戻る 次へ 一覧 七、サトラッタの策略 サトラッタはごく冷静に水割りの入ったグラスを一口飲んで、予想していたかのようにぽつりとつぶやく。 「ふん。来おったな。外道共め」 「外道・・・?まさか奴らか?」 サトラッタは動じない様子でまた酒をあおり、ちらりとダーテアスを見る。 ダーテアスはちょっと浮き足立ち気味で、半分やる気で立ち上がっているアルザスとは対照的である。 ライーザの方もかなりやる気であるが、 「ダーテアス!」 サトラッタは怒鳴りつけた。びくうとしてダーテアスは我に返る。どうもいやな予感がする。サトラッタの考えていることは何となく分かるのだが、それだけに口に出したくないのである。 「な、何だよ?」 「お前従軍経験あったな?」 「んまあ。戦争中だけ」 「それだけ経験も有るんなら、その使い道のない馬鹿力を消費してこい」 サトラッタは、命令調にけろりと言った。 「やっぱりい!」 予感的中・・・。ダーテアスはげっそりする。 「断るなよ。立派に町のために犠牲になったなら入り口にお前の不細工な銅像を建ててやろうではないか」 「いらねえよ。大体勝手に殺すな!」 ダーテアスはサトラッタの本気か冗談かわからない言葉に答えながら、部屋の隅から猟銃をとってきた。 弾の装填を確かめて、カウンターの端にこっそり隠す。なんだかんだ言ってやる気はやる気なのである。 「アルザス。ライーザ。お前達はとっととこの町から逃げた方がいいな。まあ、後のことはわしに任せておけ。いいな」 「でも・・・」 「心配はいらん」 「そうじゃねえよ。こんなにごついおやじと腹黒いじじいがいるからそれは大丈夫だと思うんだけどよ。問題はどうやって抜け出すかって事さ。船で行くのがイアード=サイドに行く一番の近道なんだが、どうせ海は封鎖されてるのが関の山だろ?じゃ陸からって言っても今から汽車には間にあわねえしな」 アルザスはそう言いながら酒場の真ん中をくるくる二周ほどまわっている。このままほっとくといつまでも回ってるんじゃないかしらといい加減なことを考えていたライーザがイスから不意に立ち上がる。 からかい調子の小悪魔っぽい顔つきだ。 「何だったら歩いていく?アルザス?」 「あのな、イアード=サイドまでどれくらいあると思ってるんだよ」 「いっきに空から逃げるってのはどう?」 「は?」 ライーザの突然の提案にアルザスは思いっきり間の抜けた表情を見せた。 五周目に突入していた足がぴたりと止まる。 「な、何だって?」 「本当に鈍いんだから・・・。空からよ。飛行機を使えば速いじゃない」 「ひ、飛行機?お前もしかしてあれのこと言ってるのか?」 「そう。あれのこと」 慌てるアルザスを尻目にライーザは余裕の表情でにやにや笑っている。相変わらずいたずらっぽい笑いが例のかわいい顔に乗っかっていた。ライーザの所に一機古い飛行機があったが、今は東の丘の格納庫にしまっている。それを使って逃げようと彼女は言ってるのである。 「空からか・・・いい提案じゃ」 サトラッタがライーザの考えに同意してこくりと頷く。 「ば、馬鹿いうなよ!あれは前に壊れて・・・」 やけにしつこく反対するアルザスを押さえ込むようにズバリと言う。 「ああもううるさいわね。考えるたびにそんなに回ってたらあんたバターになるわよ!いちいち考えないのがあんたの長所でしょが!」 (長所とは言い切れないだろ?そりゃあよお・・・。) ライーザの言葉を静かに聞いていたダーテアスは、思わずそう言いかけて慌てて口を押さえた。 ライーザの論理はかなり強引の上、無茶苦茶だが、逆らうと恐ろしいのである。 「まあいいか。とにかく気をつけろよ。この地図は世間の善人も悪人も狙ってるんだぜ」 とりあえずダーテアスはそう月並みではあるが心のこもった注意をしてやった。ボキャブラリーのあまり多くないダーテアスとしてはこの辺りで妥当といえよう。 アルザスは生意気小僧の本領を発揮したような根拠のない自信に満ちていた。 「まっかせろ!故郷に錦を飾りまくってやるぜ!」 根拠はないがこの生意気な坊主を見ていると、何となく納得してしまうのが不思議であった。何かやらかしてくれそうなのである。 「やっと旅立ちね。長かったわー。この一ヶ月。ディックの奴がまだ居るのかってうるさいし、かといってメルランド島なんて行く気はしないんだから」 ライーザは未だにぶつぶつ言いながら、そのくせすっかり行く気で少し背伸びをした。 ダンダンダン 酒場のドアが乱暴にノックされる。いつの間にかサトラッタがドアに鍵をかけたようだ。 腹黒い・・・とアルザスが評するのも伊達ではないらしい。 「開けねえか!ここに小僧共が入り込んでいるのはわかってるんだぞ」 やれやれとサトラッタは肩をすくめ、これだから海賊共は困るといってまた酒をあおる。 ダーテアスが二人に目配せする。 