ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
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 9.キィス=テルダー
 シャワーを浴びてから脱衣かごからバスタオルを探り出して、大雑把に水分をふき取ると、アルザスは用意された新しい服を見た。
「あれ・・・。てっきり、あんな詰め襟みたいな服だと思ったのに〜・・。」
 アルザスは、服をつまみ上げた。どうみても、あのキィスというオヤジの服だとは思えなかった。キィスの服がくるのだろうなと思っていたアルザスは、サイズがそうとうだぶだぶになってしまうのだろうなとか、軍隊みたいなかたっ苦しそうな服だろうなと、懸念していたのだが、その心配は一切無かったようだ。
 だが、一体誰の服だろう。水色のシャツにジーンズ生地のズボン。おまけに、フライトジャケットみたいな格好の良いデザインのジャケットまで付けてくれていた。一度、二度、洗濯されたような形跡はあるが、ほとんど新品状態の良い服だった。すくなくとも、アルザスが普段着ている服よりも上等である。
「なんだ、あのオヤジ。結構気が利くんだな。」
 妙な感心をしてから、アルザスは服を着て風呂場を出ようとした。が、ふと、自分のずぶぬれになったジャケットの裏ポケットに重大な忘れ物をしているのに気がついて、慌てて風呂場に駆け戻った。
 彼の服はおけにつけられていた。アルザスは、ジャケットをつまみ上げて裏ポケットを探った。
「・・・ない?」
 慌ててあちこち探ってみるが、全くない。生地を裏返してみても見あたらなかった。
「あ、あのオヤジ!」
 アルザスは、キィスが地図を狙う一味かもしれないという可能性についてすっかり失念していたことに気がついた。親切にしてくれたのも、アルザスが地図を持っている人間だと知っていたからではないかと疑った。
「ちっくしょう!たばかられたっ!」
 アルザスは、吐き捨てて慌てて風呂場をでて甲板にでる扉の方に駆け込んだ。どたばたと大きな足音をたてながら走って、甲板に出たが誰もいない。
「逃げられたか!」
 アルザスが、悔しそうに言ったとき、後ろから思わぬ声がかかった。
「何を騒いでいるのだ?廊下は静かに歩けと教えられなかったのか!?」
 ぎょっとして振り返る。そこにはキィスが、何事もなかったかのように立っていた。顔も前のまま、不機嫌そうな顔をしたままだった。
「あ、あんたっ!オレから、地図を!?」
「地図?あぁ、これのことか?」
 キィスは、手の指先でつまんだ紙をひらりと揺らした。
「返せっ!」
「ふん。こんな紙切れに興味など無い。すぐに返してやる。ただ、お前に聞きたいことがあっただけだ。」
 キィスが思わぬ事をいうのでアルザスは怪訝な顔をした。
「え?な、何だよ!」
「船長室に来い。」
 キィスは短く告げて、とっとと歩き出した。アルザスが怪しんで、なかなか動かないのに気付くと彼は振り返って大声をあげた。
「歩けといっているのがわからんのか!?」
「わ、わかってるよ!」
 後ろで小さく舌を出して、文句を小声で吐きながらアルザスはキィスに従って歩き出した。
「いちいち、怒鳴りつけることねーじゃねえか。」
ぶつくさ言っている内に、キィスは船長室のドアを開けてアルザスを誘導した。
「ほら、とっとと入れ!」
「わかってるっていってるだろ!いちいち怒鳴らないでくれよ!耳がもたないだろ!」
「だったら、早く入れ。」
「わかったよ!」
 アルザスは、威勢良く言ってふてぶてしく両手を頭の後ろでくんだまま、船長室へと足を踏み入れた。真ん中に重そうな机がひとつおかれてあって、部屋の隅の方にはコートと帽子がかけられてあった。周りには、本棚がいくつかあって本が並んでいる。なんとなく提督の司令室にでも通されたような気分になって、アルザスは少しだけかしこまってしまった。
 キィスは、真ん中の机の椅子にどかっと座って、机の上にさっと地図を広げた。腕組みをしたまま、キィスはアルザスを射すくめるように見た。
「この紙切れがどういうものか、お前は知っているのか?」
「あ、ああ。」
 アルザスは、机に手をついてキィスを見ながら言った。
「そうじゃなきゃ大切にしてないよ。」
「なるほどな。」
 ため息をついてキィスは、地図を見つめた。そのまっしろな紙切れに、世界中の人々を狂わせるほどの力があるとは思えなかった。
