絶望要塞・幻想の冒険者達
 戻る   次へ  絶望要塞トップへ

 6.
 ファンドラッドは、自分の部隊を草原で待機させていた。そして、ライセンと彼女の部下と一緒に丘にいた。自分の護衛は一切連れていなかったから、暗殺者としては、これ以上はない好条件である。むしろ、条件がよすぎて気味が悪いほどであった。
「ほう、敵は、今日奇襲をかけて来るというのかな?」
「は、はい。閣下。」
ライセンの声は心なしかうわずっていた。そのこころを見透かしたように、ファンドラッドはうっすらと微笑んでこういった。
「奇襲をかけてくるのは、間違いないだろうねえ。それは、私にもよくわかるよ。」
「は、はい。」
 ライセンは、冷や汗をかいていた。もしかしたら、この男は自分の正体を知っているのかも知れないという気がしてきた。そして、その時、
「ライセン。」
 静かにファンドラッドは切り出した。
「お互い仮面をかぶるのはよそうじゃないか。」
そして、ニヤリとした。
 ギクリとして、ライセンとそしてその部下は飛び下がった。
「ど、どうして・・・。」
「私は、女性と子供には甘い男でね。我ながら、嫌気がさすよ。」
ファンドラッドは、くすりと笑い、
「私の命を取らずに本国に帰るわけにはいかないらしいからね。敵前逃亡、それとも失敗になるかな?どちらにしろ、極刑は免れないだろうからな。君の国じゃ・・・。」
 ザッと、部下達がファンドラッドのまわりを取り囲んだ。だが、ファンドラッドの方は、どうでもよさそうな目でそれを眺めて続けた。
「エヴェドーラの国がどういう状況なのか、私にはそういうことを知る能力がついていないもんでね。詳しくは知らないんだが、私の記憶が正確ならそうじゃないかと思ってね。」
「か、関係ないだろ!!あんたに知って欲しいわけじゃないんだ・・・!」
「じゃあ、ライセン。君は知っているのかい?」
ファンドラッドの目つきが鋭くなった。ライセンは、はっと後ずさる。
「そこにいる部下達、つまり、ランテラスから派遣されたようにみせかけて送られてきた者達が、本当に人間かどうかってことを・・・。」
「えっ?」
 ライセンは、慌ててまわりの部下を見回した。無愛想な者達だとは思っていたが、確かに少し妙だった。あまりにも無口すぎた。
「わからないだろう。私が話したいのは君だけだ。他の連中にはどいてもらいたい。」
 ファンドラッドは、素早く腰にある剣を抜いた。同時にライセンの部下達五人が同時に、ファンドラッドに飛びかかる。
 一瞬の出来事のように―――彼女には思えた。五人の部下は、ファンドラッドが一振り剣を横に振っただけで全員宙を舞っていたからである。間をおいて、部下達はそれぞれ大地に落ちた。ガシャン!と音がして、まっぷたつにされた胴体から機械のようなものが中からこぼれ、血の色をした油が流れ出した。
「ロボット!!」
「そのとおりだ。エヴェドーラの技術の粋を集めてつくられた戦闘用の人形だ。」
素っ気なく言ってファンドラッドは、マントで油を拭った。血の色をしているだけに、人を斬った後のような感じであった。そうしてみると、冷酷に全てを淡々とこなし、驚きもしないファンドラッド自身が一番人間には思えなかった。
「あんた・・・・!!どうして・・・。」
 ライセンは、ファンドラッドの異常な強さに怯えた。強化された戦闘ロボットをあっさり倒すなど普通の人間業ではないのである。
「ライセン・・・。」
ファンドラッドは、おだやかにライセンに言った。
「君は何のために私の命を狙うのか?」
「あたしは・・・・。」
ライセンはどもった。そして、決意したように叫んだ。
「あ、あたしは、戦争を終わらせたいだけなのよ!!」
ライセンの叫びは、悲壮感を帯びていた。
「ランテラスだけなら、何とかなるんだ。あんな腐敗した王国、落とせないのが不思議だよ。でも、あんたは違う。ここに一年にきてすぐわかった・・・。あんたは・・・。あんたさえいなければ、ランテラスは終わりなんだ!ランテラスが滅びない限り、戦争は終わらないんだよ!!わかるだろ!」
ファンドラッドは腕組みをして考えていたが、それをとくと優しく訊いた。
「リティーズや、ナツのことをどう思う?」
「仲間だったよ!だけど・・・、そういうわけにはいかないんだ!!あたしは、エヴェドーラの人間なんだよ!!」
ライセンは、吐き捨てるように叫び、剣を抜いた。勝てる自信などなかった。
「後には、引けないと言うわけか。」
 ファンドラッドの考えは読めなかった。ライセンは、この司令官の本当の恐ろしさをかいま見た気がしていた。
「む!」
 ファンドラッドは、何かに気付いたようであった。右目の片眼鏡のレンズにつけてあるダイヤルを少し回したように見えた。
「時間だ。」
ライセンは押し黙った。
「君にとっては、待ちに待った援軍・・・といったところかな。」
 突然、ファンドラッドの背後に鎧に身を固めた戦士達が現れた。普通の人間の動きではない。一目で戦闘用のロボットか、それとも特殊な力をつけさせた人間か、どちらかであるとわかる。ファンドラッドは、剣を逆手に持ちかえて、その一体に斬りつけた。戦士は、胴を斜めに断ち切られ倒れた。血とも油ともつかぬ、赤い液体がながれた。どちらか、判断しようもない。それに、そんなことにファンドラッドは興味がなかった。要は勝てばいいだけなのだ。
「うわっ!待て!あたしは、味方だ!」
 ライセンの声が聞こえた。ファンドラッドは、ライセンの前に走って彼女をかばうような素振りを見せた。
 次の瞬間、ファンドラッドの右手首が飛んだ。血が飛び散り、ライセンの服にも付着した。敵戦士の剣に断ち切られたのである。
「閣下ぁっ!」
 ライセンは、敵であることを一瞬忘れていたようである。その声には心配の感情がこもっていた。
 ところが、当のファンドラッドは、その戦士を蹴倒してから、舌打ちしただけであった。「油断したなぁ。」と、苦笑気味につぶやいたのをライセンは聞いたが、痛みなど感じていないように、うめき声ひとつあげなかった。表情にも変化はなく、我慢している様子も全くない。そして、陽気にライセンに言った。
「ライセン。どうして、こんな血も涙もない連中に義理立てするのかね。私には理解できないな。」
 
