ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 ならず者航海記 第三章:危機と秘密
 
1.出航
 満月だった――――。
 青年は海に切り立ったがけの上にいた。下には、暗黒の海が広がり、まるで青年を奈落の底に招くように揺れていた。おまけに下には、悪魔の牙のような岩がむき出しになっていた。落ちたら命はない。
「くっ・・・ちくしょう!」
 握っていたナイフが音をたてて地面に転がった。青年の右手にうっすらと血がにじんでいる。大した傷ではないが、青年の戦意を喪失させるには充分だったのだ。おまけに、青年の足下は少しふらついていた。かなりアルコールが体に回っているらしかった。
 青年は、十数名の男に囲まれていた。全員、彼と同じぐらいの二十前後の若者である。ふと、青年の前に暗い影が落ちた。だれかが前に立っている。
「どうしたよ?ナイフはもうにぎらねぇのかい?」
 低く陰湿な声が、青年の耳に響いた。ぎくりとしたように、彼はその男を見上げた。満月の逆光を浴びて、男の容貌はわからなかった。それとも、酒のせいで青年の視覚がにぶっていたせいもあるかもしれない。ただ、大柄の男だったように思う。冷や汗が滝のように額を流れ落ちた。逆光の中で、何故かそれだけはっきり見えた男の目は、冷たく氷のように彼を突き刺した。
―――殺される!!!
 青年は、そう直感した。今まで、様々な修羅場をくぐり抜けてきたつもりだった。だが、こんな恐怖を味わったのは初めてかも知れなかった。こんな視線にさらされるということは・・・。
 青年は金縛りにあってように動けなくなってしまった。それを見て、男は笑いながら手を振った。周りの若者達、彼の手下達が、青年に群がった。それぞれ笑みを浮かべながら、彼の身体を蹴り上げたり、踏みつけたりする。青年は、激痛に堪えながら彼らの暴力が止まることを待つしかなかった。
「よせ。それ以上やったら、死んじまう。このまま、殺すのはおもしろくない。」
 男が言った。まるで、一方的なこのリンチに飽きたかのように欠伸をしていた。手下達は、彼の言葉をきくとそろいもそろって軍隊のように整然と青年のもとから離れていった
「まだ、眠ってもらっちゃ困るんだよ・・・。なぁ、起きてるか?」
 男は彼に近づいて、うつぶせに倒れている青年を蹴っ飛ばして仰向けにすると、手を伸ばして彼の胸ぐらを掴んで引き上げた。
 青年は、薄れかけた意識を必死で捕まえながら、最後の抵抗と、男に憎悪をこめて睨み上げた。それを、薄い唇で嘲笑いながら、彼は冷たく言った。
「そうか・・・。なるほど、いい目をするじゃないか・・・。だが、足りねえものがあるぜ。・・・もう少し、その甘ったれた所を直せば、あんたはオレの宿敵になるかもしれないな。」
 男が何を言っているのか意味がわからなかった。男は続ける。
「あんたがどれほどの物をもってるか・・・確かめてみたくなった!」
 男の唇が歪むのを、青年はたしか見た。
 冷たく白い光が、青年の右目に飛び込んだ。月の白い光を浴びて、一瞬、それは美しく見えた。まるで、宝石のようだと彼はおぼろげながら感じた・・・。
 
「!!」
 パッと布団をはねとばして、フォーダートははじかれたように起きあがった。呼吸は荒く、汗で全身がびしょ濡れになっていた。額から落ちる汗を無意識に拭いながら、フォーダートは周りを見回した。隣では、乱雑に並べられた本が本棚の上で彼を静かに眺めている。ここは、いつもの彼の寝室だった。
「・・・昔の夢か。」
 フォーダートは深くため息をついた。どうにかこうにか、息はおさまる。このまま、ここでもう一度眠る気にはなれず、彼は船内用のつっかけをひっかけると、ふらりと部屋から出ていった。途中、水差しの水を一杯コップに入れて、それを一気飲みする。夜の冷気にさらされて冷たくなった水がしみ通っていくのを感じながら、彼はふと苛立たしげに吐き捨てた。
「ちっ・・・。一体なんだって言うんだ。」
 そして、そのまま、彼は甲板へと出た。沖に停泊していた船からは、街の光が遠くに見えた。心細く煌めく星によく似ていると彼は思った。
 今夜は満月だった。星の光は、ほとんど月の光に消されてしまっている。フォーダートは、月の光に背を向けて、船のへりにひじを突いた。波の音だけが静かに響いていた。静かな夜だった。
