵になるので文句も言いがたかった。
「ご苦労様でした。」
 それをもってケイテッドは、隣の机に移した。ファンドラッドは、涼しげな顔をして推理小説なんぞを読み始めている。どうやらアガサ・クリスティーにはまっているらしい。随分古い本を知っているのだな、とケイテッドは感心する。
「あの…」
「?」
 ファンドラッドは本から顔を上げた。ケイテッドは声を低めた。
「ゼッカードのことですが。」
「あぁ、調べてくれたのかい。」
 ファンドラッドは、机の上の足をきちんと戻して本を閉じる。
「どうだった?何かわかったの?」
「はい、こちらにまとめておきました。今調べられる限りの事はしたつもりです。」
 そっとケイテッドは声を低めた。
「大きい声ではいえませんが、実はこれ機密文書から抜いているところが…」
「…あぁ、私には回ってこない分ね。誰か協力者がいるのかい?」
 つくづく上司に嫌われたものだと軽くため息をつくが、心の中で今度はどうやって揺さぶってやろうかと、密かに復讐を考えている事は、彼は表には出さない。
 ここだけの話ですが。とケイテッドは前振る。
「私の知り合いのサヴァン大佐という方とお話していたところ、閣下の名前を出して、今下にいるということを伝えると、やけに親身になって協力してくれたんです。」
「あぁ、サヴァン君。彼なら、そうだろうな。優しいからねぇ。」
 したり顔でファンドラッドは相槌をうつ。
「よろしかったでしょうか。サヴァン大佐にお知らせしても。」
「いいよ。サヴァン君は、私の…まぁ、腹心に近いところにいる人だから。以心伝心のようなもので気づいたんだろう? 」
 厳密に言うと、腹心ではなく、ファンドラッドが、昔恩を押し売った事がある人物なのだが、その事は告げようとはしなかった。
「そうですか。それでは、これを。」
 紙を手渡され、さっと目を通す。ファンドラッドはにこりとした。
「ケイテッド君。よくやってくれたね。ありがとう。」
 それから、胸ポケットから二枚紙を取り出すと、彼女に手渡した。
「あの、これは?」
 みれば、人気のポップシンガーのコンサートのチケットである。
「君へのご褒美だ。彼氏と一緒にいってらっしゃい。」
「ええ!本当にいいんですか!」
 ケイテッドが目を輝かせる。ファンドラッドが彼女が恋人がいることをどうやって知ったかはわからないが、それにはケイテッドは突っ込まない事にした。
「でも、このチケット本当に取るのが難しいんですよ!」
「はっはっは。まぁ、あるツテがあってだね。」
「ありがとうございます!閣下!」
 ケイテッドは、跳びはねんばかりに喜んだ。
「ちょっと休憩でもしてきなさい。その内に読んでおこう。」
「本当に!ありがとうございます!閣下!」
 何度も何度も礼をいって、ケイテッドは走り去っていく。それを満足そうにみやってから、ファンドラッドは書類を見直した。
「『ゼッカードに関する報告書』…。なになに、通称ZEKARDなるものについて、正しい認識とそしてそれの引き起こすものについて、我々は正しく理解する必要がある…か。」
その時、ファンドラッドのデスクの電話が響き渡った。折角気合をいれたばかりなのに、何なんだ、とばかりにファンドラッドが受話器をとると、いきなり聞き覚えのあるつっけんどんな声が聞こえた。
『ラグレン=ファンドラッドに繋いでもらいたい!こちらは、フェルグス基地のクラッダースだが…』
(ホットラインにかけてきておいて、繋いでもらいたいはないだろう。)
 ファンドラッドは思いながら口に出すのをやめていた。
「…なんだ、君か。…元気がいいのも結構だけど、手短に頼むよ。」
 かわりに多少、口調にその感情が出てしまった模様である。相手の反応は凄まじいものだった。
『君かとは何だ!ファンドラッド!』
 怒鳴り声が来るのを見越して、ファンドラッドは、受話器をそっと反対側に向けたりする。それでも聞こえるほどの大音声をきいて、改めて尊敬してしまいそうになるほどである。
「ギルバルト。相変わらず元気そうだね。」
 相手はどうやら、旧知の仲であるギルバルト=クラッダース准将らしい。彼とはゼカンティ戦争の時に、随分と一緒に行動をともにした覚えがある。
 想像しやすい典型的な軍人体型のがっしりした男で、ファンドラッドよりは十ほど年下だったはずである。だが、実年齢がよくわからないほどに、若く見えたし、実際、その辺りの若い兵士よりもよほど強かった。彼はひどく真面目だったが、同時に暴走しがちな男でもあり、少し人情家だと思えるところもあれば、ひどい短気だったりもする。要するに、軍の中でも有名な問題児だったのである。
 問題児という事に関すれば、ファンドラッドも同類だったので、今思えばだからこそ、二人一まとめにされたりしたのだろう。そして、ファンドラッドが、左遷されたのと時を同じくして、このギルバルトも仲良く左遷の憂き目にあっていた。気が合うというよりも、ここまでくれば腐れ縁である。ファンドラッドも常々そう思っていた。
