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 〈 第一章 旅立ちと青い目の男〉-7
  

「も、もしかして……」
 アルザスは、思わず腰を浮かせた。思ったより来るのが早い。何となく浮き足立つダーテアスの横で、サトラッタは何事もなかったかのような顔をしている。
「思ったより早いわね」
 ライーザは眉をひそめた。逃げればいつか追ってくるだろう。いくら、何も考えていないような彼らでも、ソレぐらいの予想はしていた。
 だが、それにしても早すぎる。あの傷のある男が足止めしてくれていると思ったから、もっと時間が稼げると思っていたのに。
 どんどんと叩かれる扉に、アルザスは多少の焦りを見せる。
「あのオヤジ、もしかして、あんな大口叩いておいて負けたんじゃないだろうな!」
 そういいながら妙に不安になってきた。もしそうだとしたら、見掛け倒しもいいところである。
 ここを開けろ、と外で男の声が響く。幸い入ってきたときに鍵をかけたが、それでも強行突破されたら終わりだ。第一、下手に抵抗したら火をかけられるかもしれない。そうすれば――
「何をためらっている。裏口からにげればいいだろうが」
 考えていると、こともなげにそう声が聞こえた。口を出したのは、そこで人事のように酒をたしなんでいた最年長のサトラッタである。
「だ、だって、裏口ったってさ、まずいだろ!」
「何が?」
 何を考えているやらわからない瞳で見られ、アルザスはため息をついた。
「何がって色々」
「色々とは?」
「だ、だからさ」
 やれやれとばかりに、グラスを置いて、サトラッタは足を組みなおした。
「正直、お前達がいると邪魔だ。この場は私がどうにかしてやる」
「ええっ、大丈夫なの?」
 ライーザの心配そうな声に、サトラッタは眉をひそめた。
「失礼な。お前達のような小童に心配されるほど落ちぶれた覚えはないぞ」
 第一、と彼はちらりとダーテアスに意味ありげな視線を投げやった。びくりとする大男を無視して、からからとサトラッタは笑い声をあげる。
「死にそうになっても、あの男を盾にすれば私一人ぐらい生き延びられるわ」
「な、何いってるんだよ! クソジジイ!」
 真っ青になったダーテアスが悲鳴を上げるが、サトラッタは容赦しない。
「従軍経験のある見た目だけ偉丈夫が、何を異なことを」
 にたりと笑う彼の顔は、やはり悪い魔法使いに見える。
「か弱い老人をかばって死ぬぐらいすれば、貴様も英雄になれるぞ」
「老い先短いなら、若い衆をかばってくれよ!」
「どこの誰が若い衆?」
 サトラッタは、まだ何かいいたそうなダーテアスを一にらみして黙らせ、アルザスの方を見た。
「お前達、先ほどイアード=サイドに行くといっただろう。ここは我々に任せて、イアード=サイドに向かえ」
「だ、大丈夫なの?」
 まだそうきいてくるライーザに、サトラッタは少々不機嫌そうに答えた。
「お前達がいたほうがよほど邪魔だからな。……我々だけなら口先とその他金銭含む駆け引きでどうにかなる。お前達がいると、相手の神経を逆撫でる。それに、お前達の行動はしらない。我々は無関係といえば、立場としてはよくなるというものよ」
「……爺さんらしいが、黒い発言だな」
 雄弁にそう騙った彼に少々あきれつつ、アルザスはうなずいておいた。確かに、この場に自分達がいないほうがよさそうである。
「で、でもさあ。イアード=サイドに向かうにしても、どう向かえばいいんだ」
「む?」
 アルザスは、少々困った様子でいった。
「だって、海は当然封鎖されてるだろうし、大体、港にいくなんて自殺行為だろ? ……かといって、汽車にのるには、結構歩くし、その間に追いつかれそうな気もするし」
「まあ、そういわれると危険だけど、他に方法がないんじゃ仕方ないじゃない」
 ライーザはあくまで前向きである。
「でも、あんまり無謀なことは……」
「今までどれだけ無謀なことをしたと思っているのよ」
 あきれながらライーザは、ため息をついた。
「それじゃ、歩いていく?」
「な、何自棄なこといってんだ? どれだけかかると思ってるんだよ」