 フォーダートはこういった情景が好きだった。真夜中の自分だけが知っている風景のような気がして、静かで何もないこの情景を密かに愛してやまなかった。心の奥の傷をなぐさめてくれるように、波の音は優しくうち寄せるばかり。星は、そっと見守るだけ。夜風は抱きしめるように周りをつきまとう。だれも、彼を責め立てたりしない。ただ、このときは、一つ、月の光をのぞいては・・・
「満月か・・・」
フォーダートは、ぼそりと呟いた。自分の右目をクロスに縦断する古傷に触れる。微かな痛みが走っては消えていった。
「こういう夜は、傷に響くぜ。」
独り言を呟いて、フォーダートは無表情に波を見つめ、右手はそのまま、古傷をいたわるようになでていた。もう、十年近い時が経過しようとしていた。今では、その傷を意識することはほとんどなくなってきた。ただ、こういう時にだけは、まるで何かが軋むときの音のような微かな痛みを彼に与える。
 忘れるなといいたげに・・・
(忘れちゃいねえよ・・・。別に・・・。)
 フォーダートはそれに応えるように、心の中で呟いた。
 あれから、彼は変わった。それまで無かった冷酷さを覚え、以前とは遙かに違う確かな腕を修得した。睨めばちんぴら程度なら泣き出して土下座するぐらいの迫力が今はある。あの頃、諦めた自分とは違い、今なら最後の最後まで勝利を信じる事もできる。自分を変えることに、彼は今までの時間の全てをかけた。
 だが、それに対しての清算は少しも済んでいない。それだというのに、いつの間にか手下を持ち、いつの間にか、また以前の自分のように甘くなっていく自分がたまらなく嫌だった。だが、地図を巡って出会ったあの少年や少女を見ているとなぜか、冷酷非情を無理に掲げている自分が少しだけ可哀想にも思えてくる。優しいが弱い自分、強いが冷酷な自分・・・果たして、どちらの自分が良いのだろうか?フォーダートはその判断に迷っていた。
 そう考えながら見た海は、彼を優しく見守るいつもの海ではなく、あの時と同じように暗く冷たく深かった。奈落の底の闇のようにすらみえた。
―――もう少しだけ・・・時間をくれよ・・・・
 フォーダートは、誰ともなしにそう頼んだ。この件が終われば答えが見つかる様な気がしていた。少なくとも、『彼ら』に会えば、何かが見つかる気がしていた。彼らを巻き込みたくは無かったが・・・。
 
 世界地図を広げれば、きっとこの世界の陸の散らばりに気がつくだろう。大陸といえる大陸は少なく、多くはもとは巨大だっただろうと思われる大地が、ハンマーでうち砕かれたビスケットのように、細々とした島や小さな陸に割れてしまっているように見える。言い伝えでは、神々の時代凄まじい戦争が起こって、大陸がちりぢりになったといわれるが、定かではない。ただ、この島々が本当に何かに破壊されたように散らばっているのは確かである。だから、この世界には、内陸国が少なく、島国が圧倒的に多いのだった。そうであるから、昔から、陸よりも海上運送が発展しており、今もその名残が続いていた。
 十五年近く前に終わった第四次世界大戦は、この世界に負の遺産を残した。それが、海賊であるという。海上運送により運ばれる富を考えると、当然、それに群がる者達の事を考えなければならない。海上運送がより発展したこの世界には、もとから海賊といわれる海の略奪者の類が多かった。海との接点がある分、陸よりも海の方の暗黒世界の方が、力が強くなっていたと言うこともある。
 それをさらに強化してしまったのが、件の第四次大戦であった。あの戦争の末期、兵士の減少に対する対策として、とある国が、投獄中の犯罪者や非行少年達に特赦令を下した。そして、自由の代償として彼等をそのまま、軍隊に送り込んだのだった。主に、海軍に送り込んだのだが、彼等のうちのいくらかは海に出た途端、反乱を起こして戦艦を奪って逃げてしまい、そのまま海賊になった。戦争が終わった後はさらに最悪で、職の無い彼等は手に着けた技術を武器にそのまま海賊として働き始めたということもある。一旦、軍隊の統率力とその特殊な技術に武器を覚えた彼等は、にわかづくりの海上警察などにつかまるわけもなかった。
 他に、重税などの為に食い詰めた民衆が、海に出て副業的に海賊行為をしていた例もある。また、戦争に嫌気がさした将校や兵士が、そのまま脱走して海賊として食っていた事もある。とにかく、あの戦争が終わった後、彼等の活動はさらにひどい物になっていったのだった。
