ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

3-好奇心と分解の間3


 ガッシャーン、と大きな音がたつ。いきなりの音に、アルザスが驚いて振り返った。かすかにしかほこりが立たないのは、この部屋も油っぽいからである。
 フィリスに、部品が足りないから探してきてくれ、などといきなり言われ、がらくた山を大捜索していたアルザスは、同じく役目を押しつけられたフォーダートの方を見た。何か落としたのか、フォーダートは、がらがらと崩れてきた金物の山を押し戻していた。
「なんだ、落としたのかよ。どうしたんだ?」
「い、いや、なんか、こう寒気がな? 埃が多いせいか?」
 フォーダートは、何となく眉をひそめた。
「こう、悪寒がびびびーって走ったんだよ……。なんだ、この嫌な予感は……」
「なあさあ、それって似顔絵でも焼かれたんじゃねえの」
「……なんだよ、そのどうでもよさそうないい方は!」
 さらりと残酷なことを言うアルザスに顔をしかめつつ、フォーダートはため息をついた。
「なんか悪いことが起きてねえといいんだが」
「顔に似合わず心配性なんだよなあ、あんた」
 アルザスがからかうように言って笑った。
「大体、悪いことの大半は今日はもう起きてるだろ?」
「何が?」
 こちらを向いたフォーダートに、アルザスはひょいと顎をしゃくった。
「あの、変な科学者だよ。……あれに関わること自体が、オレ達には凶兆だろ。すでに」
「そ、そりゃあそうだが……」
 フォーダートは、ううむ、と唸った。ちらりと、例の元凶のいる部屋の方向を見やりながら、彼はため息をついた。
「仕方ないだろ、オレが知ってる科学者ってアレしかいないし。ああだが、中身は本当に天才ではある……っぽいんだよ」
 ためらった後、あるらしい、ではなく、あるっぽい、とあえていったフォーダートの気持ちは、何となくよくわかる。
「とりあえず、オレはあいつに協力しなきゃいけねえ理由があるし……」
 フォーダートが、妙に沈痛な面もちでそんなことを呟いたので、それを聞きとがめてアルザスは、ひょいと彼の方に顔を向けた。
「ん、協力しなきゃいけないって?」
「あ、いや、その、何でもない」
 慌ててフォーダートは否定して、探すように頼まれていた部品を山から探し始めた。
「やっぱり、怪しいなあ。おっさん、何やったんだ?」
「何にもしてません」
「やっぱり、強盗?」
「ち、違うっていってんだろ! オレはー、今はー、大変にマジメに悪党やってるんだよっ! だから、そういう犯罪に手を染めてはいないッ!」
 妙な言い訳だ。アルザスは、何事かを疑いながら、横目でじっとりとフォーダートを見る。
「大変にマジメに悪党やってるねえ。……じゃあ、不真面目な時代があったんだろ?」
「お前、嫌な追求の仕方するな……。そんないい方してるとなあ、てめえ、ろくな大人にならねえぞ!」
 フォーダートが舌打ちをしながらいった。この悪党、悪党の癖に結構説教くさいところがある。そういうところは、父親似なのかもしれないと、アルザスは思った。もっとも、彼らの間には、血のつながりはないわけなのだが。そう思うと、あの親子は、血のつながりがないくせに、ある人間よりそれらしく見える。
「マジメな悪党に言われたくないぜ」
 ろくでもない人間に説教されても仕方がない。アルザスはそんなことを言って、肩をすくめた。フォーダートの目がこちらを睨んだが、心優しい彼がアルザスを殴るはずもないので、アルザスはいやに強気だ。
「ん?」
 言い返そうとした口を止めて、なにやらフォーダートが、一瞬厳しく扉の外に目を向けた。つられてアルザスも目を向けるが、そこには閉まった扉があるだけだ。
「どうした、おっさん?」
「おっさんというなというに! ……なんか、物音がしたような気がしてな、空耳か?」
 そういってフォーダートは、傷の入った方の右目を細めたが、透視能力などない彼にそんなことができるはずもない。ただ、さきほど感じた気配のような、予感のような、そういうひっかかりが今はもうなくなっていた。
「まあ、……なんでもなかったんだろ?」
 アルザスが、すげなくいう。
「だと、いいんだがなあ」
「全く、勘が鈍ったんだよなあ。引退時じゃねえの?」
「オレはまだ若いんだよ! 若いの!」
 フォーダートは、まだなにか言い訳めいたことをいっていたが、アルザスは無視することにした。
 なかなか部品とやらは見つかりそうにない。大体、ここにあるのかどうかもよくわからない。アルザスは、あの妙に胡散臭いが憎めない自称天才が、思い違いをしているのでないかと疑っていた。



