絶望要塞・幻想の冒険者達
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  8.
 部屋の中の空気は重苦しかった。
「ま、ちょっとお茶でもいかがかね。」
笑いがひきつったままの、ファンドラッドが空気を緩和しようとわざと明るく言ってみるが、特に効果はないらしく、誰もお茶を飲んでくれない。
「ま、お前達の気持ちはわからんでもない。そりゃ、その無事なのにどうして死んだことにしてたかとか、無駄にお前達を泣かせたとか、色々不審な点はあるだろうし・・・。」
 ナツとライセンは、うつむいて怒りをあらわに黙り込んでいる。困ったファンドラッドは、リティーズの髪の毛を引っ張って、引き寄せ、こそこそと小声で言った。
「なんとかならんのか?」
「自分で何とかしろよ。あんたの専門だろ?」
「何?お前、五十年来の友人の私を裏切るつもりか?だいたい、これはお前がよくまわりを見ないから・・・。」
「人のせいにすんなよな!オレだって真面目に・・。」
 二人がこそこそ言っていると、不意にライセンが言った。
「でも・・・、たしか下半身吹っ飛ばされたんでしょう?どうして・・・。」
 ファンドラッドは大仰にため息をついた。
「わかった。全て話す。まず、私と、そしてリティーズ、いや、この要塞にいる君たち以外の人間が何者なのかを話さなくてはならないな。」
ファンドラッドは、そういうと、包帯で巻いた右手を差し出した。
「この右手が吹っ飛んだのを、君は見ただろう?」
「ええ。でも・・どうして・・・。」
「慌てるんじゃない。これは、こういうことだ。」
ファンドラッドは、包帯を全部取り払った。
「まだ、ちゃんと修理してないからね。骨組みだけを先にやったんだ。」
 ナツもライセンもギョッとしてその右手に目を奪われた。そこにあるのは、人間の手ではなく、ただの鉄の骨組みである。
「ウィンディー・・・。あんたは・・・」
ナツが驚いたように彼を見つめる。
「わかったかな。私も、リティーズも、この要塞にいるすべての兵士が皆、人につくられた機械仕掛けなのだ。ま、もっとも、魔法とかいうよくわからない力をつかっていると言われているがね。」
ファンドラッドは、思ったよりも涼しげにそう話した。
「どうして・・・。じゃ、五十年前の将軍って・・・・。」
ナツが、続けて聞いた。
「本物のファンドラッドはとっくに自殺したよ。私は、そのかわりにつくられた・・・つまり複製だ。」
・・・・・・・・
全員が無言に陥った。
「私をつくったのは・・・、カシェル=レシエン女史とよばれた科学者だった。」
 ファンドラッドは、遠い目をしていた。
 
 その日、ウィンディオ=ファンドラッドは、カシェル=レシエンの部屋を訪れた。カシェルは、エヴェドーラの魔軍に対抗するすべを、おなじく魔法科学に求めていた。そして彼女は、それを研究している博士の中でももっとも優れた女性だった。その科学兵器の利用の実験のため、ここ、ラファンドラ要塞に派遣されてきていた。
「あっ!ファンドラッド将軍閣下!」
 レシエン女史は、にっこりと微笑んだ。黒髪のショートカットがよく似合う黒髪の理知的な女性である。年は三十前ぐらいだと思われたが、なかなかの美人で女性の少ない要塞では「目の保養」だと兵士にはやしたてられた人であった。
「ああ。レシエン・・。おはよう・・・。」
 ファンドラッド将軍がレシエンをどう思っていたかはよくわからない。彼には、故郷に妻と娘がいたらしいが、エヴェドーラの攻撃で全てをなくしたといわれている。レシエンは、その娘と同じぐらいの年であった。ファンドラッド将軍は、彼女に娘の面影を感じていたのかも知れない。傍目から見ると、ファンドラッドはレシエンを実の娘のように愛しているように見えた。レシエンも、また彼を慕ってやまなかったのである。
「どうなされたんですか?顔色が良くありませんよ?」
レシエンが尋ねると、ファンドラッドは無理に笑ったように見えた。