 おかげで、客船にでも多少の武装がなされていることが多い。優雅に見せるため、普段は隠しているが、どこかに大砲や機関銃を備え付けていたりする。この船は、イアード=サイドから、南の離島パージスに行くための巡航船であったが、この船にもやはり武装が施されていた。特にパージス島は、貿易や海運の中継地点として繁栄していたせいもあるだろうが・・・。
「へぇ、この船も武装されてるんだな。」
 アルザスは、隠された武器をめざとくみつけて言った。機関銃が、船の中に取り付けられていて、上からカバーで隠されていた。
「最近、海の上は物騒だからなぁ。」
と言って、アルザスは振り返ってライーザを呼んだ。
「なぁ、ライーザ、これ、どう思う?」
 だが、返事はない。アルザスは、じれったくなってもう一度呼んだ。
「なぁ、ライーザ!」
「何?」
 ようやく、ライーザは振り返った。が、いつもより元気がないというか、大人しいというか・・。
「どうしたんだよ?お前?」
「別に。」
といって、ライーザは、また船のヘリに肘をかけて海とも空ともつかないどこかを見ている。
「子供のあんたにはカンケーないわよ。」
 大人しいながらに、その一言はいつも以上に冷たさとトゲが感じられた。アルザスは、いきなり不機嫌になってふいっと顔を背けた。
(ちぇっ!なんだよ!あの態度っ!)
 子供扱いされたことより、ライーザの妙な態度が気にくわなかった。それは、一週間ほど前からだった。あのトレイックの洞窟で色々あってからだ。あの時からライーザの様子が妙におかしい。時々、少しぼーっとしていたり、話しかけても「子供のあんたにはカンケーないことよ」と冷たくあしらわれたりする。その態度の原因が、どうもあの逆十字にあるような気がして、アルザスはなんとなく面白くなかった。
(あんなヤクザのどこがいいんだよ!?)
 別にライーザに好意を持っているわけでもなかったし、そういう意識をしたこともなかったが、いつも傍にいた幼なじみが誰かに心を奪われているらしいことを知ると、アルザスは妙に嫌な気分になってしまった。
 追い打ちをかけるように、相手はあの鉄壁のような逆十字のフォーダートで、自分と相手を比べてみても勝てるのは年の若さと堅気の生活をしているというぐらいで、あとは全てに対して負けているような気がした。少々鋭い目と圧倒的な雰囲気とそして傷に阻まれてよくわからないが、じっと観察するとフォーダートはなかなか整った顔立ちはしているのだ。あの無精ったらしいヒゲを落とせば、それなりのハンサムじゃないかとも思える。アルザスと比べても、相手の方が容姿では上らしい。おまけにライーザより背が低い自分にたいして、軽く一八〇pはこえている相手。度胸と実力、女性に対する紳士的な態度。どれを比べても自分とは比べ物にならなかった。だからこそ、余計に気にくわないのである。
「ちぇ!勝手にしろよ!」
 アルザスは呟いて、それからライーザとは反対の方を向いて船出を待った。あと五分で出航の筈だった。
 彼らがどうして、パージス島に向かう巡航船に乗っているのかというと、パージス島になにか手がかりがありそうだという前向きな考えからではなかった。とりあえず、行く宛がなかったからである。ドライな性格のヨーゼフ=ネダーは一週間と少し、居候した少年達の見送りには来なかったが、彼らに船のチケット代だけは出してくれた。今頃、また本か何かで調べ物に励んでいるに違いない。何にせよ、協力者が増えたのは良いことである。
 ヨーゼフ=ネダーは、これからも協力を約束してくれ、「何かわかったら手紙でもいいから知らせてこい。」と言ってくれた。それは良かったが、その後の手がかりについては何もわからないようで、「あのよくわからん男に訊くしかないだろう」としか言ってくれなかった。全ての謎は、あのフォーダートが握ったままだったのである。
 それで、二人は取りあえず、パージスを選んだのである。彼が本当に海賊なのだとしたら、イアード=サイドならともかく、たくさんの船乗りが集まる貿易の中継地点であるパージス島なら、あのフォーダートが一体何者で、一体何が目的なのかという情報がつかめるかも知れないと思ったのである。それで、パージス行きを決めたというだけであった。 出航の時が近づいてきていた。アルザスは、ちらりとライーザの方を見た。彼女はずっと同じ方を見ていた。もとから美少女の部類に入るであろう容貌をもつ彼女は、なぜか今はいつもよりも少し綺麗に見えた。

 
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