「なぜ、これが欲しい?地位か?名誉か?・・・それとも、金か?」
「べ、別にそんなもんいらねえよ。」
 唐突に聞かれてアルザスは慌てて否定した。
「オレは、ただ・・・ちょっと興味があったから。」
「命がけだぞ。覚悟はあるのか?」
「あるに決まってるだろ。もう何度も襲われたんだから!」
 キィスは、ため息をつき腕組みをといた。
「そうか。わかった。」
彼の右手の指が地図をはじいた。はじかれて、地図はアルザスの方に何センチか寄った。
「そこまでいうのなら、私の出る幕はないな。持って行け。」
「お、おう。」
 アルザスは、地図を再び小さく折ってポケットに入れた。それから、キィスの方を再び見た。キィスは、少しうつむいて床の方を見ているようだった。なにか、寂しそうな感じがした。アルザスは何か話さなければいけないような気がして、あわてて何か話をひねりだそうとした。ようやくみつかった話題に飛びついて、彼は不自然ながらにキィスにこう尋ねた。
「あ、あのさ・・・。あんた、船乗りだよな?」
「似たようなものだな。・・・なんだ?」
 キィスの寂しさは、アルザスの方を見たときにはすでに消えていた。彼はぶっきらぼうに応え、机の上に右手で頬杖をついた。
「色々、聞きたいことがあったんだけど・・・。」
「ふん。私にわかることなら、応えてやっても良いぞ。」
キィスは、椅子の背もたれに重心を傾け、再び腕を組んだ。
「何が聞きたい?」
「あの・・・『逆十字』っていうあだ名の海賊のことは知らねえかな。右目にそういう形の傷があるんだ。」
「逆十字?・・・ちらっと噂ぐらいはきいたが、よくは知らないな。」
「そうか。」
 アルザスは、少しがっかりした。だが、よく考えてみると、彼はあまり知られていないと言われていたから、このキィスが知らなくても当然かも知れない。
「まぁいいや。じゃあ、『地獄のダルドラ』っていう海賊については?」
 何気なく聞いたアルザスのその言葉に、キィス=テルダーはぴくっと眉を動かした。
「何だと?」
気を悪くしたのかと思って、アルザスは笑いながら慌てて言った。
「いや、別に話したくないのならそれでいいんだけどよ・・・。」
 キィスは、じろりとアルザスを睨んだようにみえたが、すぐにため息をついた。
「そういう名前の男は、よーく知っていた。そうか、ヤツについて聞きたいのか?」
「ああ。そうなんだけど。」
「なるほどな。当然、前の持ち主は気になるだろうからな。いいだろう。話してやる。」
 キィスは、寂しそうでもなかったし、楽しそうでもなかった。強いて言うなら、少し不機嫌で何か怒りを抑えているかのようにも見えた。だが、彼の言葉は淡々としていた。
「奴は、お前と同じような威勢だけいいガキだった。信じられないほど頭がよく回ったが、担がれるとすぐ調子に乗るのが悪い癖だった。」
「調子に乗る?」
「そうだ、ヤツは軽い所があったからな。頭は良かったが、人を疑うことを知らないヤツだった。だから、あっさりとはめられたんだろうな。」
「へぇ、よく知ってるんだな。」
 アルザスにきかれてキィスは憮然と言った。
「まぁな。ちょっと知り合いだったんでな。」
「じゃあさ、そいつはどうして地図を欲しがったんだ?」
 キィスは、少しだけ苦笑した。アルザスは、初めてキィスが笑うのを見たような気がした。キィスは、笑いながら彼に訊いた。
「どうしてそんなことを私に聞くんだ?」
「・・・え?い、いや、ただの興味だけどさ。」
「興味か。お前は、好奇心が旺盛らしいな。」
 キィスは、ふと口許から笑みを消すと立ち上がった。
「私はヤツではないから、はっきりとはわからないがな。・・・もしかしたら、焦っていたのかも知れないと思うことがある。」
「焦る?」
 キィスはアルザスの方を向いた。
「もともとはヤツも好奇心が強い方だったが、地図を手にしたときのヤツは、好奇心だけで動いていたわけではないようだった。そうだな、金銭欲があるヤツではなかったから、多分、名前が欲しかったんだろう?誰も解けなかった謎を解いたとなれば、色んな世界で名前が取り沙汰される。」
「名前が?」
「・・・つまり、周りに認めて欲しかったんだろうな。」
 キィスは少し重々しい口調で言った。
「で、でもだぜ・・!」
 アルザスは、反論する。
「だって、そいつ、結構有名だったんだろ?じゃあ、今更認められたいってことは・・」
