ならず者航海記・幻想の冒険者達 ©渡来亜輝彦2003


一覧 戻る 進む



 

 〈 第一章 旅立ちと青い目の男〉-6
  

 そのとき、逆十字は、笑えるほどに絶望的な顔をしていた。といっても、それは、側で誰かが見ていればそう思っただろう、という仮定の下にではあったのであるが。
 あれから、多少たった地下室は静まり返っていた。約束どおり、一応連中は引き上げたらしい。サーペントにも体面はあるだろうし、引き下がるとは思っていたが、それにしてはいやにあっさりしていた。
 まあ、サーペントの奴もそろそろ、年だし落ち着いたってことかね、などと彼が思いながら、のんびり地下室に向かった逆十字は、その五分後にはこんな状態なのだから、未来というのはわからない。
「ま、待ってくれよ! マジかよ!」
 地下室でほこりだらけになりながら、落胆にくれる男の姿は、なかなか見ものである。誰もいなかったからよかったものの、側で誰かに目撃されたら正直、今までの威厳も何も木っ端微塵に飛んでいってしまいそうな光景だ。
 だが、そんなことを気にする余裕などない逆十字は、頭を抱えつつ、やや大げさな動作で慌てふためく。
「ど、どうしよう! ……どこいったんだよ! というか、アレがなかったらさっきからオレが結構頑張って色々やっていたのって一体……! オレの頑張りは一体何なんだよ!」
 埃舞う中あちらこちら必死で探してみても、ぜんぜん見当たらない。ほこりを一旦はらって、前髪をかきやりながら、彼はため息混じりにそこに腰を下ろした。ぐったりしたような逆十字は、思わず唸った。
「ショックだ……。オレ、そんなに物忘れが激しくなったのか! オレ、外見より大分若いはずなのになあ」
 サーペントは少なくとも、箱を持っていなかった。大体、もっていれば、すぐに逃げてしまえばいいわけだし、見つかっていればもっと余裕もあっただろう。だったら、誰も持ち出すはずもないはずが。
 横目で部屋の隅の方を見やりながら、ふてくされていた彼は、不意に、あ、と声を上げた。
「あ、あのガキ共!」
 がば、と逆十字は身を起こす。
 そういえば、あの連中、いやにホコリだらけの格好で、しかも、何か箱みたいなものを抱えていたような気がする。あのときは、かわいそうだから逃がしてやろうとおもったので、特に気を留めなかったのだが。
「オレは何をしてんだ! 一番持たせちゃいけねえタイプに、流れちゃってるじゃねえか!」
 コレはまずい! 下手するとサーペントに持たせるよりも、危ないかもしれない。なにせ、アレは――
 逆十字は、慌てて隣においていたランタンを手に走り出した。くさりかけたはしごを手にすると、一番下の足場が崩れる。素早くそのひとつ上に足をかけて、あわててかけのぼる。
「畜生! あのサーペントの奴、あっさり引き下がったと思ったら、まさか、目星つけてたんじゃあねえだろうなあ!」
 ほこりの地下室から這い上がりつつ、逆十字は、軽く自分を呪った。
「……なんでオレはいっつもこういう……」
 苦笑いなどしている場合でもないのだが、ため息混じりに笑いでも浮かべていないと、落ち込んでしまってどうも行動できなそうな気もしたのだった。コレは物忘れが激しいどころですまない見事な失態なのは、自分でもよくわかっていたからである。



 ブルーロックス亭は、意外にもこの街にしてはかなりおしゃれにできていた。妙に雰囲気のあるアンティーク調の印象の酒場のつくりは、意外にもオヤジの趣味である。そもそも、ブルーロックスという名前も、どこぞの妙にロマンチックな恋愛冒険小説に出てくる船長の名前からとったとかいうのだから、オヤジの趣味がしれようというものだ。
 その割に、似合わない容貌を持っているダーテアスは、浅黒い肌にスキンヘッドに、口ひげの似合う男で、大男の部類に入るがっしりした体格の男である。一見さんが、前知識もなく扉をあけて、一瞬逃げそうになるぐらいにはこわい顔をしている。本人はちょっぴり繊細なので、そういうことがあると、軽く半日落ち込んでしまうのであるが。
 ともあれ、そんなダーテアスは、妙に暇そうにため息をついていた。それもそのはずである。そもそも、酒場が昼間から流行るはずがない。皆仕事に出てしまっているとか、夜の漁に備えて休んでいるかのどちらかである。