『貴様、今度はなにをやった!』
「また、とは人聞きが悪い。大体ねえ、僕よりも君のほうが問題をよく起こしているんじゃないか。君がまだ何もやってない方が奇跡なんだよ。」
『やかましいわ!大体、なんだ。今度は何に手を出そうとしている!?サヴァンが私に泣きついてきたぞ!』
「ははーん、サヴァン君。私に正面から向かっても勝てないからって、よりによって君を頼ったわけか〜。…相変わらず、選択が甘いねえ…。」
 ファンドラッドは椅子に座って、煙草を探ったりしている。
『いい加減にちゃんと軍人らしく喋れ!その言葉が耳につくわ!』
「僕には、君のがなり声の方が痛いんだけどねえ。まあ、それはいいとしてちょうどよかった。君にも頼みがあるんだよ。」
『貴様と行動を共にするとろくな事がない!』
「それは、遠まわしな拒否か?」
 ファンドラッドは苦笑した。それは、こちらも同感だよ。と言いたげな顔をしたが、さすがにそれは口には出さなかった。
「この電話じゃ話せないな。…そうだ、君は、隣のフェルグスの駐屯地にいるんだったよね?今度の休みにちょっと僕とお話でもしないかい?」
『私が知りたいのは、お前が一体全体なにをしようとしているかだっ!大体軍人が基地を軽々しく動いていいと思っているのか!貴様!』
「気の短い人だね。だから、そういう話も含めて直接話がしたいなといってるんだよ。」
『軍隊を何だと考えているのだ!貴様!ええい、いいだろう!今度の日曜日に落ちあってやる!』
 がちゃん!といきなり電話が切れた。ファンドラッドは、少し肩をすくめた。
「まだ、どこで落ち合うかとか言ってないのに。ギルのやつ、相変わらずすぎるな。」
 ファンドラッドは、火もつけないままの煙草が指に挟まれているのを見て、気が変わったのかそれを丁寧にシガレットケースに戻した。
「まぁ、あいつに訊いても無駄だったしな。」
 ファンドラッドはため息混じりに呟いた。相手はギルバルト=クラッダース。自分に来ないような機密文書は、下手をするとファンドラッドよりも危ないギルバルトにわたるわけがないのである。彼は何か不正などをみると、すぐ騒ぎ立てるし、すぐ行動してしまうし、挙句の果てに単独行動をしたりして、結果的に機密漏洩に一役買っていたりするタイプなのであった。ファンドラッドも、こんな涼しげな顔をしているが、ギルバルトにかけられた迷惑は、一言には言い出せないものがあった。何度、上にしれないように証拠を隠滅したり、こっそり脅迫したりしたか数え知れないのだった。その為につかった金と労力と気苦労も計り知れない。
「全く、かわらないねえ。ギルは。」
 ファンドラッドは、一種の敬意をこめてそう呟く。別に文句を言うつもりはなかったが、邪魔が入って気分が変わったため、ファンドラッドは一回仕切りなおしてから報告書を読み直す事にした。
「リュードル博士から、まだ結果がこないからなあ。…先にこれで情報を得ておくか。」
 ファンドラッドは、呟いて報告書に目を落とす。半分ほどまで読んで、彼は突然、ぎくりと肩を震わせた。
「…なんだと…?」
 慌てて二枚目、三枚目の紙をめくる。わずかに顔色を変えた彼は、狼狽まではしていなかったが、明らかに動揺しているようだった。突然、わずかに歯を噛み締め、ファンドラッドは、睨みつけるように紙を凝視した。そして、押し殺した声で、恨みを込めるようにして呟いた。
「…ゼッケルスめ!…私に…その事をいわなかったな!」
 ファンドラッドは、呟き、書類をさっと机に落とした。本の少しだけ、空中でひらひらと紙は舞い、机の上にわずかにずれながら落ち着いた。
「目的は私じゃない……あの子だ。」
 ファンドラッドが、目をわずかに上にあげながらぼそりと呟いた時、今度は携帯電話のベルが鳴った。相手がすぐにわかったので、彼はうっとうしそうな顔をする。すばやく、それをとりながら、彼は相手の声を聞いた。
『やあ、爺さん、元気?』
「ジャック…仕事中にかけてくるなといっただろう。」
 不機嫌に言う向こう側で、ジャックの軽い声が聞こえた。
『あれ〜、オレ以外には随分優しいそうじゃないか〜。特に女の人にさ〜。』
「違うといっているだろう!」
 ジャックの後ろで、くすくすという女性たちの笑い声が聞こえる。ファンドラッドは急に、嫌な予感に襲われ、ぼそりと訊いた。
「…どこからかけている。」
『…基地の中っていったら怒るよな?』



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©akihiko wataragi
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