ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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2.マリア
「オレはあんたにはついていけないぜ!勝手にやらしてもらうからな!」
 いきなり怒号が静けさを破った。中年の男は、黙って青年を見つめていた。そして、ゆっくりと口をひらく。
「フレッツェン。じゃあ、てめえはどうしようっていうんだ?」
「決まってるだろ!?あの逆十字の奴を血祭りに上げてやるんだ!」
 青年、フレッツェンはかなり意気込んでいた。年は二十歳前後。まだ、多少のあどけなさを残したその顔を少し紅潮させていた。
「お前は何もわかっちゃいねえ。」
サーペントは、ため息をついた。
「逆十字の奴はお前が手に負えるような人間じゃない。下手に手を出せば、痛い目を見るだけだ。ここは、例の兵隊さん連中に任せておくことに決めたんだ。」
「あんなガキ共を殺せないような甘い奴をか?」
「違うな。あいつは堅気には手はださねえのさ。それに子供にもな。」
「何をまどろっこしいことを!一回、奴にいっぱい食わされたからって!!!」
「そうじゃねえ。あいつは不吉だ。近寄らねえほうがいい。」
「不吉?どういう意味でぇ?」
 フレッツェンは、自分のおかしらに対する口のきき方をまるで忘れていた。興奮しているため、少し声が震えている。サーペントは、まだ若すぎるこの手下に対して、若干甘く扱ってやっていた。それなりに見所はあるし、なかなか人望も厚い。だから、多少の暴言は大目に見てやっていたのである。
「奴には、まるで地獄から帰ってきたような所があるんだよ。亡霊みたいな妙にイヤな臭いがする。奴に関わるとロクなことがねえっていう予感がだ。俺達は船乗りだ。ああいう奴に関わってると、その内船ごと沈んじまうっていう憂き目にあわねえともかぎらねえ。不吉な事をさけるのが、俺達の信条だ。そうじゃねえのか?」
 サーペントは、おちついて丁寧に若い部下に言った。だが、フレッツェンはきかなかった。更にまなじりをあげると、近くの木箱を拳で叩いた。
「じゃあ、オレがやってやる!見ておけよ!オレはあんたみたいな臆病者じゃねえからな!!その癪に障るガキ共もあの逆十字の野郎もなぁ!」
 そう怒鳴りつけると、フレッツェンは大股でサーペントの前を去っていった。
「おかしら!」
 近くにいた手下が、サーペントの寛大な態度に抗議の声をあげた。どうして、もっときつく叱りとばさないのか疑問であった。
「まぁ、待ちな。あいつが、どれだけやるかちょっと高見の見物といこうじゃねえか。」
サーペントは、ため息を少しついてから手下達をおさえながら言った。
「奴は、逆十字に会ったことがねぇだろう。一度会えば、わかるさ。まぁ、万一勝つことがあるとしたら、そりゃあその時は、フレッツェンを讃えてやるしかねえやな。」
「何をのんきな・・・。」
 あきれたように手下が言った。サーペントは少し微笑んだ。
「別にのんきじゃねえ。どっちにしろ、逆十字を拝めるのは今回で最後かも知れねえからな。フレッツェンにはいい社会勉強だ。」
意味深な彼の言葉に手下はひっかかりを覚えた。
「・・・というと、どういうことで?」
「レッダー大佐が動いたんだよ。さすがの幽霊野郎もあの『お方』にかかれば、近いうちに地獄行きだろうからな。」
サーペントは、呪縛から解き放たれたようなすがすがしい顔になっていた。もうあの冷たい目を見ないで済むと思うとそれだけで清々したという気分になるのだった。
 
 着くまでは暇だった。乗客はかなりいて、旅行者らしいものや商人らしいのや、様々な人がそこに乗っていた。が、アルザスは、まだ人間ウォッチングをして楽しむような落ち着いた年頃の子供ではなかったので、ろくろく彼らを観察することもなく、船内を歩き回ることにした。
 何と言っても甲板にいるのが一番気持ちが良かった。この船には、一応三本マストがあってなかなか格好良かったし、それを見上げながら潮風に揺られるのもなかなか風流なものである。
「ねぇ、アルザス〜。」
 のんきにライーザがやってきて声をかけてきた。
「なんだよ?」
 さっき、つっぱねられた恨みもあってアルザスは、かなり乱暴に答えた。ライーザは、首を傾げた。
