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絶望要塞トップへ 2. ライアンはふうとため息をつきながら、要塞の古い廊下を歩いていた。やはり、将軍の前ではやけに緊張してしまう。こんなことじゃあ、出世できないなあ。などとつぶやきながら、歩いていると、前からオレンジの服を着た子供が走ってくるのが見えた。 要塞に子供・・・普通、この時点でライアンは、何か違和感を感じるべきである。要塞に子供がいるわけがないのだ。もし、それがいるとしたら、幽霊騒ぎに発展するのが普通である。 しかし、ライアンは、にっこりと笑いかけ、少年に声をかけた。 「やあ。ナツ。元気そうだね。」 ナツと呼ばれた黒髪の少年は、笑い返して元気に声をかけた。 「ライアンは元気じゃなさそうだな。ウィンディーに叱られたのかい?」 ウィンディーとは、ファンドラッド将軍の愛称だ。まさか、ライアンのような真面目な兵士が将軍を愛称で呼ぶなどと言うことはしない。要塞内では、「将軍閣下」との呼び名で通った彼をウィンディーなどと気軽に呼ぶのは、副司令官のリティーズとこのナツという少年だけである。 ライアンは、慌てて首を振った。 「ま、まさか。閣下はお優しい方だよ。怒鳴りつけられたこともないんだから。」 「お優しいって言うより、意地悪なんだよ。ウィンディーは・・・!」 ナツははっきりと断言してしまってから、大きな目をライアンに向けた。 「そんなことを言うもんじゃないぜ。」 「ライアンはお人好しだから、あの爺さんにだまされてるんだよ。」 ナツは、首をすくめた。 「まあ、オレを拾ってくれたのは爺さんだから、感謝してるんだけどさ・・・。」 少し、ファンドラッドをフォローしたのは良心からであろうか。 「あれ。これから、閣下の所に行くんじゃないのか?」 「うん、今日、朝から手伝いしなきゃいけない日だから。どうせ、資料室の掃除だと思うけどね。じゃあな!」 そういって、少年は、矢のように走っていってしまった。その背中を見送りながら、ライアンは、あきれたようにつぶやいた。 「相変わらず、落ち着かないやつだね。」 ナツは、ファンドラッド将軍が、十年近く前に拾ってきた戦災孤児である。ナツという風変わりな名は、博識なファンドラッドがどこかの言葉からとってつけた名であるらしい。ファンドラッドは、この少年をかわいがり、どういう訳か要塞内に住まわせていた。ライアンなどからすれば、本国の実家で育ててやればいいのに、と思うのだが、将軍閣下はなぜか、彼を本国に送ってやることをしなかった。よく考えると、ファンドラッド将軍のプライベートは謎だらけであった。もしかしたら、身寄りが居ないのかもしれない。 どちらにしろ、ナツは要塞で育った割にはまともな少年に育った。それに、ファンドラッドは、ナツが今年で十二歳になり、そろそろ剣や何かの稽古をして、初陣に備えるような年齢になったにも関わらず、剣の稽古どころか、戦場を見に行くことすら禁じていた。だから、要塞にいながら、ナツは戦争のことを一つも知らない。 ナツが、廊下を元気よく走っていくと、むっとした顔で大股でこちらに歩いてくる金髪の若い男に出会った。 「あ!リティ!おはよう!」 リティーズ=クレイモアは、ふうとため息を大げさについた。 「なんだ、おまえか。朝っぱらから元気だな。」 「まあねえ。」 「オレなんか、ウィンディーに嫌味の集中砲火を浴びちまって朝から最悪な気分だぜ。」 「また?あきないな。二人とも。」 「何を言うか。オレは飽きてるんだ!飽きねえのは、あのポンコツ司令官だよ!」 リティーズは、ふくれっ面をさらにふくれさせた。軍人のくせに、威厳も強さもあんまり感じさせないリティーズがふくれてようが、あまり恐いとは感じさせない。要塞には当然、、ナツの遊び相手になるような子供はいないから、このリティーズが遊び相手みたいなものであった。それもあって、二人の会話は、兄弟の会話のようになっていた。 「全く。司令官のくせにどっかおかしいんじゃねえのか?」 「リティも副司令だろ?人のことは言えないよ。」 「お、オレはいいんだよ。若いし、もとからあんまり出世する気がねえんだから。あいつは出世して、なおアレなのがいけねえんだよっ!」 ふっと、人の気配を感じてナツは顔を上げた。 「おやおや、お前さん達。