ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

3-好奇心と分解の間4

「そんなに違和感ある? 確かに前はちょっとぶっきらぼうなイメージあったけど」
 ライーザが、やや首を傾げて聞く。
「うむ、大ありにある」
 フィリスはきっぱりと言ってしまって、ずれかかった眼鏡をあげた。
「そもそも、前は、ちょーっと馴れ馴れしく話しかけただけで、熊でも殺しそうな目で見てきたし」
「それは、あなたの話し方の問題じゃ……」
 どこまでが本気なのか嘘なのか、わからない程度にのらりくらり喋るフィリスのことである。フォーダートでなくても、ふらっと腹が立つことぐらいはありそうだ。しかも、この男、悪気はないのかもしれないが、案外辛辣なことを平気でいうのだから。だが、フィリスは平気な様子でべらべらと続けた。
「それに、船を勝手に改造しようとしたりすると、発砲されかけた。私の天才的かつ斬新な技術で、船を次世代にも通じるスペシャルなものにしてやろうとしたのに!」
「……それは、あなたが全面的に悪いでしょ……」
「いやはや、科学センスに理解のない男は困る」
 しかめつらしく額に手を置いて大げさにため息をついてみるフィリスである。ライーザは、ちょっとだけこういう男にどういうわけかつきあわなければならないフォーダートに同情した。
「まあ、本題に入るとだな、アレは元々は何年か前にふらっとここにきた強盗なのだ」
「えっ! 本当にそうだったの!」
 話さないと約束しながら、フィリスは平気な顔でそんなことをけろりと吐いた。
「ああ、昔、何かに追われてにっちもさっちもいかなくなったらしく、食料調達の為に、私の屋敷に忍び込んだらしい」
「へえ……。それで、あんなに反応おかしかったの?」
 むしろ、フォーダートのあの態度では、悲しいまでにバレバレだったので、本当はそんなに驚いてはいないのだが、フィリスの口からへらっとそんな言葉が簡単にでるとも思っていなかった。その上、元々悪党のくせに、過去の罪状、しかも、もう決着がついていそうなことをものすごく気にしている様子のフォーダートの態度に、改めてライーザはため息をついた。
「アレで意外に繊細な所あるのね、あの人。強盗ぐらいやってるって言ってもかまわないのに」
「人間には、顔に合わない意外な側面があるものだ」
 なにやら、人生を思索中の哲学者のようなしかめつらしい顔をしながら、フィリスは首を振った。
「それにしても、また、どうしてそういう目にあってたのよ。食料調達って……」
「私にはさっぱり話してくれないが、お前たちにははなしたのではないか? 確か、あの男、昔仲間に売られてから落ちぶれただろう。回復期にあっても、結局、無意味に荒れていたので、自分の首をよけいに絞めていたのだな」
「……そういう言い方すると、本人が聞いたら落ち込むわよ」
 あまりの言いようにライーザは、やや苦笑して釘をさすが、フィリスは容赦がない。
「まあ、そうだろうが、つまり、あの時は、今の本人が隠したいほどには、まともではなかったということだな」
「え、どういう意味?」
 ごく冷静にそんなことをいうフィリスに、ライーザはきょとんとした。
「今となっては、結構お笑いぐさな気もするのだが、あの男はどうも二十歳前までは、相当頭が切れたのだろう」
 さりげなくひどいことをいいながら、フィリスはまとめた書類をばさりと後ろにおいた。
「それこそ、天才といわれても過言でないほどに。……だが、奴は、一回ちやほやされてしまってから、それが自分の魅力によるものだと天狗になったわけだな。奴は、自分の才能にはあまり気づいていなかったようだから、周りが自分を祭り上げるのは、自分に魅力があるからだと思いこんでしまった。つまり、他人に利用されているかもしれない、と考えるようなことはなかったということだ」
 フィリスは机のほこりをはたいて、手を払った。
「要するに、自分の才能に周りがついてきているとは思っていなかったのだな。だから、奴についていれば安全なはずだという公式が崩れてしまった時、あれは裏切られてしまったわけだ。なにせ、奴は、周りにそういう打算があると思っていないわけだから、どうして裏切られたのかがわからなかった。だから、身を持ち崩すまでに至ったわけだ」
 だまってライーザが聞いているのに、ちらりと一度だけレンズ越しに目をやって、フィリスはにやりとした。