「どうした?」
 部屋の隅で酒を飲んでいた妙に理知的な顔をした老人が、にんまりとした。爺さんは、自分をからかうつもりなのだろう。それが大体わかっているので、ダーテアスは、横目で彼を気のない目でみやった。
「何でも。ただ、退屈だなあって。……そもそも、酒場は昼間はあまり流行らないしよ。あんたが無理言うから開けてるだけでさあ」
「先ほど結構こわそうな客が来たのだろうが。相当慌てていたようだが、緊張感という言葉は貴様の頭にはないのか?」
「あ、ああいう緊張は一過性なんだよ! だ、大体、何もなく帰ってくれたじゃねえか」
 皮肉っぽくいいながら酒を飲む老人に、むっとしてダーテアスは言い返す。
「俺は揉め事が起きなければそれでいいんだよ」
「ふん、お前には冒険心が足りなさ過ぎる。ガキの頃もそうだったがな」
 インテリ風で少々しゃれた印象の男は、酒をうまそうにふくみながら肩をすくめた。頭はよさそうだが、物語の悪者魔法使い風の印象もある。この町の長老的存在である彼は、実際に学もあるし、資産もあるので実力者でもあるのだが、無類の酒好きらしく、日がな一日ダーテアスの酒場にいりびたっていることも多い。
「そういう態度だから、かえって色々厄介ごとを抱え込むのだ」
「そんなはずないだろ! 俺はついてる男なんだから!」
「それはどうかな。そういう顔をしていると、厄介ごとが向こうから列をなしてやってくるぞ。お前はそういう星の下にうまれた感じだからな」
「な、なんだよそれ……」
 ダーテアスが、弱気な口調でそういったとき、ふいに扉が開いて、上につけているベルのカランカランという清涼な音が鳴った。
「あ、いらっしゃ……」
 いいかけて、どきりと口をつぐむダーテアスを見ながら、老人は目を閉じてにんまりした。
「ほら、やってきたぞ」
「よう! 元気してた?」
 陽気な声とは裏腹に、明らかに問題を今起こしてきたばかりのような格好の少年少女の姿は、ダーテアスの心に不吉な陰を落とす。しかし、追い返すわけにもいかないので、彼はげんなりとしていった。
「そのほこりを払ってから中に入って来いよ」
「なんだよ? 元からほこりっぽい店なのに」
 アルザスはぶつぶついうが、落とさないのも悪いので適当に体を払ってから、ずかずかとあがりこんできた。後ろにいるライーザは、それでも比較的埃をはらっていたらしく、アルザスほどではない。
「また、お前達何かしでかしたな」
「まあ、開口一番にそれって、あんまりじゃない。サトラッタ」
 サトラッタといわれた老人は、相変わらず酒を飲みながらライーザの方を見た。
「あんまり、でもないだろうが。お前達、また何かしでかしたのだろう」
「しでかしたっていうか……」
 アルザスは、不服そうな顔をした。
「別にオレが好んでしでかしたわけじゃねえよ。これには、深い事情があったんだから」
「どういう?」
 冷静な口調で突っ込まれ、アルザスは反射的に詰まる。いいや、言い返すべきことは頭ではわかっているのだが、こういう風に言われて目を見られると、すぐに言い返せないのだ。どうも、こういう爺さんは苦手だ。
「どういうって、ど……いてっ!」
「あのねえ、あたし達は、あなたがお酒ばっかり飲んでボーっとしている間に色々とこの町の事を考えたりしていたわけ」
 つまるアルザスを押しのけて、ライーザが腰に手を置いていった。
「ああ、気付いていたが……。あの、ごろつき共のことだろう? どうせ、ソレを追って丘の屋敷にでもいったか?」
「えっ……」
 ライーザは、さすがにきょとんとした。
「ちょ、ちょっと、あなた、連中のことしってたの?」
「もちろん。ソレぐらいわからないはずもないだろうが。いるのは、海賊のサーペントだろう。わかっているから、逆に静観していたのだ」
「ええっ! 俺はそこまでは知らなかったぞ! 俺が知ってたのは、あの傷のある奴だけだったのに!」
 しれっとしたサトラッタの言葉に、ダーテアスが驚いた。それを一瞥して、お前とは格が違うのだ、と目で語ったサトラッタは、杯を置いてにんまりとした。
「朝から、不穏な空気が漂っていることぐらいわからいでか。たとえ、ここで酒を飲んでいようと、この小さな町のことぐらい手に取るようにわかるわ」
