絶望要塞・幻想の冒険者達
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3.
 資料室はほこりっぽいところである。古い資料が山と積まれているのが、原因かも知れない。ナツは、月に一回ほどはこの資料室を掃除させられるのである。機密情報の書かれた重要書類は、ファンドラッドの司令室の書庫にいれられているのでここにあるのは、昔の名簿とかそういうあんまり重要でないものである。
「全く、ほこりっぽいんだから・・・!換気ぐらいしろよな!」
 ナツは文句をいいながら、はたきで本の上のほこりを落としていった。名簿などには興味のないナツは、ここの資料に手を触れたことは無かった。手早く掃除をしていき、もうすぐ終わりそうになったとき、何冊の本かが棚の上からなだれおちてきた。いくつかは、ナツの頭を強烈にヒットし、床のうえにページを開いた。
「い、いってぇー!」
 ナツは立ち上がり、その惨状を見てため息をついた。なんてことだろう・・・。また仕事が増えてしまった。
「ちぇっ!ついてないんだからなあ。」
 その一冊を手に取り、ナツはブツクサ言いながら片づけをはじめた。一冊目の本は、青い色をしていた。かなり、古い本のようであったが青い色はまだ残っていた。
 一体、何の本なんだろうと気になった。表紙には何も書かれていなかった。ナツは、ページをめくった。
「『私は、この要塞に来たことをすぐに後悔した。来るべきではなかったのだ・・・。』」
目に留まった行を朗読してナツは驚いた。これは、日記だ。ナツは、興味本位で読んでみることにした。しかし、全てを読む気にはなれなかったので、彼は横着して一番最後のページを開いた。
「えーと、『霜鋭月15日。私は全てに疲れた。終わり無き戦争にも、この『絶望要塞』にもだ。私の友達も愛する人もとっくに戦場で果ててしまった。最後に、一人分の帰国許可証を書いておく。レシエン、これで幸せに暮らすといい。私は、カルリス産の酒に毒を混ぜて、あおるつもりだ。カルリスは私の故郷。最期に見る夢は、きっと今までのどんな夢よりも美しいことであろう・・・。』」
 ナツは、その日記の意味を知って、痛ましいような哀しいような気分になった。この日記の人物は、今から自殺しようとしていたらしいのである。そう考えると、何とも言えない重い気分になった。ナツは、日記をのぞき見したのが悪いような気分になり、そっと日記帳を閉じた。その時、ヒラリと一枚の紙が日記帳からこぼれ落ちた。ナツは、それを拾い上げて再び日記帳に挟もうとして、驚いた。一瞬、その紙が何なのかを知ったのである。慌てて、その紙を拾って眺めた。
「ウィンディー!!」
 ナツは大声で叫んだ。それは、小さな肖像画であった。小さいながら、きちんと色づけされており、結構な絵描きの作だったものと思われる。そこに描かれているのは一人の男であった。服装から、軍人だとわかる。
「ウィンディーだ・・・。どうして・・・?」
しろいヒゲにしろい長髪。鋭い碧色の瞳が知的に輝く・・・。どこから見ても、誰に見せてもそれは、ウィンディーであった。
 ナツは、日記帳をもう一度見返した。最後にかいたページの一番下に走り書きで名前が書かれてあった。
「『司令官、ウィンディオ=ファンドラッド』・・・・。」
ナツは、愕然としながらも心のどこかで、これは何かの間違いに違いないと思っていた。そこに日付がかかれていた。王国暦398年霜鋭月15日・・・。いまから、五十年前の日付である。当時司令官だったらしい、ウィンディオが生きているはずはないし、まさか今のファンドラッドがその頃司令官だったはずもない。若すぎるのである。
「悪い冗談だな。リティの仕業だな、きっと・・・。」
 ナツは、リティーズが肖像画をはさんで名前を書き足したのだと考えた。普段から、人一倍遊ばれているリティである。ちょっと、悪い復讐方法を思いついたってなんら不思議ではないと思われた。ナツは、もとのように肖像画を挟み直すと本棚に直そうとした。
「なんだ。資料室の掃除か?せいがでるな。」
 女性の声であるのははっきりわかるのだが、ものの言い方が男性的なので、ナツはすぐにその相手を知った。だから、相手を確認するために見ようともしなかった。
「おはよう。ライセン。」
「ああ、挨拶がまだだったっけな。」
にっこりと笑ってライセンと呼ばれた女性将校は応えた。まだ二十歳になるかならないかぐらいの若い娘といった感じである。だが、その性格は男勝り・・というより、多くの男性兵士よりも、よっぽど男らしかった。ぱっちりした目に浮かぶ、イタズラっぽい光はまだ彼女にあどけなさを与えている。オレンジ色にちかい赤毛で、茶色の瞳をしていて、顔立ちもなかなか整っていた。どことなく子供っぽい印象はあるが、要塞の女性将校兵士の中では、目立つ人間である。
 本名は、フェリア=ライセン。一年ほど前、国から直接、ここに派遣されてきた。現在、リティーズの下で小隊長をしている。そのリティーズも手を焼くほど、彼女は勇ましい女性であった。しかし、根は優しいらしく、ナツとも結構遊んでくれている。
「なんだか、浮かない顔してんなぁ。なんかあったのか?」
「別に。ちょっと趣味の悪いイタズラを見つけちまったからな。」
「ふうん。」
 ライセンは、ぼんやりとうなずいた。
「これだよ。」
ナツは、日記を取りだして、ライセンに開いて見せた。ライセンは文面をよむとあやうく吹き出しそうになった。
「これが、あの閣下なわけないだろう?五十年前なら、あの恐ろしい閣下もまだあんたぐらいの可愛い坊ちゃんだったはずだよ。」
「だよなー。こんなイタズラするのは、リティぐらいだと思ってさ。」
 ナツはようやく安心した。ライセンに言われて、これがウィンディオ本人であるわけがないと確信できたのである。
 ライセンは、興味深げにその日記を眺め、また肖像画を見た。リティのことは、ライセンもよく知っていた。リティとライセンは、喧嘩友達のような者だったのである。
「しっかし、おそれを知らない奴だね。リティのやつも。あの司令官、笑って人を谷底に突き落とせるような人だよ。これがばれたら、きっとひどい目にあうとおもうけどな。ま、あいつには良い薬かな。」
そういうライセンもおそれを知らない人間だった。ファンドラッドが実は容赦ない人間だというのはその戦いぶりや性格からみて、充分判断できる。それを知っていてこんなことをべらべらしゃべることができるライセンを、ナツは少し尊敬していた。 
 ただ、ファンドラッドは、ファースト・レディ精神というか・・・悪く言うと、女性の人気取りには熱心な所があり、男性兵士がやると軽く降格されるようなへまも、女性なら減給だけで済ましてしまったりするところがあるので、もしかしたらそこも関係あるのかも知れない。
「しっかし、この肖像画、ふるいのかな・・・。」
「え?何が?」
ライセンは、肖像画をナツに見せ、右目を指さした。
「ほら、傷がないし、右目もつぶれてないよ。」
「あ。ホントだ。」
 現在、そこに走っている細い刀傷も、失明した右目もそこには描かれていなかった。当然、彼が愛用している青いグラスも描かれていなかった。そうして見ると、少し別人のように思えなくもなかった。そこには、ファンドラッドが当然のようにして持っている不思議な威圧感や底抜けの明るさが感じられなかったからだ。
 
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akihiko wataragi presents
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