Zekard・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003



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1.一人っきりの至福

 来訪者を示すチャイムが鳴り響く。いつもなら、ファンドラッドはジャックに応対しろと横柄に命令してくるのだが、この日だけは違った。なんと彼自身が、音を聞くなり、慌てて玄関にとんでいくではないか。
 余りの上機嫌さを不気味に思って出て行くと、ちょうど宅配便の運転手に彼が支払いはカードで済ませるから、などといっているところだった。その手には少し小さめの箱のようなものが大切そうに抱えられている。
「何買ったんだよ。」
 戻ってきたファンドラッドにジャックは訊いた。だが、ファンドラッドが教えてくれるはずもない。
「君には関係のないものだよ。」
 ファンドラッドはそっけなく言いながら、足早に自分の部屋に向かう。彼に続いて、ちょっと煙草のにおいがするファンドラッドの部屋に入りかけたところで、いきなりジャックは彼の怒鳴り声を聞いた。
「来るな!」
 ファンドラッドが声を荒げて飛びずさった。
「さー、出て行け! 部屋から出て行くんだ!」
「なんだよ、その反応は! それ、なんか色っぽいおねーさんが出てるビデオかなんかじゃねーの!」
「そんなわけあるかっ! いいから出ろ!」
 先ほどの一言がきいたのか、ファンドラッドはやや乱暴にジャックを外に出すと、ぴしゃりと扉を閉めた。すぐに鍵がかけられたのがわかったが、それぐらいで諦めるジャックではない。ポケットに忍ばせてある針金を取り出すと、そっと鍵穴に差し込んだ。
 もちろん、鍵を開けようとしているのは、中にいるファンドラッドにもわかる。
「愚か者め! そんな手が通じるか!」
 ファンドラッドは近くからモップを取り出すと、両開きの扉の取っ手にモップを斜めに差し込んだ。
「ああっ、爺! 卑怯だぞ!」
「あー、なんとでも言え。とにかく、今日は私の部屋に近づくなよ!」 
 続いてガムテープを取り出すと、覗かれないように鍵穴と隙間に目張りをする。すべてやり終えると、ファンドラッドはどんどんドアを叩くジャックを無視して、ソファーに座った。そして、いそいそと送られてきた荷物の包装を破る。中から出てきたのは、茶色の紙箱だ。ファンドラッドはキャラメル包装を、子供のように楽しそうに破ると、さっそく箱をあけて中から一本「それ」を取り出した。
「二ヶ月待ってようやく手に入ったんだ。…あの馬鹿に邪魔されてたまるか。」
 ファンドラッドは、まだ諦めていないらしいジャックの方をそれとなくみながら、勝ち誇った笑みを見せる。そうして、ライターを手にしながら、彼はゆったりとそれに火をつけた。

 
 扉が駄目なら外からだ。
 ジャックの長所は切り替えが早い事である。彼は、ベランダから外にでると、わずかな出っ張りと窓の桟を頼りに壁に張り付いた。危険な事だが、ジャックは割りとこういうことには慣れている。
 そうして、そうっとファンドラッドの部屋の窓から中を覗こうとした。あれほど厳重にしていたくせに、なぜか窓はカーテンが閉められていない。まさか、窓から覗くとは思っていなかったのかもしれない。
 ファンドラッドは煙草をすっていた。あの茶色の包装紙の中身は、有名な高級煙草メーカーの商標が入った紙箱で、彼の吸っているのは、どうやらその高級紙煙草らしい。確かに、いつも彼が吸っているものより、箱からしてかなり高そうだった。
「あー、たまらないねえ。」
 立ち上る紫煙をいとおしそうに見つめるファンドラッドは、いつものようなつくり笑顔でも、無愛想な顔でもない。実にリラックスした顔で微笑みながら、ゆったりと煙を吸い込んでいる。彼のこういう表情はなかなか見られるものではないので、きっと仕事仲間が見ると逆に怯えてしまいそうなほどだ。
 ファンドラッドは、ふーっと煙を吐きながら、感嘆のため息を漏らした。
「はーっ、中毒者といわれようがなんだろうが、これだけはやめられんよなあ、全く。」
 ジャックは、窓の外からそうっとその様子を見ながら、半ばあきれていた。窓から見ている時点で、カンのいいファンドラッドに気づかれると思ったのだが、当の彼はどうも悦に入っているらしく、ジャックが外にいることに気づかないようだ。
(スナイパーに狙われたら一撃だっての。)
 ジャックはこっそりと毒づきながら、滅多に見られないファンドラッドの幸せそうな様を不気味そうに覗きやっていた。



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©akihiko wataragi
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