「へえ、それはすごいなあと思うけどよ……。じゃあ、そのいろんなことがわかる爺さんなら、さっき酒場に来た変な男のことはわかるのかよ」
「それとこれとは話が別だ」
 さらりとごまかしながら、サトラッタはダーテアスのほうに目配せした。そのことについてはお前が話せということなのだろう。
「ここに飲みに来た奴のことか? なんか、ちょっと危なげな奴だったがなあ」
 ダーテアスは、サトラッタの視線を感じつつ、頬杖をつきながら答えた。
「でも、俺が知る限り、あんな奴見たことないぞ。手配書とか新聞では、少なくとも。噂もきかねえし。まあ、カタギじゃねえとは思うが」
「ふーん」
 アルザスは、結局はっきりした答えが得られなかったことに、少々残念そうだったが、まあいいかとばかりに首を振った。
「でも、さっき、屋敷にいったってよくわかったな」
「連中がそこをかぎまわっていることはすぐにわかったしな。それに……」
 と、サトラッタは、腕を組んで二人をちらりと見やった。
「お前達二人のそのさんざんな格好をみれば、大体推理もできようというものよ」
「ま、まあ、それはそうかもしれないわねえ」
 ライーザは、改めて目の前のアルザスの格好をみて、ひどい格好をしているなと思う。一応埃を払ったといっても、まだアルザスの髪の毛には、くもの巣がべったりと張り付いているぐらいだったのだから。
 それで、と一息ついて、サトラッタは、ライーザの持っている箱を見やった。
「それは、一体なんだ? サーペントとソレでもめたのではないだろうな?」
「うーん、当たっているような遠いような……」
 アルザスは、顎をなでやりながら答えた。
「オレにもよくわかんねえんだよ。確かに箱を渡せ、とはいわれたけど、連中も、これがホンモノかどうか、確信まではもってなかったような気もするしさあ」
「中身がわからないものねえ」
 ライーザもそれに同調する。そして、二人は、ちらりとダーテアスのほうに目をやった。視線を感じ、ダーテアスはびくりとする。
「な、なんだ。その目は……」
「おっさんならこじあけられそうだなあと思って」
「そういうの得意よね?」
「お、お前らなあ」
 困惑気味にダーテアスは、サトラッタのほうを横目で見やる。
「でっ、でも、いいのかよ。こんな勝手やっちゃってさあ。開けて何かあったら、俺責任もてねえぞ」
「開けてやれ」
 サトラッタが静かに、やはり横目でそれを見返しながら他人事のようにいう。
「中身がどうでもいいものなら、連中を説得することもできるだろうし、中身が仮にまずいものだったら、連中に渡してはならんだろう。中身がわからんのに結論は出せないしな」
 ダーテアスは、少々唸りながら、やがてこくりとうなずいた。
「わ、わかった。わかったよ!」
 ダーテアスは、部屋の隅から釘抜きのようなものを持ってくると、ライーザから渡された箱を机の上に置いた。思いっきり押さえつけながら、箱のふたの間に金属を差し入れる。ぐっと力を入れてやると、思いのほか、箱はあっさりと口をあけた。
「うわ、意外ともろかったんじゃねえの? コレ」
「……俺がやる意味はあったのか……」
 ややばらばらになりかけた無残な箱を見やりながら、ダーテアスが自分の行動の意義について悩みそうになる。
「はいはい、そういうのは後で!」
 ライーザがそういいながら割って入り、箱をつかみあげる。ぱさり、と軽い音と共に中から黒い皮袋が机の上に落ちた。指先でつまんでみるが、それは随分と薄い。軽い音がしたのは間違いないらしい。
 ライーザは皮袋の口を緩めると、それを机の上で振った。やはり、ぱさっという乾いた軽い音がして、中から丁寧に四つ折りにされたふるい紙のようなものが出てきた。
 それをそうっと広げてみるが、古い印象の紙の割りに傷みは激しくない。あっさりと紙は机の上に広がった。少し大きめのハンカチぐらいの大きさだった。
 だが、彼らを驚かせたのは、その紙には、何にも描かれていなかったことである。そこに広がった紙は、ただの白紙だったのだ。
「何コレ……」
 ライーザが、きょとんとしたが、アルザスの顔はすぐに失望にかわっていた。
「なんだよ。期待はずれだな!」
