一覧 戻る 進む 第十四話
もうすぐ来ると、あの青年は言ったが・・・。 ケイテッドは、窓の外を見た。すでに太陽は西に傾いていて、あの連絡からとうに二時間はたっていた。ファンドラッドも帰ってこない。一体どうなっているのだろうか。 (まぁ、私は、命令を忠実にきいてればいいんだけど) 怪訝には思うが、ビジネス人間のケイテッドは、それ以上ファンドラッドに関わる気はなかった。彼に関わるとロクな事がないのはわかっている。噂には少々聞いていたが、思ったよりも彼は危険なにおいのする人間だった。別に凶暴なわけでもなければ、血に飢えているようなタイプでもない。どこが具体的に危険かといわれると、ケイテッドでも説明につまる。だが、どう見ても、彼は危険な男だった。 それは、直感による感想なのかもしれない。 「来ませんねえ。」 横にいたジャクソン少尉は、ため息をついた。彼が幽霊だと言い出した例の青年を見るまでは、どうやら帰る気がないようだ。 「ホントにくるんでしょうか。」 ジャクソンの問いに、ケイテッドはふっと微笑む。 「さぁ、どうかしらね。来るといっているのだから、待つことにしましょう。」 ジャクソンは再びため息をついた。幽霊青年は見てみたいが、これ以上待たされるのはごめんである。もうすぐ五時だし、今日はそれで仕事は終わりなのだが・・・。 ふと、ジャクソンが顔を上げたとき、廊下の方で足音がした。同時に、自動ドアが開き、青年の焦った声が聞こえた。 「す、すみません!遅れてしまいまして!」 慌てて様子の青年は、顔を上げてケイテッドに敬礼をして型にはまった挨拶をした。それから、少し微笑む。 「ラグ=ギーファスです。お初にお目にかかります。」 あまり軍人という感じのしない青年だった。金髪に上品な顔立ち。少しいたずらぽい感じの目でもあったが、ぱっと目はまじめな感じがした。いかにも好青年な感じである。 「お待ちしていました。」 ケイテッドは、業務的なスマイルを浮かべ、敬礼を返す。 「や、やっぱり、あの時のッ!」 ケイテッドの裏から出てきたジャクソン少尉は、やや裏返った声で叫んだ。それに気づくと、ラグと名乗る若者は、困惑したような笑みを浮かべる。好感の持てる表情だ。 「やだなあ、幽霊じゃあないですよ。ジャクソン少尉。」 「え!い、いやっ!その!」 彼にまで、幽霊扱いしていた事が伝わっていたと思わなかったので、ジャクソン少尉は焦る。それを見て、ラグはまた笑った。 「そう気を使わないで下さい。実はあの時は諸事情がありまして、秘密裏に動いていたものですから。」 「あはは。な、なんだ、そうだったんですか!」 ジャクソン少尉は、とりあえず安心してほっと胸をなで下ろす。だが、何となくケイテッドは腑に落ちないものを感じていた。とりあえず、ファンドラッドのロッカーにあった鞄を、相手に渡す。 「これが頼まれたモノよ。」 「ええ。わかりました。ありがとうございます。」 ラグは人好きのする笑みを浮かべ、それを受け取った。危なげな鍵が鞄にしっかりかかっていたので、ケイテッドは中身をのぞかなかった。あのファンドラッドが鍵をかけるくらいだから、その中には相当危ないモノが入っているに違いない。開けたとたんにドカンと爆発するものかもしれないし、そんな危険がないにしても、中身を知ってはただではすまないような気もする。わざわざそんな冒険をする気にはなれなかった。 そもそも、そんなものをこの青年に渡していい物かどうかもわからない。ファンドラッドはここにはいないし、彼からこの青年の話を聞いたこともない。 だが、ケイテッドは、この青年とファンドラッドのつながりを確信していた。ラグ=ギーファスの顔である。彼の顔立ちは、よく見るとよく知っている誰かにそれこそ良く似ていたのである。 「あなたとファンドラッド准将との関係は?」 「部下と上司です。」 「部下と上司以外の関係はないのかしら。」 「どういう意味ですか?」 青年は意味が分からないというように首をかしげて、少し困ったような笑顔を見せた。 「プライベートなことかしら?」 「何がです?私と閣下は、単に上司と部下の関係です。あぁ、厳密にいうと、もとから知り合いではあるんですけどね。」 にこりと、青年は微笑む。凍った空気を溶かすような愛想のこもった笑みは、かえってケイテッドの疑念を駆り立てる。ふとした仕草なのだが、時々髪をなでつけたりする仕草や身分証の提示の仕方が、あれにそっくりなのである。 似ている。いくら他人の空似があるとはいえ、仕草が同じだなんてありえないのだ。