「あのねぇ、何怒ってるのよ?」
「べ、別に・・・。」
アルザスは、少しだけ慌てた。
「何でもないよ。」
「変なの。」
そういって、横でライーザはくすくすっと笑った。
 アルザスは、思い切って逆十字についてカマをかけてみようかと思った。
「なぁ、ライーザ。」
「え?なに?」
今日のライーザはかなりご機嫌なせいもあり、いつもより無邪気な笑顔を浮かべていた。そういう風な顔をされると、アルザスとしても質問がしづらくなってしまう。
「い、いや、別になんでもないんだけどさ。パージスってどういうところか・・お前知ってるか?」
結局、何も言い出せず、アルザスはうまく話をごまかした。
「パージス?知ってるわよ。言ったじゃない。あたし、貿易商の娘なんだから当然パージスには行ってるわよ。よく知ってるんだから。」
 ライーザは妙な顔で応えた。パージス行きを決めたとき、チラッとそういうことを話した覚えがあるのだ。
「忘れたの?」
「い、いや、聞いてなかったからよ。」
「ダメねえ、あんた。パージスは、海上輸送の中継ポイントよ。小さい島だけど、あそこには色々な人も物も集まるわ。市場は栄えてるし、イアード=サイドみたいに上流向けじゃないから、とっても楽しい所よ。今度は聞いたわよね。」
「お、おう。」
アルザスは、とりあえずうなずいておいた。
「ま、ちょっと治安はよくないけど。」
ライーザは付け足して、頭の後ろに手を回して、それからくるっと回った。
「ちょっとは面白そうよね。これで情報も手に入れば一石二鳥でしょ?」
「まぁな。」
 アルザスの生返事にライーザは怪訝な顔をした。
「どうしたのよ?あんた、ちょっとおかしいわよ?船酔い?」
「ち、違うって!そんなんじゃねえよ。」
「変ねえ。調子わるいんだったら早めに言ってよね。薬持ってるのあたしなんだから。」
「だーかーら、そんなんじゃないってば!」
 二人がそういう問答をしていると、ふと可愛い声が間に入ってきた。小さな小鳥を思わすような頼りなげで小さな声だった。
「お薬って・・・だれか気分が悪いんですか?」
「え?」
 アルザスとライーザは同時に声のする方を見た。一人の少女が立っていた。所々、くるんとカールされた髪の毛は銀髪で、光の加減か少し水色がかっているように見える。色はぬけるようにしろく、服も薄い水色のワンピースを着ていた。本当に頼りなげで儚い感じの少女だった。年は二人より少し年下のようで、おそらく十三、四歳であろうと思われる。目はほとんど閉じたままだったが、いかにも快活なライーザとは正反対な穏やかな感じで可愛い少女だった。
「あ、違うの。そんなのじゃないから。全然気分わるくならない奴の話だから。大丈夫よ。」
 ライーザが、少女に駆け寄りながらそう言った。
「なんだよ!その言い方!!」
「あんた、船酔いするような繊細な神経持ってるの?どうなのよ!?」
不満げなアルザスを畳みかけるように彼女は言った。そう言われると、ぐっとつまってアルザスは何も言わなくなる。
「でしょ?反論できるものなら反論してみなさいよ!」
「・・う・・・。」
 くすくすと笑う声がした。先程の少女が口を押さえて笑っていた。
「ごめんなさい。だって、あまりおもしろかったから・・・。お兄ちゃんとお姉ちゃんなのかな?」
 ライーザは、その時初めて少女が手にしている杖に気付いた。
「あ・・あなた・・もしかして・・・。」
そう言いかけて、さすがのライーザもはっきりと言うのをやめた。この少女は盲目らしいのである。
「あたし・・・マリアっていいます。マリア=アレクサンドラ。」
「あ、あたしはライーザ。ライーザ=エレイシア。一六歳よ。こっちの坊ちゃんは、アルザスっていうの。年はあたしと同じ。腐れ縁の幼なじみって所ね。」
「アルザス=ダンファスだ。フルネーム知ってるくせに省略しやがって!」
 アルザスは不機嫌そうに言った。ライーザが全て仕切ってしまって出る幕が全くない。「ライーザさんにアルザスさんね。よろしくね。」
マリアという少女は、にっこりと笑った。
 その時、後ろの方で凄まじい悲鳴が聞こえた。
「な、何だっ!」
アルザスが思わず身を固くする。最近、危険な目に遭いすぎたせいで用心深くなっているのだった。
 だが、マリアは、とてものんびりと落ち着いて二人に言った。