「いいや。何でもないんだ。」
 このところの敗戦続きで、彼はやたらと老け込んだように見えた。彼のような百戦錬磨の将軍にも兵士の中に蔓延する絶望をどうすることもできなかった。
「今日・・・、兵士が三人自害したよ。」
「また・・・・。」
 レシエンは、特に驚いた様子もなかった。一日に平均、五人は死んでいる。今更、驚きようもなかったというのが彼女の心情であろう。
「レシエン・・・。」
 ファンドラッドは、そうっときいた。
「君は・・・、故郷に帰りたくないかね・・・。」
「故郷?」
レシエンの目に懐かしそうな光が宿ったが、それは一瞬だけですぐに暗い表情に戻った。
「もちろん・・・。帰れるものなら・・・。でも、帰った途端に、処刑されますから。」
「このわたし、司令官の帰還許可証さえあれば平気だよ・・・。どうかな?」
「でも、閣下・・・。あたし、閣下を置いては・・・。」
 レシエンは、うつむいて申し訳なさそうな顔をした。
「ありがとう。レシエン・・・。君の気持ちはうれしいよ・・・。」
ファンドラッドは重い腰をあげた。すると、部屋の片隅にあった機械人形が近寄ってきた。鉄だけでできた、味気ない人形である。
「モウ・・・オカエリ、デスカ?」
人形は機械じみた無感動な声でこういった。これが、レシエンの戦闘用ロボットの第一作であった。実際、戦闘能力を見ると素晴らしいロボットであった。簡単試作品なので、レシエンがボディガードとして使っている。
「ああ。レシエンを守るのだぞ・・・。 R。」
「リョウカイシマシタ。カッカ・・・。」
試作品一号、R−77。通称Rと呼ばれていた。
 レシエンは、昼、ファンドラッド将軍にコーヒーを届けに行くのが習慣になっていた。そこで、彼女は見たのである。ファンドラッドが自殺しているのを・・・。彼女はテーブルの上の彼の日記を読んだ。そこには、一枚、レシエンの帰還許可証が挟まれていた。レシエンはそれを握りしめ、またファンドラッドの死体を見た。
「どうして・・・!どうして!こんなときに・・・!!」
彼女の声には、あれだけ慕っていたファンドラッドへの愛情の一片すら感じられなかった。むしろ、責め立てるような言葉であった。
 その夜、彼女は、ある男といた。
「カシェル・・。」
 呼ばれてレシエンは振り返った。そこには、若い兵士が一人立っていた。
「どうすればいいんだい?要塞から逃げ出すことは出来ないんだよ!」
兵士は、穏やかそうな整った顔をした美青年であった。レシエンは、彼の不安を取り除くかのようににっこりと微笑んだ。
「大丈夫。逃げられるわ。将軍専用の緊急避難通路がどこにあるか、あたしは知っているのよ。あの将軍があたしのために教えてくれたの。安心してよ。シルフィン!」
「無理だ。帰還許可証を持っていないんだよ。僕らは・・・。本国に帰った途端、逃亡罪で処刑だ。」
「大丈夫!帰還許可証はあるわ!」
 レシエンは、胸を張っていった。
「だけど、将軍は・・・・。」
「しっ!大きな声で言わないで。あの人の死は、隠してあるのよ。」
「えっ!」
「今から、許可証をつくるの。今まで、あなたの分とあたしの分の許可証をもらうため、あの将軍に取り入ってきたんだもの!ここで諦めるわけには行かないわ。」
レシエンの表情には罪悪感の欠片も見あたらなかった。
「だけどレシエン・・・。どうやって・・・。将軍の筆跡に完全に符合しないものはダメだし・・・。それに・・・。」
「黙ってて。将軍はまだ生きているの。そう言うことにするのよ。」
 レシエンの言葉は、シルフィンにはわからなかった。そして、彼女の真意もまだ知らなかったのである。
 
 ファンドラッド将軍が、再び、人前に姿を現したのは、その一週間目・・・要塞陥落の日の朝であった。
「閣下・・・。ご病気だったと聞いておりますが・・・。」
「ああ。心配ない。迷惑をかけてすまなかった。」
