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一覧 6.忠告 「お兄ちゃん。来週はあたしのたんじょうびなの。一緒にいてくれるよね?」 ああ。と応えたにもかかわらず、彼は小さなマリアとの約束を破った。あの小さなマリアの事は良く覚えている・・・。 マリアは、可愛い少女だった。青年は、松葉杖を突きながら今日は買い物に出かけていた。ミルクとパンを袋に詰めて、小さなマリアの手をひいてやる。小さなマリアは、嬉しそうに背の高い彼の足下でぴょこぴょこはねていた。それを見ながら、彼は優しい微笑みを浮かべていた。マリアがそれを見ることができなかったのは残念だったが、彼の微笑みは本当に優しく穏やかな微笑みだった。 「お兄ちゃん。あたしね・・・大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになってあげるよ。」 そういって笑うマリアに、彼は応える。 「そうかぁ。オレも嬉しいよ。お兄ちゃんはもてる方じゃないからなぁ。きっと、恋人なんてできゃあしないもんな。」 笑いながら、彼はそっとマリアの頭をなでた。小さなマリアは、まるで彼の妹のように彼の周りを跳ねていた。 あの医者の家に厄介になったときは文句無しに幸せと言えた。ここの所味わった事のない安らぎが、彼の心を少しずついやしていった。 それまでのしばらくの期間・・・彼の生活は最低だった。酒を飲んでは周りに当たり散らし、喧嘩をしては負けて路上でうめく。そのような毎日をしばらく送ってきた。その結果、自分と他の関係のない者達を巻き込んで悲惨な事件が起きた。その復讐すら果たせずに、彼は再起できない程叩きのめされた。 そういったボロボロの状態だった彼だが、ここで過ごしている内に心身ともに回復してきていた。人をいじめてばかりのあの性格の悪い医者はともかくとして、エミリーもジャックも優しかったし、マリアは彼を慕ってくれる。まるで妹ができたような感じで、彼はとても嬉しかった。 だが、彼はここを去らなければならなかった。こんなに幸せだったというのに、夜な夜な襲ってくる悪夢は払いのける事ができなかった。他の者を不幸にしたまま、自分だけがのうのうと幸せに生きているという意識がどこかにあった。復讐をしなければならない。と彼の心の中の何かがささやいた。幸せすぎることが、彼をかえって苦しめていた。 とうとう、彼はこの幸せで平和な生活から逃げ出してしまった。気付くとまた、この血生臭い世界にかえってきてしまっていた。この世界は好きではなかったし、いい加減足を洗いたかったが、どうもそれが許されないような気がして仕方がなかった。それから、今まで彼はあの時の思いを未だに引きずったまま生きてきた。そろそろ、決着をつけなければいけない時期だと・・・彼も感じてはいたけれど・・・。 軽くいなしてやりながら、フォーダートは隙を見つけては鋭く切り込んだ。 「ほらほら、どうした?動きが鈍ってきてるんじゃないか?」 笑いをふくんだ声が、フレッツェンには耳障りだった。まるで剣のレッスンでもされているかのようだった。サーペントの部下の中ではそれなりに認められていた自分だったが、フォーダートにかかればまるで赤子扱い・・・。腹立たしく思いながらも、どうしようもなかった。ひたすら、攻めるしか方法は無いらしい。 「ちくしょう!!」 怒りにまかせて切り込んだ剣を、軽々と受け止められた。金属を伝わって衝撃が手に残る。フレッツェンの焦った顔を見回しながら、フォーダートはにやりとした。 「それで打ち止めか?じゃ、こちらからいかせてもらうぜ!?」 すーっと鋭い突きが、滑り込むようにフレッツェンに向けられた。慌ててそれを返すが、バランスが崩れていった。その次は、素早く斜めに払う。フレッツェンは、慌てて後退してそれをかわした。それから、フレッツェンの剣めがけて重い一撃をたたき込む。受け止めきれずに彼は、甲板の一番前まで押し出された。 後ろをちらりと伺ったが、あとはバウスプリット(一番前のマスト)があるだけで、そのほかは、下に青い海が広がっているだけだ。仕方なく、後退してバウスプリットに足をかける。 「袋小路だぞ。そこに逃げ込むなんざぁ、自殺行為も甚だしいなぁ。」 フォーダートは、口許を歪めた。だが、目の方は相変わらず、冷たいだけで笑いもしていなかった。それは狩るものの目だった。フレッツェンは、思わず冷たいものが背筋を流れて行くのを感じた。 カトラスを突きつけるようにフレッツェンに向けたまま、フォーダートは一歩踏み出した。フレッツェンは、落ちないように気をつけながら一歩下がる。だが、足下を見なかったせいで、その一歩がわずかに空を踏んだ。フレッツェンはバランスを失った事に気づき、慌てて体勢を立て直そうとしたが、もう無駄だった。 「あ・・うわっ!」 がくんと身体が海に吸い寄せられるように落ち込む。 しかし、いきなり落下は止まった。