「気にしないで。先生だと思うから。」
「先生?」
「そう、ウィル先生よ。あたしを引き取って育ててくれている人なの。お医者様でとっても腕がいいんだけど・・・ちょっと・・・」
と、マリアが言いかけたとき、低い男の声が続いた。
「何悲鳴をあげている?大丈夫たるものこのぐらいは我慢してこそ漢だぞ。」
「漢だの大丈夫だの言われたくないよ!いてええ!」
 呆然としつつ、ライーザが訊いた。
「何アレ・・・。」
「多分、治療なさってるんだと思うんだけど・・・。船酔いの方かしら。先生は、すぐ患者さんをいじめるから・・・。肩こりに効くつぼだから、実験台になれとかいったり・・、それからわざと意地悪して無駄な心配させたり・・・。あ、でも、根はいい人なんです。」
「無茶苦茶じゃない・・・」
ライーザは、半ばあきれてため息をついた。
 しばらくして、ゆっくりとフロックコートに身を包んだ中年が甲板に上がってきた。鋭く切れ長の目と立派な口ひげ、オールバックにしたロマンスグレーの髪の毛と、貴族風の片眼鏡を右目にかけていた。やせ形で背が高く、茶色のコートをひっかけるように着ている。手には茶色の革製の鞄が提げられていた。
「やれやれ。船酔いを治療するついでに、整体で悪いところを治してやろうと思ったのに根性のない奴だ。」
「先生。」
 声が聞こえた方を向いて、マリアは呼びかけた。
「おや、マリアか。その後ろの子供達は何者かね?」 
 医者は名をウィリアム=アレクサンドラといった。ハティルという小さな港町から、イアード=サイドにやってきて、今はその帰りにパージスに観光に行くのだという。
「パージスには、いい薬草が集まったりするのでな、それもあって見に行くことにしたのだよ。」
「へえ、そうなんですか。」
 ライーザはアレクサンドラ医師の話を聞き終わってうなずいた。
「お前さん達は、パージスに何をしにいくつもりかね?」
と訊かれて、アルザスもライーザも少し困った。
「えっと・・その・・・観光だよな?」
アルザスがライーザにちらっと目配せする。
「ええ。そうです。観光です。ほら、あそこは色々な店があるっていうから。」
二人は慌ててごまかした。まさか、知らずの地図について調べているだの、逆十字という海賊について調べているだの、といった事は言えなかった。トレイックのフォーダートの態度や言動からみて、そういった事を口にすることがどれほど恐ろしいのかようやく二人にもわかってきていたのである。
「そうかね。まぁ、あそこには様々なものがあるからな。少なくとも、楽しめることは請け合いだな。」
 アレクサンドラ医師は、何も疑わなかったのか、普通にそう応えただけであった。
 
 マリアは、ライーザと話をしながら始終笑っていた。ちなみに、女の子はやはり女の子と話があうらしく、邪魔者となったアルザスとアレクサンドラ医師はライーザによって追い払われてしまっていた。
 マリアは、ライーザと様々な話をしていた。今、流行の服の話やそれに有名な本の話やたわいもない話だった。
 その中で、マリアが不意に言った。
「うん。海の風って気持ちがいいのね。こうやって、船に乗っている時の風が一番好き。だって、潮風だとべたべたするだけなんだもの。」
「そうね。マリアちゃんは、海のそばに住んでいるの?」
「うん。とても近くよ。さざ波の音が聞こえるぐらい。」
「そうなの。」
 そうしているうちに、ふとマリアは顔を曇らせた。ライーザはそれに気付くと、彼女の表情をのぞきこむようにして訊く。
「どうしたの?」
「・・・うん。お兄ちゃんのことを思いだしたの・・。元気でやってるかなって。」
「お兄ちゃん?」
ライーザは聞き返した。
「うん。お兄ちゃんは、あたしに海について色々話してくれた人よ。ある日の夜、酷い怪我をしてうちの家に来たの。あたしは小さかったからよく覚えてないんだけど、先生が手当をしたから、命は取りとめたの。それからしばらくうちにいたのよ。」
 マリアは、楽しそうに笑った。
「お兄ちゃん、とっても優しい人だった。怪我をしていたのにあたしとよく遊んでくれたし。それから、海が好きだっていってたの。船に乗って世界中を飛び回ったって言ってたわ。きっと船乗りだったんだと思うの。」
「へぇ。そうなんだ。じゃあ、もしかしたらパージスにいるかもしれないわね。」
