絶望要塞・幻想の冒険者達
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1.
 ファンドラッドは、報告書に目を通しながら、朝のコーヒーとしゃれ込んでいた。しろい髪は肩まで伸ばしてあり、あごひげもしろく長かった。服装を別とすると、彼は宰相とか、博士などにも見えるような知的な老人である。外見だけでなく、彼は策略高い知将として知られているから、その外見はまんざら見かけ倒しではなかった。インテリ風な外見だけでなく、ファンドラッドは、ちょっとしゃれた男である。軍服にさりげなく金の鎖をつけてみたり、勲章のかわりにブローチをつけたりと、他の司令官とは明らかにかわった男であった。瞳は、緑色をしていたがそれは左目だけで、右目には青い色のついた片眼鏡のようなものをかけていた。右目には斜めに細い刀傷が残っている。実は、右目を失明しているらしいのである。
「まぁまぁ、そうそう、かしこまることはないんじゃないの。ライアン。朝から辛気くさい顔はいけないねえ。」
 ファンドラッドはご機嫌のようで、その口調は軽い印象を与える軽快な口調であった。報告書を朝一で届けに来たライアンは、ふっと緊張から一瞬解き放たれた。毎度の事ながら、この将軍の口調の軽さには驚かされる。ライアンは、時々全兵士の前で、士気を高めるために行われる演説をきいているが、その演説の時の様子と比べると別人のように違うのであった。大演説をうっているときのファンドラッドはそれはそれは、すばらしく威厳のある、知的な軍人なのであるのであるから・・・。それが、プライベートのファンドラッドは、じつにのんきな爺さんなのである。
「はぁ・・・。し、しかし、閣下・・・。」
「ま、なんとかなるでしょ。行っていいよ。朝早くから、私の相手も疲れるだろう?」
にまっとファンドラッド将軍は笑った。ライアンは慌てていった。
「そ、そんな無礼な事は申しません!閣下こそ、私のような者と・・・。」
「閣下とは大げさなんだから・・・。君もリティーズとは言わないが、もうちっと柔らかくなった方がいいよ。」
「そ、そうですか。わかりました!努力いたします!」
ライアンが一礼して去ってしまってから、ファンドラッドは、それがだめだっていってるのに・・・と独り言を呟いた。
 ほどなくしてドアが乱暴に開いた。今度は、遠慮をしらない感じである。ファンドラッドは、報告書から目をあげず、相手に言った。
「クレイモア。もっと静かに開けたらどうかね。朝から、頭に響くじゃないか。」
「頭に響くような繊細な頭の持ち主が部屋にいたらそうしますぜ。ってところだな。」
 応えたのは、リティーズ=クレイモアという男であった。二十歳ぐらいの若者で、明るい男子といった感じの好青年である。ファンドラッドと同じような軍服を着ていたが、おしゃれっけはあまりなく、また、階級章の星が一つ少なかった。金髪の髪の毛はさらさらしているが、手入れされた形跡はなく、少し寝癖がついている。
「副司令官なんだから、もうちょっとおちついた方がいいんじゃないの?」
「総司令官のくせに妙に軽い将軍に言われたくねえよ。」
リティーズは、敬語を使うどころか、上司で年上のファンドラッドに敬意を表す動作すらしなかった。しかし、それは、ずっと昔からのことのようだった。ファンドラッド将軍もそれをとがめようとはしないし、リティーズも改めようとはしなかった。
「まあ、いいよ。ちょっとご覧。ライアンの持ってきた報告書だがね・・・。ちょいと、気になることが書いてある。」
 ファンドラッドは、飲みかけのカップを机に置いてリティーズに報告書を差し出した。
「なんだ?兵糧の大安売りか?」
「バカだな。いくら私でもそんなことを調べさせたりしないさ。」
「じゃあ、なんだよ。」
「まぁ。それを見て判断したまえ。」
 ファンドラッドは気取ったように言い、右目の片眼鏡を少し動かした。リティーズは、ブツクサ言いながらそれを読み始めたが、すぐにはっとしたような顔をして、ファンドラッドに向き直る。
「おい。これは・・・。」
「なかなか衝撃的な内容だろう?本国から立て続けに兵士が三人も派遣されて来るんだ。去年に一人、三ヶ月前に一人、一ヶ月前に二人・・・。そして、今回。いずれも、隊長クラスの腕利きの人間がね・・・。ここ数十年無かった事じゃないか。これは大祭りになるかもしれないねえ。」
「とうとう、本国があんたに見切りをつけたんじゃないか?」
 ファンドラッドは、ニヤリと笑って回転椅子をまわし、リティーズに背中を向けた。そして、悪びれる風もなくけろりとつぶやいた。
「見切りをつけられる理由がないじゃないか。私が何をやったというんだ?」
「でも、オレがいうのもなんだけどよ。あんたの勤務態度最悪だぞ。本国に知れたんなら、当然くびってことになるだろうしさ・・・。」
 リティーズは、あきれながらこの傍若無人に口笛を吹き、別の報告書を読み始めた将軍に言った。ファンドラッドは、リティーズの知っている限り、本国の命令に従ったことがなかった。命令無視の常習者なのである。本国の報告書にはまるで命令に従ったようなことを脚色をくわえて書いて送ってしまっている。それに、命令無視がばれたところで、ファンドラッドの戦績はあまりにも素晴らしいので、それを理由に罷免する事は出来ないし、それに国に彼以上の戦績を出せる将軍はいないのである。仕方なく、本国は沈黙を続けていた。もちろん、自分の才能をよくよく理解していたファンドラッドは、それを考慮していたのである。
「まさか。私がいなきゃ、こんなへぼ要塞なんてとっくに陥落してるよ。どんなに頭の悪い彼らでも、そのくらいは理解してくれてるからね。それに、本国が今更口出ししやしないさ。」
 ファンドラッドは、目を上げ、見える方の左目を光らせた。
「どうしてだよ?」
「忘れたのかい?リティーズ・・・。」
ファンドラッドはいわくありげな意味深な笑いを口元に漂わせた。
「本国はこの要塞をとっくに見捨てたんじゃなかったかね。」


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