 そのころ、その自称天才は、ライーザと例の部屋のとなりにあるちんまりした作業室にいた。危険な実験などは、こちらですることが多いらしい。しかし、作業室といっても、実際そう呼ぶのは彼だけで、傍目から見るだけなら作業道具一式があるだけの物置に近い。
「実証をしたかったのだがなあ、よく考えると、部品は足りないし、作業台が荷物でふさがっていて大変だな」
「自分でやっといて他人事みたいに言うんじゃないわよ」
 科学者は、やれやれといいたげに、あれこれもので埋まった作業台を見た。
「はて、この前何か作ったときは、ここまで荒れていなかったが」
「無意識に荒らすなんて、……天才ね」
 皮肉の一つもいいたくなるものである。とはいえ、ライーザがどれだけ皮肉を言おうが、目の前の男にはダメージのかけらもなさそうだ。
 設計図らしき書き散らしと映画雑誌と科学雑誌で埋まった作業台をみやりながら、ライーザはため息をつく。周りにも段ボールにはいった何かや木箱にはいった何かがあったが、とりあえず気にしないことにした。
 アルザスにしてもフォーダートにしても、ちらかし放題ちらかしはするが、その散らかし方には、彼らなりの妙な秩序があるものだ。だが、少なくとも、ライーザから見て、この部屋に秩序らしいものは存在しなかった。とはいえ、それはライーザの主観であるから、もしかしたら、この理解しがたい科学者には、彼なりのルールというのがあるのかもしれない。
「たまには掃除しないの?」
 あきれかえった様子でライーザが尋ねると、顔だけは貴族的な男は心外そうな顔をした。
「ちゃんとやらせているのだがな」
「誰に? ここ、あなたしかいないんでしょ?」
「ああ、そうか」
 フィリスはふと、眼鏡をなおしながら呟いた。
「あれは、この前暴走したから地下に落としたんだった」
「……掃除用の何か危ない機械をつくったようね」
 もしかして、さっきアルザスを襲ったのがそうなのだろうか。それとも、そういうものを大量に抱えているのだろうか、この屋敷。
 そう考えると、このからくり屋敷の方が、おばけ屋敷よりよほど恐い気がした。おばけがいるのかどうかは不確定だが、この屋敷の機械が動くのは、動力が生きている限り確実なことなのだから。
 せめてこの部屋だけでも掃除した方がよさそうだが、どこから手をつけていいのかわからない。ライーザは、とりあえず、作業台のまわりだけでもかたづけてやることにした。
「まったく……。フォーダートの知り合いってろくなのがいないのね」
「それはいえるかもしれんなあ」
 映画雑誌をまとめながらライーザが言うと、フィリスは相変わらずにやついた顔でそう答えた。
「自分でみとめちゃうと終わりじゃない」
「まあ、そういうな。あの男も、かつて天才に近かったときがある。まあパーフェクトに天才なのは私一人なのだが」
「変なところで、自己顕示しなくてもいいわよ」
 ライーザは思わず苦笑する。普通、自らのことを天才を連呼すると腹が立つものだが、これほど突き抜けられるとどうでもよくなるのだ。
 フィリスは、ふとにやりとした。
「しかし、驚いたな。本当にあの男がああまで、気さくにしゃべる人間だとは思わなかった」


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©akihiko wataragi.2005
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