ライーザは、幸せそうなマリアの顔をみてつられて楽しそうに言った。
「あの島は、ナトレアードの船乗りなら一度は来るところだもの。」
「だといいんだけど・・・。」
 そういうと、マリアはまた少し暗い顔に戻った。
「どうしたの?」
「お兄ちゃん、怪我が治ってないのに・・・いきなりどこかに行ってしまったわ。とっても酷い怪我だったのよ。あたしは心配だったり、寂しかったりで泣いたけど、お兄ちゃんは帰ってこなかった。今、どうしているのかな。ちゃんと元気でいるのかな・・。」
 マリアは、心配そうに水をかき分けながら進んでいく船縁を見つめていた。ライーザは、優しい口調で、しかし、多少のからかいをふくんだ言葉でマリアに言った。
「そのお兄ちゃんのこと・・好きだったのね?」
「え?」
 マリアは、少し赤面した。
「そんな・・・。別にそんなんじゃないけど・・・」
「マリアちゃんの初恋でしょ?いいわよ。黙っておいてあげるから。」
「違うってば・・!」
 マリアは、慌てたように否定したが、ふと気付いたようにライーザに尋ねた。
「じゃあ、ライーザさんは、恋とかしたことがあるの?」
「え?」
いきなり自分に振られてライーザは、かなり焦った。
「いいや・・・そのっ!!なんであたしに話が来るの?」
 ライーザは、かなり焦っていた。心ならずも、一瞬、あの逆十字の顔が思い浮かんでしまった為に慌ててかき消すので精いっぱいだった。
 彼女自身は、フォーダートに少しは好意を抱いているという事をまだ認めたくなかったのだった。相手は、ほとんどヤクザものに近しい男だし、あまりにも危険すぎる。おまけにかなり年上だったし・・・。
 よく考えると、結構ハンサムだったかもしれない等と考える事もある。ヒゲさえ剃ってくれれば、それなりに強面でも無くなるのではないかとか・・・。顔自体は、結構整っていたんじゃなかったかとか・・・。背は高いし、強くておまけに優しいし、意外と紳士的だったし・・・。何よりも、あの深いコバルトブルーの瞳。あれは、宝石のようで、憂いもなにもかも吸い込んでいるようにも見えた。何て綺麗な瞳なんだろう・・・。
 違う違う!ライーザは、肯定的に考えようとする自分をうち消した。
(違うわよ。あんな奴、どうだっていいんだから!)
ライーザは、そう心の中で言い聞かせていた。
 
「マリアは、私が縁あって引き取った娘でな。」
 追い出されたアルザスとアレクサンドラ医師は、ライーザ達が話しているほうの反対側の甲板にいた。
「戦災孤児という奴だよ。ま、あの当時はそういった子供はたくさんいたそうだがな。」
「へえ、大変なんだな。」
「イアード=サイドに来たのはあの娘の目の治療の為でな、私は目の専門ではないからよくわからないのだが、うまくすれば見えるようになるかも知れないらしい。」
「よかったじゃないか!」
アルザスは素直に笑顔をみせた。
「まぁな。それはいい事なのだが・・・。しっかし、あれだ・・。」
 ウィリアム=アレクサンドラは、すでにあるたて皺を更に深くして憤然と呟く。
「最近の奴は、少しの事で音をあげていかん。ちょっと位痛いのが我慢できんのか?」
「そりゃそうだろ・・・。あんた、結構無茶やるなぁ。よく医者を名乗れるな。あんなに患者をいじめるか?普通。」
「何を言う。私はちゃんと治療はやるぞ。患者が、軟弱なだけだ。そもそも、患者を少々からかうのが医者の特権だろうが。」
「そう言う考え方がおかしいとおもうけどな・・・」
「最近の人間がヤワなだけだ。・・・そういえば、奴はなかなか強情な上に頑丈だったな。あいつは、それなりに見所があった。」
「奴って?」
「さぁな。強情な奴だったから、どんなに訊いても名前はおろか、自分の経歴について一言も口を割らなかったが、悪い奴ではなかったな。あれは、八年ほど前だったかな?」
 アレクサンドラはそう応えると、暇つぶしにと昔話を語り始めた。アルザスも興味はあるので、彼の話にそのまま耳を傾けていた。
 

 
 
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背景:自然いっぱいの素材集

©akihiko wataragi.2003
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