胸ぐらを誰かがつかんでもちあげているらしい。そっと目をあけると、フォーダートがそこに立っていた。そして、少し苦笑していった。 「やっぱりな。お前、この世界に向いてねえよ。」 「な、なに?」 「悪いことはいわねえ。足を洗えよ。」 フレッツェンは、突然言われてとまどっていた。フォーダートはそのまま続けた。 「お前を見てると・・お前ぐらいの年の頃のオレを思い出してな。まだ、お前はオレみたいに戻れないわけじゃねえ。こんな世界にいたって、良いことは何もねえしな。足を洗った方が、賢明だぜ。」 そういうと、フォーダートはフレッツェンを持ち上げて前甲板の方に投げ入れた。 「いいな。サーペントなんかにくっついているのも、お前が独立してやるのも・・・オレから見れば、戻れない道につっこんで行ってるのと同じ事だ。この仕事はな、憧れやなんかで入ってくるような良い商売じゃねえんだよ。」 そういい残すと、フォーダートはすたすたと歩き始めた。フレッツェンは、慌てて聞いた。「じゃ・・・じゃあ!あんたはどうしてこの世界に入ったんだ!?」 フォーダートは足を止めた。そして、少し自嘲的に笑った。寂しそうな表情だった。 「オレは、入りたくてこんな世界に入ったわけじゃねえ・・・。運命の成り行きっていう奴かな・・・。ここしか選択肢がなかったんだよ。」 そういうと、フォーダートはもう何も言わず振り向こうともしなかった。戦意を失ったフレッツェンは、黙ってそれを見送っていた。 彼の部下のいくらかが、フォーダートに挑みかかっているのが見えたが、どれももう逃げ腰だった。 ―――すでに勝負はついていた。 アルザスは、そこを必死で逃げていた。後甲板の方をまわり、走り抜ける。いつまでもつかはわからなかったが、どうやらまともにやって勝てる相手ではなさそうだ。相手が、アルザスをなめてかかって飛び道具を使わなかったのだけが幸運だった。いきなり、目の前からも男達がやってきた。道をふさがれて、アルザスは慌ててブレーキをかけた。近くに棒きれが落ちているのが目に入ったので、とっさに拾い上げた。 「馬鹿だな。そんな棒ッ切れでオレ達に刃向かうって言うのか!?」 男達の嘲笑が聞こえる。アルザスは、ぐっと棒を握りしめた。 「ば、馬鹿にすんなよ!お前らみたいな雑魚なんかなぁ、オレ一人で充分なんだよ!」 つい口が滑って威勢のいい言葉をはいてしまうのがアルザスの悪い癖だ。 「何だ!でかい口ききやがって!」 男の一人が掴みかかってきた。なかなかの巨漢で、体格としては恵まれない方のアルザスの二倍近くあるように見えた。 「わっ!」 慌てて、頭をさげた。髪の毛を風圧が揺らしていく。そのまま、棒を握ってアルザスは素早く横に逃げて難をさける。ついで殴りかかってみるが、あっさりと棒は二つに折れて、飛んでいった。 「やっぱり、無理か・・・。」 さーっと顔が青ざめた。唯一期待していた武器がこんなにもろいのなら世話はなかった。「うわっ!は、離せよっ!」 いきなり、襟元を掴まれてアルザスは、叫んだ。 「手こずらせやがって!例の地図を出せ、小僧!」 「うるせえ!そんなもん、知らねえよ!」 反射的に反抗的に応えたものの、猫のように持ち上げられたアルザスに抵抗のすべはなかった。 (せめて、あの逆十字ぐらいタッパがあったらなぁ。) などと思わず思ったが、思っても祈っても背が瞬間的に伸びるような奇跡は起こってくれなかった。 「そうかよ!じゃぁ、す巻きにして海の中にでも沈めてやるか?」 連中の一人がとんでもないことを言い出した。どうやら地図の探索には熱心ではないらしく、単に暴れたがっているだけのようだった。少し痩せた男が、にやにやしながらつけくわえた。 「そうだな、足におもりでもつけてやれよ。石抱かせるのもいいかもなぁ。」 「ははーっ。そりゃいいな。」 アルザスを掴んでいる巨漢の男が、彼らの方を向いて笑った。 「何秒で沈むか、賭けるってのもいいかもな。今夜の酒代をよ。」 「ああ!そりゃいいな。お前、気の利いたことを思いつくじゃねえか。」 (危ねえ奴らだな・・・。どっかおかしいんじゃねえのか?) アルザスは思ったが、よく考えると、男達は今油断しきっている。チャンスは今しかないだろう。 アルザスは、男が向こうを向いている間に、思いっきり彼の手に噛みついた。 「いてっ!!」 男は、この不意打ちをまともにくらったらしく、痛さの余りアルザスを思わず振り払った。振り払った方向が船内の方向ではなく、海の方だったのがアルザスにとって不運だった。思わず手を離したのでアルザスを海に放り投げる形となってしまった。 頭から海の中に突っ込んで、アルザスは少し海水を飲み込んでからようやく海上に上がった。げほげほと軽く咳き込みながら、船の方を見上げた。 「無茶しやがってっ!あの野郎!」 口だけは達者なアルザスは、そう吐き捨てて、こちらをのぞく海賊達を見た。ちらっと銃口が光ったのがわかった。