 部下と挨拶をかわすファンドラッドは、まさしくウィンディオ=ファンドラッド将軍であった。彼を疑う者は誰一人居なかった。癖、筆跡、声、顔立ち・・・どれをとってもファンドラッド将軍そのものだったから。厳密に言うと、少しだけ雰囲気が違うだけである。彼は、部下達と挨拶を交わすと、すぐにレシエンの部屋に行った。
 レシエンは、自分の服をトランクに詰めている最中だった。
「逃げるおつもりですか。」
 ファンドラッドは、冷たく問いかけた。
「あなたは、ファンドラッド将軍を利用したのですね。」
それは、ファンドラッドではなかった。本物のファンドラッドはとっくに自殺しているのである。
「R・・・。人聞きの悪いことを言わないで・・・。」
「では、何と言えばよろしいのでしょうか。」
ファンドラッド、いや、機械人形Rは、皮肉な笑い方をした。
「私は知っています。ファンドラッド将軍が、あなたをどんなに愛していらっしゃったか。実の娘のようにね・・・。私には、ファンドラッド将軍の記憶が受け継がれていますし、ボディガードとしてあなたと彼のやりとりをずっと見ていた。だけど、あなたはそうではなかった。あなたがほしかったのは、二人分の帰還許可証です。そのために、あなたは・・・」
「黙りなさい!あなたには関係ないわ!」
「そうはいきません。あなたの恋人、シルフィンの許可証を書いたのは私です。あなたがわたしをファンドラッド将軍に仕立て上げたのは、たったそれだけの目的からなのでしょう?私をただそれだけの仕事の為に、ファンドラッド将軍そっくりに作りあげた。改造される前の私をただのロボットだと思っていたのですか?確かに、あの頃の私の知性は高くありませんが、あなたが何をしていたか・・・私はずっと見ていたのですよ。ずっと。」
 レシエンは、少しギョッとしていた。Rを再起動させたのは、昨夜であったがここまで知性が上がるとは知らなかったのである。先日まで、子供ぐらいだった機械が、今は本物のファンドラッド以上に口が立っている。確かに性格設定はファンドラッドをもとにしたし、その記憶を読みとって彼にうつした。知能も彼に合わせてつくった。だが、ここまで・・・。本物の彼よりも、ずっと頭が回るようなのである。
「あ、あなた・・・。」
 レシエンは、後ずさった。彼の瞳に憎悪に近い色が浮かんでいる。
「ご心配なく。女史。」
Rは、くすっと笑った。
「私はあなたを裁くつもりも、危害を加えるつもりもありません。勝手にどこへなりと行けばよろしかろう・・・。ただ、あなたのした行動を私は生涯許しません。ここに残って、わたしは要塞をファンドラッド将軍のかわりに守るのです。まさしく、「あの方」のかわりにね。あなたは、わたしを紙切れ一枚かくためだけにつくった。だが、私は、本来戦闘用につくられた。私はその目的を遂行します。」
「な、何言っているの・・・あなたは、ただの・・・。あなたのやるべき事は終わっているのよ。これ以上戦争を泥沼化させる気?こんな要塞、落ちてしまえばいいのよ。」
「それだから、あなたは読みが甘いというのです。この要塞が落ちれば、国は焦土と化すでしょう。エヴェドーラがこの国と戦争を始めた理由は、私怨です。占領する気はありません。ただ、復讐を遂げ、全てを焼きつくしたいだけでしょうね。」
「あなたは何が言いたいの!あたしの読みが甘いとはどういうこと!!」
彼女は憤慨していた。打って変わってRは、冷静沈着である。
「説明しましょうか?紙切れ一枚、あなたはその為に、ファンドラッド将軍閣下を裏切っていた。うわべだけの微笑みを彼に向けたのは、そのくだらない紙切れのせいだった。ファンドラッド将軍にはっきりいえば、よかったのに・・・。あの方は、あなたが正直に言えば、二枚の許可証を残して死んだことでしょう。彼は知っていたのですよ。あなたの愛情がうわべだけであることを・・・。だけど、彼はあなたを愛していたのです。あなたは、それに気付かなかった。紙切れに執着の余り、人の心なんかどうでもよかった。」
「何ですって・・・!」
 レシエン女史は、さすがにカッとした。