「あのころは、今とは比べものにならないような荒れ方をしていたからな。どうせ、うっかり、大物の危ない連中にでもけんかを売って、追いつめられてたんだろう。それで、堅気の私相手に強盗働いてしまったのだろうと踏んでいる」
「な、なるほどねえ」
「まあ、奴にとっては堅気相手の仕事というのは、汚点でもあるのだろう。結構気にしていたみたいだし、お前たちには知られたくなかったのだろう。なにせ……」
 と、フィリスは、笑みを強めてにんまりとした。
「先ほどもいったが、あんなに明るくしゃべる奴をみたのは初めてでな。私は、正直に驚いたのだ。ここ数年は、それでも少しは親しげにしゃべってくれるようにはなったが、あんな風な奴でもなかったからな」
「そうなの?」
「ああ。お前たちにかなり影響されているようには見えるな。元々面倒見のいい奴だから妹や弟ができたみたいで、うれしかったのかもしれないが」
 がしゃん、と音を立て、フィリスは、どこからか取り出した工具のはいったケースを机の上に乗せて、それをあけて中身を確かめる。部屋の中がでたらめのフィリスにしては珍しく、工具はケースの中にそろっているようだった。手入れも行き届いているようなのをみると、さすがの彼でも、商売道具は大切なのだろう。
「まあ、そういうわけで、私はこれでも、奴がああなったことを、それなりには喜ばしく思っているのだがな」
「なんだかんだ言って、まあ、いい友達なのね」
 ライーザは、若干苦笑いしながら、それでもどこか安堵していた。
「あれ……でも……」
 ふと、ライーザは、眉をひそめた。
「何だ?」
 怪訝そうな色もみせず、淡々とフィリスは尋ねる。相変わらず、どこかゆるんだような笑みが、見慣れても彼を妙に胡散臭い人物に見せていた。
「さっき、あなた……。強盗だっていったわよね」
「説明しているとおりそういった」
「じゃあ、なんで強盗と仲良くなっているわけ?」
 話を聞いているときは、何となくフィリスの独特の雰囲気にごまかされて気づかなかったが、よく考えるとおかしい。強盗にはいったフォーダートと、入られたフィリスが、どうして、多少おかしいながらも交友関係を結んでいるのか。
「まあ、強盗だがなー……。あれは、せっかく私が情けをかけていったのに、金もとっていけなかったかわいそうな奴なのだ。刑法的には、私はおびえなかったので、強盗にはならんだろうな、はっはっは」
「そういうのでなくて……。あのねえ、なんでまた……」
 首を傾げるライーザに、フィリスは人差し指を振りながら言った。
「あれは、律儀な男なのだぞ。その辺を考えると答えはおのずとわかるのではないか?」
「おのずと……って」
 いいかけて、ライーザは息をのんだ。
「まさか、あいつ、わざわざ謝りにきたんじゃないでしょうね!」
「当たり」
 しばらくあきれて口もきけない様子のライーザを前に、しれっとしてフィリスは続けた。
「数年後に、くらーい顔して、無愛想ながら一応謝りにきたのだ」
「……フォーダート……。一体……」
 ため息をつきながら、ライーザは額を押さえる。律儀は律儀だし、よく考えればまっとうな行為のような気もするのだが、何となく間抜けな気がするのは、相手がフォーダートだからだろうか。逃げおおせた後で、相手に謝りにくるあたりは、しかし、彼らしいというと、これ以上なく彼らしい気もした。
「じ、実はあの人、馬鹿じゃないの……」
「いやあ、そう冷たく言ってやるな。私は奴のそういうかわいそうなまでに善人なところが割と嫌いではないぞ」
 フィリスは、工具の点検を終えたのか、小さなドライバーを並べながら言った。
「そうでなければ、奴に金をかしたりしない」
「ちょ、ちょっと待って! あいつ、この期に及んであなたから借金してるの!」
 そういうライーザの頭の中では、たくさんの札束が舞う映像が繰り広げられていた。何となく、しゃれにならない大金を借りているような気がしたのだ。フィリスは、こともなげに言った。
「安心しろ。利子はつける気もないし、今のところ私が取り立てる予定はない。奴が払えないからと言って、お前たちを脅したりはしないぞ」
「いや、そういう心配をしているんじゃないんだけど……」
 むしろ、取り立てにあったら、借金抱えたフォーダートが、どうにかなっていそうで心配だ。まじめに払うか、それとも、弾けて無茶をするかどっちか、両極端に分かれそうな気がする。
「奴のぼろ船があるだろう? 私が奴に貸したのは、あれを買う資金だった。中古船だが、当時の奴は、それを買う金もなかったからな」
「なるほど……ね」