青年、ラグ=ギーファスは、明らかにファンドラッドとは違う雰囲気を持ちながら、その癖に仕草だけは同じなのである。ケイテッドは、別にファンドラッドを観察するのが趣味ではなかったが、彼女は元から観察眼には優れている方だった。 「血縁関係は、ないのかしら?あなたとファンドラッド准将には?」 「閣下には、縁者はいないときいております。」 ラグは、微笑んで返した。うまくはぐらかされたものである。それ以上、聞き出してもどうしようもないので、ケイテッドは追求するのをやめた。 「そう、立ち入った事をきいて失礼したわね。」 「いえ、私の方こそ、失礼しました。ああ、そろそろ時間なんです。閣下は時間にはうるさい方なので、それではこれで。」 ファンドラッドが時間にうるさいというのは、恐らく嘘だ。ケイテッドはそう読む。ケイテッドは、三ヶ月彼の元にいたが、彼が部下の遅刻を直接咎めた事は一度も無い。面白半分にからかうだけである。どちらかというと、彼自身かなりルーズなところがある。 「あなたは、なかなか優秀なようね。」 ケイテッドは皮肉を込めてにこりと微笑んだ。それをどう受け取っているのかはわからないが、彼は微笑み返す。 「褒めてくださってありがとうございます。それでは、失礼します。」 敬礼した後、不意に青年はにっと笑った。それは、先ほどまでの愛想笑いとは全く違っている。何となくいたずらぽい笑みで、途端小悪魔のような印象を与えた。ケイテッドは、ハッとして彼を見たが、その時すでにラグ=ギーファスの背は遠ざかり始めていた。 彼の背を、まだ見つめているケイテッドに、ジャクソン少尉がいぶかしげに聞いてきた。 「どうしたんですかあ?あんなにしつこく聞いて。」 ケイテッドは深くため息をつく。結局、勝負には負けてしまったようだ。 「…あの子、閣下によく似てたわよ。」 「ええ!どこがですか!」 ジャクソン少尉はいかにも異論がありそうな声で言った。 「あの閣下と、あのラグっていう少尉は、真反対もいいトコだと思いますけど!」 「さっき、あの子が笑ったのをあなたは見なかったようね。」 ケイテッドは冷たく言った。 「あの笑い方、…全くあの人そのものじゃない。ちょっと人をからかってやろうっていうときの…。それだけじゃないわ。仕草とか、ごまかす時の口調とか。他人のそら似にしては、あまりに似すぎていると思わない?」 ジャクソン少尉は、言われて思い浮かべた。確かに、ちょっとした仕草に似ているものがあったかもしれない。 「で、でも、じゃあ、ケイテッド大佐は、一体なんだと?」 ケイテッドは、ふっと微笑んだ。 「あまりプライベートに関わるつもりはないけれど、もしかしたら、あの子がホントの息子じゃないの?」 ジャクソン少尉は、口をあけてぽかんとした。 「そ、そんな、…しかしですねえ。」 さすがにそれはないんじゃないですか。といいかけたジャクソンに、ケイテッドはこういった。 「あの人は全然わからないからね。…私は別に何があってもおかしくないと思うけどね。」 そもそも、ファンドラッドに浮いた話が一つもないことがおかしいのである。ケイテッドはそういい、ブラインドの向こうの闇の中を見た。どうやら、オートバイできたらしく、遠ざかるエンジン音が聞こえた。 どこをどう走ったのかはよくわからない。ただ、気がつくと目の前に大きな建物の中にいたようである。暗い駐車場は、少し湿っていて何となくじめじめした感じの場所だった。 (地下かな?) ジャックは、車の中で先ほど緩やかな坂を下りたような気がしたのを思い出した。車から降ろされて、とりあえずジャックはあたりを見回す。が、あまり見回しすぎたのか、近くにいた男に無理矢理先に進まされた。 「ちょっとぐらい見てもいいだろ!けちだな!減るもんでもないくせに!」 ジャックは反抗的に応える。男は、軽く彼を小突いた。 「全く、生意気なガキだぜ。あまりうるさいと、この場でその口が永遠に開けないようになるぜ?その年なら、もう意味は分かってるんだろう?」 凄みをきかせて脅しにかかってきた男に、ジャックは軽くおっかなそうに肩をすくめた。言われるまでもなく、ジャックはこういった部類の人間の様々な脅し文句の大半の意味を知っている。 駐車場からまっすぐつれて行かれたのは、どうも倉庫が並んでいる所だった。あちらこちらに警備員らしき人影が見えたが、その半分は人間には見えなかった。アンドロイドのようだ。 突然、男の一人が、足を止めた。