 いきなりライーザがそんなことをいったので、アルザスは、少しむっとする。こんな非常時なのに、ライーザのやつ、からかっているのだろうか。
「何まじめに取ってるのよ。あんなところまで歩いたら余計に危険でしょ。あたしは、歩くのはあんたの家の近くまで、と続けていおうとしたの」
「オレの家の近く? なんでまた?」
 アルザスは、不機嫌そうにそういって、そして、ふと顔色を変えた。
「……ちょっと待て」
「そう、あれがあるでしょ?」
「……あれはヤバイ」
「やばくないわよ。飛べれば上出来だし、あんたがちゃんと操縦できるんでしょ」
「ちゃんとじゃねえよ。ちょっとだけだ」
「じゃあ、何よ。あたしにさせる気? 確か点数はあんたのほうがよかったでしょ」
「おい、お前ら何の話を……」
 割って入ってきたダーテアスに、ライーザはにこりと微笑んでいった。
「アルザスの家に、古い飛行機があったでしょ? あれを使おうと思って……」
「あ、あれは母ちゃんのお古だからマズイ。正直どれだけ傷がはいっているかわかんねえし」
 慌てるアルザスにおかまいなく、ライーザは、いい提案でしょ、とばかりに笑っている。
「空からか。確かに、それが一番追っ手が来ないという意味では安全だな」
 サトラッタは、あえて別の意味での安全に触れない。ということは、彼もやはり危ないと思っているからであるのだが、他に方法も見つからないので、あえて反対することもない。
(じ、爺さん、頼む。反対してくれよ!)
 アルザスはサトラッタに視線を送る。
(オレは操縦に自信あんまりねえし、おまけに、あれは母ちゃんが昔壊して帰って来たヤツで……正直、いつつぶれてもおかしくないっていうか……)
 だが、アルザスの願いむなしく、サトラッタはその可能性についてふれてくれることはなかった。
「決まりね」
「だな」
「みたいだぞ。アルザス」
 青ざめているアルザスに、ダーテアスがそうつぶやき、アルザスは諦めて首をたれた。
 バーンと突然ドアが軋んだ。どうやら、相手が本気になってぶつかってきているようだ。
「さあ、そろそろ時間だな。気をつけて裏口からでていけ」
 そうサトラッタに促され、二人はこくりと頷いた。
「ありがとう」
「ああ、二人とも元気でな」
「お前達も気をつけろよ」
 これから先のことを思って、なにやら悲観している様子のダーテアスに苦笑気味に手を振って、アルザスはライーザに先んじて裏口をそっとあけて出て行く。さすがに、まだ裏口の方は大丈夫のようだった。
 彼らがこっそり出て行くのを確認し、サトラッタは足を組みなおす。
「まったく」
「まったくじゃないだろ、爺さん」
 ダーテアスは不安げにつぶやいた。
「どうするんだよ、オレたちは?」
「まあどうにかなるわ」
「まあじゃこまるだろ!」
「そう心配するぐらいなら、銃器でも用意しておれ」
「猟銃しかないぞ、しかも弾は入ってない」
 部屋の隅にあるほとんどオブジェと化した猟銃を、それでも手にとって、ダーテアスはため息をついた。
「……オレ、生きて明日の朝日をのぞめんのかね」
 なにやら悲壮な顔つきのダーテアスとは対照的に、サトラッタは酒をちょいちょい口に含みながら余裕顔である。
「なあに。……ここは頭と口の使いようだ。お前はそれを背に隠し持って、とりあえず立っておれ。まあ、その脅しを使うまでもないだろうがな」
「本当かよ」
 サトラッタは今度は無視して答えない。ダーテアスはあきれながらため息をつく。だが、そんなことを話している間に、ちょっとは諦めがついたのか、ダーテアスは少々落ち着いてきていた。
 開けないか! と叫ぶ声が激しくなり、扉が限界を告げているようだ。
「ダーテアス、お前、鍵を開けて来い」
「……こういう役割は全部オレなんだな」
 くそじじい、とこそりとつぶやき、ダーテアスは意を決した。
「わかりました。今開けますよ!」
 そう大声にいうと、扉を叩く音が一瞬止む。ダーテアスはそっと手を伸ばすと、鍵を開けた。


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