 アルザスは、紙を乱暴にわしづかみにし、それを投げ捨てる。ぞんざいに取り扱われた紙は、サトラッタの足元の床に転がっていった。
「ただの紙が、でも、どうして箱なんかに入れられてるのよ?」
 まだ納得しかねるようなライーザに、アルザスは肩をすくめた。
「さあ、自分でつくった思い出の紙とかそういうのじゃないのか?」
「そんな馬鹿なことがありえると思うわけ?」
「でも、白紙が大事に入ってるなんて、それぐらいしか……」
「いや……」
 言い争っている二人の間に、サトラッタの低い声が割り込んだ。
「これは……ただの紙きれではないかもしれない」
 彼の方を見やる。サトラッタのどちらかというと静かな瞳は、何かの予感を感じてか今は動揺しているように見えた。
「ランプをこっちへ!」
「え?」
「いいからもってこいと言うに!」
 ライーザは、サトラッタの真剣な様子に仕方なくランプを寄せる。サトラッタは、それを灯の光に透かした。
「あ……!」
 アルザスは声をあげる。一瞬だが、確かに見えた。炎の光が照らした瞬間、何かが白紙の上に浮かび上がったように見えたのだ。
「地図だな。これは……」
 サトラッタは興奮を抑えたような声になっていた。
「ちず?」
「そうだ。……噂に聞いたことがある。こういう地図が世の中に出回っているらしいという噂だ。特に暗黒組織の連中が持ちまわっていたという黒い噂もある地図だ」
「何だよ、ソレ」
 アルザスは首をかしげた。
「大昔、人間はとてつもない技術をもっていたらしい。それが魔法といわれるものか、なんなのかはわからないのだが、ともあれ、伝説ではとてつもない技術があったということになっている」
「でも、神々の戦争が起こって、大陸も技術も、バラバラになっちゃったっていうんでしょ?」
 ライーザがそういうと、サトラッタは、いかにも、と答える。
「だが、そういった古代のシロモノが稀に残っていることがあるらしい。この地図もその一つだ。大昔確認されていた全ての宝物のありかを記録し、そして、現在どこにあるかを教えてくれるという話をきいた。だが、それゆえに、一つところにとどまることはなかったらしい」
「ええっ! ソレ、マジで宝の地図かなにかなのか!」
 アルザスが驚きの声をあげる。それはそうだ。まさか、そんなものが、あの埃だらけの幽霊屋敷に眠っていたなどと想像もできない。
 サトラッタは、もう一度灯に何も描かれていない白紙をかざした。炎にさらされて、世界地図らしい模様が立体的に描かれているように見えた。光の加減でそうみえるだけなのだろうか。いや、しかし、そういう風に見えるように計算されているような気もしなくない。
「ひとつところにとどまらない地図。行方知れずの地図。だから、知らずの地図などと世の中では言われているらしい」
「知らずの地図……か」
 はっと、アルザスが顔色を変えた。
「暗黒組織の噂だったとかいったよな? だから、サーペントが来てたのか?」
「それだけではないかもしれん。この地図、数十年前から海賊がその所持に関わっていたらしい」
 サトラッタは、地図を巻きなおすと、皮袋に入れてライーザに渡した。思わず受け取りながらも、ライーザも、先ほどまでのぞんざいな扱いとは違い、そうっとそれを受け取ってしまいこむ。
「昔、酒場に来ていたタチの悪い連中の噂話だが、海賊の中で持ち回りが続き、そして、十年ほど前、一人の若い男がそれを大金と引き換えに受け取ったそうだ。そして、それきり地図は行方不明になったといっていた」
「何でまた? 持ち逃げでもしたのかよ?」
 アルザスが、怪訝そうな顔をしたが、サトラッタはため息を一つついて、そして少し暗い口調になった。
「その男が死んだからだ」
 ランプの油がじりじりと心なしか音を立てた気がした。
「仲間の裏切りにあって縛り首になったという話をしていた。だが、その男は死ぬときに地図をもっていなかったらしい。私が聞いたのはそういう話だ」
 サトラッタは、酒を杯につぎたしながら続けた。
「そもそも、地図が次々に持ち主を変えたのは、それを持つことによって、持ち主に不幸が訪れたこともあるらしい。宝物をもつことで、それを狙った者達の襲撃や裏切りが相次いだとか……。ともあれ、あまりいい物ではないらしいな」
「な、なるほど」
