Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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3.シェロル=ゼッケルス-2

 
 いきなり、電話が、ぷっつり切れたのでジャックは、あれ?という顔をした。
(ちっ。気が短いでやんの。)
 この基地にジャックが忍び込むのは随分と簡単だった。ファンドラッドの隠し子という噂のあるジャックだし、おまけにファンドラッドは、この前シェロルをみかけたら、直接に自分の部屋まで通せといっていたので、ジャックも同格に扱われたのであろう。
「ジャック君は、閣下とはどういう関係なのかな?」
 女性将校たちがきゃあきゃあいいながら、ジャックにそんな事を訊く。
「えーと、教えてもいいけど…爺さん気が短いからなあ〜。うん、なんていうか、あの人はあんなんだから〜。はっきりいうとね…」
 と、彼がその大切な一言目を言おうとした時に、自動扉を力で無理やり開け放してきた者がいた。びくうとして、振り返るジャックと女性士官の前に、噂をしていた当の本人が、黒いオーラを立ち上らせながらそこに立ちはだかっていた。
「ひ、ひいっ!じ、爺さん!」
 ジャックは、明らかに身を引いたが、ファンドラッドはその彼の肩をがっしり掴んで逃がさない。
「やあ…。ジャック。」
 女性将校が、怯えて口をつむぐ頃、ジャックはファンドラッドの右手に肩を掴まれて、そのまま扉の方へと引きずり込まれていた。それから、ファンドラッドはこれ以上ないぐらい、極上の爽やかな微笑を彼女らに向けた。だが、誰も笑い返しもしない。その複雑な空気の中、ファンドラッドは、そのままで彼女達に言った。
「あはは、お仕事中失礼したね。ゆっくりくつろぎたまえ。」
 そういわれて、この重苦しい空気の中、誰もくつろげるものはいなかった。そもそも仕事中なのだから、ファンドラッドの台詞自体がおかしい。やがて扉が閉まり、彼とジャックの姿が消えた後も、彼女達は数分間、何も喋りださなかった。


「そんなに怒ることないだろ〜。あんたがいい奴だって語ってやってたんだから。」
 ジャックは、ぶつぶつとファンドラッドに言う。いらだっているのかファンドラッドの軍靴の音が、いやに高く響いた。癖なのか、ファンドラッドは軍靴を履いているときに、靴音を妙に高く響かせてしまう。それが、今日はこういう状態なので、二割り増し甲高い鋭い音が立っていた。
 ファンドラッドは、じっとりとジャックを睨みながら低い声で言った。
「お前は語るではない、騙るだ! それに重要な書類を読んでいる時に水をさすな!」
「なんだよ〜、かわいい隠し…い、いえすみません、かわいい少年が、あんたを慕って会いに来てあげてるのに。」
 言い直したのは、当然ファンドラッドの視線が恐かったからである。
「慕ってるかどうかが謎だ。大体、お前、学校はどうした!?」
 ジャックは肩をすくめた。
「はっ。義務教育で学べるようなものは、オレには用がないぜ。」
「生意気をいうんじゃない。」
 ファンドラッドは、ひきつった笑みを浮かべ、ジャックの頭に手を置いた。その目がギラギラと殺気に輝く。
「…今すぐ、その役に立たないという義務教育を受けて来い。あとで本当に役に立たなかったかどうか、私が試してやる。」
「…きょ、脅迫だ〜。」
 ジャックが、叫んだのと同時だろうか。突然、爆発音が響き渡った。
 ジャックは、うわあ!と叫んで身をすくめ、ファンドラッドは一瞬、驚いたようだったがすぐに臨戦態勢に入った。廊下の向こう側からだったような気がするが、よくわからない。
「なんだ!」
 向こうから駆けてきた士官たちが、浮き足立った様子で応える。
「し、資料室のコンピューターがいきなり爆発しました!な、なにか、爆発物でも仕掛けられていた模様です!」
「…何?」
 ファンドラッドが、意外そうな顔をする。ジャックは彼の顔を見上げながら、とんでもない事になっているらしい事を知った。
「負傷者は?」
「破片で怪我をした軽傷のものが何人かいますが、しかし、それに火が…」
 ファンドラッドは、士官の様子を気に留めず、すたすたと歩いて煙の上がる資料室の方に向かった。その様子を一瞥して彼は鋭く命令する。
「ただの小火だ!慌てるな。さっさと負傷者を運び出して、手当てをしろ。そして、外に感づかれるな!特に上層部にな!消火は、詰め所の連中にやらせろ!こんなのものは消火器とスプリンクラーで消える!」
 びしっと命令を下した彼を士官たちはぼんやりと見つめる。それはそうかもしれない。ファンドラッドがきちんと部下に命令したのは、実はこれが赴任後初めてなのだ。しかも、こんな風に軍人らしく喋ったのをきくのも、ほとんど初めてかもしれないのである。
「なにをしている!早く行け!」
 動かない彼らに業を煮やしたわけでもないのだが、ファンドラッドは怒号を飛ばした。慌てて走っていく士官を見送り、ファンドラッドは軽くため息をついた。
「ちっ。コレは、ごまかすのにかなり人員が要りそうだよ。」
 すでに先程の彼の口調はすっかりと元へと戻っている。
「…爺さんってさあ、ずーっとさっきの口調でしゃべってたら、まだ普通なんだけどな。すぐに元に戻る辺りがダメなんだよ。」
「何がダメだ。…居丈高な調子で喋り続けるのは、ストレスがたまるんだよ?延々あれでしゃべってられるのは、この世でギルバルトだけでいい。それにしても、このぐらいで浮き足立つとは情けな…」
 と、いいかけて、ファンドラッドは何かを気づいたように、がっとジャックの方を振り向いた。怒られるのかと身構えるジャックだが、ファンドラッドの目には怒りとは違うものが浮かんでいる。
「ジャック!今日、学校はいつまでだ?」
「さぁ、オレいってないしなあ。ただ、何か職員会議があって、今日は早く帰ってこられるとか何とか…」
「それだ!」
 ファンドラッドは、突然きびすを返した。まだ煙をあげている資料室では、消火器をもった面々が何とか火を消し始めている。
「爺さんどこ行くんだよ!」
 ジャックが必死で追いかけるのを振り返らず、ファンドラッドは執務室の中からコートをわしづかみしてそのまま走っていく。途中、ケイテッドが現場に向かっているのが見えた。
「あ、閣下…どこへ…」
「ちょっと緊急事態がな…。ケイテッド君。後始末は君に任せた!」
 ファンドラッドは早口にいうと、ケイテッドに目もくれず基地のゲートへと向かっていく。
「あ、閣下!」
 ケイテッドは呼び止めようとしたが、すでに時は遅かった。その後を待ってくれ!といいながら、例の少年が必死についていく。ケイテッドは肩をすくめ、仕方なくファンドラッドのいうように『後始末』を綺麗に片付けるため、現場に向かうのだった。
「爺さん!どこ行くんだよ!あそこはいいのか?」
 走りながらジャックは聞いた。
「後は部下に任す。…それよりも、まずいことがある!」
 ファンドラッドは軍服の上にコートを羽織って、さっさと歩いていく。それについていきながら、ジャックはファンドラッドに食い下がる。
「なあ、まずい事って何だよ。オレから見ればさっきの爆発が一番まずい事だと思うんだけど。」
「ああ、あれは、罠だ。基地内に敵の内通者がいるか、或いは忍び込まれていたかのどちらかだな。」
 ファンドラッドは、ヘルメットを手に取りながら応えた。今日は彼はオートバイに乗り込んできていたらしい。ジャックは、ファンドラッドがバイクまで持っていた事は知らなかったので、それにも少し驚いていたのだが、今はそちらよりも追求したい事がたくさんあった。 
「どういうことだよ!」
 詰め寄るジャックに、ファンドラッドは落ち着き払いながらも、早口で言った。
「基地で小規模な爆発が起こる。まぁ、事故にしろ故意に仕掛けられたものにしろ、どちらにしろ、普通、私は今日は基地に詰めっぱなしで証拠を隠滅するだの、あとくされがないように始末しなきゃいけない。それが私の使命だし、そうでもしなきゃ、私の首が確実に飛ぶからな。監督不行き届きで。」
「普通はそうだよな。でも、あんた…」
 あんたは普通じゃないから…といいかけたが、それはファンドラッドに遮られた。いらいらとした口調で、彼はジャックに訊いた。
「その間、シェロルはどうなると思う?今まで、あの子が安全だったのは、常に私が傍にいたからだ。今日は、戻らないとしたら…?それに、そろそろ、下校時間じゃないのか?」
「あ!」
 ジャックは時計を覗き込んだ。
「だろう?…シェロルをさらうなら今がチャンスなんだ!」
「え?だって、あの敵はあんたを狙ってるんだろ?また恨み買ったとかで…」
 ジャックが怪訝そうに訊いた。ファンドラッドはそれをきっぱりと否定した。
「違うな。…やつらの狙いは私ではない。シェロルだ。」
 