「他人の判断と本人の判断は違うだろう?自分が頑張っているつもりでも、他人が見ると全くダメだったりすることもある。ヤツの場合はその逆だ。周りに認められているという実感がなかったのかもしれんな。」
 キィスは、そういうとため息をついた。
「・・・へえ・・・そうなのか。」
アルザスには、いまいちよくわからなかった。アルザス自身は、そうプレッシャーを感じない性格だったせいもあるかもしれないが、単に環境が違うのかも知れない。
「それで騙されて、縛り首になっちまったんだ。」
「いや・・・違う。」
 意外なことにキィスは、はっきりとそれを否定した。
「ヤツは、絞首台の上で死んだ訳ではない。」
「え?・・ど、どういうことだよっ!」
 驚いてアルザスは、キィスの方に迫った。そんな話は初耳だ。
「ヤツの処刑は、公開で行われたわけではない。だとしたら、裏から金を握らせれば、当時はまだどうにかなったのだ。それだけ、役人が腐ってたと言うことだな。」
「・・・じゃ、い、生きてるのか!?」
「・・・私が聞いたのは、それから少したってヤツが喧嘩でどこかの町で殺されたという話だけだ。」
 目を伏せて少し沈痛な面もちでそう呟いたキィスの言葉は、到底嘘には思えなかった。
「じゃ・・じゃあ、結局、地獄のダルドラはこの世にはいないんだな?」
「多分・・・な。」
 キィスは、そう言ってふと気付いたように視線をあげた。彼の目は、壁に掛かった古い振り子時計の針をとらえていた。
「すっかり長話になってしまったな。そうだ。アル公、お前は昼飯はまだだろう?」
 言われてアルザスは、すっかり空腹な事に気付いた。おまけに、時計を見ればすでに十二時も遙かにまわり、一時にさしかかっていた。
「うん。そう言われればそんな時間だっけ・・・。船の中は昼飯どころじゃなかったから。」
「だろうな。何かくわせてやろうか。」
「・・・それより、オレの乗ってた船に連れがいたんだ。ちょっと心配で。」
 色々あって切り出す機会が無かったが、アルザスはようやくそう言った。逆十字がいるのだから、たいていの事は大丈夫だとは踏んでいたが、それでも心配は心配だったのである。キィスは、先に船長室を出ながら言った。
「そこの情報か。どこかの無線を傍受したのだが、どうやら海賊達は撤退したようだぞ。船は無事、パージスに向かっているらしい。」
「そうか!じゃ、オレも安心して昼飯にありつけるな!」
 アルザスは、小躍りして喜んだ。
「現金なヤツだな。」
 あきれたように言いながら、また仏頂面をしてキィスは、歩いていった。
 
 夕方、アルザスはパージスに着いた。桟橋の上でアルザスとキィスは、話をしていた。
「この服、いいのかよ?オレの、とっくに乾いたけど。」
 アルザスは、貸してもらったジャケットを掴んだ。実は靴も貸してもらっていた。アルザス本人の靴は、夕方になってもまだしめってしまっていたのだ。それで、どこからかキィスがアルザスのサイズよりちょっと大きめのブーツをくれたのだった。
「やる。遠慮なく取っておけ。」
「でも・・・あんたにはかなり世話になったし・・・。」
「男が一度やるといったものだ。撤回はせんぞ。」
 アルザスは、かたくなな所のあるキィスに少しあきれたが、この際、もらっておいた方が便利もいいのでもらっておくことにした。
「じゃ、有り難くもらっとくぜ。」
「連れの娘と、うまく会えるのか?」
 キィスが心配してくれたのかそう聞いた。
「あ、それは大丈夫だ。巡航船のところまで一応行くつもりだし、それで会えなかったら会えなかったらで、『シルク』っていうペンションで待ち合わせするって事になってんだ。事前にはぐれたときの対応を決めてたから。」
「なるほどな。」
 キィスはうなずいた。
「じゃあ、ありがとうな。また、今度会ったときになんか恩返しでもするよ。」
「期待せずに待っておいてやる。」
 アルザスは、少し会釈すると彼に背を向けて歩き出した。一、二歩、進んだとき、突然呼び止める声が後ろからした。
「待て。」
 振り返ったアルザスに、キィスは言った。
「一つお前に言いそびれたことがある。」
「なんだよ?」
「地獄のダルドラは死んだと言ったが、本当のことを言うと、そんな確証はない。ヤツは喧嘩の時、海に落ちて死んだと言うが、ヤツの死体はとうとうあがらなかった。死体を見たものは誰もいない。」
「・・・て、ことは、生きてる可能性もあるのか!?」
「そう言うことだ。もっとも、可能性は低いがな。」
 アルザスは、一歩、キィスの方に歩み寄った。