 アルザスは唸った。そして、ライーザがしまいこんだ皮袋を見やる。
「……で、でも、それって、どうなんだ? やっぱり、サーペントなんかに渡していいもんなんかじゃないんだよな」
「さあ、そこまでは……。だが、どちらにしても、これは隠されていたのだろう。隠すには隠すだけの理由はあるかもしれんがな」
 ちらっと、アルザスはライーザの顔を見やる。ライーザの方はそれだけで、大体彼が何をいいたいのか分かったらしい。軽く肩をすくめるのを見て、彼はそれを肯定ととった。
「でも、コレがそのホンモノだとしたら、宝探しに役立つってことか?」
 アルザスは、ふと何かに気付いたように明るい顔になった。サトラッタは、やや眉をひそめる。基本的にちょっと冷めたところもあるアルザスなのだが、こういうときは、父親とよく似ている。
「全く。お前達の一族と来たら……」
「なんだよ。そりゃ、さっきの話をきいたら、誰だって……!」
「言うと思った。どちらにしろ、サーペントにコレを持っていったのがばれているとしたら、この町にはいられないかもしれんしな。とっとと、旅に出たいなら出たいといえばいいのに」
 サトラッタは、やれやれと言いたげにそういって、頬杖をついた。
「まあいい。どうせ、お前達もその内出て行くとは思っていたのだ。好きに出て行くといい」
「おおー! 物分りがいいじゃねえか、ジジイ!」
 アルザスは、直接的に説明しなくても、自分のいいたいことが分かったことが嬉しいらしい。上機嫌になりながら、はしゃぐ彼を見やり、サトラッタはため息をついた。
「ただ、最初にどこにいくつもりだ?」
「それは……」
 突っ込まれて言いよどむアルザスに代わり、ライーザが前に出る。
「そうね。できれば、地図について詳しいことが分かった方がいいと思うのよ。だって、あたし達は何もわからないし」
「うむ。それはそうだな。全く、ろくでもないお転婆娘だが、こういうときはお前がついていてくれてとても安心だ」
 サトラッタは、あきれたような顔をしてアルザスを見る。どういう意味だ、と食いつきそうなアルザスだったが、ダーテアスが後ろから止めた。これ以上何をやっても墓穴を掘るだけである。
「私は、もともとイアード=サイドで学者をしていたことがある。そのときに古代文明について研究している学者と懇意にしていたことがあってな」
 サトラッタは、そういって酒場においてあるメモ帳になにやらペンでさらりと書き出した。達筆すぎて正直アルザスには読めないが、どうやら手紙のようでもある。
「あの男は多少無茶なところがあるが、奴に頼めばどうにかなるのではないかとおもう。とりあえず、イアード=サイドにいけ」
「イアード=サイドってことは、あの学術都市のことね」
 ライーザがそういって確認するようにうなずいた。
 イアード=サイドは、このナトレアードの頭脳が集まっている場所といっても差し支えない学園都市である。主な大学や研究所が集まっていて、そこなら、確かになにか手がかりをつかめるような気がした。
「名前はヨーゼフ=ネダーだ。ここに一筆書いておいたから、見せればわかってくれるだろう」
「おう、ありがとう、爺さん!」
 アルザスは、上機嫌でそれを受け取るが、気になったのか一瞬動きを止めた。
「あのよ、もしかして今すぐ発ったほうがいいのか? 一応、オレ達追われているわけだし」
 サトラッタはあごひげを軽くなでやり、ふむ、と唸る。
「うむ、まあ、今すぐの方がいいかもしれんな。どうせ、お前達、旅立ちの用意みたいなことは随分前からしていただろう? 確か、旅行にいくとかなんとか……」
「まあ、それはしてるんだけどさ。今からいくとなると、山越えして汽車にのるっていうと面倒な気がして……」
「あのねえ、この期に及んで面倒とか言ってる場合じゃないでしょ!」
 ライーザが、厳しく言ったとき、ふと外が騒がしくなった。ダーテアスが、さっと青ざめ、サトラッタがやや眉をひそめる。
 サーペントの手下が街中にもどってきたのかもしれなかった。



一覧 戻る 進む

素材:トリスの市場
akihiko wataragi presents
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送