 


「じゃあ、また明日ね〜。」
 シェロルは、友人に手を振り、その道で別れた。友達の家は、彼女とは反対側にあったのである。ここからは、一人で帰らなければならない。だが、そう遠くはない。歩いて、十五分もすれば、すぐに帰ることができた。 
 学校が早く終わってシェロルは上機嫌だった。最初、ジャックと一緒に帰れると思ったのだが、ジャックは二つも彼女より年上なので、時間割が違った。職員会議があるにもかかわらず、彼らには実は授業があった。シェロルがそれを知って「じゃあ、一緒に帰れないわね。」と彼女が言うと、ジャックは残念そうな顔をしたのである。
 そのジャックが、そんな時間割を守るわけもなく、さっさと学校をサボることを決めていたとは、シェロルは全く知らない。まさか、今、ジャックがファンドラッドの基地に乗り込んで、遊びほうけているなどとは。
「今日は、閣下さん忙しいのかしら。」
 シェロルはぽつりと言った。忙しいのなら、夕食ぐらい自分が手伝って作ってあげてもいいのだが。
「あ、そうだ。あのパン屋さんのパンをついでにかって行きましょ。幸い、閣下さんにもらった小遣いはとってあるし!」
 名案を思いついたものだ。シェロルは、にっこりと微笑むと進路を変えた。少し寂しい道は通るのだが、こちらの方がそのパン屋には近いのだ。本当は、寄り道はいけないのだが、今日はいいだろうとシェロルは思った。何せ、一旦帰ると、とても遠回りになる場所にあるのだし、彼に引き取られてから、何かしてもらってばっかりで、何かをしてあげた事はないのである。一度ぐらいの寄り道ぐらいいいだろう。
 彼女はそう考えながら、赤いランドセルを揺らして道を進んだ。ランドセルには、ウサギのキーホルダーがちょこんとぶら下がっていた。道はいつもと変わらない。だが、一つだけ違うものがあった。彼女はまだ気付いていないが、彼女の後ろには不審な車がつけてきていた。
 野に咲く花に気をとられながら、シェロルはまだ、その事に気付いていない。



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©akihiko wataragi
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