ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 5.襲撃
 船内は、混乱状態だった。
「しゅ、襲撃か!?」
アルザスはようやく状況を理解してきていた。海賊に襲われるのは、別段珍しいことではないという。もっとも、昔よりは海賊達も手慣れてきたのと、考えてきたのもあって、皆殺しなどという無茶な真似はあまりしなくなったようなので、こういう場合は船長が金で決着をつけることが多い。それを知っていたので、アルザスもライーザも、あまり積極的に動こうとはしなかった。
 だが、この時の海賊達はどうも妙だったのだ。甲板を蹂躙し始めた彼らは、アルザスとライーザの姿を見つけると叫び始めた。
「いたぞ!あの小僧と娘だ!」
「殺せ!」
「殺しちまえ!!」
いきなり殺気立っている。だが、連中の顔ぶれに見覚えはなかった。あのヴェーネンスでの連中ではないらしいが、自分達を知っている事は知っているらしい。となれば、とにかく危ない。
「に、にげようぜ!」
「うん!マリアちゃん!こっちに!!」
ライーザは、マリアの手を引いたまま、走り始めた。アルザスは、ライーザとマリアを先に行かせると、少し後を走る。ライーザとマリアは、すぐに客室への扉に入ったが、アルザスが入ろうとしたときに、足下にナイフが飛んできた。
「小僧!どこに行く気だ?」
さすがにまずいと思った。連中は、楽しそうに笑いながらすぐ後ろにつけている。
 舌打ちをして振り返ろうとしたとき、後ろで鈍い音がし、続いてうめき声が聞こえた。アルザスの隣の壁に、追ってきた者の一人がたたきつけられて気絶する。
「気をつけろといっただろう?」
 ようやく振り返ると、逆十字が立っていた。さすがに帽子とコートを脱いでいつものような動きやすそうな船乗り風の姿になっていた。ただ、今日はベルトではなく、腰に赤で染めたビラビラとした少し派手な飾り帯を締めていて、そこに、カトラスを落としていた。その足下に先程、アルザスを追ってきていた三人ほどの海賊達が気絶して転がっていた。
「ば、馬鹿にするなよ!別にあんたに助けてもらわなくたって・・オレ一人でっ・・!」
 アルザスは、無理に強がった。何となく、助けられっぱなしの自分の状況が嫌になったのだった。そんな彼に、逆十字の方はにやっと笑うだけだった。妙に兄貴ぶったような笑い方だった。
「まぁ、そう強がるなよ。それに、今回の事に関しちゃ、オレが責任を持たなきゃいけねえらしいからな・・・。」
「何だって?どういう意味だよ!?」
 アルザスが尋ねると、フォーダートは、船首の方に立っている青年を見つめた。まだ若い。二十歳になるかならないかぐらいの青年で、鼻っ柱が強そうな感じはするが、子供っぽさもまだ残している感じがした。茶色の短髪で、鋭い目ではあるが、それなりに二枚目ではある。
「・・・お前達が狙われたのも、オレが原因のようだからな・・・。」
そう言ったとき、今までただ見ていただけの目が、睨み付けるといった方が近いほどの鋭さを帯びてきた。
「最終的にオレが決着をつける。それまで、逃げ切れるか?」
「・・・おう。・・・・やってみなきゃわからねえけど・・。」
 アルザスは、少し曖昧に答えた。相手の数が多く、自信もない。フォーダートは、少し笑った。
「なるほどな。いい答えだ。だが、逃げるんなら客室には行くな。あの娘達を巻き込むことになるからな。」
「言われなくたって!」
「・・・じゃあ、オレから助言することはないな。」
フォーダートは、そういうとアルザスの肩をそっとたたいた。
「いいから、無事に逃げ切ってこい。あの地図をお前から奪うのはあくまでもオレだからな・・いいな。」
 本当は、もう奪い取る気をなくしているのに・・・とフォーダートは心の中で自分をそっと笑った。ただ、味方でもない少年に対する激励の言葉が見つからず、不器用にそういってしまっただけのことであったけれど。
「わかってる!」
 アルザスは、フォーダートに突っぱねるようにいった。複雑な気持ちだったが、それでもアルザスはこの男には勝てないな、と認めていた。だからこそ、これ以上、彼に良いところばかり持って行かれたくなかったのだ。そういう気持ちが、そのまま反発になって逆十字に向けられていた。
 アルザスは、身を翻してフォーダートの近くから走り去っていった。すぐに後甲板にのぼる階段の方をのぼり始める。ちょうど向こうから、彼を追うような動きが見られたからだった。
 