狙われているのを悟ると、慌ててアルザスは海の中に潜り込んだ。海の中なら、銃はそれほどの脅威ではない。 (しかし、どうしようか。) 潜って船の方から少し離れつつ、アルザスは思案した。このままでは、船に帰れそうにない。なんとか、方法をみつけて船の上に戻らなくては・・・。 反対側に海賊達の船が泊まっているだろうが、そこから船にのぼるのも危険だろうし、かといって他に方法があるかどうか・・・。 息が切れてきたので、思い切り船から離れてから海上に顔をだす。三〇メートルほどさきに、船が二隻、見えていた。ここまで離れていれば、そう簡単には、ねらえないだろうと踏んで、アルザスは自分の機転に少し満足する。だが、すぐに彼の表情はかわった。 まず、海賊達の船が、慌てた様子で逃げていくのが見えた。妙だな。と思っていたアルザスだが、次の瞬間、思わず「あ!」と大声をあげた。 襲撃を受けたため、停船していた客船が急に動き出したのだった。しかも、全速力で。「ま、待ってくれ!!」 聞こえるはずもなかったが、アルザスは両手を掲げて船を止めようとした。こんな所でおいていかれたらとんでもないことになってしまう。ザバザバと水をかき分けて慌てて船の方に近寄ろうとしたが、船は速度を上げてだんだんと遠くに行ってしまった。 「おい!待ってくれってば!」 だめ押しに一度叫んでみた。 だが、もう船は随分と遠くの方にいってしまっている。 「う、嘘だろ・・・。」 アルザスは、大海原の真ん中で呆然とそう呟いた。こんな海の中でたった一人取り残されては、さすがの彼も途方に暮れるしかなかった。 ライーザは客室の方にマリアをゆっくりと引っ張っていった。マリアは、心配そうな声でライーザに尋ねる。 「先生・・・大丈夫かしら・・。アルザスさんは?」 「多分大丈夫よ。だから、客室の方に逃げましょうね。」 ライーザは、マリアを安心させるために力強い声で言った。そして、不意にアルザスの後ろにいたのは何者だろうと考えた。何となく見たことがあるような気がしたが、顔はわからなかったし、何者なのか、全くわからなかった。 ふと、目の前に影が落ちる。いきなり、ライーザの前に男が現れていた。 「まだこんなのがうろうろしてたのか!?」 風体で人を判断するのはよくないが、海賊らしい風体の男だった。男はライーザをつかもうとして手を伸ばしたが、ライーザはするりと男の手から逃れて、マリアの手を引っ張って反対側に走っていった。 「どうしたの!?ライーザさん!!」 マリアは心配そうに聞いたが、ライーザにはそれに答える余裕はなかった。あそこに男がいるという事は、客室はすでに占拠されているに違いない。 (どこに逃げればいいのよ!?) ライーザは、とりあえず走りながら、逃げる場所を考えていた。 突然、前からたくさんの男が現れた。ライーザは慌てて足を止めようとしたがうまく止まらず男にぶつかった。そのまま後ろに転んでライーザは思わず立ち上がる。 「きゃあ!」 後ろから悲鳴が聞こえた。ライーザははっとして起きあがった。振り向くとマリアが、先ほどの男に両手を後ろ手に握られている。 「マリアちゃん!!」 マリアの方に行こうとしたが、ライーザはすぐに押さえつけられた。上から男達に抑えられながら、ライーザは叫んだ。 「何するのよ!乱暴はよして!」 と、彼女の口をふさぐようにハンカチのようなものが当てられる。目の前がふとぼやけてきた。ふっと意識を失ってライーザはそこに崩れ落ちた。 「全く、旦那方も難しい注文をなさいますねえ。」 一人がライーザの顔をのぞき込みながらそう言った。 「これだけの上玉、売っ払った方が儲かると思うけどな。」 そういう男をなだめるようにコートを羽織った三十前後の男がこういう。 「そういうな。作戦が成功した暁には、それなりの金は出す。」 男の口調や仕草は軍人風だった。所属を示すものはなにもなかったが、見た目の印象はごまかせなかった。 「この娘が地図を持っていないことはわかっている。あの妙な男か、それとも子供のほうがもっているはずだ。それをいぶし出すには、この娘が必要でな。」 「そうですかい。じゃあ、こっちはどうしましょう?マファル大尉。」 「そうだな。」 マファル大尉と呼ばれた男は、震えているマリアを見た。 「一応、一緒に連れていけ。後で使いようがあるだろう。」 マリアは、よくわからず恐怖のために震えていたが、ライーザがどうにかされたらしい事だけはわかった。ウィリアム=アレクサンドラもどこにいるのかわからない。 (お兄ちゃん・・!) マリアは、記憶の彼方にある、ある青年を想った。危ないことがあったらいつだって助けてあげると約束してくれたあの青年を・・・。ここに来てくれるはずもなかったが、マリアは思わず助けを呼ばずにはいられなかった。 (お兄ちゃん!助けて!) 戻る 進む 一覧 背景:自然いっぱいの素材集様 |
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