ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2005
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ならず者航海記:孤島の科学者編

 

2.大機械塔迷宮-2

 波の音がざざ…と静かにうち寄せる。小舟で島にきていた二人の男と一人の少女が、
浜辺の砂の上にとんと足をおろしたライーザは、一応女の子ということで甘やかしているフォーダートが手をそっとさしのべていた。
「ありがと。」
 ライーザは、お嬢さんめかしてそういうと、手を離して、浜辺を軽く走る。しろい砂浜は、人がまったくいないこともあってか、やけに綺麗だった。入り江なので、かなり狭いのだが、ちょっとしたプライベートビーチといったところで、季節がよければ泳ぎたくなりそうになるほどである。
「へえ、なかなかいいところねえ。絶海の孤島ってのは間違っていないけど。」
 と、ライーザが言ったのは、この入り江ぐらいしか船を着ける場所も見あたらないからである。いや、もしかしたらあるのかもしれないが、ほとんどが切り立った岩場みたいになっているのだった。
「しかし」
 アルザスは島を見渡しながら言った。森というよりは林に近い木々に囲まれて、ひときわ古い石造りの屋敷がうっそうとたたずんでいた。古い石造りのそれは、どこか不気味で冷ややかな印象がある。すでに石が茶色に変色している部分もあるし、蔦に絡まれている部分もあるので、余計なのかもしれないが 。蔦の茂るちょっとした塔のような建物の三角屋根にアンテナのような妙なものが場違いにのっかかっているのをのぞけば、完璧なお化け屋敷である。
「こんなトコ…そもそも、人がいんのか?」
 住めるのかどうかもわからない古びた屋敷にアルザスは、疑うように呟いた。
「…と、思うだろ?」
 フォーダートはため息混じりに屋敷を見上げて呆れたように言った。
「これが…いるんだよなあ。ちゃんと住んでるんだよ。オレだって、最初はただの空き屋だと思ってたんだが、人がいたので正直焦って、思わず強盗を……」
 ぽつり、とフォーダートが漏らした言葉を聞きとがめ、ライーザは眉をひそめた。
「ごうと…?」
「あああ、いやっ、な、なんでもないい!」
 焦ってどもりながら、フォーダートは慌てて首を振った。
 危ない、もう少しで昔の悪事がばれるところであった。いや、そもそも犯罪者なのはわかっているのだろうが、それにしても隠しておきたかったのである。なにせ、あれは酷い失敗でもあるので、彼としてもちょっと恥ずかしかったのだ。
 うっかり焦って間違ってカタギ相手に強盗したことや、若気の至りとしかいいようのない過去の恥ずかしい所業を、彼を慕ってくれているはずの少年少女に告げると、幻滅されそうだ。
「ま、まあまあ、いいから進もうじゃないか。」
 慌てて話を逸らすフォーダートを二人は不審そうに見るが、それを追及するよりはさっさと用件をすますことにおおむね賛成なのでうなずくことにした。フォーダートは、内心相当安心して、ふうとため息をついた。そして、おもむろに拳銃を取り出すと、それを構えたまま言った。
「さあ、行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
 アルザスが声を荒げた。
「おっさん、強盗でもする気かよ!」
「そうよ、いくら見かけこんなんでも一般のお宅にいくのに、銃片手ってどういう神経してるの!」
「ご、強盗だなんて、し、失礼な!」
 いくらか強盗の単語に動揺しながら、二人の非難をあびて、フォーダートは困惑気味に言った。
「違うって! オレは危険をしているからこそ、こうやってだなぁ!」
「そんな危険あるの? あなたのお友達の家でしょ?」
 金髪の可愛らしい少女に、冷たい眼差しで睨まれて、フォーダートは遠い目をした。
「ふっ、お前らはなーにもわかっちゃいない。あいつの恐ろしさを――」
「はっ? 何言ってるんだ?」
 アルザスは、肩をすくめた。フォーダートは、コバルトブルーの瞳を、なぜか曇らせて、水平線の遠くをみるような目をして、こう言った。
「お前らは――マッドサイエンティストって奴をなめている…。一度、この恐ろしさを味わえば、そんな口など絶対にたたけねえからな。」
 

 あの時はまさかと思っていたのだ。そこまでマッドサイエンティストというものが恐ろしいモノともしらず、フォーダートを内心嘲笑っていた。
 だが、もう笑うまい。
 アルザスはそう思いながら、目の前に広がるねじの山をみた。錆びたのから新しいのから、とにかく細やかなねじがアルザスの背丈ほどに積まれている。どうでもいいから、もうねじだけはみたくないと、アルザスは心のどこかで思った。
 足を一歩すすめると、すでにねじが一個落ちてきている。
「古物商にまとめ売りしたい気分だな。いや、むしろただでいいからとっぱらってほしい。」「ああ、むしろ、この世からねじをなくしてほしい気分だ。」
 フォーダートと話しながら、アルザスはもう一度目の前の現実を見た。
 ここは、屋敷の玄関のロビーにあたるところである。かなり広いはずだが、それが狭く見えるほどには、おかしくなっている。大量のねじの山は、すでに半分雪崩をおこしていた。最初、ここに踏みいったとき、アルザスが崩したせいである。頭まで埋まりそうになって、ぎりぎりでフォーダートにひっぱりあげてもらった。もう少しで危うく死ぬところだったアルザスは、ねじをみただけでぞっとするのだった。
「さ、今度はそうっと歩くのよ。」
「いえっさー。」
 ライーザの言葉に、無気力に声をそろえて応えた二人は、そろそろと歩き始める。ねじの山の横を歩いているのだから、崩れたときはものすごく危険だ。まだ山はアルザスの背丈よりも高いのである。
 昼でも薄暗い屋敷内は、到底貴族の屋敷とは思えなかった。百歩譲って、「かつて」はそうだった。と言えるかもしれない。
 玄関の広いロビーには、先程のねじ山があり、赤い、もともとは上質なものであっただろう絨毯は、油に汚れてさんざんなことになっている。あちこちにたてかけられた錆びた歯車や、よくわからない機械の金属部品もみえる。歯車に至っては、階段の段ごとに丁寧に微妙なバランスで立てかけられており、手のひらサイズからアルザスの身長ぐらいの大きなものまである。絶妙なバランスでもちこたえているだけなので、下手をすると順番に転がり落ちてくるのであった。
 だが、これぐらいは序の口だ。この屋敷には、それよりも恐ろしいものがある。
 実は、この屋敷、あちこちにトラップがいくつも仕掛けられているのだった。そして、そのいくつかは、おそらく制作者ですら把握していないのではないかというものであった。


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