ひとのことをとーっても褒めてくれるじゃないの。」 「おわっ!」 リティーズは、慌ててその場を飛び退いた。いつのまにやら、ファンドラッドがにゅっと顔を出している。 「やっだねえ。人を化け物みたいに扱わないでくれるかい?」 「大方、化け物じゃねえかっ!この古ダヌキ!」 「私の好みから言うと、古狐ってよんでほしいねえ。そっちのほうが、ちょいと知的に聞こえるでしょ?」 ファンドラッドは、まだ、色々言っているリティーズを完全に無視し、ナツの方を見た。 「やあ、ナツ。今日は資料室の掃除だ。いいな。」 「はーい。」 ナツは、渋々うなずいた。ファンドラッドの言いつけは絶対である。さぼったところで、大した罰はないのだが、ファンドラッドのお小言を聞くのは嫌である。ファンドラッドは、ナツの心を見透かしたように付け加えた。 「まあ、我慢しなさい。ご褒美といっちゃなんだが、今日の午後は少し、外に出かけるんだが、ついてくるかね?」 「もちろん!」 急にナツの目が輝いた。要塞の中から外に出られるのは滅多にないことである。 「じゃ、資料室を速く掃除しておいで。一時ぐらいからでかけるからな。」 「よっしゃー!」 放たれた矢のようにまっすぐ飛んでいく少年を見て、ファンドラッドはにこりと笑った。「やれやれ。まったく、元気がいい小僧だな。」 「ちょっと、げんきんなのはあんたそっくりだよな。」 「リティ。一言多いんじゃないかい?給料減らすよ?」 にっこり笑っているくせに、目が本気である。 「し、失礼しましたっ!」 「よろしい。」 ファンドラッドは、フッと笑うと走っていったナツの方を見つめていた。 「あんたが育てたわりにゃ、まともに育ったよな。ナツも。」 再び余計な事を口にしながら、リティーズは兄貴ぶった微笑みを浮かべていた。一方、余計なことを言うんじゃないよ。と心の中でいいながら、ファンドラッドはリティーズの給料からいくら差し引くかを計算し始めていた。 その時、リティーズは、そっとナツの前では禁じられている話題を持ち出したのである。 「でも、いくらなんでもそろそろ気付くんじゃないか・・・。」 リティーズは、ふと呟いた。司令官は、リティーズに鋭く目を向けた。 「なにがいいたい?」 リティーズはひるまずに言った。 「あんたやオレ・・・この要塞全ての秘密をさ・・・。」 「冗談じゃない。証拠資料はすべて隠滅したはずだぞ。」 ファンドラッドは珍しく不機嫌な表情を浮かべていた。 「気付かれるはずはない・・・。説き伏せる自信もあるんだからな。」 「あんたがそういうなら、そういうことになるだろうけど・・・。」 リティーズは、なおも食い下がった。 「でも、ナツだってそろそろ気付いてもおかしくない年頃だぜ。どうして、要塞に住んでいて、自分は戦わないのか。とか、戦場を見学しちゃいけないのか・・って、な。不自然だよ。誰にだってわかる。ナツは、形式上、あんたの養子ってことになってるんだぞ。将軍の息子が戦士にならねえなんて、世間でいわれてることをナツが聞いたら・・・。」 「わかっているよ。そんなことぐらい気がつかないわけがないだろう?」 ファンドラッドは苦い顔をしていた。 「しかし、私はナツを戦士にする気など無い。お前だってそういっただろう?」 「そりゃあ・・・さ。でも・・・いざとなってみると・・・。どうやってナツにわからせりゃいいんだか・・・。」 リティーズは、少しうつむいた。ファンドラッドの苦しい胸中はよくわかるのである。表情にこそ余り出さないが、ファンドラッドは彼なりに悩んではいるのだ。 「今になって全てをさらけ出すことは出来ない。」 ファンドラッドは苦笑しながら言った。 「特に私は秘密で固められた男だからね。」 「そうだな・・・。オレはともかくとして、あんたは・・・。」 リティーズは言いかけて、そこで言葉を飲み込んだ。向こうから、兵士が二人ほど、ゆっくりと近づいてきたからである。 ファンドラッドは、軽く話を切り替えた。 「そういえば、リティーズ。ライセンにちゃんと伝えて置いてくれたか?」 「え?あ。まだだった。」 「速く行って来ないと減給にするよ。」 それをきいて、リティーズは、恐ろしい勢いで走り出していった。 戻る 次へ 絶望要塞トップへ |
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