「二人ほど手下を成り行きで抱えたらしく、困っていた様子だったので、出してやることにしたのだ」
 机の上はいつの間にか、二人の努力もあって、かなりきれいになっていた。広がった机の上に、フィリスは、布に包まれた天秤をおきながら続ける。
「とはいえ、金の貸し借りというよりは、割と対等な立場での契約なのだがな」
「契約?」
 意味深なことをいったフィリスに、ライーザは反芻して尋ねる。
「そう、奴の船に、よくわからない装置が眠っていたりしただろう。あと、海の上にいるくせに、毎日風呂をわかせられたり……」
「あれは、海水を浄水しているとかきいたけど……」
 いいかけて、いやな予感にさいなまれ、ライーザは絶句した。
「あれはすべて、私の偉大なる発明品なのだ。ほかにもたくさん、のせてあるぞ。なにせ、金を貸す代わりに、奴は私の発明品のモニターになって、使ってもらってもらっているのだな。それを報告するために、奴は定期的にこの島にやってくるというわけだ」
「ちょっと待ってー! てことは、あの船、さりげなく人体実験船じゃない!」
 ライーザは、血相を変えて叫んだ。
「ということは、便利かなと思っていた冷蔵庫とかそういったものは全部……」
「私の発明品の成功作たちだな……。失敗したものは、奴が捨てたり、突っ返してくるから……。どうだ、船であれだけ風呂に入れるとは、私の発明も捨てたものではあるまい」
 真っ青になるライーザにひきかえ、フィリスは得意げな顔であごをなでやって、少しだけ胸をはる。が、ライーザにしてみれば、それどころではない。フィリスのあの怪しい機械たちを考えると、いつ、命の危機が迫っているかわからないのだ。泥船に乗っているのがわかった彼女にとっては、この際、風呂に入れるからといってこの男の所業を許す気にはなれない。
「でも、いつか、爆発するかもしれないんでしょ!」
 フィリスはさすがに眉をひそめた。
「失敬な。そんな危険なものではない。ただ、ちょっと発電機を渡した後、何となく部品が、いくつか余ったような気もしたが……」
「……フォーダート! あいつ! そんな重大なことを、あたしたちに言ってなかったんて!」
 この際、この科学者にいっても無駄だ。ライーザの怒りは、即、フォーダートに向いた。あの野郎、と思わず毒づいてしまいつつ、ライーザは、フォーダートが部品探しから帰ってきたら、まずは問いつめてやろうと心に誓った。
「まあまあ、そんな昔話よりも、これをみろ」
「あたしにとっては、今まさに命に関わる話題なんですけど……」
 のんきに天秤の布を払って、にやにやしているフィリスを、きっとにらみつけながら、ライーザはそちらに向き直る。机の上で鎮座している天秤は、この機械的な屋敷に似合わないアンティーク調のものに見えた。宝石が、どことなく不気味な色に光ったような気がした。
「素晴らしいな、これは」
「何が……?」
 うっとりというフィリスの態度がよくわからず、ライーザは肩をすくめる。
「こういう素晴らしいものをみると、まず、分解して中身を確かめたくなるなあと思って。そうは思わないか?」
「……あたしにそういう趣味はありません」
「まあ、でも、中身をみたら、興味がわくと思うがな」
 フィリスはそういって、にやりとすると、静かにそれの前に工具を並べた。分解したくてうずうずしているのか、指先が妙にふるえているような気がする。ライーザは、やっぱりこの危ない科学者と関わり合いになってしまったことを、ちょっとだけ後悔した。
 と、ふと、フィリスは、天秤をうっとりとみていた目を上に上げた。部屋の入り口付近に、何かの気配があった。
「アンドレアス博士!」
 そう声がかかると同時に、閃光が走った。フィリスはとっさに、ライーザの肩を押さえて机の下に潜らせる。
 閃光から目をかばいながら、フィリスは身を伏せようとしたが、一瞬、目の前に影が入ってきた。
 ガッと音がして、フィリスの眼鏡が飛び、床に落ちて割れた。閃光で目がくらむ中、ライーザは、その眼鏡のレンズが割れる音をはっきりと聞いたような気がした。


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背景:トリスの市場

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©akihiko wataragi.2005
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