「気をつけろよ。今の内に裏口から逃げだせ」 「ああ、おっさんもじじいも元気でな」 「手紙は出すからね」 二人が口々に言いバタバタと裏口から出ていってから、サトラッタはダーテアスをちろりと眺めやった。 「やれやれ、全く一ヶ月もうろうろしおって。これで奴らも一端の旅人の仲間入りというわけだな。あの生意気小僧と小娘の顔が見えんのも寂しい気がしないでもないが、うっとおしくなくなるのは悪いことではないのう」 聞いてか聞かずかダーテアスが何の感傷もない現実的な問題を言う。 「おいおい。じいさんよ。この海賊共のこと忘れてんじゃねえのか?これをなんとかしねえとオレ達も危なくなるんだぜ」 “わかっとるわい!”と言いたげに感傷を壊されたサトラッタが酒をあおる横で、ドアがうち破られかねない勢いでたたかれていた。海賊共の罵声が耳につく。 「この野郎!サーペント様の命令が聞けねえっていうのかよ!ガキ共がここにいるのはわかってるんだぞ!開けろ!開けやがれ!」 サトラッタは思いっきりしかめっ面をして「これだから海賊共は!」と呟き、 「ダーテアス・・・。丁重にお迎えしよう」 意味ありげににやり笑い。怖い爺さんめ・・・とダーテアスは心の底で思いながら、不気味な営業用スマイルを作りあげ、はいはいと言いながらドアに向かった。 「すいませんねえ。この爺様が今日は一人で飲みたいとかぬかしまして勝手にかぎを掛けちまったんですよ」 開けると同時にそう言ったダーテアスの前に、立派な服の男がのっそり現れた。一見して悪人とわかるその顔には見覚えがある。手配書の顔だった。 「ここに二人子供が来たはずだが?しらんわけはなかろうな?」 サーペントは唐突に聞いた。 「さあ。来たことにはきましたけど。お捜しのガキとは違うんじゃねえですかい?」 すっとぼけてダーテアスは、自慢(?)の愛想笑いに磨きをかけてみた。 ダーテアスの笑いがどれほどサーペントに効果があったのかはいまいちわからない。サーペントが何か言いかける前にダーテアスを押しのけてサトラッタが顔を覗かせた。 「失礼。とりあえず、一杯飲みませんかな?」 サトラッタの作り笑いが不気味に輝く・・・と少なくともダーテアスにはそう見えたこと間違いなしであった。サトラッタの登場にサーペントは少し圧倒されてしまった。 「何だ・・この爺は?」 手下共がサトラッタに掴みかかるが、その手を余裕で払いのけ爺さんは笑う。 「世に聞こえるサーペントの手下がここまで礼儀知らずだとは思わなんだぞ。きちんと話を聞けんのかな?」 にやにやするサトラッタは、色めきだつ手下共に全く動じることはなかった。 「どういうことだ?」 サーペントは興味本位で話に応じるつもりらしい。。酔っぱらいの爺さんだと完全に油断しているのだ。 「ほほう、さすが頭は物わかりがよろしい。この老いぼれが言いたいのは、そのガキ共の事なのじゃが、サーペントお頭ともあろうお方が、そのようなくだらんガキ共を目の色変えて追っていらっしゃる。他の連 中がこれを聞いてどう思うかな?お頭様のメンツがまるつぶれにならねば良いのだが・・・と心配での」 サトラッタは表向き丁寧だが、裏ではかなり軽蔑もすれば、馬鹿にもしている。 全くとんでもねえ爺さんだ。とダーテアスは思いながらいつの間にかカウンター越しに、猟銃を手にしてタイミングを伺っている。 サトラッタは余裕で酒を一杯やっているが、サーペントがどれほど自分の話に興味を持っているか横目で隙無く観察しているのであった。 「ふん、尤もなこと言ってくれるじゃねえかい?じゃあ、オレがどうすればメンツを失わずに済むかおしえてもらおうじゃねえか・・・」 サーペントがサトラッタに詰め寄ってからかい調子に聞いた。 「ふふふ。ならばお教えしよう」 サトラッタの左手が、素早く腰のポケットから何かを抜き取った。 「この場からとっとと失せることだっ!」 雷のような鋭い声を浴びせかけ、サトラッタは左手に単発式の短銃を構えていたのである。 狙いはぴったりサーペントの喉元・・・。老いぼれ一人と侮ったサーペントは油断をしすぎていてよけるどころか、しばらくキョトンとさえしていた。銃は護身用にとりあえず持っていたものらしい。 「動くな!」 チャンスとばかりダーテアスが隠していた猟銃を構え叫ぶ。 手下共は一気に浮き足立つ。 「こ、この爺がっ!」 怒りもあらわのサーペントとは逆にサトラッタは冷静そのものである。 「変な動きをすればこのお頭様は吹っ飛ぶぞ。ふん。リーダーのいない集団は哀れな末路が待っている。リーダーというのはせいぜい大切にするものじゃ」 ぴたりと喉に銃口を突きつけて、物語の悪党魔法使いよろしくサトラッタは笑った。 戻る 次へ 一覧 |
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