ついてきていた三人の男も同時に足を止め、ジャックも仕方なく止まる。それは、もろに上のプレートに「倉庫」とかかれた部屋の前だった。男は、その部屋の鍵を開け、ドアを開ける。予想通り、中には段ボールが大量に詰まっていた。 「ここでおとなしくしていろ!」 男はそれから、威圧感を持っていったが、ジャックの心は反感でいっぱいだった。 「ええ!こんな所に入れるのかよ!健康に悪いだろ!それに、オレはシェロルと一緒じゃないのか!」 ジャックが不満げに声を上げた。中はほこりも立ち上っている。こんなアレルギー鼻炎になりそうな場所に突っ込まれるなど、まっぴらごめんだった。それに、シェロルと一緒なら、ここでかっこよく振る舞って彼の株を上げることだってできたのだが、そういう付加サービスすらない。これはいよいよもって、下手するとそのまま海の中にドボンと沈められてしまうかもしれない。 「ええい、うるさい!早く入れ!」 うっとうしくなったのか、男はジャックを部屋の中に押し入れた。段ボールの山の中に突っ込んだ拍子に、上の段ボールが崩れ落ち、中の書類やらデータの入ったディスクやらが、ばらばらとジャックを襲った。 「ひぇええ!」 頭をかばっているジャックに、もう一度男の声がかかった。 「いいか!おとなしくしてるんだぞ!」 直後、ドアを閉める音と、がちゃり、と鍵のしまる絶望的な音が順番に聞こえてきた。完全に、段ボールと書類の山のなか、ジャックは一人閉じこめられる事になった。 「くそっ!全然いいことなしじゃないか。」 ジャックは、近くの段ボールを蹴った。中から、決算報告書らしい書類がほこりとともに、飛び出てきた。 「……爺さん、助けに来てくれるのかなあ。」 ため息をつき、ジャックはそこに座り込んで、例の勲章を取りだした。鈍い銀色をしているそれの裏側が、かすかに点滅していた。通信機としても使えないことはないのだが、ここまで遠くに来てしまったら、どうだろう。上をそっと見ると、倉庫とは言いながら、隠しカメラがあるらしかった。めざといジャックは、それに気づいて、勲章をそっとポケットの中に戻す。 (下手に連絡なんてとったら、まず真っ先に始末されちまうな、これは。) 一瞬、連絡を取ろうと考えた事に、ジャックは今更ながら青ざめた。冗談じゃないと思う。限界まで待つ方がいいのかもしれない。 不意にジャックは、反対側のポケットにも何か入っていることに気がついた。それはウサギのぬいぐるみのキーホルダーだ。どうやら、いつの間にか掴んで失敬していたらしい。 「あれ?こんなもん…」 確か、これを拾いに行こうとしたから、ファンドラッドがジャックをかばう羽目になったわけだった。そう思うと、ジャックには苦い思いがわき起こる。 「オレもまだまだだよなあ。シェロルに喜ばれると思ったんだけど。」 ジャックは、年齢にあわないような生意気な事をいいながら、それを裏返す。先ほどから、色々と荒っぽいことをしたせいで、背中側がほつれていた。 「あぁぁ、こんなになっちゃって。オレは裁縫できないし、爺さんに渡しとこ。あの人なら、何でもやるだろ。」 そう言いながら、不意にジャックは、ほつれた部分を軽くなでて少し修復できないかと、探ってみる。妙な手応えが、彼の指先にあった。 何か、堅いものが手に当たったような気がする。 ジャックはそっと上を見上げ、監視カメラの位置を確かめた。まさか、こんな子供のジャックの様子をまじめに見ているとは思えないが、それでも用心してカメラの死角になる体の陰に、ジャックはぬいぐるみをもっていった。そうっと、壊さないようにしながらも、ジャックはぬいぐるみの背に指を入れた。それから、その堅いものを、そうっと外に出した。 「なんだ、これ?」 ジャックは、思わず小声で呟いた。中から出てきたのは、ビニールに包まれた小さなカード状のものだった。それが、何かの記録媒体であることは、確かである。 (まさか、これ……) シェロルが、これを誰から貰ったかは聞いていない。だが、ファンドラッドではないことは確かだ。それに、大切にしている。本物の両親から貰ったと考えても、全くおかしくないことなのだ。 (これが…ゼッカード?) ジャックは、大変なモノを発見したという喜びと、それから、またろくでもないものを手にしてしまったという後悔を同時に感じながら、心の中で呟いた。 一覧 戻る 進む ©akihiko wataragi |
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