「じゃあ、本人に会って色々聞けば教えてくれるかも知れないな。」
といって、アルザスは重要な事に気付く。
「でも、オレは、ダルドラってヤツの顔を知らないしな。それに探し当てるなんて、すごい時間がかかりそうだ。」
面倒なことが嫌いなアルザスは、思わず頭をかいた。人捜しというものほど、地道な作業はないだろう。おまけに、相手は「死んだ筈の男」であって、きっと正体を隠して生きているだろう。
「一つ、ヒントをやろう。地獄のダルドラには、はっきりと奴だとわかる目印があるのだ。」
 キィスは右手首を指し示した。
「奴の右手首には、炎の鳥と弓矢をかたどった入れ墨があるはずだ。色は少し薄いだろうがな。そういう人物を見たなら、それがダルドラ本人だ。見つけたのなら、事情をきくといい。」
「あ、ありがとう。」
アルザスは、珍しく素直に礼を述べた。
「無理はするな。」
 キィスの声がふと優しくなった。が、次の瞬間には、例の軍人風の口調のままになっていたし、表情も優しげというより、いつもの仏頂面だった。
「まぁ、せいぜい逃げ回ることだ。」
そういってキィスは、船から降りるとアルザスとは逆方向に歩いていった。
 見送って、アルザスは乾いたの洗濯物の詰まった袋を肩にのせて、ゆっくりと歩き出した。ふと、男の声が耳に入った。
「おい、見ろよ。『烈火のテルダー』だぜ。」
 アルザスが振り向くと、船乗り風の男二人がキィス=テルダーを見ながら話していた。おそらく、漁師だろう。ひょろっとしていたが、それなりに年季の入った海の男という感じがした。海賊達とは、はっきりと雰囲気が違っていた。
「へぇ、まだいたのか。大戦時、戦争終結に尽力したっていう義海賊だろ。そのあとは、どっかのえらいさんになってるかと思ったけどな。」
「それが、ああいう義海賊っていうのは、戦争がすんだらお払い箱になったっていうぜ。治安を乱すとか言ってさ。」
「なるほどな。勝手なもんだぜ。」
 アルザスは、振り返って船乗りの男達の方に駆け寄った。
「あの・・・、あんたたち、あの人のことを知っているのかい?」
船乗り二人は、突如現れた少年の方に振り向いた。
「あぁ。そうか、お前ぐらいの年のガキは、戦争を知らないからな。」
と、言って船乗りの男は続けた。
「烈火のテルダーっていうのは、戦争中、同盟国側に立って敵の輸送船を襲って補給路を断ったっていう私掠船の船長の名前だ。短気ですぐカッとなるから、そういう名前になったらしいぜ。だから、義海賊って呼ばれる奴らだな。噂によると軍事国家のヴァントランの海軍将校だったんだが、戦争に嫌気がさして軍隊を脱走したっていう噂だったよな。」
もう一人の男が、うなずいて後を続けた。
「オレ達は、昔海軍に従軍してたんだが、その時にあの烈火のテルダーを一回見たことがあるんで顔を知ってたんだ。そりゃあ、あの人は恐かったぞ。敵を震え上がらせたことでは、レディアファーン以上だったんだから。今、何やってるのかは、あまり聞かないがな。」
「ありがとう。」
「ああ、気ぃつけていきな。」
 船乗り達に礼を言い、アルザスは、再び歩き出した。何となく、キィスにもう一度会って色々と話しをしてみたいような気がしたが、何を話せばいいのやらわからず、アルザスは後を追うのを断念した。
 地獄のダルドラについて詳しかったのは、彼もまた海賊だったからに違いない。と、アルザスは思った。だが、謎がたくさん残った。おまけにとけない謎ばかりが。
「どうして、あんなにダルドラについて詳しかったんだろう。」
 アルザスは、独り言を呟いた。
 キィスは、ただの他人にしてはダルドラについて知りすぎている。まるで一緒に暮らしたことがあるみたいな口振りだったのも気になった。おまけに、この服は一体誰の服だろうか。
 しかし、今となっては訊くことは出来なかった。また、今キィスが傍にいたとしても、アルザスはそんなことをキィスに訊けるとは思わなかった。
 キィスと反対の道を歩きながら、アルザスはライーザが待つはずの巡航船の桟橋へと向かっていた。
 彼女の身に起きた事件など、何も知らないままで・・・。
 
 
 
 
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©akihiko wataragi.2003
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