「あなたにあたしの何がわかるの!あの紙切れにあたしがどんな執念を燃やしていたか!あなたにはわからない!あなたみたいな機械にはわからないのよ!!あなたみたいなただのがらくたには!!」
Rは、首を横に振った。
「残念でしたな。私は、そんな気持ちなどわかりたくもない。性格までファンドラッド将軍そっくりにつくりたかったようですが、バグが出たようで、私は、将軍ほど人はよくありません。私は私の好きなようにやらせていただきます。この要塞は、今から私の指揮下に入ります。」
「少し知性が上がったからと言って、人間に逆らうなんて許せないわ!!あなたなんて、ただの複製(コピー)よ!一生、ファンドラッドを背負っていけばいいんだわ!複製に本物はこえられないでしょうね!彼以上の戦歴はあげられないわ!!笑わせるわね。この要塞の中で苦悩しながら壊れていけば良いんだわ!!」
『複製』・・・その言葉を聞いたとき、彼の表情がサッと変わった。
「複製だとッ!!もう一度言ってみろッ!!」
 突然、Rは怒鳴りつけた。その剣幕と威圧感にレシエンは怯えた。
「な、なによ・・。あたしは・・・。」
レシエンは後ずさった。恐怖が、彼女を支配していた。機械人形の瞳には、相変わらず凄まじい憎悪の色が浮かんでいる。
「きゃあ!!!シルフィン!!シルフィン!!来て!!!」
錯乱したように・・・。レシエンは、トランクをつかんで部屋から飛び出ていった。
 一人、ファンドラッドの姿をしたRが、残されていた。ぽつりと彼は呟いた。
「私は・・・複製なんかじゃない!!私は・・「わたし」だ!!」
 レシエンとシルフィンの姿はそれっきり消えた
 そして、その夜、敵襲の前だった。間が悪くも本物のファンドラッドの死体が見つかったのである。要塞内は大混乱に陥った。最後の支えであったファンドラッドを失って、兵士達の絶望は限界を通り越してしまったのである。その夜、エヴェドーラが夜襲をかけてきたとき、兵士は抵抗をしなかった。自殺した者、発狂した者、逃亡した者、そして・・・、敵にわざと斬られたもの・・・。憎しみを表すような真っ赤な炎に包まれて、要塞は陥落した。
 一人、ファンドラッドの姿をした機械人形だけが残されていた。だが、完成した機械の戦士は、別にRだけではなかった。起動していたのが彼だけ・・・ということだけである。研究室の奥に、たくさんのロボットがいるのを彼は知っていた。戦って、要塞を取り戻さなければならない。彼はその意識から、一人一人、ロボットを起動させていった。その顔に、彼は見覚えがあった。いや、正確に言うと、『ファンドラッド将軍の記憶』の中にその男が居たのである。
「リティーズ=クレイモア・・・。」
 リティーズ=クレイモアは、三十年前、戦死したファンドラッドの親友である。おそらく、ファンドラッドは、生前の彼の性格と顔立ちをもとに、この実験ロボットを製作させたに違いない。別に彼だけに限ったことではなかった。他の者もまた、死亡記録にのっている兵士達の顔だった。ただ、直接つくられたR型とはちがって、彼らは、死者のコピーとしてはつくられていないため、彼らの記憶は持たなかった。
 その兵士達を見たとき、彼は機械のRではなくなった。その時、彼は司令官になったのである。ファンドラッドは、全ての兵士を起動させた。その時の兵士の総数は、十五名。要塞を取り戻すには少ない数のように、見えるが、その兵士達は人間ではない。勝利に酔う者達が相手なら、やってやれない数ではないと、ファンドラッドは踏んでいた。
「同志よ!」
 彼は他の者に語りかけた。
「わたしは、ウィンディオ=ファンドラッド!ここの司令官だ。つまり、諸君の上官である。この要塞は、敵の手に落ちた。だが、我々が何とかすれば取り戻せる。副官はリティーズ=クレイモア。私の命に従う者は、いますぐ行動を共にせよ!!」
 機械の兵士達は、すべて彼に従った。
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