 おもえば、このとき、ナツは初めて戦場に出たのだった。渇いた土が風に煽られて、煙のようになびいていた。向こうから砂煙が上がっていた。これが、敵軍の近づいた印だなんて、ナツには予測もできないことであった。
 戦闘が始まっていないのに、なぜか風も土も血の臭いをふくんでいるようだった。妙な緊迫感をナツは感じ取っていた。これから、戦いが始まるかも知れないと言う・・・。
「どこだよ・・・!ウィンディー!」
 ナツは必死で丘を目指していた。丘までは、すぐだった。
 と、その時、前方で大爆発が起こった。敵が火薬を使ったのである。ナツはびっくりして、大地に伏せて様子をうかがう。平地に配置されたウィンディーの部下がにわかに鬨の声をあげた。
(戦いが始まるんだ・・・!!)
 ナツは、それを直感してだまりこんだ。急に不安になった。なんて恐ろしいところに一人でのこのこ出てきたのだろう。おまけに、自分は武器の一つすら持っていないというのに・・・。ここに来て、自分の不用心さを呪いたい気持ちになった。
 ナツの頭上を矢が飛び交い始めた。ここも安全では無くなってきていた。
 そして、ナツは見た。初めて、戦場というものを見た。遠くからであったが、近くで見なくてもその血なまぐささはよくわかった。剣が振り下ろされ、血潮が飛ぶ。それが当然のことのように、兵士達は、相手を殺す。
 ナツは、呆然として立ちつくした。今まで、自分は要塞にいながらあの要塞の何を見てきたのだろう・・・。わからなくなってしまった。
 だが、悩んでいる暇はなかった。ナツはすぐにそれに気付いた。丘までは、走ってすぐの距離である。速く行かなければならない。行ってどうするあてはないし、ライセンを止めようだとか、逆にファンドラッドを止めようだとか、そういう考えすらなかった。ただ、はやく行きたかっただけである。
 走って走って、ようやく、丘までたどり着いた。ナツは、肩で息をしながら最後の一歩を歩き、前を見た。
「ウィンディー!」
 ファンドラッドは、交戦中であった。ちょうど、敵の剣士とつばぜり合いの状態である。片手が使えない分少々苦戦を強いられていた。ライセンが、近くで放心したようにそれを見ていた。
 ナツの声に、一瞬、ファンドラッドは動揺した。敵がいるのにかまわず、ナツの方を振り向いた。
「ナツ!まさか!」
 用心深いファンドラッドらしくもない失態であった。隙を見いだした戦士は、ファンドラッドの肩口を斬った。
「ウィンディー!!」
慌てて駆け寄ろうとしたナツをファンドラッドは厳しい声で制止した。
「来るんじゃないッ!死にたいのか!!!」
 ナツはビクリとした。今まで、こんな風に怒鳴られたことは一度もない。そして、ファンドラッドの傷を凝視していた。どう考えても助かるような傷ではない。ナツは、呆然とそれだけを悟っていた。
 と、呆然としているナツの目の前で突然、相手の剣士が発光を始めた。ファンドラッドには、それがどういうことかわかっていた。剣士は、自動人形である。だとしたら・・・。
「自爆する気だ!伏せろ!!」
 ファンドラッドの命令の声が確かに聞こえた。が、反応を起こす前にしろい光が目の前を覆った。衝撃とものすごい音がナツを襲い、彼は吹っ飛ばされて大地にたたきつけられた。その後、ナツの意識はぷつんと切れた。
 
 丘の上にリティーズが立っていた。そこで何が起こったか、彼には全てわかっていた。そして、リティーズは、暗い気持ちでそれを見つめた。
「もう終わりだぜ。わかってるだろ。ウィンディー・・。」
そう呟いて、リティーズは、ナツとライセンを交互に見つめた。戦闘慣れしている分、ライセンは、とっさに爆発から免れたようである。そっと、目を開けていた。
「おい!ライセン・・・。しっかりしろ!」
リティーズは、ライセンを助け起こした。彼女は、呆然と彼をみつめたが、すぐに相手がリティーズだと知って慌てて離れた。
 しかし、彼は物憂げにこういうだけだった。
「よせよ。もうやめようぜ。そんな事しても無意味だろ。オレだって、お前とは戦いたくねえよ。」
「だって・・・あたしの正体・・・知ってんだろ!今までのようにつきあえるわけない!」
「オレは些細な事は気にしねえよ。お前のせいでどうとかなっちまったわけじゃねえ。それに・・、ウィンディーだってそうのぞんでいたからよ・・・。」
 ちらっとリティーズが、地面に視線を投げた。
「え?閣下・・・?」
そして、ライセンは、小さく叫んだ。ファンドラッドの身体は、上半身だけを残して血の海に沈んでいたからだ。
戻る     次へ  絶望要塞トップへ


akihiko wataragi presents
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送