 アルザスが走り出してから、フォーダートはアルザスを追ってきた連中の一人に足払いをかけ、転ばせた。相手が起きあがって、罵りかけたところで胸ぐらを掴んで海の中にたたき込む。そうしておいてから、フォーダートはフレッツェンの方に向き直った。
 自然と冷たい微笑みが口許に浮かぶ。そしてフォーダートは、大声で呼びかけた。
「オレに用があるんだろう!?礼儀ぐらいはちゃんとして欲しかったぜ・・・。いきなり鉛玉の嵐なんて結構な挨拶だな?」
 フレッツェンは、一人でフォーダートの方に近づいてきた。他の者は後ろに下がらせたままだったが、どれも皆、彼と同じか少し下ぐらいの少年といっても良いような若い連中である。
「どこの所属だ?」
フォーダートに訊かれて、彼は首を振った。
「オレはどこにも属してなんかいねぇ。」
「ふん。でも、サーペントの傘下にいたのは確かじゃないのか、フレッツェン?確か・・異名があったよな?カンディーのフレッツェンだったか?」
 カンディーとは地名の名前で、おそらくフレッツェンというこの青年はそのカンディー地方の生まれなのだろうと推測できる。カンディーのフレッツェンという異名については、ちらりと噂を聞いたことがある。フォーダートが知っているのは、そういう名の青年が、サーペントの結構なお気に入りだということで、将来有望だということだった。
 ――――将来有望といわれた血気盛んな青年・・・。
 フォーダートは、なんとなく複雑な気分になりながら、青年がこちらに歩いてくるのを見ていた。少し無謀なところがあり、恐いことなどなくて、生意気で・・・、そして期待を一身にうけた青年。そういった男を昔、フォーダートは知っていた。それも、たいへんよく知っていた。今は――――もういない。
「何が目的だ?オレを殺して名をあげたいだけなら、なにもあのガキ共を巻き込むことはねえだろう?」
「へっ・・・あんたが殺せねえようだから、オレ達が手を貸してやろうと思っただけだぜ。むしろ、感謝してもらいたいな!」
フレッツェンは、即答した。鋭い口調で、敵対意識が満ちていた。
 フォーダートは、静かに応えた。興奮して大声で脅すような口調になってしまっているフレッツェンとは対極ともいえるような態度だった。別に怒りを露わにすることもなく、ただ冷たい目で無感情に見つめているだけだった。
「なるほど。オレが出来ないことをやってのけて、それでオレを出し抜いたことにするってわけか?直接オレと戦えば気が済むだろう。今から、オレがお前と手合わせしてやる。あの小僧は見逃してやれ。」
「なにいってやがる!てめえの都合にあった話をしてるんじゃねえ!」
 だんだんと彼らの距離は狭まっていった。感情の高まりと共にフレッツェンの歩幅が大きくなっていった。フォーダートは、腕組みをしたまま、まだ動かない。眉一つ動かさずに、ただ佇んでいるだけだった。見ようによっては、うっすらと笑っているようにも見えるが、どちらかというと無表情に近い。しかし、フレッツェンからすれば、それが自分への嘲笑だと思えなくもなかった。
(目にものを見せてやる!)
 フレッツェンは、衝動的にカトラスを抜いた。そして、そのまま走り出した。フォーダートは、まだ動かなかったが、少しだけ目を細めた。さっとフレッツェンの視界からフォーダートが消えた。肩すかしをくらってフレッツェンは前のめりにつんのめった。
「ちっ!」
 舌打ちして振り返ったとき、すでに相手は自分のカトラスを抜いて立っていた。フレッツェンは、相手にいった。
「口先だけじゃねえらしいな!」
 フォーダートはようやく少しだけ笑って応えた。
「肩の力を抜けよ。それじゃ、自滅するのがおちだぜ。」
「なんだと!」
「悪いことはいわねえから落ち着きな。坊主。それじゃろくに戦えねえぜ?」
「坊主だと!!」
 子供扱いされて、フレッツェンはますます怒った。
「なめるんじゃねえ!」
足で床を蹴り上げて、フレッツェンは勢い着けて相手に向けて走る。靴音を激しく響かせて近づいてくる青年をみて、フォーダートはどうしようもないといいたげに首を振った。
「しかたがねえ奴だ。オレがご親切に忠告してやったのに。」
 キィンという耳に響く金属音が聞こえ、フレッツェンのカトラスは簡単にはじかれた。フォーダートは、そのまま軽く追い打ちをかけてやる。彼は慌ててそれを全て防ぐと、少し後退した。予想以上に逆十字は強く、その上、戦闘中なのにも関わらず異様なほど冷静だった。
「仲間に手を出させねえ所は評価できるな。なかなかいい度胸をしてるよ。サーペントのところにおいとくのはもったいねえなぁ。」
フォーダートは、そう言って手のカトラスをひょいと一回転させて持ち直した。焦りの欠片も見いだすことが出来ない。
「う、うるせえ!」
「落ち着けよ。落ち着かねえとうまく話もできねえだろう?」
「うるせえ!!」
 フレッツェンは、いらだちに任せて斬りかかった。だが、一歩後ろに足を踏み出しただけでフォーダートはそれをよけて、そのまま身を翻した。
「ついてきな、坊や。場所を変えようか!?」
彼は、にやりとするとそのまま、フレッツェンをおびき出すように走り出した。
 追ってくる青年を目の端でとらえながら、フォーダートは苦笑していた。本当によく似ていた。苦々しく思いながらも、フォーダートは少し節介を焼きたいような気分にもなっていた。悪戯ぽい笑みを密かに浮かべて、フォーダートはまるで遊んでいるようにすらりと走っていった。
 
 
 
 
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©akihiko wataragi.2003
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