ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 1.その後のフォーダート-1

 小さな古い港町だ。堤防にうち寄せる波音が優しい。強くない太陽の光は、すがすがしい空気にはぴったりだ。
 だが、そんなすがすがしい空気など、今の彼にとってはどうでもいいものだったのだ。「なんでえ、逆らうってのかよ?」
 土地のちんぴららしい、それでも彼よりはずいぶん背の高い大柄な男が、にやにやしながらいった。いま、まさに彼は、土地のちんぴら二人に恐喝されている最中なのだ。周りを通る人影はいない。彼は低く唸っているが、喧嘩しても勝てそうにはない。
「意地張らずに金さえ出せばいいんだよ。小僧。」
 彼はあまり背が高くない。幼なじみのライーザよりも少し低いのは、彼にとってはけっこうなコンプレックスなのである。大きな目をしているが、割合どこにでもいそうな平凡な顔つき。ただ、やたらめったに威勢が良さそうなのが彼の特徴だといえよう。ばさばさの髪の毛はくしをいれた気配がない。いつもの赤いジャケットに、ジーンズ。分厚いブーツを履き込んだ彼は、そうは見えないが、有名な冒険家の息子である。
「てめえらに出す金なんざねえっていってんだよ! こーの田舎やくざ!」
「なぁにい! 田舎やくざだ?」
「あ、間違った。ちんぴらだよな?」
 調子づいたアルザス=ダンファスは、ついついそんな挑発的なことを言ってしまう。
「なんだと! てめえだって田舎ものの面してるくせに! ちび!」
「うるせーなっ! 田舎もので悪かったなあ。」
圧倒的不利なのに言い返すのはアルザスの悪い癖だ。
「生意気なガキが!」
 かちんときたらしいちんぴらが、突然アルザスの胸ぐらをつかんで、もちあげ、その顔を殴ろうとした。
 が、その手は空中で止まった。横から入ってきた手が彼の手首を握っていたからである。
「やめとけよ。ガキ相手にかっこわるいぜ。」
「なんだっ・・・!」
 いいかけた男は思わず息をのんだ。そこにいる男が、少し常人と雰囲気が違ったからである。左手を三角巾で吊っていて、けが人だということはわかるが、それでもおもわず怯えるほどには男には何かがあった。
 やや右側に傾けて深く被った帽子をかぶっていて、背は高い。顔全体は整っているが、いわゆる甘さはない。手入れされた短い口ひげの下の唇は、今日は機嫌でも悪いのか、少しの笑みも浮かべていなかった。着ている服は、茶色のベストにぼろぼろのシャツ、そして腰にはぴらぴらした赤い飾り帯。それに、短剣がひっかかっているのがここからでもわかる。
 帽子の下には、深い海のようなコバルトブルーの澄んだ瞳が、やや冷たい光をたたえて輝いている。吸い込まれそうなその色は、おそらく彼の中では一番の魅力を発揮しているだろう。ただ、帽子で隠された右半面に、帽子の陰からでもよくみればわかる、すさまじい刀傷が、その魅力をうち消していた。帽子がなければ、額から頬、そして、鼻柱から耳の横へと顔を半分横断する形でついた刀傷は、途中で交差して、十字架をひっくりかえした形に似ている。おそらく、彼を一番不気味に見せているのは、その刀傷なのであろう。
「昼間っぱら現れやがって。」
 現れた男は不機嫌に言い放った。
「お前らみたいなのは、夜の闇に現れるのが筋じゃねえのかよ?」
 そういうと、彼は男の手をすっと引き、そして、彼の足を払った。そのまま、転びかけた男をそのまま相棒の方に突き飛ばす。バランスを失った男はそのまま転んでしまって、相棒を巻き込んでそこに倒れた。
「痛い目みないうちに帰りな!」
「な、何しやがる!」
 慌てて立ち上がった二人組は、おびえながらも虚勢を張って帽子の男を怒鳴った。
「好き勝手いいやがって! お前だって似たようなもんだろが!」
「なんでえ」
 帽子の男は、珍しく絡み口調で言った。
「田舎やくざが。オレに文句でもあるって言うのか? あ?」
「い、いやその。」
 帽子の奥でぎらりと光る青い目ににらまれて、ちんぴら達は思わず狼狽した。
「いいんだぜ。オレは今日は最ッ高に機嫌が悪いんだ。憂さ晴らしの手伝いをしてくれてもいいんだぜ。」
 にんまり恐ろしい笑みを浮かべながら、彼は相手の肩に手を回す。
「どうなんだい?」
「す、すみません。」
「ちょっと、・・・俺達が間違っていたみたいです。」
「へぇ。」
 さすがに怖くなったらしく、二人はおどおどと謝り始めた。帽子の男は口だけにやにやしながら、ばっと手を離した。
「じゃあ、さっさとオレの目に映らねえところに行けよ?」
「え?」
 二人組の一人が、意味をはかりかねて彼の顔を見た。今度は彼は笑いもしていなかった。
「行けってったのがわからねえらしいな?」
 ざっと足を進めながら、彼は帯に挟んだ短剣の柄をつかんだ。
「とっとと消えろってんだ! この馬鹿がッ!」
 だんと足を一歩踏みしめると、二人組は恐怖に駆られて悲鳴を上げて走り出す。やがて彼らが倉庫の隅に消え去るのをみながら、彼はふんと鼻先で笑った。
「はっ、屑が!」
「おおー、さっすが。」
 アルザスがぱちぱちと手をたたいた。
「さすがおっさん。本物は違うねえ。だてに逆十字とか言われてないんだなあ。」
 逆十字というのは、彼の異名だ。本名はフォーダートだといっているので、おそらくそうなのだろう。この前の地図の一件で、最初は恐ろしい敵だったフォーダートだが、結局アルザスに力を貸したことから、すっかり彼に慣れられてしまっているのだった。


 
 
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背景:トリスの市場
©akihiko wataragi.2003
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